第一話:二三八六年の常識-終
無事に四百年後の技術により食事を作って食した薫だが、食が足りれば他を望むもの……今度はこの素っ裸に下着をつけたいとゴッドネスに要望を出すも、すぐには叶えられないと返された。
そんな会話の中で少しずつ、この世界が彼女の元いた世界と違うこと、そうしてホムンクルスが何であるかの片鱗をつかみ出す。
昨日の今日で人の死や未来の文明に触れても睡眠をとったことにより一度は落ち着いたと思っていた薫だが、実際は未来の道具を次々と目の当たりにして混迷に塗れ脱せずにいた。
「……疲れた、かな……」
あてがわれている宿直室へ戻ると、すぐさまにベッドへぼふんとうつ伏せに倒れ込む。
無造作にダイブしたものだから尻と股の間はスースーとして、多分、素っ裸に羽織っているような病衣の背部が捲れ上がったのだろうと予想するが、そんなの知ったこっちゃないとばかりにスプリングの上で大きく息を吐き出した。
「経茅花さん、お疲れになりましたか」
自分の尻の向こうから少年の声が聞こえて、薫は全身をぎくりと強張らせて息を止める。それと同時に脚は動き、開いていた股をピッタリと閉じた。
「……あ、ゴ、ゴッドネス……くん?」
うつ伏せの体からそうっと顔をあげてやけに伸びた長い髪と肩越しに出入り口を見ると、扉のすぐそばには少年が食事前と同じ立ち姿でこちらを見ている。
薫は慌てて両手を使い病衣の裾をつかむと咄嗟に尻までおろして隠してみるが、もちろんのこと慌てふためく心は消えず、胸の中で(あー……)と言葉にならない声をあげてスプリングに顔を埋めた。
「え、なんでまたここに……?」
ベッドマットに向かいながらくぐもる声を発すると同時に、そういえば何をするにしても彼はずっと薫の後ろに付き従っていたことを思い出す。だが、今、気づいてみればそれら全てに足音がなかった。
だから疲れ切った今、彼がついてきていたことに気づけなかったと……そういえばドアを自分で閉めたかどうかさえ確認をしなかったと、いつもなら帰宅前後は張っているはずの気を今日は疎かにしていたことがわかると薫はベッドの中でがっくりと項垂れる。
「経茅花さん、もしかして具合が悪いのですか?」
再び問うてくる声はいまだにドアのそばから微動だにしない。そのことへ気づいた薫はふ……と、彼が自分の召使い扱いされていることを思い出して、少々ばつが悪いと言うのか、なぜだか急に申し訳なさでいっぱいになった。
「……ううん、違うわ」
返答ついでに上半身を起こすと、慣れない長髪を肩へと流して少年へと向き直る。
「てっきり独りになっていたと思っていたから、驚いたのよ。ゴッドネスくんって足音たてないのね」
少年に対するその指摘は彼自身、この五十年間されたことのないもので、その足音を立てないことが薫へ何をもたらしたのか、アーカイブを覗いて情報を探してみてもそれにあたるような事例は見つからなかった。
裾の短い病衣をできるだけはだけないように体を動かし、薫はベッドに座り直して全身を少年へと向ける。
「まずは上がって、ゴッドネスくん」
忙しなく手のひらを上下に動かし、薫が室内へと手招いた。それを命令と捉えた少年は素直に靴を脱いで畳の上へと足をかける。それから促されるままに再びちゃぶ台のそばにある、座布団へと座った。
「……こう言う時はお茶でも淹れたいけれど、ここにお茶ってある?」
「お茶、ですか?」
そうして続くのは先と同じ米の二の舞であった。
緑茶なのか、緑茶なら日本のものか、中国のものか、他国のものか。それとも紅茶? 紅茶なら中国、インド、スリランカ、アフリカ、それとも……等々と訊かれ、薫は早々にギブアップする。
お任せするわ、との言葉へ少年が問い返してきた。
