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第二話:狩人也-1

四百年後の未来へ飛ばされて三日目。薫はこの世界の技術に驚きながら、自分の置かれた立場を少しずつ把握してゆく。そんな中で彼女の服を仕立てたいからと身体データを作るために服を脱ぐ羽目になった薫だが、そこで人工知能のグランドブレイン参號がとんでもないことを言いだした。

 経茅花(たちばな) (かおる)が昼寝から目覚め改めて思ったのは、未来のトイレの素晴らしさである。

 彼女が生きていた四百年も先では、水廻りの仕様が明らかに変わっていた。

 シャワーからは霧のような風が吹いて皮膚から髪から地肌から(またた)く間に汚れを落とし、かつ、濡れない代わりに潤いを与えてくれる。

 そんな革新的なシャワー同様に座るタイプのトイレ、いわゆる洋式トイレは用を足せば便つぼから排泄物(はいせつぶつ)が瞬時に消えて、同時にシャワーと同じ霧状の風が吹いて局部を洗浄してくれた。このシャワーと同様の霧は局部以外に便つぼをも清掃し、座っている間中は絶え間なく対流するから臭いもまたたく間に消えて快適この上ない。

 だが、薫は懸念(けねん)を覚える。

「用を足したのがパッと消えちゃうけれど、自分の出したもので体の状態を測りたい時はどうすればいいの?」

 ……との質問に対するグランドブレイン参號(さんごう)からの答えはバイオ分解便槽(べんそう)へ『し尿』が吸い込まれる際に、まずは有機ナノロボット有りのヒトのものならその体内にあるナノロボットの電磁波と連携して、無しの人間なら首輪の中にいるナノロボットか四六時中ついてまわっている黒い球体【ブラック・ウィドウ】を通して排泄した個人を即時に特定する。それからパイプに仕掛けられたセンサーと機械によって送られてきた当人のし尿から成分の分析、今の体調がどうであるかを計測してトイレを使用した人物のデータを個人情報へ蓄積(ちくせき)するというものであった。

 その際に排泄物から何かしら大なり小なりの異変を感知するとブラック・ウィドウか首輪などをとおして変調を本人に伝え、間を置かずして車に簡易オペ室を備え医薬品を山のように積んだ巡回医薬局がやってくる。続いて病院に行かずしてその車の中で診察から薬の処方、果ては手術までおこなうのだという。

「ですが有機ナノロボットを体内に入れている方の場合、トイレのその機能を使う以前にナノロボットが身体の変調を感知、細胞レベルで治療するので、この機能はナノロボット不適合者用と見ていいのかもしれません」

 体内に極小のロボットを持たないナノロボット不適合者でも外科的な異変なら首輪に内蔵されているナノロボットとブラック・ウィドウ、そうして監視役であるホムンクルスもしくはロボットが素早く気づけるらしいが、内科の分野となるとそれは一気に難しくなる。

 そこで出番となるのが、このトイレによるシステムなのだと教えられ、薫はいたく感心した。

「でもね、ちょっと不思議なんだけど……お尻と便器の汚れってあの霧みたいなのが取ってくれるのよね? そのあとに汚れはどこへ行くの?」

「心配には及びませんよ。汚れを含んだエアゾールリフレッシャーが肉体や便つぼの内壁へ再付着しないように電子が動いておりますし、用を足し終わったヒトが立ち上がると、素早く下水管へ全てが吸い込まれますから汚れが漏れる心配もございません」

 グランの言うエアゾールリフレッシャーが霧だと理解して、機構はよく分からないが汚れの動きもきちんと把握しているのだと知り、薫はなるほどなるほどと深くうなずく。

「未来ってすごいわねえ」

 感心しきりの薫へ話題をかえる声音で、グランが話しかけてきた。

「あの、経茅花さま。現在午後三時二十七分ですが夕食までのお時間の間、お体の寸法を測りたいのですが」

 ここに来た際に着ていた洋服はゴッドネスが言っていたようにこの未来では違法な材料が使われていたらしく、下着やワイシャツ、他にも背広やズボンに至るまでの全てが警察庁に没収されてしまったのだと、グランが声のトーンを落として教えてくれる。

 そこで彼女の肉体を三次元のデータへと起こし、薫専用にフィットする服を仕立てたいから測らせて欲しいと言ってきた。

「体のサイズを測るのね。どうすれば良い?」

「それでは、今着ています病衣(びょうい)を脱いでください」

 現在は仮の自室として借りている宿直室で薫は言われるままに右脇へと両手を寄せ、結んでいる紐を(ほど)きかけてハッと気づく。


 今、この体は病衣だけしか着ていない。ならば、脱げばどうなる?


