夢なら……
レベッカは、ふわふわした足取りで歩いていた。
人の多さと、多幸感と、シャンパンに酔っていた。
どこかで休憩しようか、庭に涼みに出ようか、と迷って歩いていたらエントランスへ来ていた。
会場を出る時にディオンには声を掛けている。
付いて来ようとするディオンへ、主役が誰も居なくなる訳にはいかないと説得し、アンとリズとガストンを連れて行くのを条件に、やっと会場を出て来たのだ。
自分の住居で大袈裟だとは思ったが、来客数や建物の広さを考えると、しょうがないのかもしれない。
「エントランスに出てしまいました」
ほわほわとレベッカが言うのに、リズとアンがそうですね、と応える。
そもそも行き先が決まっていないので、付き添いの三人にはどうしようもないのだ。
「休憩室に行きますか?」
既に屋敷内の見取り図が完璧に頭に入っているガストンが問い掛ける。
パーティー参加者の為の休憩室が一階には在る。男性なら喫煙室も在るが、女性用のサロンは今日は開いていない。
交流が目的ではなく、あくまでお披露目が目的だからだ。
レベッカが行くならば、休憩室一択だ。
自室に戻るというのは、一応主催者としては無しだろう。
「ここで少し休んでから戻ります」
レベッカはエントランスホールにあるソファへと近付き、ストンと腰掛けた。
ほぅと熱い息を吐き出し、火照った頬に手を当てる。
久しぶりに会ったディオンは、予想より大きく逞しく、そして美しく成長していた。
「なぜ今まで会わないでいられたのかしら」
一度会ってしまったら、離れ難くなってしまった。
今日は良い。この屋敷に泊まる事は既に決定事項だ。
しかし明日からは判らない。
王太子が王城をそう頻繁には空けられないだろう。
だが、王城にレベッカの部屋を作る為に、正妃を迎えるのを了承は出来るだろうか?
後継者を作るのは王太子の義務だから、正妃がいれば当然そこでの子作りも義務が発生する。
否。
無理である。
レベッカは一人で考え、一人で結論を出し、頭をフルフルと振る。
レベッカが後継者を二人産んだ後ならば、白い結婚の正妃を迎える事が許される。
後継者争いを避ける、という理由で。
後継者一人では、何かあった時の為にもう一人、となってしまう。
二人の王子を産むまで、王家や王宮は待ってくれるだろうか?
続けて男児が生まれるとも限らない。
正妃になるには、レベッカでは身分が足りていなかった。
公侯爵以上の身分が必要だと、法律で決まっている。そのせいで子供の頃に、ディオンのお嫁さんになる、という夢を封印したのだから。
「リー」
どれくらいエントランスに居たのだろうか。
心配したディオンが迎えに来たようだ。
「アル」
笑顔で迎えたレベッカだったが、何となく泣きそうな気持ちになって、失敗してしまったようだ。
僅かに眉を寄せたディオンが隣に座る。
「どうした? 誰かに何かを言われたか?」
ディオンの問いに、レベッカは素直に首を振った。
勝手に悩み、勝手に不安になっただけなのだ。
ディオンが視線で付き添いの三人に問いかけると、三人共緩く首を振る。
誰も側には来ていない、という意思表示である。
ディオンはレベッカの肩を抱き、自分の方へ引き寄せた。
触れた所から、ディオンの体温がレベッカへと伝わる。
レベッカの体温も、ディオンへ移る。
ディオンの胸に耳をあて、レベッカは目を閉じた。
脈打つ音が微かに聞こえる。
王太子の正装でなければ、もっとハッキリと聴こえるだろう。
その心許無い音が、尚更今が夢なのでは? と感じてしまう。
「幸せ過ぎて、怖いのです。寝て、起きたら、全てが夢だった……となるのでは、と」
暗い部屋で目覚めたら、独りだった……あぁ、幸せな夢だったのね、となるのが怖いのだ。
本館のあの、寂しい部屋で。
ディオンの手が肩から離れる。
レベッカが淋しいと感じる前に、抱きしめられていた。
「夢では無いよ。夢になっては困る」
レベッカを抱きしめる腕に、更に力がこもる。
「……困る」
頭頂に何かが触れた気がしてレベッカが顔を上げると、予想以上に近い位置にディオンの顔があった。
チュッと音を立て、ディオンの唇がレベッカの額に触れる。
少し腕が緩むと、ディオンの唇が頬に落ちてきた。
思わず瞑った瞼に、先程とは逆の頬に。
チュッチュッと音を立て、何度も触れるだけのくちづけが落とされる。
「あのア」
アル、と名前を呼ぼうとしたレベッカの唇にも、ディオンの唇が触れる。
驚いて開いたままになった唇に、もう一度くちづけが落ちてきた。
それは、今までとは違い、すぐには離れなかった。




