平和な日
別館建設の為のホテル暮らしは、王宮からお金が払われる事に決まった。
……受付で手続きをし、支払いの話になった際、アンが請求先として王宮の財務部を示したのだ。
「え? さすがに自分で払いますわよ」
レベッカが言うのを、アンが笑顔で拒否する。
「王太子殿下の私財で払われますので、大丈夫です」
レベッカには、何が大丈夫なのか理解出来ない。
「あの住んでいるだけで臭くなりそうな屋敷に、愛する人は置いておけないよなぁ」
ガストンが言う。
「それもだが、その基となったのはレベッカ様へ提供されるはずだった食事だという事の方が問題だ」
ブレソールが言うのに、ガストンも確かに、と頷く。
あの屋敷に、レベッカの味方はいない。
いつからロラが住んでいたのか知らないが、使用人達は完全にロラを女主人としている。
だから婚約者時代には、レベッカをウッドヴィル伯爵邸には招かなかったのだろう。
レベッカ達が案内された部屋は、使用人用の部屋が四つある貴賓室だった。
要は、普通の高位貴族用の部屋よりも高級という事である。
しかも部屋には魔法結界が張られており、許可された人物以外は入室出来ない。因みにこれは貴賓室の備え付けではないのだが、当然レベッカが知る由も無い。
「掃除するメイドを呼びましょう」
部屋を見回したアンが開口一番に宣言する。
「ホテルの?」
ブレソールが質問すると、アンは剣呑な視線を向ける。
「誰の紐付きか判らない者を部屋に入れるわけ無いでしょう。信頼出来るメイドを呼びます」
アンに叱られたブレソールは、心做しか小さくみえる。
「これだから脳みそまで筋肉で出来てる男は」
リズが笑う。
「貴女と何が違うのですか? リズ」
ブレソールを嘲笑っていたリズを、アンが冷たい視線で見つめる。アンから見ればブレソールもリズも同類なのだ。
「私の場合、知識より腕で選ばれましたから」
リズが力こぶを作る真似をしてから、悪戯っぽく笑う。
「まぁ、腕と言っても化粧とお茶を淹れる腕ですけどね」
あははと笑いながら、力こぶを作っていた腕から力を抜いて、自身の顔の前で化粧をする真似をする。
「確かに、リズの淹れるお茶は美味しいわ。それでは早速お願いしても良いかしら?」
レベッカが笑顔で言うと、リズは元気よくはい! と返事をした。
夕食をホテルのレストランで済ませ、レベッカと侍女二人は部屋へ戻った。
男性陣はホテル内にある簡易カジノへと行くらしく、別行動になった。
「護衛だけでも入れるものなのかしら?」と、レベッカは不思議そうにしていたが、部屋へ戻って来なかったので大丈夫だったのだろう。
部屋へ戻ったレベッカは、ソファに座って本を読んでいた。
「レベッカ様、先に湯浴みを済ませてしまいましょう」
アンに声を掛けられ、レベッカは本から顔を上げる。
「そうしましょうか」
栞を挟んで本を閉じた。
入浴後は、色々と精神的にも肉体的にも疲労が溜まっているはずだからと、レベッカは早々にベッドへと押し込まれていた。
実は先程も、本のページは全然進んでいなかったのだ。
本人に自覚は無いようだったが、実際にかなり疲れていたのだろう。
レベッカは直ぐに寝息を立て始めた。
「うぅ、可愛い」
レベッカの寝顔を見ながらリズが呟く。
「あの腹黒には勿体無いですね」
アンもレベッカの寝顔を見ている。
いつもと同じ無表情に見えて、その視線は優しい。
ホテル滞在の一日目は、このようにして終了した。
別館が完成するまで後一週間程になった頃。レベッカは王都で一番人気の高い洋装店へ来ていた。
アンとリズ、護衛二人は勿論の事、本日はもう一人同行者がいた。
クロヴィス・エルフェ。レベッカの兄であり、次期ジャイルズ伯爵である。
「レベッカは何を着ても似合うから困るな」
試着をしているレベッカを見てニコニコとしているクロヴィスは、兄というよりまるで恋人のように甘々である。
「もう、それでは何も参考になりませんわ」
不満そうに言うレベッカだったが、本気で怒っているわけでは無い。
「仲がよろしいのですね」
一緒に試着室に戻り、次の服を手に取りながらリズが笑う。
「えぇ、小さい頃はもう少し兄らしかったのですけど……。アルと会えなくなってから、まるで身代わりみたいに行動が似てしまって」
私が悲しまないようにしてくれたのです、と少し俯き加減で言うレベッカは、罪悪感が滲んでいた。




