3.襲撃
盟心會の松羽親分を始め、先に逝った者たちへ手を合わせ、形ばかりの弔いを済ませると、鬼柳に連れられて盟心會のアジトに入った。
鬼柳は、「うん、うん。分かってた。虚井龍司は、いつか来ると俺は思ってたぜ!」と私の肩を乱暴に叩き、嬉しそうに鼻をこすった。
吹けば飛ぶようなプレハブ小屋だが、そこそこの広さがあり一応サッシ窓が四方に付いている。
生存者は五人。
直参では若頭の鬼柳と舎弟頭の薮下の二人が生き残った。薮下は、“隼田組”の組長でもある。
“枝”の者としては、隼田組で薮下のボディーガードを務める万城と、同じく隼田組の金田という若い者がいた。
私が所属する鴉氣組の受刑者は親分を含めて全滅だった。
五人目は、盟心會の親分だった松羽憲一の出身母体、“松羽組”の組長代行を務める岩蔵だ。
岩蔵は、鬼柳とライバル関係で火花を散らした経緯がある。その因縁なのか、不機嫌な顔で私を怒鳴りつけてきた。
「なんやワレ!今さらどの面下げてノコノコと!」
「申し訳ありません。脳の血管が切れて八王子の医療刑務所におりました」と私は神妙に頭を下げた。
医療刑務所や脳梗塞は嘘だが、脳神経外科に罹って入院したのは本当だ。
「それのせいか?」と鬼柳は私の側頭部の銃創を指さした。彼だけが多少心配そうな顔をしている。
「ボケ!血管の一本や二本どないやっちゅうねん!こっちは何人もタマ取られてんねんぞ?ワシかてこれや」
岩蔵は不器用に包帯を巻いた左手を見せた。何本か指が欠けたようだ。
「まあまあ、兄弟。ここはシャバとちゃうねんぞ?虚井かて捕まっとったんや。来とうても来れんやろ」と薮下がなだめた。
「それに、アイツらに喰われる前から、兄弟は指飛ばしとるやろが」
「なんやとワレ!」
岩蔵が薮下に掴みかかるのを鬼柳が止めようとした。「やめんか!岩ちゃんも、なあ!なあっ!…こら!あんまし舐めた口聞いてっと先にぶち殺すぞ?」
そこに、手製の棍棒を構えた万城が、「若頭、どいつにぶち込んだらいいですか?」と加勢にやって来た。
「この人数で喧嘩してる場合じゃねーだろ。あんたら馬鹿か?」と、つい私が苛立つと、万城が矛先を変え、「てめぇ新参者が、のうのうとウタってんじゃねえ!」と怒鳴り始めた。
その時、見張りに立っていた金田が手をバンバン叩きながら、大声を上げた。
「…本当。本当なんだから!聞いて下さいよー!アイツら、紅蓮が来た!カチコミに来やがった!」
「飛んで火にいる、やな!」と岩蔵が吠え、鬼の形相で私をにらみつけた。「虚井!ええとこ来た!」
「こっちは六人!返り討ちすんぞお!」鬼柳も仁王立ちになって棍棒を掴んだ。
プレハブの狭い開き戸で押し合いへし合いしたかと思うと、あっという間に全員が表に飛び出していった。
この五人が生き残った理由がよく分かる。
滅法強く、そして容赦ない。
私が彼らの後を追うと、すでに棍棒で頭を割られた襲撃者が何人か転がっていた。
私はいつものようにステゴロだ。拳にも自信はあるが、私の自慢はツルツルに鍛え上げた鋼鉄の脛だ。
目の前に紅蓮が二人、迫ってきた。顔面への左ジャブ一発で動きを止めると、右ローキックで一人目の膝を潰した。二人目はカーフキックで脛骨を横からへし折った。
「龍司!鈍っとらんの?」
万城が嬉しそうに声をかけてきた。「しゃけど気ぃつけよ!コイツら噛んで来よる」
確かに、さっき倒したうちの一人が歯を剥いて足首に噛みついてきた。私は踵でそいつの顎を踏み砕いた。
岩蔵が手を喰われたのは本当らしい。
襲ってきた紅蓮は十人ほど。私も紅蓮を相手にするのは初めてではない。
だが、ヒヤッとするような違和感と不気味さを感じた。
道具も刃物もないからといって、歯を使うのは異常だ。
「あっちに援軍や!」薮下が叫んだ。
見ると、さらに十人が林から飛び出してきた。
私は三人目の横っ腹にミドルキックを見舞って体を二つ折りにさせると、次に備えて息を整えた。
が、襲ってこない。
新手の十人は、転がっている仲間を抱え上げると逃げ出した。
「クソ!火つけられた」と金田が叫んでいる。
振り返ると、アジトのプレハブが火を吹いて燃えていた。
紅蓮の狙いはこっちだったようだ。