「……あの、グランさん? ()(ぱだか)になってしまうのだけど……」

「裸でなければ、正確な寸法は測れないかと」

 四百年の歳月を経ても、体のサイズ測定は裸が一番らしい。

 薫はベッドに座りつつ渋々と紐に手をかけるが、その時、こちらをじっと見ている少年の視線に気づいた。

「あー……ゴッドネスくん、良ければ、あっちを向いてくれないかな」

 若かりし頃の姿に戻れど、心はなんだかんだ言って五〇歳の薫だ。しかし、人それぞれの羞恥心(しゅうちしん)は年齢関係なくやってくるものである。

 薫の幼き頃は田舎の婆さまたちが暑さの中、肌着を脱いで上半身裸で結構気軽に自宅の庭先などを歩いていたものだが、彼女は程なくして両親と共に東京へと移り住み、いつしかそのような姿も下町以外ではとんと見かけなくなっていた。

 特に薫の婆さま世代だと幼い子供たちに裸を見られてもまるで恥ずかしがらない者もいたが、今やそんな年齢にかかりつつある薫は今どき(……と言っても一九八〇年代であるが)の感性で相手が老いていようが幼かろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 ほんの少しだけ頬を赤らめ視線を逸らすが、少年は微動だにせず真っ正面の彼女から目を離そうとしない。

「経茅花さん、実は現在、TCA泰東統括部(たいとうとうかつぶ)静中都市管轄支部せいちゅうとしかんかつしぶで正確な測定をできるのはぼくだけなんです」

 他にグランドブレイン参號もできるにはできるがそれは特殊な部屋でしか行えず、しかも、監視役のゴッドネスが正式な彼女持ちのホムンクルスと(いま)だなっていないことからその部屋への出入りは現状で許されないというのだ。

「ええと、ゴッドネスくん。その……測定ってメジャーを使ってやるの?」

 メジャー……ですか? キョトンとする少年に次いで、天井からグランも「メジャーですか?」と重ねてくる。

「メジャーってものさしのことを言っているんだけど、特に巻き(じゃく)のことをそう呼ぶわ。……で、その巻き尺を使うんじゃないの?」

 瞬時に総合アーカイブの過去項目の領域から薫の言うメジャーとやらを調べたグランは、キッパリと彼女に否定を渡した。

「その方法は現在はすでに(すた)れております。赤外線などを(じか)にあてて計測する方法も昔はありましたが、今は空気の密度と電磁波の波長による計測を組み合わせて全ての形を完全に記録いたします」

 昔の日本人の悪い(くせ)だが、分からなくても分かった(ふう)に笑顔を(よそお)う薫の頭の中は何を言われているのかさっぱりで真っ白になる。しかもこれ以上説明されても分からないから「そうなの」とだけ、返した。ある意味、最悪の返事である。

「ですから経茅花さまは裸になって、ゴッドネスに全てを晒してください」

 わー、見せてしまうのねえ。やるしかないのねえ……と、心の中で棒読みに悟りきった薫はひきつる笑顔のままでうなずくと、もうこれ以上は何も考えないと心に決めてあとは無心で着衣の内側にあるもうひとつの紐を解いて立ち上がるとスルリ、緑の病衣を肩から畳へ落とした。


 ……眼下に見える己の裸身は自分で言うのもなんだが、(まぶ)しく見える……

 薫は大和民族の標準と言われる男性よりも背は高く、加えて(あご)もほっそりとしたシャープな顔立ち。切れ長の奥二重で唇も薄くクールな雰囲気を(まと)う彼女はやけに色白で、それのせいで太陽の下で長時間、日に照らされてしまうと皮膚は赤くなってしまう。そのあとは薄皮が剥がれるばかりで、薫は日焼けというものとは生まれてこのかた縁がない。

 一般的な男性をも見下(みお)ろしてしまいがちな長身には少し大きめでハリのある胸が呼吸に合わせて上下している。しかも日本人離れした白い肌の中央には薄桃色があって先も含めた輪をもほんのりと染めていた。

 手足はスラリと伸びやかで細めの首は幾分長く、顔は全身と比べて小顔である。尻もあまり大きくなければ腰のくびれもある方ではないが、それゆえに彼女を()()()()()中性的な雰囲気でまとめ上げていた。


