契約の影響
街を散策して、昼も夜も外で食事を済ませてから、レベッカ達は屋敷へ戻って来た。食事を済ませてきたのは、アンの助言があったからで、屋敷に戻って来た五人は、即座にそれに感謝した。
玄関から入り、レベッカの部屋に行く為に歩みを進める。女主人の帰宅なのに、誰も迎えに出て来ない。
屋敷の奥へ進んで行くと、ガストンがレベッカの耳元へ顔を寄せる。
「臭くないですか?」
疑問と言うよりは、確認だろう。
その横では、いつも凛としているブレソールが珍しく顔を歪めていた。
リズなど鼻と口を手で覆っている。
アンは涼し気な顔で、レベッカにピッタリと寄り添っていた。
「え? 何か臭いのですか?」
レベッカが驚いて言うのに、ガストンが驚く。
「え? 臭くないですか? 肉が腐ったような、生ゴミを温めたような、とにかく凄い異臭がしてますよ」
ガストンが言うのに首を傾げるレベッカ。
この臭いに気付かないなど、大丈夫なのか、と心配になった時、リズがレベッカの腕に触れた。
「あ、やっぱり。レベッカ様の周り、アンの魔法で覆われてます」
リズが鼻を覆っていた手を離し、深呼吸をする。
「あぁ、空気が美味しい」
まるでレベッカの匂いを嗅いでいるような怪しい絵面だが、誰もそれを責めない。
「え、本当に? レベッカ様にくっつけば良いの?」
ガストンがレベッカに抱きつこうとして、ブレソールに頭を叩かれて止められる。
「いや、死活問題!」
ガストンが涙目でブレソールを見る。
ブレソールは無言でアンを見つめていた。
魔法契約書の時と同じようにアンが何やら唱えると、それぞれの身体を纏う空気の質が変わった。
「とりあえず、今日だけ特別です」
アンがガストンとブレソールへ、無表情な顔を向けた。
少し怒っているようである。
「レベッカ様に抱きつくなんて、命知らずだわ~」
リズが呆れたようにガストンを見る。
当のレベッカは、意味が解らずに皆の顔を順番に見回していた。
夫であるジョエルはレベッカに愛人を勧めているくらいなので、喜ぶ事はあっても危害を加える事は無いだろう、と。
翌日。レベッカの元を、建築ギルドの責任者という男が訪ねて来た。
ウッドヴィル伯爵の同席も求められ、ジョエルは渋々顔を出した。
世間一般にはレベッカを溺愛していると思われているので、拒否する選択肢は無い。
「どうも、建築ギルド長を務めさせていただいているサマーヘイズ子爵ヘイオス・ミオットと申します」
恰幅の良い男性は、レベッカの父親と同じ位の年齢に見える。
人懐っこい笑顔を浮かべているが、それだけではない何かが滲み出ているのは、やはりギルド長という大役を任される人物らしい。
「今回は、こちらの敷地内に別館を建てるという事でよろしいのですよね?」
ヘイオスの言葉に、ジョエルの目が見開かれる。
「は?」
ジョエルがどうにか絞り出した言葉は、その一言だけだった。
「いやいや。とぼけ無くて大丈夫ですよ。こちらのレベッカ嬢の別館を建てるように依頼されてますから」
レベッカを「夫人」ではなく「嬢」と呼んだ事に、ジョエルは眉間に皺を寄せる。
この男は、何を知っているのかと。
「依頼とは誰からだ?」
相手が子爵だからか横柄な態度で問い掛けたジョエルに、ヘイオスは満面の笑みを返す。
「だから、とぼけなくて大丈夫ですって。誰ってディオン・アルフォンス・デュフォール殿下ですよ。まさかダヴェンポート王国の貴族なのに、王太子殿下のお名前を知らない、などとは言いませんよね?」
予想外の大物の名前に、ジョエルは戸惑うと共に顔を青くした。
余談だが、同日。ウッドヴィル伯爵邸に新しい使用人が増えた。
ロラの友人の男爵令嬢で、退職金も紹介状も無く前職を解雇されたらしい。
ロラに泣きついてきて話し相手として働き始めたのだが、すぐに後悔する事になった。
なにしろ食事が恐ろしく不味かった。
しかし、ロラとの食事が仕事の一環なので、拒否も出来ない。
縁故採用なので、簡単に辞める事も出来ない。
ロラの頼みで結婚式に紛れ込み、花嫁の顔を確認したのが始まりだった。
翌日、偶然配達ギルドに来たレベッカを見て、軽い悪戯心が湧いただけだったのに。
随分と大きな代償を払う事になってしまったようだ。
誤字報告ありがとうございます
リスって(笑)