「経茅花さんが普段飲んでいるお茶は、どれですか? それをお淹れしますよ」
それに「そうじゃないわ」と薫は返答する。
「ゴッドネスくんがこうして私の世話をしてくれるでしょう? それならせめてもの労いにって、君にお茶を淹れようと思ったの」
——今日はこれで何度目の戸惑いの表情を浮かべているのだろう——
少年は記憶素子がわりにしている脳へすでにプリントした困惑顔をもう一度面に出し、自分はホムンクルスなのだからそのような気遣いは無用であると薫に言い聞かせる。
でも、と薫は返してきた。
——どんなに君が人造人間だと言っても、どんなに自分で考え、自分で動く力がないと言われても、自分にとって君はヒトである、と——
「だってゴッドネスくん、どこからどうみても人間じゃない。手のひらも、私を助けてくれたあの行動も、何もかもよ」
自分たちホムンクルスに対しての言葉。
「好きなの」「愛している」「伴侶にしたい」「結婚してくれ」
唯一と言っていい、人にかけられるのと同じ言葉はほぼ、『愛』や『恋』ばかりだと言っても過言ではない。
そうして、そんな言葉を面と向かって言われたホムンクルスは枚挙に遑がない。理由は市場に流通しているホムンクルスは全て、成人した男女の姿の者だけだから。
それもあるのだろうが、ホムンクルスが恋愛や性愛の対象にされることは当たり前にあっても、人間として、人間そのものとして対面されることはほぼ無かったと、総合アーカイブには収録されている。
だから、今、ゴッドネスの顔からは表情が消えていた。
こう言う時はどんな顔をすればいいのだろう。記録にはない、人のように扱われ、労う言葉をかけられるホムンクルスはどういう顔をすればいい?
ホムンクルスがあり得ない環境に生まれたダニのような生き物からヒトの姿になるまで、そうしてなった後も色々な議論が尽くされてきた。
その議論は透明性が必要であると研究の進捗と結果を逐一すべての言語に翻訳しては世界中に発信して、それを目の当たりにしてきた人間は彼らホムンクルスが『完全な人間ではないもの』であると、人類の、老若男女かかわらず人の心の根底にはホムンクルスが『人間のような形の肉でできた人形』とだという認識が確としてあり、決して人間たり得ない存在であると植え付けられる。
ゆえにヒトがホムンクルスへ愛を囁き求婚しても、人間の心はどこかで彼ら彼女らを自分より「下」の存在として見ていた。
けれどもそれは為政者のみならず世界の宗教、人権家たちすら望むものであった。そうしてホムンクルスもそれを甘んじて受けていた。なぜなら、ヒトへ自分たちの自由や存在する権利を主張するなんて絶対にあってはならないからだ。
だが、薫はそんなホムンクルスの経てきた歴史のやりとりなんてこれっぽっちも知らない。こうしてヒトのようにゴッドネスを扱ってくる。
だからゴッドネスは初めて、向ける表情の答えに詰まってしまった。
ゴッドネスと違い、戸惑うという心をそれなりに理解しているグランドブレイン参號もこのような時にどのような表情をすればいいのか、少年へ指図できずにいた。グランは自分と同じ電子情報網の総合アーカイブを管理している他のグランドブレインへ尋ねてみるが、やはり答えは見つからない。
人工頭脳とホムンクルスが見えない場所でてんやわんやと会話をしている間、薫には段々と睡魔が覆い被さって大きなあくびを一つする。
「……ごめん、ゴッドネスくん。今、すごく眠いのよね。よければ一眠りしたいのだけど、いいかな」
その言葉でハッと我を取り戻した少年は、もちろんです! と声をあげた。
じゃあ、お言葉に甘えて……と一度立ち上がってから掛け布団を持ち上げ、その中へするりと入った薫はすぐに奇妙な顔になる。
「あの、ゴッドネスくん……ちょっと」
