第二話:狩人也-2
ホムンクルスの少年、ゴッドネスとの仕事は自分の命をも死の危険に晒される危ないものと教えられ、経茅花薫は動きやすい服装でありながらこの世界に来るまで勤めていた葬儀会社と似たような服と、何よりも一番に黒いネクタイを求める。そうして翌日、彼女の初めての仕事が明かされた。
やけに静かな廊下を歩いてやってきたのは、昼間以来のあの食堂。それから薫は促されるままに近場の椅子へ腰をかければ、かつては冷蔵庫があったであろう場所に置かれる棚から少年が何やらいそいそと持ってくる。
緊張に塗れて疲れ切った薫の前に出されたのは円の中央にぽっかりと穴の空いている、いわゆるドーナツであった。しかも薫が大好きなイーストで膨らませたドーナツで、たっぷりと砂糖のかかるふんわりとしたそれを口に含むと、心の底から至福を感じる。
「あー……なんておいしいのかしら」
ほんの少しだけ天を仰いで目を瞑り、口の中にある柔らかなドーナツを幾度も咀嚼する。そうすると口中にある砂糖がどんどんと溶けてゆき、甘さが口いっぱいに広がった。
「んー、本当においしい」
もうひとくち口に頬張りもぐもぐと味わっていると、いつの間にやらゴッドネスが鄙びた茶碗で湯気の立つ茶を運んでくる。
「緑茶?」
「はい。先だっての会話から緑茶がお好きなのかと思いまして」
確かにいつも薫が勤めていた会社と自室の茶筒には緑茶が入っていたが、それは葬儀社ゆえの事情があってのことであった。ありていに言えば香典返しを扱う葬儀会社だからこそ緑茶を選ばざるを得ない状況であったともいうが、そんなこんなの状況下だからこそ薫にとって茶と言えば【緑茶】しかなかったのだ。
テーブルに置かれた茶碗からは湯気がほんのり立っているが、器を手にした瞬間に彼から薫への心遣いを感じ取る。
「……うん、おいしい。茶葉もいいものを使っているし、ぬるめのお湯で旨味あふれる淹れ方にしたのね。ありがとう」
薫は今のところ、ホムンクルスにお礼は欠かさないつもりらしい。それならヒトの礼儀を真似て笑顔を浮かべ、
「ありがとうございます」
と、少年も礼を返した。
「ところで……」
薫は直近の疑問を口に出す。
「ゴッドネスくんが荒事専門の仕事をしていることは分かったけれど、それと私の裸の寸法とどう関係があるの?」
それは……と口を開きかける少年を制し、天井からグランドブレイン参號が答えを出してきた。
「ゴッドネスと仕事を共にする際、経茅花さまのお身体に万が一のことがあった時のことを考えてです。万が一とは『身体の欠損』のことを指しまして、その欠損部分を形成外科による治療で再建する際に今回取りましたデータが必要となります」
肉体の細胞をほんの少しだけ頂戴して、細胞を培養することにより当人が欠損した部分の骨から何から全てに至るまで肉体を造り出すのだという。そうして培養によって造り出された肉体の一部を使い外科手術で傷ひとつなく再生するのだ。
ただし、頭部のほぼ全ての損傷……頭が吹き飛ばされたりもぎ取られたり、頭蓋が変形するほどに脳を損傷した場合は再建どころではなくその時点で死亡確定となる。
内科専門の臓器も当人の細胞により培養、五臓六腑と呼ばれるものも全て造り出すことは可能だが、心臓などの身体にとても重要な箇所で著しい損傷を受けた場合はすぐに外科治療を行えばある程度の命は救えるものの、手当と手術が少しでも遅れればこの未来であっても、命は諦めるしかないらしい。
「……そうですね。経茅花さまの身体データですが、お食事のあとで宜しいので口腔内のデータも録らせていただきます。歯も大事な身体の一部ですし、意外とここも仕事によっては欠損する率が高いものでして」
それを聞いて薫は思わず、咀嚼を止める。
「……ちょっと聞いていいかな、グランさん。欠損率が高いって、今までゴッドネスくんと行動を共にしてそういう必要があった人たちっていたの……かし……ら?」
