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第二話:狩人也-終

壬壱級2386060601号の無惨な所業を追って行き、とうとう貪欲な異形にゴッドネスはまみえる。

だが、痛みに鈍いその巨体は少年の教導員である御堂を狙い彼らは手を出しあぐねるが、そんな中、薫が的確な指示を出し始めた。

 着いた先では案の定、ビルから生えた通称【コンクリート人間】はすでに喰われた後であった。

 ここのコンクリート人間は地面から三〇センチ上から“生えて”いただけだから、見つけられてすぐに被害を受けたのだろう。コンクリートに埋まっていたのは()()()()()()()()()()()()男は無惨にも硬い頭だけを残し、コンクリート部からはみ出していた肉体は着ていたシャツごと食い尽くされていた。

 残された肉体の状況から死亡したのは昨日の午後であっただろうと、ブラック・ウィドウの鑑識結果からグランドブレイン参號(さんごう)が答えを導き出す。

 (かおる)に命を絶って欲しいと懇願(こんがん)した女性が亡くなったのは一昨日の午後、そこから近場に居たコンクリート人間が喰われたのが昨日の午後。

「ゴッドネスによって命を絶たれたあの女性の、異形が咀嚼(そしゃく)したであろう傷口を調べたところ、異形の唾液らしきものや口中の細菌が付着していることを確認、それをさらに調べますと付着した時刻は昨日の午後六時頃と結果が出ましたが……おかしいですよね。あの異形は経茅花(たちばな)さまを追いかけていたはずですが……」

 どうしてゴッドネスが首を断ち切った際に拡散されたはずの血の臭いに誘われなかったのか。何よりもあれほど女性が叫んでいれば貪欲に食料を探すほどの異形だから、すぐにあのコンクリート人間に気付いても良かったのではないか? と、グランは疑問を呈した。

 それに三宝(さんぽう)博士が更なる疑問を重ねる。

〈私も不思議に思っているのがひとつあってね。あいつ、経茅花くんを追いかけていた時は確か時速一〇キロくらいの速さで走ったはずだが、過去の(みずのえ)壱級の記録では時速三〇キロで走ったそうじゃないか。過去の異形に食欲も走力も似ているのであればコンクリート人間を食うよりも生きた人間の方に食欲が向きそうなものだが、どうして経茅花くんへ本気を見せなかったのだろう〉

 すでに実体音声で話すことを忘れきっている博士の言葉に薫は顔を()()らせるが、そういやそうですよねえ……と食い散らかされた遺体を検分する御堂(みどう)が現場から同意した。

 そんな二人の間へ多分ですが……と、グランが口を挟んでくる。

「経茅花さまの身体から発せられるユラギが邪魔をしたのではないでしょうか。電波に影響を与えるだけではなく、異形にもなにかしら影響を与えたと考えても良いかと」

 その答えにまたもや三宝が疑問を提示する。

 ——薫のユラギがそこまで強力なら、どうして他の電波状況は悪化しないのか。なぜに『電気』で動くものすら停止しないのか——

「……それですが、電気については答えは簡単かと。エーテルが満ちていればそこからブラックボックスへエネルギーが供給されますから、空気があれば息が吸えるのと同様かと思います。ですが他の電波状況については我々グランたちには今のところ説明できません。大気圏外(たいきけんがい)にある衛星からの情報は受け取れないのに、我々の通信はスムーズにいっている。この現状は私も他のグランも、説明ができません」

 ふむ。……三宝が考え込んだところで、現場の御堂から脳内へと語りかけられる。

〈この遺体からも血の跡が引きずられています。グラン、この方向にはまた何かあるか?〉

 オープンにされた会話はブラック・ウィドウから流れ、薫も道路に残されたその痕跡(こんせき)をめがねの裏にあるモニターから観察する。

「そこから二時の方向へ進んでください。道のりで五十三メートル先に顔だけが埋まっているコンクリート人間がいます」

 続いて御堂の駆け出す音が、ブラック・ウィドウから響いた。



 グランが言ったビルの壁に顔だけが埋まった人間、その前に見つけた両足首がビルに埋没したサラリーマン、そうして薫に自分を殺してくれと叫んだ半身がコンクリート漬けになった女性。そのどれもがビルから生えた【コンクリート人間】であるが、誰もが無情にも喰い荒らされていた。

 だが、顔が埋まっていながら生きていたはずの三人目をブラック・ウィドウによって鑑定用検分した時、薫があることに気付いた。

「血がまだ新鮮な赤色だわ」

 それと同時にグランも解析を終える。

「付着した唾液、細菌ともにまださほど時間はたっていません。傷口の血液が凝固していないばかりか、今も残る部分には(ぬく)もりがある程度あります。遺体となったのは一時間も経っていないかもしれません」

