別館の建設
アンの説明に意気消沈したジョエルは、無言で応接室を出て行った。
残されたレベッカとヘイオスは顔を見合わせる。
「別館を建てないで、王城へ住まわれてはいかがですか?」
ヘイオスが提案するのに、レベッカは緩く首を振る。
「それでは、旦那様に愛人と居る所を見せられないでしょう?」
「契約書にもあるので、きちんと証明しないといけませんね!」
リズがレベッカの言葉に同意を示すと、ガストンとブレソールも頷く。
「しかし、愛人ですか」
ヘイオスがどこか楽しそうに言う。
「私にとっては、呼び名は何でも良いのです。アルと一緒に居られれば」
うふふ、と笑うレベッカは、負け惜しみとかではなく、本当にそう思っているようだった。
公妾の夫が魔法契約するのは、白い結婚を厳守する事。その一点だけだった。
その後の公妾契約は、王家からの配慮であり、絶対では無い。
だから今回は、レベッカとジョエルが交わした契約書でも、充分に事足りてしまったのだ。
白い結婚である事。
愛人を作る事。
ジョエルは自分の出した条件を、逆手に取られただけだった。
そもそも結婚前に変な工作などせずに、レベッカへ契約結婚を申し込んでいれば、もしかしたら王太子と公妾契約を結べたかもしれない。
自業自得である。
ジョエルが居なくなってしまった為、敷地内を見て回って何ヶ所か候補地を上げておきます、と言ってヘイオスは帰って行った。
別館の建設は愛人が王太子の為、必要不可欠なものである。
愛人は契約で決められた事。その為、レベッカの生活の保証の範疇になり、ジョエルは土地の提供をしなければいけない、らしい。
全てアンの言った事なのだが、確かめる術は無い。
「とりあえず、別館が出来るまではホテルにでも泊まりましょう」
レベッカは自室に戻ってすぐ、握った片手を天高く掲げ宣言をした。
この部屋以外の屋敷内全てに腐臭が漂い、誰もアンから離れて行動が出来なくなってしまったからである。
先程、安全確認の為に先にレベッカの私室を調べに行ったブレソールは、真っ青な顔をして戻って来た。
部屋に何かあったのかと心配したが、途中厨房の側を通った時の余りの臭さに具合が悪くなっただけだった。
レベッカの部屋は、リズの私物である魔導具で清浄な空気が保たれている。
アンもそうだが、リズも只者ではないのでは? と、レベッカは思っている。
荷物を纏めていると、部屋の扉がノックされた。ガストンが対応に出る。
本来護衛は扉の外で守るものだが、部屋の外だと魔導具の効果が届かないので、レベッカが中に居る事を許可していた。
「昼食の準備が整いました」
メイドがレベッカを昼食の席に呼びに来たようだ。
「あら? 私達は外で食事をすると連絡しておいたはずよ」
リズがガストンの陰から返答する。
昨日の帰宅後すぐにリズ本人が厨房へ連絡を入れたので、間違いは無い。
朝は野菜の下拵え係が用意した果物だけで済ませていた。
「あの! 私も食事へ連れて行ってください!」
突然メイドが頭を下げた。
呼びに来たと言うのは嘘だったようである。
扉の外で頭を下げているメイドの前に、ガストンとリズを押し退けたアンが立つ。
「貴女、レベッカ様の料理の準備をした給仕係よね? 残念だけど、外へ食べに行っても貴女がカトラリーで触れただけで料理は腐臭を放つわ。他の人の迷惑になるから止めなさい」
まるで死刑宣告を受けたかのように絶望を滲ませた顔を、メイドはアンに向ける。
「因みに給仕しても、食事は腐臭を放ち腐敗味になるわ。他の家で働くのは無理。関係者にも教えてあげなさい」
アンの言う関係者とは、魔法契約の制裁を受けて倒れた使用人の事だった。
フラフラと立ち去るメイドの後ろ姿に、理由を知りたければ当主へ聞きなさい、とアンは声を掛けたが、本人の耳に届いたかは謎である。
レベッカ達がホテル暮らしを始めて三日目。
ヘイオスから別館の工事に着手したとの連絡が入った。
普通に建てたら年単位の時間が掛かる規模の工事だが、そこは王太子の依頼だからか、魔法建築が駆使されるらしい。
「一ヶ月で出来るって、異様ですよね」
リズが設計図を手に興奮している。
本館より規模は小さいが、最新の魔導具が設置される予定で、特に大浴場は圧巻である。
調理場も当然あるので、美味しい食事が食べられる事だろう。




