共有される場所
ウッドヴィル伯爵の屋敷内。
正門から伸びる道の先には噴水のある広場があり、さらに先には本館が在る。
その噴水広場で左へ曲がると別館へ通じる道があり、これは新しく作られたものだ。
林に囲まれるように建っている別館は、新しい建物なのだが重厚感が有り、どれだけ金が掛かっているのかと訪ねて来た人々を驚かせる。
更に驚く事に、噴水広場から左へ折れる道から先には特殊な結界が張られており、悪意を持つもの全てを弾くという規格外な魔導具が使用されている、らしい。
突然押しかけた高位貴族の馬車が通れなかったとか、荷台からなぜか転がり落ちた箱があったとか、噂だけは後を絶たない。
一番信憑性が高いのが、本館から別館に向かった屋根の無い馬車から着飾った女性が転がり落ちた、というものだ。
その女性とは、勿論ジョエルの愛人のロラである。
事の発端は、先日の落成式だった。
本館の住人でありながら別館の落成式に呼ばれなかったのを、ロラはかなり根深く恨みに思っていた。
それはそうだろう。
彼女の中では自分は伯爵に選ばれた人間で、レベッカは騙され利用され平民に払い下げられた人間なのだから。
ロラはレベッカが王太子ディオンの公妾になった事を知らない。
正式な妻では無いので、既婚者のジョエルと夜会に出席する事も出来ず、茶会に招かれる事も無いのだから当然と言えば当然だった。
しかもジョエルがレベッカに求婚していた期間と、婚約期間一年間はウッドヴィル伯爵邸に引きこもっていたので、それまで交流があった細い縁も切れてしまっていた。
その為、別館の出資者が誰なのかすら知らず、レベッカがブーケ家の金を使って建てたのだと勘違いしている。
「ねぇ、ここの女主人である私がなぜ別館に行けないのかしら。おかしいと思わない?」
今日も自分に傅く使用人に、ロラは愚痴を零していた。
ジョエルとレベッカが魔法契約を交わした場に居たのだが、断片的にしか聞こえておらず、興味も無かったので後でジョエルに確認する事もしていない。
「放っておけば良いじゃない。また痛い目に遭うわよ」
諌めたのは、自身も痛い目に遭った元配達ギルド受付嬢で現話し相手であるロラの友人だ。
残念ながら彼女も、レベッカの特別配達便の相手が誰だったかを知らない。
「何言ってんのよ。お飾りに馬鹿にされて引き下がれるの?! 私は嫌よ。格の違いを思い知らせてやりたいのよ」
勘違いも甚だしいが、それを指摘する者はここには居ない。
「そういえば、今日は温室が騒がしかったです。もしかしてお茶会でも開くのかもしれません」
お茶の支度をしていたメイドが、口を開いた。
余談だが、このメイドは触れた物が腐敗味にならない数少ない給仕係である。
ロラには関係無いが……。
ウッドヴィル伯爵の屋敷の中で、本館と別館の人間が共有する場所が何ヶ所か存在する。
門と噴水広場、そして件の温室である。
通いの庭師によって整えられている温室は、十名前後ならお茶会が開ける程度の広さを備えていた。
「他はともかく、この温室は素晴らしいですね」
リズが咲き誇る花々を見ながら感嘆の声を出す。
「そうでしょうとも。儂もまだまだ若い者には負けられませんからな。他は住み込みの庭師が手入れしてるんですよ」
テーブルに飾る花を準備しながら、初老の庭師が笑う。
自分の仕事に誇りを持っているので、下手な謙遜などしない。
「レベッカ様ももっと頻繁に利用したいみたいですけど、警備上難しいんですよね」
リズがお茶会会場を見回しながら言う。
ここは共有場所なので、結界で本館の住人を弾くわけにもいかない。
やたらとこちらの動向を気にしているロラのことだから、今日の温室で開かれるお茶会にも気が付くだろう。
「絶対に乱入してくるだろうな」
リズの視線が本館のある方角へ向く。
「あ、でも一人気が合いそうな人が居るから良いか」
軽く両手を打ち鳴らし、リズはニヤリと笑った。