 経茅花さま、両腕を平行にあげてくださいとグランに言われ、薫はそのままに従う。胸は全体が上腕と一緒に持ち上がり、アンダーバスト直下の両の肋骨を薄い皮膚の下でなおさらのごとく際立たせた。

 それをじっと見つめてくる、少年の瞳。

 その時、無心になっていたはずの薫がちょっとした彼の異変に気付いた。


 ゴッドネスの瞳が青いのである。先ほどまでの少年は普段の日本国内ならよく見る、茶色の虹彩(こうさい)に黒い瞳孔(どうこう)だったはずなのだが。

 なのに今は青白い光に囲まれた、真っ白な瞳孔が目の前にあった。


「経茅花さま、その姿勢のままでゆっくりとその場で回ってくださいませんか」

 グランに言われるまま小股(こまた)で動いて反時計回りにちょこちょこと体を回すさまはきっと、この子の瞳へ滑稽(こっけい)に映るだろうと、そんなことを頭の中でぼんやりと考える。

 途中、一度だけ立ち止まり背面の肩を見たいからとグランから髪をかきあげるよう指示されたものの、あとはぼんやりと部屋を見回しながらきっちりと言われたとおりに一周回り終え、これで終わりかと思いきや、

「経茅花さま、今度はその場へお座りになってゴッドネスに陰部をお見せください」

人工知能がとんでもないことを言ってきた。


 陰部……陰部って女性と、男性も隠さなきゃいけない、大事なところよね?


「……あの、今、なんて……?」

 焦り気味の表情を浮かべ何度か口ごもる薫とは対照的に、キッパリと明確にグランは返す。

「その場に座るかベッドへ腰をかけ、ゴッドネスへ陰部を見せてください。他に肛門もです」

「いや、その……無理っ!」

 薫は反射的に叫ぶと、両手のひらで股の正面を咄嗟(とっさ)に隠した。

「洋服よね? 私の洋服を作るためにこれをやっているのよね? それでここ……ここをその子に見せるのって必要なのかしら⁉︎ 下着はもう発注したとか言っていたわよね? 下着を作るのでないのなら、ここを見せる必要ってないわよね⁉︎」

 薫の、矢継ぎ早に出てくる抵抗に、グランは冷静な言葉で丁寧に説明する。

「確かに今いちばんの目的は経茅花さまのお体に合った服を仕立てる、ですが、それと同時に経茅花さまの『万が一』に備え、お体のデータを()っておきたいのです」


 現在、国に申請している用紙とそれに書かれている項目が通れば、薫は晴れてゴッドネスの教導員(きょうどういん)となる。そうしてゴッドネスは薫の監視ホムンクルスの役目を負う。

 だが、それが問題なのだ。

 国は様々な難題を提示してきて、TCA泰東統括部経由でそれを知らされた三宝(さんぽう)は怒り心頭で国へ直接、その要望を叩き返したのだが結局は受け入れられなかった……という前置きの上でグランは今に至る経緯を話しだす。


 ——薫のこの日本での立場は非常に微妙で、行動の制限や原始卵胞(げんしらんほう)の提出などで拘束は(まぬが)れたものの正直、テスラ・コイル・アソシエーションというエリートばかりが居る組織に(せき)を置くには『無能』と判断されていた。

 『彼女から見ての未来においてこの世界の知識が皆無』『TCAがどのような経緯で巨大化し、国際連盟に肩を並べる組織になったのか』『現在の一般常識を知らない』

 そうして『ホムンクルスの基礎知識すら分かっていない』と、まあ、散々(さんざん)な言われようだが逐一全てが事実なのだから仕様がない。

 けれども、そんな薫でも重要視されていることがある。それが、

【ゴッドネスの教導員】

になることだ。

 一見(いっけん)、少年の姿であるこのホムンクルス『ゴッドネス』はTCA泰東統括部所有の特別なホムンクルスである。今から約五十年前にTCAが日本国の要請で軍事用のテスト体として彼を造ったのだが、巡り巡って今ではここ、静中都市管轄支部せいちゅうとしかんかつしぶ預かりとなっていた。

 約五十年前に作られたとはいえ、当時の科学者【権藤(ごんどう) 史郎(しろう)】が設計、制作をした少年型ホムンクルスは現在の戦闘型ホムンクルスに引けを取らず、むしろ権藤の技術の(すい)を詰め込み過ぎたおかげで誰にも真似されない、それどころか兵士の代わりに彼をベースとして量産するには金がかかりすぎると判断されて結局はお払い箱になり、返品先のTCA泰東統括部の内部でも半ば扱いに困っていたところでの、静中都市管轄支部預かりとなった経緯がある。

