4.怪物
日が沈む前にプレハブ小屋は燃え落ち、その前に木材を積み上げて焚き火にした。
小屋の中から救い出したのは日本酒の一升瓶が三本だけだった。明日の朝、焼け残った食料を探すことにしたが、のぞみは薄い。
男たちは、地面にどかっと座り、一升瓶に口をつけて酒の回し飲みを始めた。
「美味い。どっから仕入れたんですか?」と私が聞くと、薮下がニヤリと笑った。
「うちのネットワーク舐めたらあかんでぇ」
武闘派の隼田組は大阪を本拠地にしつつ、硬軟両用の杯外交で北関東に進出し、老舗の博徒系組織を傘下に収めた。
三次団体の協力者か、土建絡みの企業舎弟が埼玉刑務所に潜り込んでいるのだろう。
「もっとえーえもん持ち込んだったでえ!」
「ようやっと虎の子の出番やな?」
「おう。明日ヤツらの息の根止めるぞ!」と鬼柳も笑った。
「どことは言えんが、コルトガバメントを埋めてある。十丁やったかな?」
M1911自動拳銃。数日前に盟心會の武器庫にガサを打ったところ、拳銃が大量に押収されたと聞く。
その残りの一部がここに持ち込まれたということか。
「言うてもええやろ。鴉氣組の親分の墓の中に隠してんねんぞ?虚井の親やないか」
「うん。…龍司すまんの。こんだけ穴掘ったら目立たんやろ?木は森に隠せっちゅうてな?」と岩蔵は見渡すばかりの墓の群に手を振った。
「鴉の親父、若いころピストル大好きやったし、悪い気せんやろ。なぁ?」
「しかし、どこやったかな?」薮下が首をひねる。
「え?」
「鴉の親父さんな、どこ埋めたかな?」
「…え?」
「そやから…」
岩蔵と薮下は顔を見合わせ、どちらともなく「まあ、明日考えよか?」と言うと、いい気分に酔っ払った様子でごろりと横になった。
刑務所の中で拳銃をぶっ放されては治安機関の面目丸つぶれだ。私は、十丁の拳銃が鴉氣組組長の遺体とともに行方不明になることを祈った。
酒を取りに炎の中に飛び込まされた万城と金田は火傷を負い、さすがに疲れ果てて先に寝ていた。
皆、私と違ってボロボロだ。
「若頭」と私は鬼柳に話しかけた。「紅蓮隊のことなんですが…」
「アイツらのことは、暴走族だった頃から俺は知ってる。…が、なーんか変だよな?」
「はい」
「暴走族のくせに刃物や金属バット使って抗争して、毎年誰か死んでた。ヤクザの“族狩り”も返り討ちにするヤバい喧嘩チームだった。だが、今のヤバさは別モノだ」
「噛みついてくるとか、人間捨ててる感じがキモいすね」
「あの組織の生い立ち知ってるだろ?」
「確か、一九九八年生まれの同窓が固まって作ったとか」
「そう。バイクで走るのをやめても引退しないでマフィア化していった。中心にいたのが、善堂って野郎だ」
「呼んだか?」
闇が膨らみ、その一部が黒い塊となって音もなく地面を滑り、鬼柳の隣に座った。
私は訳もなく汗が吹き出し、鼓動が速まるのを感じた。
そいつは、金糸の刺繍が入った真っ黒なパーカーを着ている。頭に黒いキャップを被り、その上にパーカーのフードを被っているので、夜目には顔が見えない。
体がでかい。そして、そいつの周りだけ空間が歪んでいるような、酷くいびつな輪郭を持っていた。
「紅蓮の善堂か…」鬼柳が呟いた。
「そろそろ、ひれ伏していいんだぜ?」善堂が静かに言った。
「誰に?」
「鈍感だな。あの御方の存在を感じないのか?分からないか?俺らにも父なる存在ができた」
「お前がアタマじゃねーのか?手打ちは条件次第だ」鬼柳は冷静に返した。
拳銃のことを気取られたくないのだろう。あえて下手に出ている。
「あの御方に土下座すんのに条件なんかあるわけねーだろ?」
「ガキが!口のきき方がなってねー」
「腐れヤクザよかこっちが立場上なんだよ」
善堂は甲高い金属音で嗤うと、「てめえら救えねえ肉饅頭だな!」と吐き捨てた。
煙を上げていたプレハブ小屋が、バリバリという轟音とともに吹っ飛び、鉄板を突き破って黒ぐろと瘴気をまとった何者かが現れた。
善堂のでかさどころではない。二メートル以上ある。
そいつは焚き火を踏み散らかし、火の粉が飛び散る中、万城と金田に鉤爪を突き立て軽々と抱えると、とんでもない歩幅で跳躍して森に消えた。
その後ろを善堂が、高笑いをしながら付き従う。
「なんだ!あの化け物は?」
さすがの鬼柳が口をあんぐり開けた。
「俺が追っかけます!」
私は怪物を追って飛び出した。