ちゃぶ台の向こうからこちらを見る少年に、なんとも言いにくいと惑う声音で、
「下着……パンツとかブラジャーとか、昨日まで着ていたの返してもらえるかな」
と、情けない顔で懇願した。
敷きパッドと掛け布団の間に滑り込んだ体の病衣がめくれて、直にベッドの布地を感じたことで思い出す今の状況。わけの分からないままでここまで来たが、流石にこんなスケスケの格好をいつまでもしているわけにはいかないだろう。
何よりも、薫の心が落ち着かない。
「経茅花さんの下着ですが、お返しすることはできません。あれには石油由来の化学繊維が使われていて、警察で没収となっています」
この世界では石油が使用禁止とされていて、そうなると石油製品も当たり前だが作ることすらかなわない。石油を使用するだけで重罪になると言うのに、薫は石油製品であるシャツから下着に至るまで身につけていたのだから、それはもう上層部から色々と驚かれたのだと今になって説明された。
「経茅花さんは有機ナノロボットを体に入れていませんので、不適合者用の下着が必要だと判断いたしました。ですが、女性用のそのような下着は近隣で手に入りませんでしたので、明日まで待っていただけませんか」
四百年経った文明でも、すぐには配達を望めないらしい。理由はそれなりにあるらしいが、それはのちに聞かせてくれと薫は断る。どうせ今聞いても頭に入らないのだから、少年に余計な労力はさせたくない。
けれども少しだけ愚痴は聴いてほしいと、ボソボソと心のうちを吐き出す。
「下着がないとね、落ち着かないのよ。それに……」
それに、裸を見られることよりも、見る気もない相手に裸を見せてしまった申し訳なさでいっぱいになることってあるよね。見てしまった相手も恥ずかしい思いをなぜかするし、そんな思いをさせたくないから、だから下着をつけたくてね、との言葉に「なるほど、そうなのですか」と少年が返してくる。
「でも、ぼくはそのような羞恥心のデータは組み込まれていませんので、先ほどの経茅花さんの本来下着をつけている場所を目に入れた際も平時のままでしたので、ご安心ください」
とのことだが……今、聞き捨てならないことを聞いたような気がしたと、薫は枕に顔を半分埋めて瞑っていた瞼をゆるゆると開いた。
「えーと……何を見たのかな? 私の、」
「普段は誰もが下穿きで隠す、臀部と女性性器ですね」
即座に返された答えは十分に、薫をベッドと枕へ撃沈させる。なんとも色気もへったくれもない返答であったが、事実は酷なものだと女はベッドの中で憐れなくらいに身を縮こませた。
「……ごめん。見たくもないものを見せちゃったわね」
謝る彼女に「そんなことありません!」と語勢も強く、
「綺麗に脱毛されていて、見た目だけでもすべすべとした感じが伝わってきましたよ」
……と、続く追い討ちで薫の心は真っ白な灰になってしまう。
美辞麗句からかけ離れた存在は大好きだ。薫はいつもそう思っている。飾りのない、偽りもない言葉のなんと素晴らしいことか。
……だが、まあ、それは……時と場合によるのだとこの歳になって知る。いや、飾らなくてもいい。
『デリカシーは持ってくれ』
少年にそう、願わずにはいられなかった。
(こういう時こそ、映画のようにオーマイガッて言うのかしら……。……いや、仏教徒だとなんて言うのかしら)
恥ずかしさでいっぱいの顔は枕からあげられない。頬には熱さを感じていて多分火照っているのだろう。
たった一日と数時間をこの世界で過ごし始めた薫にとって、どんなに人間ではないと言われようがこの少年は今の所、彼女にとっては人である。年齢は定められていないと言われようが、その容姿は自分よりも年下である。
それを加味しても、恥ずかしいものは恥ずかしい!
