第一話:二三八六年の常識-1
四百年の時を超え一九八六年の日本から二三八六年の日本へとやって来た経茅花薫。
この世界である程度自由に過ごすには屈辱にもなる条件を呑まなければならず、その一つ、薫の原始卵胞の一部を国に渡さなければならなかった。
その手術を無事に終え少年型のホムンクルス、ゴッドネスと人工知能のグランドブレイン参號からこの手術の意味と以降の体の変化を聞く薫だが、それに伴う話を聞くうちに実は四百年後の常識がとんでもないものであると彼女は知ることになる。
経茅花 薫がここにいる条件として三宝博士たちが提案した一つ。
『彼女の原始卵胞の一部を政府機関に渡す』
これを為すためにTCA泰東統括部・静中都市管轄支部にある手術室に入った薫はたった十分程度でその部屋のドアを自分で開け、昨日の夜から着ている病衣姿で歩いて出てきた。
手術室のすぐ横に置かれた長椅子に座り黙って待っていたホムンクルスの少年、ゴッドネスはすぐに顔を上げるが、その瞳に映るのはむっつりとした彼女の表情。
「経茅花さん、体調はいかがですか?」
立ち上がって迎えるも、事前に薫が受ける手術の行程を聞いていた少年は彼女にそれほど負担はかかっていないはずだがと声に出さずに答えを出して、有機ナノロボットを体内で飼わない人間の状態は想定内では済まないこともすでに履修済み、それゆえに表情を心配顔へと切り替えてわざわざ尋ねた。
「あ、待ってくれていたの。ありがとう、大丈夫よ」
目尻近くのこめかみに真っ赤な三角形を描いている、ちょっと顔立ちが人間離れした……将来はとても二枚目になるだろうな……と思わせる少年にニコリと笑みと言葉を返し、薫はそれからまた何かを考え込むように小さく首を傾げる。
「あの、昨日の今日での手術ですから、具合が悪ければ我慢せずにぼくに言ってください」
薫は一九八六年の日本から二三八六年の日本へとタイムスリップして、それから化け物に追われ人の死に直面し、挙句、行動を制限されたうえ首輪まで着けられ、有無を言わさずに身体まで弄られてのめまぐるしい二十時間近くを過ごしていた。
そんなことだから自分たちホムンクルスとは違う、人間である彼女の心が見た目とは違い今の現状に耐えられているのだろうかと、過去の『人間』のデータをもとにしてここにいるゴッドネスと無言を保っているグランドブレイン参號は彼女の一挙手一投足を逐一見守っている。
体調についての答えをまるで犬のように待っている少年の顔を見下ろして、「あー……」んー……とまるで容量を得ない声を出すと、薫はそのまま天井を見上げてしまった。
こういう時は首を傾げるものだと総合アーカイブにある人間の仕草データから情報を引き出すと、ゴッドネスは正確な七度の角度で首を傾ける。
そんな少年を顔を上にあげたまま視線だけを下ろして、薫は非常に困った思いを表情へと載せた。
奥まった瞼を閉じて眉間に皺を寄せる薫だが、それを彼女の間近で飛んでいる漆黒の球体【ブラック・ウィドウ】を通じて観察していたグランドブレイン参號が、ゴッドネスへ助け舟を出してやる。
「経茅花さま、何かお困りでしたらそこにいるゴッドネスへ何なりとお申し付けください。ゴッドネスはあなた様の召使い同様です。お気になさらずに」
それを言われて薫の眉間は一層深く皺を刻み、鼻から大きく「ふーっ」と息を出す。それからパチっと目を開いて、天井に向かってグランへ応えた。
「あー……グランドブレインさん、召使いって言われても私より思いっきり年下の子をこき使うなんて出来っこないし、何よりこんなコト子供に言い聞かせていいものでもないのよねえ……この悩み」
「それなら!」と、弾んだ声が天井から返ってくる。
「それは杞憂ですよ、経茅花さま。ゴッドネスは見目は確かに子供ですが精神年齢などは特に決められてはおりません。ですので対する方によって好きに決めて良いのですよ」
「えっ?」と短い声の反応に、目前の少年がコクリと頷いた。
「ぼくの人格設定は流通版のホムンクルスとは違い精神年齢の設定はしていませんから、教導員の方が好きなように捉えてください。それに知識はグランドブレインとほぼ同じですから、経茅花さんのお悩みを聴くことは可能かと思います」
