5.恐怖
追跡は難しくなかった。
クレーターの底地は、隕石の衝突による高温高圧で一旦粉砕され水飴のように溶解してから平らに固まり、その上に人工的に盛土造成を行ったため、土壌が浅く障害物やでこぼこが少ない。
灌木や下草が踏み倒された跡に沿って走ればよかった。
だが私は丸腰だ。反撃されたらひとたまりもない。
私は雑木林の奥深くで立ち止まり、しゃがんで肛門の中から万年筆状の金属カプセルを引っ張り出した。
卯月理事官を通じて支給された公安部の特殊機材だ。GPSの他、撮影や録音の機能が付いている。
任務はヤクザの抗争に巻き込まれることではなく、情報収集だ。なるべく音を立てないように、慎重に進んだ。
だが、雑木林に差し込む月明かりが複雑に重なり絡み合う影を作り、それらが眩惑するようにうごめいた。
不気味な影がちらつく暗がりに分け入って進むにつれて息が苦しく足が重くなっていった。
周辺を警戒しようと懸命に見回すが、視界が狭く暗くなっていく。頭の中で血管がドクドクと音を立て、吐き気を感じた。
有毒ガスの可能性も考えたが、私の本能は別のことを叫んでいた。
“捕まる前に逃げろ”と。
だが、どこへ?
足が言うことを聞かず、荒い呼吸だけをしながら動けなくなった。
「ビビってやがんな?」
耳もとで邪気をはらんだ囁きが聞こえた瞬間、圧倒的な重力にのしかかられ、私は地面に膝をついた。
「跪いて頭を下げろ」
金属を引っ掻くような耳障りな声。善堂だ。私の前に立ちはだかった。
後ろから腰と頭をがっちり抑えつけられ、私は四つん這いになった。背後に怪物がいる。
「あの御方を受け入れろ」
そのモノは頭の上で、喘息患者のようにヒューヒューと、しかし力強く呼吸をしている。
私の膝と膝の間からズルズルと地面をのたくる音が大きくなり、這いつくばった目の前に、棒状の何かが伸びてきた。
金属製の槍の穂先のようだが、うろこ状にヒビ割れて、その隙間から熱気と白い湯気を発し、ピンク色に湿った肉らしき体表が見える。
穂先は私の目の前でうねうねと動き、ゆっくり視界の下方に消えた。
次の瞬間、私の下半身を貫くような衝撃が襲った。
あの怪物の肉の穂先が、私の肛門に突き刺さろうとしている。
私は暴れ、絶叫し、怪物の侵入に抗った。
「受け入れろ」と善堂は繰り返した。
灼熱の槍が直腸にめり込み、下腹部でメリメリと音を立てた。私は「やめろ!」と哀願しようとしたが、声にならず悲鳴を上げた。
怪物の爪が、容赦なく尻と背中や肩の肉に食い込み、私はさらに泣き叫んだ。
その時、続けさまに銃声が鳴り、私は突き飛ばされた。
腹ばいになった私のすぐ上で、弾丸が空気を切り裂く“バン!”という衝撃波を感じた。
かろうじて顔を向けると、鬼柳と薮下、岩蔵の三人が拳銃を構えて飛び込んでくるところだった。