動揺する薫へグランは簡潔に「ゴッドネスに限るなら三人です。そのうちの二人は治療も間に合わず、あえなく亡くなりましたが」と答えた。
腕も脚も再生できるのに、そんな未来のとてつもない医療を使ってでも歯の治療が間に合わないだけで「死」を迎えるだろうか。
その問いに「否」と薫は心の中で答えを出す。
「もしかして、顔を吹き飛ばされたりして歯がなくなってしまったのかしら、その方たち」
「はい」
先程の会話でも頭部に著しい損傷を負えば再生医療を使っても死は免れないと言っていた。その死に至る者が三人中二人もいたとなると、とんでもない確率ではないだろうか。
これは想像以上に大変な仕事らしいと、薫は口の中のドーナツと共に覚悟を飲み込む。
心を一旦正常に戻そうと緑茶を口に含むとあの、一枚の紙からトントンと表面を叩くだけで冊子にもなる不思議な『ぺら』をゴッドネスが持ってきて薫の斜向かいへそっと置いた。
「経茅花さんがぼくと一緒に行動する際にどんな服がいいのか、この中からご自身の服を決めてもらえますか」
それは服のカタログで、ゴッドネスはぺらより冊子がいいと言った薫の言葉を憶えていて、一枚の紙状の表面を叩くとまずはぺらが背幅二センチほどの冊子になり、それを開いて彼女の前にスッと差し出す。
ドーナツをまだ頬張っている薫の代わりに表紙をめくり、まずは紳士物か女性物かユニセックスタイプかそれを選ぶように勧めてくるが、薫は口の中のドーナツを飲み込んでから緑茶できちんと口中爽やかにすると首を横へ振った。
「……ゴッドネスくんって、荒事専門なのよね? そうなると私もハードな仕事になるのよね?」
「ええ、確かにぼくの動きに合わせて、教導員の方もけっこう走ったり瓦礫をよじ登ることもあるし、一番の危険は十干型壱弍参等級数字号と対面した時かと。その際に逃げるか、ぼくとは別の方法で攻撃するかの選択肢になりますが、そのような事態にも備えて動きやすいデザインがいいと思います」
十干型壱弍参等級数字号とはこの静中都市で危険であると認識された者たちへ付ける、仮の名称である。
「たとえば経茅花さんがここに来て出会った肥満体の腹部に目鼻口があったあの怪物は間違いなく【異形】なので十干分類に合わせて壬。そうして経茅花さんに並々ならぬ興味を抱いているらしきことを確認しましたし、あの形状から過去のデータと照らし合わせて貪食とみなし危険度は壱級、それに出現が認められた年月日とその日、そうして今年に入って壬で見つけられた数字を並べて【壬壱級2386060601号】と名前がつけられます」
——薫が対面した【壬壱級2386060601号】は今から五十六年前の西暦二三三〇年に現れた【壬壱級2330010501号】と同形で、その当時の記録には肥満体で裸体、外性器などから元はヒトの男性であったらしいと記されていた。
その異形は遠くから見ても人間同様の姿ではあるが頭部はなく、代わりなのか腹部に顔のような目鼻口に見えるものがあり、その口らしき内部には咀嚼器を備え、生体を発見すると見境なしに貪り食う。
それゆえに【コンクリート人間】と呼ばれている都市型フィラデルフィア亡損事件に巻き込まれた被害者がまだ生存する区域に現れてはその被害者たちを食い散らかすという残酷極まりない行動を始め、それをやめさせるべくTCA静中都市管轄支部が動くこととなったのだが……——
グランドブレイン参號が天井から重々しい口調で顛末を語る。
「当時にその異形の処理にあたったホムンクルスは片腕を失い、ヒトの肝臓にあたる内臓なども破裂させられるなど被害は甚大、異形の処理はなんとか終わらせましたが処理にあたったホムンクルスも廃棄処分になるという最悪の結果となりました」
それを聞いて、薫は絶句した。そうしてそんな彼女へグランは追い討ちをかける。
「異形はホムンクルスよりも生きているヒトが好物らしく、教導員として一緒に行動していたTCA職員は片脚の大腿部付け根までを異形に喰われることで失っています」