 それはまだ、あの異形が近場にいるという可能性もあるということ。……一同に緊張がはしる。

〈音と振動は?〉

 博士が問う前に御堂は近場で活動させている十数個の黒い球体に、空気の振動を測定するよう命令を出していた。

〈相変わらずビル風が強いらしくて、検知が難しいみたいですね。ちょっと未亡人(ブラック・ウィドウ)を散らしてみます〉

 先ほどとは打って変わって硬い声の御堂が、ビルの内部や物陰などを探すように黒い球体へ指示を出す。

 昭和の時代から四〇〇年も経った未来なのに、いくつかの機器の力が封じられた途端に地道な作業と暗闇に放り込まれたような手探りの状態になったことへ、三宝がため息をついた。

〈……こうなると、お手上げだな〉

 危険な現場に身を晒している部下のためにも諦めるわけにはいかない状況だが、右往左往しているばかりのこの今に焦燥感ばかりが募ってゆく。

 しかし、対照的に薫は冷静さを保っていた。焦る博士の横でグランに遺体を拡大させ、それから地面を映し出すように指示をする。

「あの、三宝さん。あそこにいる黒い丸い子をひとつ、借りてもいいですか?」

 (うわ)(そら)の男はその尋ねられた意味をよく吟味(ぎんみ)もせずに「いいよ」とだけ返す。希望どおりに未亡人(ブラック・ウィドウ)を借りた薫は現場に残された血液の跡をゆっくりとそれに追わせた。

 

 道路上に点々と続いていた血液はすぐに途切れるが、薫はもうひとつ別の『染み』に目をつける。

「これって、なにかしら」

 彼女が画面を見て指す「これ」にいち早く反応したグランは、その跡を追っていた黒い球体へ鑑識用検分をすぐに頼む。

 するとそれは唾液であると、即座に結果が出た。

 だが、その唾液の跡も一〇メートルほどで途切れてしまう。しかし、薫はそこで諦めない。

「……そこに電車用の鉄橋があるわよね。そこの橋脚に何かある?」

 彼女が言わんとしていることが分かると、グランは早速、その太い金属とコンクリートで造られた柱をつぶさにブラック・ウィドウで観察するがそれらしきものは見つからない。それでも薫は諦めず、

「唾液が途切れたところから垂直に、橋の上を見てくれないかしら」

 その言葉を聞いて一同はまさかと思いつつも命令を出された球体が垂直移動する五メートル上の鉄橋には、地上と同じ唾液跡が点々と残存していた。

 薫へお手柄だと言いながらも、三宝博士は背筋が冷たくなってゆく。

〈まさかあの巨体で、あそこにジャンプしたっていうのか〉

 そこへずっと(もく)としていた少年が「跡を追いますか?」と尋ねてきた。

(おう)、頼む〉

 御堂の言葉に応じて少年は上を向くと、彼も垂直に鉄橋へと飛びのった。

「え、真っ直ぐにあそこへ登れるの……?」

 驚いてめがねの内側にあるモニターを見つめる薫へ「ホムンクルスだからねえ」の一言で三宝は説明を片付けてしまう。

 その間にもゴッドネスは走り出し、御堂は彼の信号を頼りにブラック・ウィドウと一緒に駆け出した。

 少年のいる線路へゆくための道を御堂は体内の有機ナノロボットを使って探しながら、同時に脳内のナノロボットも使い周囲への気配りを(おこた)らない。

 唾液はなおも線路上を(したた)り、延々(えんえん)とどこまでも続いている。

 灼熱の青空の下、この追走劇はどこまで続くのだろうと御堂が思う頃、グランから〈空気振動異常有り〉との報に走る脚をゆるめた。


 落ちる唾液が細まって線路から消えた一キロ三二三メートル先に、そいつは居た。



 ——過去と未来が交錯する静中都市にはビル街の他に様々な街や村、草原や丘などが現れる。

 幸いというのか、あえて選びながら現れるのかは分からないが、この『元・東京二十三区』である静中都市に今まで海が来たことはない。そうして一九八六年以前の建造物から物に至るまで確認はされておらず、それゆえにたまに現れる森林や自然物だけの土地もきっと一九八六年かそれより後の場所なのだろうと予測されていた。

