別館落成式
晴天の吉日。
伯爵家で行うには豪華過ぎる招待客を招いて、別館の落成式が行われる。
それはそうだろう。
落成式を行う施主が王太子なのだから。
招かれたのは、この国の宰相と財務部の責任者、おそらく公妾の予算で建てたからだろう。
そしてレベッカの実家であるエルフェ家の両親と兄クロヴィス。
王太子の婚約者候補である公爵令嬢と侯爵令嬢と二人の実家は、王太子の公妾との顔合わせも兼ねているのだろう。
無論、洋装店で会った令嬢はいない。
「今日はジスカール侯爵は来ていないのか?」
周りの面子を見回して、フルマンティ公爵が呟く。
「おや、情報が古いですね。ペリーヌ侯爵令嬢は婚約者候補から外されましたよ」
シャトレ侯爵が前を向いたまま、笑顔で答える。
「一番の候補だっただろう?! 納税額が一番多いのを盾に結婚も秒読みだと」
グルリと音がしそうな勢いで、フルマンティ公爵がシャトレ侯爵を見る。
「王太子殿下が貸切にした洋装店へ、無理矢理押し入ったそうだよ。王太子の婚約者だと言ってね」
シャトレ侯爵が答えるのに、フルマンティ公爵は息を飲む。
「それは……」
王家が貸切にした店に無理矢理入る行為は、知らなかったで済ませられる程軽い事では無い。王太子の婚約者だと偽称するのも。
どちらも立派な犯罪行為だ。
それも、かなり重罪の。
「終わったな、アルカン家」
気の毒そうな声音を出したフルマンティ公爵だったが、その口元には耐えられない笑みが浮かんでいた。
レベッカの前には二人の女性が立っていた。
そのうちの一人、やわらかな色味の印象の女性が軽くカーテシーをする。
「初めまして、フルマンティ公爵長女ユゲット・ディヴリーと申します」
目線の高さを合わせながらの挨拶。確実にレベッカを自分の下に見ている。
もう一人、ハッキリとした色合いのドレスときつい顔立ちの女性は、しっかりとしたカーテシーで挨拶をした。
「初めまして、シャトレ侯爵長女テレーズ・カユザクと申します」
美しい所作は、レベッカに好印象を与えた。
「お二人ともありがとうございます。楽になさってください。レベッカ・エルフェ……いえ、ブーケです」
ジョエルの妻となり、初めての挨拶の為にレベッカはうっかり実家の名前を名乗ってしまう。
そこで二人の女性の反応が分かれた。
「まぁ、まともに挨拶も出来ないのですね。やはりたかが伯爵家ですわね」
「エルフェと言うと、クロヴィス様の妹さんかしら? 私、同級生でしたのよ」
前者がユゲット公爵令嬢で、後者がテレーズ侯爵令嬢である。
当然、レベッカは自分に好意的な発言をしたテレーズの方と話し出した。
レベッカとテレーズが仲良く会話を始めた為、ユゲットは黙ってその場を離れた。
テレーズは一瞬眉を顰めたが、レベッカが何も言わなかったので直ぐに表情を戻した。
「ブーケ夫人が収まる所に収まったので、クロヴィス様も本格的に結婚相手を探されるのかしら?」
テレーズがチラリとクロヴィスを見た。
「どうか私の事はレベッカと。それから兄の件ですが、どうでしょう? 確かに私が結婚するまでは自分もしない、とは言ってましたけど」
レベッカの視線もクロヴィスへと向いた。
「レベッカ様、王太子殿下がお越しです」
談笑を楽しんでいたレベッカの元へ、ガストンがディオンの到着を告げた。
レベッカの顔がぱぁっと明るい笑顔になる。
王家主催のパーティーで王家に挨拶をした以外での、個人的には八年振りの対面だった。
別館の披露宴会場を抜けて、玄関口へと向かうレベッカの後を、クロヴィスとテレーズが追う。
すかさずユゲットが追おうとしたが、ブレソールに止められた。
「なぜあの女が行くのに、婚約者候補のわたくしが駄目なのよ!」
ユゲットの指差す先はテレーズ……ではなく、レベッカだった。
レベッカ達がエントランスへ着くと、そこには既にディオンが居た。
「アル!」
レベッカが呼び掛けるのに気付いたディオンが、花がほころぶような笑顔を浮かべる。
両手を広げたディオンは、少し屈みレベッカを呼んだ。
「リー!」
ディオンの腕の中へ、レベッカはすっぽりと収まる。
「久しぶり、アル。そしてありがとう」
ディオンの背中へ腕を回しキュッと抱きついたレベッカは、その胸に顔を埋めた。
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