唸り声を心の中で発しながら、ベッドの中で身悶えていると微かな衣擦れが聞こえてくる。
どうしたのかと耳をそばだてていると、足音がまたもや出入り口のドアへと向かっていた。
ああ、ようやく少年はこの部屋を離れるのだろうかと思いきや、靴を履いたらしい足音はその場で止まり、それからドアが開けられる気配が一向にしない。
それから、十秒。三十秒。四十五秒。
一分。
「……?」
今もまだ赤みがさしている顔を枕からあげ、鬱陶しい黒髪の隙間からドアへと視線を送ると、呆れたことに少年がまだその場にいた。
「ゴッドネスくん」
ベッドへ腕を立てると上半身を持ち上げ、少年の方へ向き直る。
「私のことは気にしなくていいから、自分の部屋へ戻っていいのよ」
昨日の夜から朝にかけての睡眠時はいなかったのに、どうして今更になって自分のそばへずっといるのかと思うその心は、部屋に入ってからも二人のやりとりを空間に浮かぶ黒い球体から観察していたグランによって汲み取られた。
「経茅花さま、それはもう少し待っていただけませんか」
天井からの声にぎょっとする薫へ、グランドブレイン参號は言葉を重ねる。
「ゴッドネスが経茅花さまの正式なホムンクルスだと認められるには、非常に旧式な過程の許可認定を受けなければなりません。ですから早くとも明日、遅くとも明後日までには国から許可が出ると思いますが、それまではゴッドネスをそばに置いてください」
そういえばTCAだったか国からだったかの監禁を免れるための条件の一つに、この少年を常にそばへ置く、と言うものがあったと薫は思い出した。
彼がずっとそばにいるのはこの条件とやらも関係しているのかと問えば、「はい」とグランが返してくる。
「そもそもですが、経茅花さまのように首輪を着けられた方々は必ず監視役を付けねばなりません。ですが今回それをゴッドネスが担うことによって少々、複雑になってしまいまして時間がかかっております」
首輪付きの人間はロボットかホムンクルスのどちらかを、自分の監視役として選ばなければならない。
薫はそれを選ぶことすら許されなかったが、その監視役がホムンクルスのゴッドネスとなると通常、秒もかからない譲渡認定が非常に面倒になってしまう。
というのも彼はTCA泰東統括部・静中都市管轄支部持ちの試験体であるが故に【教導員】という監視役をゴッドネス自身に付けなければならず、しかも軍事戦闘用の側面も併せ持っているので国からの許可も必要であった。
一度でも国策や軍事に関わったことのあるものは全て、手書きの書類と印章で何をするにも許可をもらわねばならず、ゴッドネスもその例に漏れず三宝博士が珍しくせっせと手書きで紙に書いた書類へTCA泰東統括部の印章と自身のハンコを押し、それを国の対応する部署へ送るとその書類に国からの印章も押してもらい、そこでようやく薫の占有ホムンクルスとしてゴッドネスが認められる。
……のだが、
「国だけからの許可ならもう少し早いでしょうが、今回は軍と厚生労働省、警察庁も関わっていますので書類が仕上がり国の管理下に置かれるのは明日になるかと。それまでもう少しお待ちください」
……軍? とグランの言葉に薫は引っかかったが、これ以上深く詮索しても今は理解できそうにもないので疑問はそのままにしておくことにした。
しかし、明日にようやく書類が認められるとしても少年と常に一緒に居ろと言われて、その距離はどこまでだろうとグランに聞けば、それについては想像よりも緩いものらしい。
「譲渡認定された以降ですが、今よりも離れて過ごすことはできます。確かな距離は決まっておりませんが、経茅花さまの首輪が警告音を発すればゴッドネスと離れすぎ、とのことです」
起きがけに三宝からつけられた黒いチューブ状の首輪を、薫は指先でそっと撫でた。どのような仕様なのかまるでわからないが着けている感覚は全く感じられず、顎を引いた時や首を傾げた際にようやく首輪の存在に気づく程度なのだが、素肌にしっくりとくるそれはそれで嫌なものである。
「……じゃあ、その書類が出来るまではこの子と付かず離れずってこと?」
「はい。シャワーを浴びたりトイレにゆく際は扉の外で待ってもらうことはできますが、それ以外は同じ部屋にいてください」