薫は途中まで食べていたドーナツを白い皿の上に置き、砂糖の付いた指先をペロリと舐めてそのまま思案顔の口元に柔らかく握るかたちで手を添える。
「……それが五十六年前の話なのね? そのあとにここへ来たホムンクルスさんは、それほど大きな被害とかに遭っていないの?」
「いいえ、計五体は廃棄処分相当の被害となっています」
このTCA泰東統括部・静中都市管轄支部には六体のホムンクルスが常駐しているが、五十六年前の事件の他に『壱級』に相当する危険なモノたちがどこからともなくこの静中都市にやってきて、その処理にあたったホムンクルスは今のところゴッドネス以外は無事にすまなかったとの結果をグランが語る。
「ぼくがここへ来たのは先程グランが言ったように、いくつか廃棄処分になったホムンクルスの補充のためでもあります」
ゴッドネスのあとに「それにしても……」とグランが話を続けた。
「おそらく……ですが、経茅花さまの今後についてまずは国からゴッドネスの教導員としての許可を得る、と、これの結果を現在待っていますが、許可されたのち直ちに経茅花さまが間近で見たあの異形を処理するよう、関係機関から訓令がこちらへ来ると予想されます」
ですから経茅花さま、お覚悟を……と言われて、薫は唾を飲み込んだ。
「……未来に来て早々、まさか命をかけることになるなんて思いもしなかったわ」
口元に置いていた拳を開き顎の下へ置くと、それを頬杖にしてため息をついた。
「まあ、やれと言われたからにはやるわ。だけど、仕事の勝手がわからないから困ったって言えば困ったわね」
「さすがに何もわからないまま現場へは投入はさせないと、この一ヶ月から数ヶ月の間は訓令の仕事の際、御堂さんを経茅花さまのサポートとしてつけることを三宝博士が国へ提案したそうです」
むしろ御堂がゴッドネスと先に立ち、薫が後方からそれを見て学ぶように博士が強く国へ推したのだと知って、それを聞いていた薫は内心感謝をする。
「どちらにせよ、私が置かれる仕事環境は危険と隣り合わせのとてもハードなことなのはわかったわ」
それなら私、慣れている服がいいわ……と、薫は黒のジャケットに黒の作業用ズボン、ちょっとサイズが大きめの紳士用の半袖ワークシャツに漆黒のネクタイを望んだ。
「他に黒い靴下と……そうねえ、荒事に革靴はちょっと難しいような気がするから、動きやすい、滑りにくい靴をお願いするわ。あ、色は黒色でお願い」
本当は黒い背広とズボンをお願いしたかったけれど、これでもなんとなくそれ風になるわよね、と小さく笑う女へ、グランドブレイン参號が不思議そうに問いかけた。
「あの、経茅花さま。今までのお話からの予測ですが、もしかしてお体のサイズに合わないからあのお服を選んでいたのではないですか? それなら完全オーダーメイドでお好きなデザインをお仕立てしますので、自由にお選びください」
まさかの人工頭脳に過去、自分が置かれていた状況を見抜かれて薫は少々驚くが、心配されることに嬉しさを覚えて破顔すると、頬杖をついたまま瞼を瞑る。
「うん。グランさんの言うとおり、私には着たいものがあってもこの身長でしょ? 着られるサイズがなかったのよねえ。それに仕事がこことは違う意味でハードだったし、内容によってはしょっちゅう着替えなければいけなかったの。そこで容易に手に入れやすくそれでいて数を揃えられるのは男物だったんだけれど、今回この服を選んだのは違う理由だわ」
薫はうっすらと瞼を開いて、テーブルの向こうを見た。
「命の駆け引きが必要な職場なら、ここへ来る前の職場と同じものにしたかったの。長年馴染んだ気の引き締め方を流石にこの齢になって新たに探せって言われても、難しいからね。だから、ネクタイ以外は結構ラフなものだけど、形だけでも近くてこれならいいかなって。何より最後にネクタイを締めると気も引き締められるのよ」
そう言い終えて、突然ハッと手のひらから顔をあげる。
「……って、忘れていたけれど、ここって未来よね? 作業用ズボンとかジャケットとか、あるのかしら?」
