6.磔刑
岩蔵と薮下は勢いを緩めることなく突っ走り、地面に突っ伏した私を飛び越え、口汚く怒鳴り散らして怪物たちに襲いかかった。
暗い中で目まぐるしい動きだった。左手を喰われた岩蔵は善堂に、隼田組の若い者二人を連れ去られた薮下は怪物に立ち向ったようだ。
鬼柳は踏み止まると、かがんで私の体を仰向けにひっくり返し、「龍司、生きてるか?」と私の肩を揺さぶった。
「クソ!ケツが痛え」と私はうめいた。
「なんだ。馬鹿野郎!ケツの穴なんざ元々あんだろ。泣き入れんじゃねえ!」と鬼柳は容赦なく顔を殴りつけてきた。
気合を入れられて私は正気に返り、なんとか立ち上がった。
怪物の恐ろしさは体感した。いま立ち向かわなければ全滅だ。
「すんません!俺にもチャカください。あの化け物のケツを蜂の巣にしてやる」
「よしっ」と鬼柳はコルトガバメント一丁と予備マガジンを私に差し出した。
鬼柳は岩蔵の援護に走り、私は薮下の方に向かった。
茂みの中から発砲音と薮下の悪態が聞こえた。私は誤射を避けるために身をかがめ、ゆっくり近づいた。
「叔父貴、俺です。虚井です」
「そっち行くぞ!伏せろ!」薮下が怒鳴った。
私が横っ飛びに転がるのと同時に、茂みを突き破って黒い怪物が現れた。そこに薮下が銃弾を浴びせた。
私も側面から銃撃に加わった。
だが、怪物の動きは俊敏だった。四肢の爪を立てて立木を駆け上がり、樹から樹へと跳び移って、また茂みに飛び込んだ。
茂みの中から悲鳴が上がった。
私は立ち上がって銃を構えた。
だが、茂みの中から現れたのは薮下の異様な姿だった。
手足を大の字に拡げて持ち上げられている。薮下の体は磔の状態で背後から怪物に掴まれているのだ。怪物が発する澱んだ瘴気に包まれ宙に浮いているかのようだった。
その股の間で、怪物の長い尻尾がうねうねと伸縮したかと思うと、硬い鱗に覆われた穂先が薮下の肛門に“ドスッ”と音を立てて突き刺さった。
薮下が絶叫し、怪物が咆哮した。
根本にいくほど太く醜悪にささくれだった尻尾が、ズルズルめり込んでいく。薮下の尻から粘液がだらだらと漏れだした。
「ギャー!虚井…撃て!撃たんか!」
悲鳴の合間に薮下が叫んだ。「早よ撃て!撃たんかい!ボケ!」
私は薮下に当たらないよう、彼の膝の間を狙って撃った。
怪物は銃声に反応して飛び退った。強靭な尻尾を一振りし、薮下の体を投げつけてきた。
私は回転しながら飛んできた薮下の巨体を受け止め、ふっ飛ばされたが、慌てて跳ね起きて怪物を銃撃した。
だが、怪物はあっという間に雑木林の奥に走り去った。
そこに鬼柳と岩蔵が現れた。
岩蔵は真っ青な顔で、首のあたりを手で押さえている。そのままドウッと倒れた。白目をむき首から出血している。
「善堂にやられた。喉笛狙って噛んできやがった」
鬼柳は岩蔵の呼吸に耳を寄せ、脈を取ったが首を横に振った。「善堂は仕留めたが…クソ!二人がかりで相討ちとはな」
薮下の心拍も弱々しかった。抱きかかえ、励ましながら彼が息絶えるのを見守るしかなかった。
怪物に連れ去られた薮下の配下の二人を探したが、見つからなかった。生存は絶望的だと思うしかない。
私は善堂の死体を見に行った。
善堂のパーカーを引き剥がした。
「どうなってんだ?」私は息を呑んだ。
「そいつ、体格が変だろ?整形ってレベルじゃないと思うんだよなあ」鬼柳が話しかけてきた。「力も強いし、動き方が人間じゃねえぞ」
四肢の骨が暴れるかのごとく歪に成長していた。体表は黒っぽく硬化しつつ鱗状にひび割れている。
「あの化け物のパチモンみてーだろ?」
私は死体のズボンを脱がせ、尻を剥き出しにした。
「ケツはもういいだろ?気色わりーな!」鬼柳がつばを吐いた。
「見てください」
私は指し示した。
「うえ!ケツの穴がボッコボコじゃねーか!見せんなよ、そんなもん」
「それからこんなのが…」
私は木の枝を使って十センチほどの尻尾を持ち上げた。