何をするにも誰かと一緒というのは、仕事以外では単独行を好む薫にとって少々きついものであった。だが、ここで「独りになりたい」なんて無理を言っても迷惑を被るのは、視線の先に立っている少年と天井からの声の主だろう。
そんなわがまま、言えないか。……薫は嘆息すると、ちょいちょいと少年に手招きをした。
「ゴッドネスくん、そっちに突っ立ってないでこっちにおいで。……あ、何か本とか読みたければ持ってくる? 私と一緒って決められているのなら、お菓子とか本とか持ってくるの付き合うよ」
ここでまた少年が表情を消してしまうのだが、それに薫は気づいていない。なにしろ普段のゴッドネスの表情を知らないし、何よりも彼は今、薄暗がりにいるのだ。
「……いえ、そのようなお気遣いはなさらずに。経茅花さん、ぼくのことは気にせずにお休みになってください」
声変わりをまだむかえていない少年の声はそれでいて不思議と落ち着くもので、薫は緊張が少しずつほぐれながらも、さて、困ったとあぐねてしまう。
「あの、ゴッドネスくん。こう、ね、大人が寝ている横で子供に見張りみたいに立たれるのはなんて言うのかなあ……いたたまれないのよ。お願いだからこっちに来てくれる?」
——承知しました—— 履いたばかりの靴を脱ぎ、再び少年はちゃぶ台前まで歩いてくる。素直に彼が座布団に座るのを確認すると、薫はほっと一息ついてベッドへ寝転んだ。
……が、そこでまたハッと上半身をあげる。
「ゴッドネスくん。あの、何か暇つぶしの本とかあるの? 未来の便利な道具とかで」
ホムンクルスにそのようなものは必要ありませんと素気無く返されて、それなら自分が昼寝をしている間、どうやって過ごすのかと聞き返せば「何もしません。経茅花さんが起きるまで待っていますよ」 ——お気になさらず——と言われ、薫は少なからずショックを受けた。
子供になんてことをさせているのか。
そんな己の気遣いを薫自身がはたと気づく。少年が召使い同様だと言われても、ずっと彼について気にしているのは自分ではないかと。
何が何だか、現状にこんがらがってしまった薫はとうとう、やぶれかぶれで一つの結論に達する。
「もう、わかった! ゴッドネスくん、それなら私と一緒に寝よう!」
「え?」
掛け布団をはいでガバッと起き上がると、病衣がはだけるのも構わず勢いよく立ち上がり少年の座る座布団までズカズカと歩いた。そうして見上げてくる彼の二の腕を柔らかく掴むと、
「一緒に昼寝しよう、昼寝」
立ち上がらせてベッドへと座らせる。
「壁際がいい? それともちゃぶ台側に寝る?」
形は昔ながらのシングルベッドだが、背の高い薫に合わせたのかマットの大きさは少々長めで幅広でもある。
「あの、性欲発散でしたら……」
「違う、そうじゃない!」
薫は大きな声で否定をすると、ただ一緒に寝るだけだと少年に言い聞かせた。
「何もしないなら、寝てしまえばいいのよ。ちょっと窮屈だろうけれど、我慢して一緒に寝よう」
ベッドへ四つん這いになって乗り上がると、薫はそのまま壁際へとゆく。
「ほら、寝る!」
足元にくしゃっと畳まれた掛け布団を引っ張り上げながら、少年へ横になるように促す。ゴッドネスも言われるままに寝転がると、そのままぱふっと掛け布団をかけられた。
「あー、やっと寝られる。おやすみ!」
横になったまま少年へ背を向けると、薫は大きく息を吐いた。ゴッドネスも表情を作れないまま背中合わせになり、「おやすみなさい」と声を返す。
驚いたことに、薫は少年のおやすみなさいを聞いてすぐに寝息を立てはじめた。それが寝たふりでもなんでもなく、本当に寝ているのだと心音と呼吸数でゴッドネスは確認すると、薄暗がりの向こうの壁から視線を肩口へと移す。
それよりももっと向こう、黒い髪が見えたところで本当に彼女と一緒に寝ていいのかと有機ナノロボットを通じてグランに問うと、良いんじゃないですか? とあっけらかんな答えが返ってきた。
ホムンクルスに考える心などない。
だから、そういうものかとそのまま現状を受け入れ、再び体の正面へ視線を戻すとゴッドネスは瞳をそっと閉じるのであった。
2024-08-03 了