ご心配には及びませんよ、とグランが答えた。
「昔と今の服装にそれほど差異はありませんので、経茅花さまのご希望は全て叶えることができます」
そう言われてホッとするのも束の間、薫の心の中に再び違和感が湧き上がる。だが、その正体を見極める前に少年からドーナツの続きを食べるように促され、心のもやもやを放置したまま女は甘いふわふわを黙って口に入れると、疑問も何もかもを緑茶と一緒に喉の奥へと流し込んだ。
翌日になって、三宝が書類の申請が無事通ったことを知らせに宿直室へやってきた。それと一緒に布袋に入った下着と薫が望んだジャケットやズボン一式を渡しつつ、部屋をぐるりと見渡す。
「ふむ。この宿直室も捨てたものじゃないが、これから経茅花くんはTCAの正式な社員だ。しかもここを住まいとするからにはそれなりの待遇で迎えなくてはね。だから、君用の部屋を用意したから一緒に来てくれないかね?」
いつの間にか三宝からの呼び方が「さん」から「くん」付けへと変わっているのに気付いたが、それよりもこのスースーとした下着も着けない格好で歩くのかと思うと赤面どころではないと薫はどぎまぎとする。しかしながらどうもこの目の前の初老の男性は、そんなことをつゆとも気にしてはいないようである。
けれどもそんな彼女の心配を汲み取った人工知能が待ったをかけてきて、まずは彼女へ下着をつけさせて欲しいとの提案に自分の無粋さへ気付いた三宝はとりあえず部屋の外へと出ていった。
未来の服のデザインは薫の知っているものとほぼかけ離れることなく、着方も何も同じであったが、下着は一筋縄ではいかないものとなっていた。
「……これって、ショーツ? ブラジャー?」
瓢箪のような、アイマスクのような、薄い布切れが大小あわせて十八枚入っているのだが、それが下着だと知って女は目を白黒とさせる。
どうやれば身に付けられるのか……ためつすがめつ思案すると、少年がその中から大きな一枚を手に取った。
「経茅花さん、服を脱いでもらえますか」
再び全裸になれと今度は少年から言われて、う……と言葉に詰まるも下着の付け方を教えてくれるとなれば従うしかなく、薫はおとなしく病衣を床へぱさりと落とす。そんな彼女の前に立つゴッドネスの視線の先には薄桃色の先を尖らせた胸があり、それがほんの少し寒そうに震えて揺れた。
「この布の端を胸の脇に置いて……」
少年は躊躇うことなく女の左の乳房の腋側へ布の端をあてがい、もう片方の端を右の乳房の横へ持ってゆき胸の前面をベージュの布で覆うように隠す。
「それから『オーケー』と言えば首輪の中のナノロボットを介して布が変形します。やってみてください」
言われるままに声を出せば薫の「オーケー」にあわせてアイマスクのような布は変形し、胸を綺麗な形に整えつつぴったりと寄り添う、肩紐のないブラジャーへと姿を変えた。
「次はこの布を股の間にあてがい、両端を好きな場所まで持ち上げてください」
布を手渡されたと同時に「ごめん、ゴッドネスくん。ちょっと向こうをむいてくれるかな」と薫に恥じらわれ、少年は言われるままに彼女へ背を見せる。
薫は脚を開くと布を股に差し入れ、前後をへその下と腰あたりまで引き上げ、
「もしかしてこれも、ブラジャーと同じ?」
そうですと返されて「オーケー」と呟けば、瞬時に大事なところが布で隠されて指を離しても布はそこから動かなかった。
ほお……と感心している薫の耳に〈良いかね?〉と三宝の声が聞こえてくる。それは彼女のそばでずっと漂っている黒い球体から発せられ、自分の股を見ていた女は顔をあげた。
〈ちょっと急を要する話が来た。やる事が済んだら教えてくれ〉
薫はそれを聞いて、慌てて用意されたワークシャツに腕を通した。
再び部屋の中へやって来た三宝は、やけに渋い顔をしている。
「……予想どおりと言うのか断りきれないと言うのか。申請が通って直ぐにこれがくるとは配慮がない……」
続いて重い口を開いて出て来たのは薫がここへやって来た初日に見つけた、あの怪物を処理して来て欲しいという『訓令』が警察庁から渡されたというのだ。
