知らぬ所で
ウッドヴィル伯爵邸本館のエントランス。
扉は開け放たれており、外には二人の近衛兵が扉を塞ぐ……守るようにして立っている。
一人は外を向き、一人は中側へ向いており、本館の住人の相手をしていた。
この二人は、ウッドヴィル伯爵であるブーケ家の所属では無い。
別館を建てた王太子の近衛兵、国の所属である。
「ねぇ! あの女とは偽装結婚で、私の方が立場は上だって言ってたわよね?! 平民のトーマスを愛人にして、閉じ込めてヤリまくらせるんだったでしょ?」
近衛兵の前なのに、ロラはジョエルへと掴みかかった。
「何を馬鹿な事を! トーマスは執事見習いで、レベッカの愛人などでは無い!」
ジョエルは横目でチラチラと近衛兵を確認しながら、ロラの言葉を否定した。
「トーマスがあの女を籠絡したら仕事を全部押し付けて、私達は贅沢して楽しく暮らすって言うから結婚を許したのに!」
怒りでジョエルの様子になど気付かないロラは、言ってはいけない事までベラベラと話してしまっていた。
「……以上になります」
本館を守っていた近衛兵が交代し、警備責任者である近衛団長ブレソールへと報告をする。
ここ一ヶ月ほど出向していた団長が、王太子の公妾の住居であるウッドヴィル伯爵邸別館の落成式で戻って来る、となれば、自然と団員達にも気合いが入っていた。
それこそ一言一句漏らさず違えず報告する勢いである。
無表情に見えたブレソールの眉がピクリと動いた。
トーマスの話が出た辺りである。
「それで、ウッドヴィル卿とその愛人は、結局来るのか?」
ブレソールの冷たい声に一瞬ブルリと震えてから、近衛兵は背筋を伸ばす。
「来ないでしょう。ウッドヴィル卿は真っ青な顔をして、覚束無い足取りで建物の奥へと歩いて行きましたから」
ジョエルがいなければパーティーに参加するどころか屋敷を出られないと、さすがのロラも理解したはずである。
いや、近衛兵の前で犯罪まがいの悪事まで話してしまっているので、怪しいところかもしれない。
自室に戻ったジョエルは、ベッドの端に座って頭を抱えていた。
こんなはずでは無かったのに、と。
ジョエルは、伯爵位を継ぐ条件が伯爵以上の地位を持つ家の令嬢との婚姻だった為に、レベッカに白羽の矢を立てた。
それだけだった。
レベッカが女学院に通っていたのも都合が良かったから。
共学である王立学校に通っていた令嬢よりも男慣れしていないだろうから、結婚式当日まで優しく、それこそ姫のように扱えば簡単に騙せるだろう、と。
仲良くなった先輩から、ジョエルの悪い噂やロラとの関係を聞いてしまう心配も無い。
ジョエルとロラはレベッカよりも四歳年上であり、王太子のディオンやレベッカの兄クロヴィスより二歳上になる。
学校在学中に先代伯爵が亡くなった為、かなり自由に学校生活を謳歌していた。
ロラとの関係が始まったのも、この頃である。
学校に通っていた伯爵令嬢はジョエルの悪行を知っていたので、婚約を結ぶ事は難しかった。
だから学校を卒業後にロラを屋敷に囲い込み、表向きにはレベッカに一目惚れをしたとして誠実な男を演じ婚約に漕ぎ着けたのだ。
実は、相手を知らなかったのは、ジョエルも一緒だった。
レベッカが王太子の幼馴染なのは一部では有名だったし、王太子が正式に婚約者を決めない原因では? と噂されていた。
政に関わる一部の貴族と、若くして伯爵位を継いだジョエルに繋がりなどあるわけが無く……。
見目麗しい伯爵令嬢が成人である十六歳を過ぎても婚約者がいない状況に、何も疑問を持たなかったのがジョエルの失敗だった。
箱入り娘の婚約に、娘よりも父親が先に了承した異常性にも気付かなかった。
しかもジョエル自身は知らなかったが、彼の社交界での評判はあまり良いものでは無かったのに。
レベッカへの真摯な態度と一途な様子で、最近やっと見直されたのだ。一年の婚約期間を経て結婚をした事で、益々評判も好感度も上がっていた。
それが今回の公妾の件で、また落ちる……むしろ前よりも下がるだろう。
最初からレベッカを公妾として差し出すつもりだったのだと、落成式に参加した貴族家は確実に邪推をする。
本来の意味とは違うが、ジョエルがレベッカを利用した事が社交界に露見してしまう。
先程のロラの発言がどこからか漏れれば、本来の目的の方もバレてしまう。
どちらにしても、最悪である。
事態はジョエルの予想よりも、遥かに悪い方向へ転がっていた。
ブクマ、★高評価、誤字報告ありがとうございます(*^^*)