天井からの声と目の前の少年に示教されても、薫の頭の中には疑問符だけが舞っている。もう一度しげしげと少年の顔を見つめるが、自分の背よりも低い——薫にとって大抵の人間は見下ろすことになるが——この子供を大人のように扱えと言われても、そもそも何をもって頭の中だけで成人扱い可能なのかと疑問は一つも解消されず、皺を眉間へとつくった。
「悩みっていうのか……第一、こういうことを他人どころか同性にも話すのは憚られるのよねえ」
彼女が腕を組みため息をつく姿を見て、とてもデリケートなことを薫が内にしまい込んでいるとゴッドネスは見当を付け、なるべく相手が心を開きやすいように少しだけ声に優しさを含んで、
「あまり他の方に知られたくない内容なら、大丈夫です。ここにはぼくとグランドブレイン参號しかいませんから、ですから宜しければ話してくださいませんか」
丁寧に薫へ吐露を促す。
薫は(こんなこと、子供に話していいの?)などと心の中で逡巡するが、この質問と驚きを男性である三宝や御堂には話せないと考え尽くし、とうとう己の腹からそれをぶちまけようと決め込んだ。
「あの……あそこの脱毛って……今だけの、効果なの?」
うん? と真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳が首を傾げるので、頭を掻きむしって叫びたい心をどうにか御しつつ、もう一度、今度は詳しく言い直す。
「なんだか原始卵胞だっけ? あれを取るときに……そのう、あれ……股の、毛ね。要らないものだからって抜かれたんだけど、まさかずっと毛のないまんまなのかなあって……」
年甲斐もなくモジモジと喋れば、ああ! と少年から相槌が返ってきた。
「ずっと生えてきませんよ。ご安心ください」
その答えは薫にとって『まさかのもの』で、あまりのショックに絶句してしまう。緑の病衣の上にある青くなったその顔を不思議そうに見ながら、ゴッドネスは話を続けた。
「有機ナノロボットを体内に入れていない方はメンスを毎月迎える方もいます。その際、陰毛があると何かと不便なので脱毛するのですよ。何よりも男女ともに陰毛を処理した方が清潔に暮らせるので、有機ナノロボットを持たない方は第二次性徴を迎えるとともに皆さま、脇や他に生える体毛の永久脱毛もしていらっしゃいますよ」
「皆」が「やっているがら」と言われても、薫の世界の、薫の時代ではそれが『大人の証』であったから、それを永久脱毛されてしまったショックは計り知れない。
体毛のある部位に何かを当てられ、それがパッと光が差すだけのあっけなさであったが、そのあっけなさと共に彼女にとっては「大人の証よ、さようなら」とあっさり縁を切られたような虚無感に襲われ、薫はへなへなとすぐ近くにあった長椅子へ腰をかけた。
「あー……そうなの。未来では……これって要らないものなのねえ……」
そんなに大事にしてきた毛ではないが価値観の違いをその身に受けて、薫は少々項垂れてしまう。
「あの、もしかして……」
気を使う少年に、いやいや大丈夫と下を向きつつ手のひらをぴらぴらと振ると、
「私の時代にはここの毛がないってだけで、まあ、その……そう言うのが好きな人には好かれただろうけれど……君は気にしなくていいわよ。私の感覚が古いだけ。だってあなた達の除毛の理由は理にかなっているんだから」
ははは……と力なく笑って落ち込みを誤魔化した。
じっとこちらを見つめてくる視線を項垂れる頭に感じながら薫はもうひとつ、顔を上げて疑問に思ったことを少年にぶつけてみる。
「そういえば……原始卵胞を採ったって言っていたけれど、これって私の体になんの影響があるの?」
その問いにはテキパキと、天井からグランが答えを出した。
「ございません。調べたところ経茅花さまの体は毎月メンスがくる状態のようなので、これからも変わらず経茅花さまのリズムである二十六日周期でメンスがくるでしょう。そうして妊娠も可能です」
両にまたがるようにある二つの卵巣のうちひとつから、ごく少量の原始卵胞を採取しただけであると人工頭脳は言う。
なんの理由があってそれを採取したのか、薫は問わないことにした。四百年の歳月は人間の価値観をこうも変えるのかと身をもって知ったうえに、今の混乱した頭では到底理解できないであろうと判断したからだ。
