7.援軍
「あの化け物はなんだって…」
私は、奇形の死体を見下ろして絶句した。
「あの尻尾をぶっ刺して体の中からいじくってんだろーな。変態な趣味してやがる」
「そんなことが…」
「できるんだろうよ。問題は、どこのどいつが、ってことだ」
「やっぱり隕石…」
「俺もそう思う。どう考えても、ありゃ埼玉育ちじゃねーだろ?」
その時、“ドフドフドフ”という重苦しい音が響き、空気が動いた。
「また、なんか来やがったな」鬼柳は夜空を見上げた。
風が吹き下ろし、樹木が揺れ、木の葉や枯れ枝を巻き上げた。頭上にヘリコプターがいる。
ずんぐりと不格好な黒い影が木々の隙間を縫うのが見えた。
前後にローターが付いている。
「チヌークですね。古い型ですが、自衛隊の輸送ヘリです」
「ここに何の用だ?」
「空挺かもしれませんね」
偵察にしては、機体がでかすぎる。人員にしろ装備にしろ、そこそこの物量を運んでいるはずだ。
「クーテイ?」
「ヘリからパラシュートで降下するんです。化け物退治に腰を上げたのかも…」
私が送った画像や音声データに反応したとすれば、辻褄が合う。
実際に降りてくるとすれば警視庁の特殊急襲部隊SATだろう。治安出動の場面でもなければ、自衛隊は表に出られない。
鬼柳は口を曲げていまいましげな顔をした。
「だとしたら、ボケっとしてらんねえぞ。化け物ぶっ殺すのは俺らだ。警察だろが自衛隊だろが、先を越される訳にいかねぇ」
“本気か?”と聞くだけ野暮だ。
鬼柳は自分で敵を仕留めるつもりだ。ヤクザの理屈としては正論だ。
「こっちは親父も兄貴、弟、子分もみんな殺られちまった。あの化け物があっちの頭だって言うなら、そいつを取る。“返し”が取れねえなら、もう死んだも同じじゃねーか。そうじゃねえ、俺らは生きてんだ!すぐ準備して追うぞ!」
鬼柳は拳銃と予備マガジン、コンバットナイフなどを地面に並べ、装備をより分け始めた。
私は言葉に詰まった。
ふと鬼柳の手が止まり、視線が鋭くなった。
「おい、龍司!まさか、てめぇイモ引くってのか?」
「いえ、違います」
そうではない。
クレーターの怪物の存在が明らかになった以上、私の任務は終わりなのだ。ここから先に進む意味はない。
盟心會と東京紅蓮隊との抗争は事実上収束した。怪物はいわば部外者だ。
それに、鬼柳は私が盃を交わした兄貴分であり、職務の一線を越え、体を張って守ったこともある男だ。正直、無駄に死なせたくはない。
だが、ここに留まるよう鬼柳を説得できるのか。今の鬼柳に損得勘定は通用しない。
かたや私は潜入捜査を暴露することができない。基本中の基本である守秘義務に反するし、言えば、鬼柳に殺される。
むしろ、怖いから行きたくない、と言う方が自然なのだろう。その場合でも、怒り心頭に発した鬼柳に撃たれるおそれがある。
かといって我が身可愛さに、目の前の銃を奪ってそれを鬼柳に向けるようなことが私にできるのか?
私の保身をさて置いても、鬼柳を一人で行かせれば見殺しにするのと同じことだ。
堂々巡りを必死で考えていると、鬼柳が“ふーっ”と息を吐いた。
「まあ、ついて来いとは言わねーけどな」
「若頭、いや兄貴」
「なんだ?こんな時だ。本音、言っていいぞ」
「俺、刑事なんです」
鬼柳は、「おいおい!」と言って笑い出したが、すぐに冷ややかに表情を消した。「本当か?お前、潜入だったのか?」
「はい」
鬼柳はコルトガバメントを握り、マガジンを叩き込むとスライドを引いて装弾し、銃を私に向けた。安全装置も解除したようだ。
「あの化け物は警官の飼犬か?てめぇ知ってたのか?」
「いいえ」
「じゃあよ、今さら塀の中の俺らに何の用があんだよ?」
「俺の仕事は特定抗争の拡大阻止です。今回は、何者かが抗争に介入した、って言うんで情報収集に来ました。あんな化け物だとは知りませんでしたが…」
「塀の中まで御苦労なこった。…それで?また高みの見物か?」
「いや、俺もわからなくて…」
私に向けられた銃口が下がった。
「まあ、今回の抗争じゃあ民間の人を何人も巻き沿いにしちまったからな。紅蓮に聞き分けがありゃ、こじれる前に手打ちにしたかったぐらいだ。ムショに放り込まれたのにも文句は言えねえ。だが、あの化け物は別だ」
鬼柳は立ち上がり背を向けた。
「俺は行くぜ。“虚井龍司”はどうする?」
私はコルトガバメント二丁と予備マガジン、コンバットナイフを掴むと立ち上がった。
「俺も行きます」