「君が会ったあの異形は現在、仮の名で【壬壱級2386060601号】と名付けられたよ。発見時が経茅花くんと一緒だったからね」
博士の目の前で手際よく黒いネクタイを締めた薫が、三宝から窓へと視線を移す。
「ゴッドネスくんと話していて気になったのですが、あの、もしかして今って六月ですか?」
三宝は見上げる女の横顔へ「そうだが?」と応えると、その端正な顔の柳眉がしかめられた。
「てっきり私、七月半ばか八月だと思っていました。もしかして未来のこの暑さって異常気象ですか?」
問われた博士は「ふむ」と顎に手をやると、視線と一緒に顔をもう少し上げる。
「異常気象と言われればそうだとも言えるが、この気候になってからすでに三百五十年は経っているからねえ。もう、これが当たり前になってしまったから異常とは言い難いかな」
驚く薫を前に、視線を天井から彼女へと戻した。
「でも、今回は経茅花くんが外へ出ることは無いよ。グランから話は聞いたと思うが、処理対象があまりにも危険すぎる。初めての任務で大怪我でもされたら、たまったものじゃないからな」
自分よりも背の高い女へ、博士は心配顔を向ける。
「今回の件はゴッドネスと御堂くんに行ってもらう。君は彼らがどのように仕事をするのか、それと御堂くんがどのようにゴッドネスをサポートするのか、それを見て学んでほしいし、最中にわからないことがあればなんでも我々に質問してくれ」
三宝は話を途中で区切ると、大きなため息をついた。
「……本来であれば有機ナノロボットを通じてある程度サポートのやり方を学習してそれから任務に就くのが常套だし、現実の任務でも処理にあたるホムンクルスと処理対象からは距離を置くのだがね。けれども……今回の御堂くんはあまり君の学習対象にはならないかもしれない。なにしろ国は君とゴッドネスの距離をあまり離したくないらしくてね」
顎においていた手のひらを口元に寄せてボソボソと喋る三宝の話によると、ゴッドネスと薫の距離はこの屋内の平時であれば何メートル離れようがカウントされないらしいのだが、戦闘時となると今のところ憶測ではあるが、五メートルが二人の間に置かれるせいぜいの距離ではないかと苦渋の顔が彼女に語る。
「訓令によるゴッドネスの職務は他のホムンクルスの危険度なんて比にならないくらいに危険なものだ。それなのに国は君をゴッドネス共々、危険に晒そうとしている。だから……」
だから、せめて半年は御堂がゴッドネスと前線に立ち、有機ナノロボットを持たない薫に彼らの仕事ぶりからノウハウを学ばせて欲しいと国に三宝が申し出たのだが、結局は国との侃侃諤諤の末に三宝は議論に負けて彼女の学びの期間は『二ヶ月』だけとなってしまった。
「済まない。本当に済まない。私が足りないばかりに君を危険に晒して本当に申し訳ない」
三宝の部下である御堂が見れば驚くほどに、博士は意気銷沈としている。その理由は明白で、博士自身がこの四十年近くの間に四肢のいずれか、もしくは内臓を損傷した数人の部下を病院へと見送り、それと同時に廃棄処理扱いされたホムンクルスも見ていたからだった。長いこと静中都市に居るからこそ今回の職務が危険であることを知っているし、だからこそ何も知らない薫を戦場とも呼べる現場に送り込むのは殺しにかかっているも同然だという思いがある。
博士の常を知らない薫だが相手が落ち込んでいると声音で理解し、戸惑いながらも微かな笑みを口元に浮かべた。
「あの、三宝さん。気にしないでください。そもそも私があの……異形でしたっけ? あれに会った時に殺されなかっただけでも運が良かったんです。今もこんなに管轄支部の方から厚遇してもらっているし、私、皆さんに感謝しているんですよ」
今日は現場に出ないだけですでに生死の岐路に立たされている女から笑顔を向けられて、三宝は言葉に詰まる。
「本当に済まない、経茅花くん……」
三宝博士は深く、薫へ頭を下げた。