 実際、このやりとりの結果は日本国とTCA所属の静中都市管轄支部の両者へ利益としてもたらされた。

 日本国はほぼ、秩序が保たれ犯罪などとは無縁とも呼ばれる平和な国なのだが、国際連盟から国の安全度はSよりもAよりも下の中間である「B」とされていた。

 ……というのも過去、首都にあるべき国会議事堂やほぼ全てに近い省を、そうして東京都の都市運営にも大切な機関から一般大衆に必要なアミューズメントに至るまで集中していた『東京二十三区』が二〇八六年の六月六日に見舞われた【都市型フィラデルフィア亡損(ぼうそん)事件】によって廃墟と化してからはこの二十三区が日本の重荷となってしまい、何よりも事件のあった都市を覆う【ユラギ】によって手出しのできない廃墟群は犯罪の温床(おんしょう)となってしまう。

 それが国際連盟から突きつけられた国の安全基準度判定の低さの原因となっているのだが、その犯罪都市となった場所で活躍を見込まれたのが戦闘型ロボットとホムンクルスであった。中でも優秀な戦闘型ホムンクルスであるゴッドネスの投入は、静中都市で日夜犯罪に立ち向かうTCA職員に諸手(もろて)を挙げて喜ばれたのは言うまでもない。

 だが、それが今回の薫に問題として大きくのしかかってしまう——


「国はゴッドネスが経茅花さまの監視ホムンクルスとなっても、今までの仕事のグレードを下げずに行えと言ってきたのです。それは取りも直さず訓練されたTCA職員が、ゴッドネスの教導員となって凶悪な者たちへ立ち向かっていた仕事と同じことを経茅花さまが行わなければならない……そう言っているも同然のことなのです」

 いつしか下半身の前に置いていたはずの手のひらを両脇へ流し、グランの話を聴いていた薫はポツリと口を開いた。

「犯罪に戦闘型……って、荒事(あらごと)専門なの、この子」

「はい」

 明確な答えを聞いて、薫はきつく(まぶた)を閉じる。その眉間には数本の(しわ)がより、苦悶(くもん)の表情だ。


 ——薫の脳裏には戦後の街並みと争いごとが絶えなかった毎日が(よみがえ)る。

 両親を空襲で亡くし戦争孤児となったが、当時から同年代の子と比べて背が高かった薫は(おの)ずと(した)ってくる小さな子供たちのお()り役にもなっていた。

 空襲跡に建てられたバラックにも住めない、駅の外や廃墟に住み着く戦争孤児の毎日は過酷であったがそんな中、小さな子供たちを狙ってくる不届きな大人たちがいた。近づく目的は様々だが、それらは大抵いい理由ではなく、そんな中で小さな存在を守るのは気概(きがい)のある少女や薫と、暴虐(ぼうぎゃく)な大人へ義憤(ぎふん)を覚える少年たちであった。

 あの苦しい毎日。

 あの頃はまだ少女らしさは無く少年のように振る舞えた薫だったが、そんな彼女と一緒に忙しく動き回っていた少年たちは時に、命を落とすこともあった。

 その内容は食事もろくに摂れないゆえの栄養失調からくる病であったり、大人顔負けの日雇い仕事の(すえ)であったり、もしくは荒事であったり。

 そうして打ち捨てられる遺体をどこにも埋葬(まいそう)できず、ただ見守っていた毎日——


 ……地面に転がる、命のともしびが消えた(うつろ)な少年たちの顔を思い出し、薫はゆっくりと瞼を開いた。そうして目の前でじっとこちらを見る、今を生きる少年の瞳を見つめ返す。

「……わかったわ。どういう仕事になるのかわからないけれど、この子と私の命運は一蓮托生(いちれんたくしょう)なのね?」

「そうです」

 グランドブレイン参號から答えをもらうと薫は意を決して床へと腰を落とした。そうして背もたれとしてベッドに寄りかかる。

「それでは両脚(りょうあし)を広げてください」

 非常に受け入れ(がた)い言葉ではあるが、致し方なしと両股(りょうまた)を開いた。そこへなんの躊躇(ちゅうちょ)もなく少年が間に入り込み股の間へ顔を近づけようとするが、そこで何かに気付いたのか「あ」と声をあげる。