「メンスって生理、月のものよね? 私、更年期が来て五十歳手前で生理が止まったんだけど、また来るの?」
もうこうなったら開けっぴろげで訊いてやれと、半ば破れかぶれで天井に話しかける。
「そこは、まだわかりません。ただ、原始卵胞の採取中に卵巣および子宮やその他の体内臓器についても調べましたが経茅花さまのお身体は二十代前半と若々しく、機能も正常であるとの見立てです。ですから妊娠も可能です」
妊娠……自分にはあまりにも縁遠く考えたこともない言葉に、薫は小さく苦笑した。
「ですから、身体が若返っただけではなく機能も回復したのであれば、メンスも正常に来るかと。そこで提案なのですが」
グランが続ける話に、薫は黙って耳を傾ける。
「身体が性行為を要求する場合ですが、その時は肉体がいいですか? それとも性欲をおさめるためのロボットがいいですか?」
はじめ、何を言われているのか理解ができなかった。
「え、ええと……なにが?」
これ以上は少年の前でこんな話、深めていけないのではないかと心の中ではどこか忌避感を持つものの、あまりにも突拍子のない内容なのでつい、聞き返してしまう。
「経茅花さまの時代に合わせた言葉で言えば、セックスをしたいと思った時の相手の話です。ご希望であればヒトの男性か女性、もしくはホムンクルスの男女型を呼びますし、そうでなければヒト型のロボットを呼ぶか刺激を与えるのみに特化した機械を部屋に置くこともできますが、いかがいたしますか」
自分以上にあけっぴろげな内容を提示されて薫は文字どおり、空いた口が塞がらない。
「いや、だって……はあ⁉︎」
「もし特殊なものをお望みなら、無菌培養のペットタイプもございますが」
四百年の歳月は、何もかもが変わっていた。男女間のあれこれも薫の幼い頃と比べて一九八〇年代の日本ではガラリと変わったものだったが、どうもこの今の日本では八十年代当時とは比べものにならないくらいに違うらしいと目を白黒とさせる。
「いや、ちょっと待って、その」
慌てふためく彼女の心を知ってか知らずか、グランは坦々と話を進めた。
「もし呼んだり置くのが煩わしければそこにいる、ゴッドネスに頼んでもよろしいのですよ」
その一言で薫は真顔に戻る。
「……ちょっと待って。若返ったって言っても私にとってはこの子、孫みたいな年齢の子よ? そりゃずっと独身だし孫子なんて縁のない話だけど、もし私に子供がいれば孫みたいな年齢の子なのよ。そんな子供に何をさせるって……」
呆れてものが言えないという風を語尾に滲ませると、グランは「ご安心ください」と場違いな返事を出してきた。
「年齢でお気になさるなら、ゴッドネスもすでに肉体は五十年を過ぎています」
あまりの衝撃的な内容に、薫は思わず少年へと振り向く。
「え、だって……?」
薫が口をつぐむのを待って、グランが続けた。
「ゴッドネスは通常のホムンクルスの二倍、人間と比べれば十倍の寿命をもっています。人が一年で肉体の年をとるなら、ゴッドネスは十年でヒトと同じ一歳をとるのです」
少年は培養槽で人間の身体年齢でいえば九歳ほどまで育てられてからこの世に出て、そこから今の見た目まで成長するのに五十年かかったと言う。だが、ホムンクルスは完全な人工生命体ゆえに心の成長や老いはなく、初めに設定づけられた『年齢を持たない』心のまま、ゴッドネスはここまできたのだとグランは説明した。
「普及型のホムンクルスは持ち主によって見た目の年齢を固定されますが、ゴッドネスは『エイジングケア』を施されていませんので成長し続けているのです」
この四百年後の世界へ来てからまだ一日は経っていない。だからこそホムンクルスのなんたるかをまるで知らない薫だが、ようやく彼らが本当に人間離れしているのだとひとつ、気付かされた。
「なので、性欲を感じた際はゴッドネスにその処理を頼むこともできますよ」
最後の締めの言葉に現実へ引き戻された薫は、いやいやと首を横へ振る。
「駄目だわ、駄目。はじめからそういうことをしようなんて思ったことがないし、この子の肉体が五十年経っているだなんて言われても、ゴッドネスくんの見た目がそうはさせないわ」
端からお話にならないとでも言いたげに話を打ち切る女へ、天井からの声は「そうですか」とだけ簡単に返してこの会話は終わった。