「経茅花さん、耳を見せてもらえませんか。まだそちらのデータは取っていませんでしたので」

 なるほど……確かに今の薫の髪の毛は肩よりも下に伸びていて、耳はすっぽりと隠れている。

 この未来へと来るまでは仕事上、髪をかなり短く切っていた薫であったが、こちらへ来た際にはなぜか蓬髪(ほうはつ)気味に髪が伸び放題に伸びていた。

 了解と髪の毛をかき上げようと腕を動かすと、中腰になっていた少年がそれを制す。そうして立ち(ひざ)になって視線を合わせるゴッドネスが女の髪の毛を右の手の甲で持ち上げ、

「左を向いてもらえますか」

次は右と指図(さしず)して、耳の形を記録した。

 それから正面を最後に向くと、持ち上げていた手のひらを自分へ引き寄せる少年はまだ立ち膝のままで彼女をしげしげと見ている。あまりにも真剣に見つめてくるものだから薫は小首をかしげると、

「経茅花さん、瞳の色が緑なんですね」

と少年も同じように首をかしげた。

「あー、そうねえ。久しぶりにそれを言われたわ」

 薫は苦笑してみせると、なんと言っていいのかと前置きをする。

「……私の両親も瞳の色が普通とされている人たちとは違ったわ。父は()(さお)で、母は私と同じ緑色。でもね、ご先祖に外人さんはいないのよ。不思議よね」

 困った顔のままで笑いかけると、そうですか……とどこか平坦な声が返ってきた。続いて、

「それでは、今度は下を記録させてください」

(とどこお)りなく作業を続けるゴッドネスの表情が薄いおかげで薫の戸惑いは緩和(かんわ)される。それでも一瞬だけ躊躇(ためら)いで股を閉じかけるも、そうしてしまうと少年も一緒に太ももの間へ挟んでしまうので無言のまま、彼のゆっくりと降りてゆく後頭部を視線で追った。

「あの、閉じているところも記録したいので、触れて、いいですか?」

 薫はその言葉で我を失いそうになる。


 ……無の境地しかないと思っていたが、これ以上は思考も恥も外聞も何もかも捨て去るしかないような……


 心の中で半泣きになりつつも、薫は「……うん」とぎこちなくうなずいた。

 そうするとすぐに少年の指先が薫以外は誰も触れたことのない場所へ添えられる。その感触へぎくりとするが少年は指先の動きを止めず、続けて隠されていた大事なところへ普段は感じない冷ややかな空気を薫に意識させた。

 一体自分は何をされているのか。年端(としは)も行かない少年になんてことをさせているのか。

 ……薫は耐えきれず両手を握って(こぶし)をつくりそれを床に置きつつ、顔は天井に向けて目を(つむ)るが、それと同時に二枚の合わせられた粘膜に覆われる場所へ指先が触れてきて、思わず「ひ」と(かす)れ声を出す。

 たった短い時間なのだろうけれど、いやにゆっくりとめくられているような感覚におそわれて、この状況を処理しきれない心はたまらず顔をうつむかせると薫は拳を開いて両手で(おもて)を覆い、浅い呼吸を繰り返した。

 少年の指の動きはとても事務的なのに、目を瞑っているとどうしても卑猥(ひわい)な感覚に襲われる。だから薫は腰をむずむずと数回だけ、動かした。

 すると指先はさらに下方へと流れ少しだけ尻を持ち上げると、今度は尻の割れ目を広げてくる。ここでとうとう、薫の思考が混乱で一杯になった。

 早く終わってくれと念仏のように心の中で唱えていると、指先がようやく離れてゆく。

 奥までひんやりとした空気に晒されていた場所が柔らかな二枚で閉ざされると、薫は両手のひらをゆるゆると顔から遠ざけた。

 少年はいつの間にか宿直室のシンクへ行って、水道の横へ取り付けられたエアゾールリフレッシャー発生機へ手をかざしている。

「経茅花さんの陰部は汚れていませんでしたが、便宜上、この方が良いと思いまして」

 発生機のすぐそばには吸引機があって、そのエアゾールを一気に吸い込んでいた。

 その間、グランに言われるまま薫はのろのろと動くと、床に落ちていた緑色の病衣をもそもそと着込む。

「経茅花さま、夕食まであと三時間近くとお時間がありますが、甘いものをお食べになりますか?」

 グランはおやつを食べるかと聞いているのだろう。

 薫は気分転換にと、その提案にあっさりとのった。

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