昨日から汚れた白衣を着通している三宝博士は頭の中で展開されるモニターの内容を有機ナノロボットで網膜を通して視覚化し、自分の書斎部屋で銀縁の丸メガネ越しにぼんやりと眺めていたがその脳内へ、別の場所にいる御堂の声が響き渡った。
〈博士、どうしましたか?〉
起きがけなのだろうか、自室にいるであろう彼の声は姿形は見えずとも届いた脳内でも眠たげで、今から話すことをきちんと理解してくれるのだろうかと不安になるが、そこはのちに御堂の有機ナノロボットがどうにか脳で処理してくれるだろうと勝手に決めつけ三宝は話を始める。
〈イワサカトシアキについての資料を、まさかの厚労省が送ってきてくれたよ〉
どこかで聴いたがどこで聴いたのか寝ぼけていた御堂はナノロボットによって記憶域を刺激され、イワサカトシアキが今から百三十二年前からやって来たのかもしれないタイムトラベラーだと思い出した。
〈……へえ、珍しいですね。あの人ら、最後まで教えてくれないものだと思っていましたよ〉
真夜中から早朝にかけての警察庁、厚生労働省、そうしてTCA職員とのやりとりを博士から共有していた彼だが、そうぼやく御堂に苦笑いをする博士の心が伝わってくる。
〈それに関しては私も同意見だ。……で、肝心のその内容だが、実に興味深いものだったよ〉
そう言って三宝は送られてきた資料を御堂の脳内へとリンクした。
眠気覚ましになるかと御堂はベッドの中で短髪の黒髪をガリガリと掻きながら、そのリンク先の資料を脳管轄のナノロボットの助けを借りて全文を数秒で読むものの、あまりの衝撃的な内容に言葉を失う。
〈これは……酷いですね。ほとんど人体実験じゃないですか〉
——百三十二年前に静中都市所属のTCA職員に発見されたイワサカトシアキ。この街に許可なく入り込み見つけられた一般人は全て警視庁か警察庁に引き渡すよう定められていて、しかも憔悴しきったその男は当時すでに違法とされている石油製品を身につけていたがゆえに、国の管轄である警察庁へと送られる。
しかしながら、その警察庁は送られてきた男が何やら混乱していることと、有機ナノロボットを体内に満たしていないにも関わらずまさかの首輪がないことから手をこまねき、有機ナノロボット未注入の者として今度は厚生労働省へと丸投げした。
送られてきた男が国の法律と規定の何もかもを無視していて初めは警察庁へ憤慨を見せた厚生労働省であったが、混乱している当人をどうにか『薬品』で鎮め話を聞くうちに、これはただ事ではないかもしれないと思い始める。
彼の話によると自分は一九八六年の日本からやって来た。だが、帰宅途中のいつもの道に深い霧が立ち込め、その中を歩いているうちにいつの間にかここへやって来たのだ……と、イワサカはそう語る。それから彼が持っていた身分証明書、身につけていた石油製品がその会話の内容の真実性を高め、何よりも彼の体から発せられる【ユラギ】がイワサカを『普通ではない人間』として位置付けさせた。
それからがイワサカにとって地獄の始まりであった。
なにしろ彼がちょっとした過ちで指を怪我したところ、その怪我があっという間に治ったのだ。それを目の当たりにした厚生労働省は彼の細胞を採取、その検体を調べるもその現象の理由を解明できず、なお詳細に調べるために第三者機関へ預けるもそこから研究はエスカレートし、とうとう彼を生きたまま腕や足を切断、それをまた彼の独自の力によって繋げるという、人の道から外れた実験を預けた先で許してしまう。
当然のことながらイワサカはその実験に耐えきれずにある日、心が崩壊……発狂してしまった。
その日、発狂を聞きつけた厚生労働省の職員二十五名が外部機関である民間会社へ出向くが時すでに遅し、イワサカトシアキの狂乱は薬でも止められず彼の周囲の『何か』が暴走。
イワサカを見守っていた厚生労働省のトップを含む職員二十五名と外部機関である民間会社の社員七名、そうしてその社員を守っていたロボット犬七機が分子レベルにまで崩壊、気づけばイワサカトシアキもその場から消えていて、予想では彼らと同じくその身を崩壊させて消滅したのではないかと推測された——
「……博士、これは大事件じゃないですか? 犯罪ですよ、こんなの。イワサカさんは完全な被害者じゃないですか」
ベッドの中央に座る、タンクトップにパンツ姿の男が思わず声に出したそれを彼のすぐそばにある黒い球体——ブラック・ウィドウ——が拾い、三宝へと繋げる。それを『脳内』で聴いた博士も深く頷いてから、補足を話しだした。
〈イワサカトシアキの詳細と顛末は現在、国が『文書』として保管している。その文書には彼が第三者機関の職員に対して語った内容のほかに、どのような実験をしたのか事細かに『手書き』で紙に書いているそうだ。だが、そこまでは私たちに公開はできないと言われたよ〉
それに対して、大きなため息が返される。
〈そんな詳細、いりませんよ。この資料だけでも虫唾が走る〉
御堂からの、過去の行いを嫌悪する気迫に三宝も小さなため息をそっとついた。
〈……こんな事をされるくらいなら、経茅花さんの原始卵胞を差し出すなんてまだマシな方だったんですね〉
その言葉に、三宝が無言の間を作る。
即座に上司がこの意見に対して何かを返してくるだろうと構えていた御堂は数秒、無言を貫く三宝が何やら考えているのだと彼の心が気付いた。
〈博士?〉
尋ねる声音に〈あ、ああ〉と我に返る三宝の声へ、今度は御堂が無言で一体どうしたのかと疑問を呈す。
〈いや、ちょっと気になることがあってな……〉
〈イワサカトシアキの一連についてですか?〉
博士が首を横に振って否定したと、御堂の脳にその信号が送られた。
〈イワサカトシアキが警察に引き渡されてからの行動や処遇は一切、こちらに残っていなかったはずだよな〉
三宝の問いへ、御堂は記憶を掘り返す。それについてはグランドブレイン参號も「TCAのアーカイブには無い」と言い切っていたはずだ。
〈それがどうかしましたか〉
またもや沈黙。
いつもはこのような推測をたてつつの議論は三宝の得意とするところで饒舌になるのだが、今日はどうしたのか戸惑いの心が御堂へと伝わってくる。
〈まあ、いい。今は考えても詮無いことだ。気にしないでくれ〉
珍しく三宝に話を切られ、御堂はつい、自室のベッドの上で首をかしげた。
〈……ところで御堂くん、グラン達から経茅花くんについて報告が上がってきたのだがね……〉
これまたなんと言うのか、どうにもごにょごにょと惑う心と共にはっきりとしない物言いが有機ナノロボット伝いに御堂の脳へとやってきて、今日の三宝らしくない振る舞いにベッドへまだ座っている男は何度目かの首をかしげる。
〈あー……繊細すぎる情報なんだが……〉
いつもとは違う会話の進め方に、御堂は黙って続きを待つことにした。
〈彼女、男性並びに女性との性交経験が全く無いらしい……〉
ぶっほ……目の前に浮いている黒い球体越しに吹き出した音を聞いて、三宝は遥か遠くを見つめるような情けない顔を晒す。
〈……あの、博士っ⁉︎〉
分かっていると数度うなずいてから、三宝は話の続きを切り出す。
〈原始卵胞を採取する際に彼女の内臓器官の諸々を調べてもらったのだが、まあ、あれだ。彼女の胎内細胞を調べたところ、精液を放たれたどころか男性器やそれ同様のものすら入れたことがないだろうとの結論をグラン達は出してきたよ……〉
とは言っても、彼女自身が若返っているらしいことから細胞自体が変性や傷を過去のものから無かった時期へと逆戻りしている可能性も考えて、皆無であるとも断定できないが……とも博士はつけ加える。
〈だが、グランの報告から考えることがあってね〉
誰かに性欲を収めてもらうことを薫は拒否したとの報告に、三宝と御堂は不思議がった。
〈グランから性欲の解消法を提示されたとき、焦りと嫌悪が入り混じった態度を彼女はとったそうだよ。本当は何を考えていたのか知りたいところだが、なにぶん彼女の脳波はユラギに邪魔をされて読み取れないからね〉
そこで御堂が三宝の会話の途中に話を差し込んでくる。
〈確かに四百年前と今では性事情が違うだろうけれど性病とか妊娠とかそういうのは気にしなくていいと、経茅花さんに説明してあげたんですか?〉
三宝の話を聞きながら四百年前の男女のあれこれをアーカイブから引っ張り出した御堂は、そこからの疑問を博士にぶつけた。
〈それが、どうにもそれ以前の話みたいなんだよ〉
三宝は脳内越しでも戸惑いを隠せない声で話し始める。
〈なんて言うのかね、彼女。性を表沙汰にすることへ拒否感を示したそうなんだ〉
それは二人にとって意外な態度であった。