 だが、様々な土地が去来してもなぜか被害者たちは上下の移動と混ざってしまう物が変わるだけで、その場を離れることはなかった。

 いや、離れられなかった。

 時にはビルのコンクリートに混ざり、時には丘の急斜面にある土塊(つちくれ)に混ざる。それは逃げる間もなくやって来て、必ず彼らを巻き込むのだ。それから被害者の彼ら、彼女らはその身が朽ちてゆくまでその場に放置されるのだが、時間が巻きもどれば被害に遭ったばかりの「その時」にまで体や記憶、命までもが巻き戻り、また苦痛のやり直しを強制される。ただし苦痛の種類は様々で、去来する土地に合わせて非業の種類も増えた。


 そうして今回、ここで悲鳴をあげていた男は一本の杉と融合し、あえなく異形に見つかり喰われたのであった——


〈前方に異形発見。形状から壬壱級2386060601号と判定〉

 少年の声を聴きつつビル街に突然現れた杉林に薫は驚くが、それよりも道路に面した一本の木へ向かう巨体がなにをしているのか、それが気になる。


 巨体に向かって走り出すゴッドネスへ、そいつはぐるりと振り向いた。異形はでっぷりと迫り出す腹から血まみれの腕を一本はみ出させて、ギラついた瞳で(にら)み返してくる。

 腹にある、通常の人間よりも十倍近くはあろうかと思われるでかい口からはみ出た腕をつかみ取り、巨体は少年めがけてブン、と勢いよくそれを投げつけた。

 投げつけられた被害者の腕を正面からまともにくらいそうになるところでゴッドネスは己の左腕を斜め上にかかげ、唾液と血のりにまみれたものを一旦受け止めてからわきにそらす。


 ジャキッ


 音をさせて少年の右腕に取り付けられた先がすぼまる滑らかなアールを描いた白い長方形のボックスから、突如としてその身が五三センチ五ミリの刃が鋭く現れた。刃を携えた彼はそのまま右腕を脇に寄せ、お次は即座に体を軽くひねると引いた腕を前へと力強く突き出すが、驚いたことに鈍重と見えた相手の体は後方へと素早く退(しりぞ)く。

 巨体はゴッドネスから距離を置くも、そのまま逃げずに彼の向こうを見つめる。そうして血まみれの口を歓喜で(ほころ)ばせた。

 

「御堂さん、逃げてっ!」

 

 この騒動の只中(ただなか)で一番初めに変化に気づいた薫が、大声で叫ぶ。

 そう、巨体は好物である人間……遠方から被害現場へ走ってくる御堂を目ざとく見つけたのだ。

 

 ブラック・ウィドウが映し出す画面には肥満体の異形と少年しか居ないのに、何ゆえ御堂を心配するのか……三宝博士が不思議に思うもそれは一瞬で、巨体がゴッドネスを無視して彼が来た道へと走り出してからその意味を(かい)する。

〈御堂くん! 狙われているぞ!〉

 同時にゴッドネスも走り出し、異形の意識をこちらへ向けようと脇をすり抜ける巨体の丸太のような腕に刃を滑らせた。だが、そいつは出血はするものの肥満体由来の脂肪が邪魔をして、それ以上の痛手にはならないらしい。

 傷を負っても旺盛な食欲は衰えを知らず、巨体は御堂めがけて脚を進める。その勢いたるや薫を追った時よりも激しくて、時速は三〇キロもありそうな速さで走っていた。


〈ゴッドネスくん、そいつの視界の邪魔をしてっ!〉


 彼女の首輪を通し脳内へ直接もたらされる声へ諒解の言葉もなしに少年は、甚平様(じんべいよう)の腰のあたりに巻きつけている帯から金色の円形のプレートを外す。左手でプレートの(ふち)に付けてある連なる(ふさ)を引き抜き、脳内信号で瞬時にダガーを収納しつつ体を軽く前傾させると、右手にそれを握ったまま腕を斜め後方へと振り上げて力強く円盤を目前へと滑らせた。

 円い金属は派手な音を立てて地面の上でクルクルと回りながら、今度はバシュッと円の(ふち)から煙を吹き出す。それは瞬く間に周囲へと広がり、白い煙はゴッドネスよりもはるかに(おお)きな異形を包み込んだ。


〈御堂さん、そいつが通ることのできない細い通路のある建物に逃げ込めますか!〉


 薫の言葉へすぐに反応して、グランが林よりも手前にある周辺のビルの見取り図を精査する。


〈御堂さん、ここへ逃げてください〉


 グランが見つけた地上五階建てのビルは幅一メートルも無い通路が縦横に渡されていた。

 脳内の有機ナノロボットによって送られて来た情報をすぐに認識した御堂は、目前にあるはずの戦いの場から身をひるがえして指定された建物へと向かう。


「ゴッドネスくん、多分そいつは想像以上に鼻が効かないと思う。音もそれほど聴き分けられないかも。周囲の情報を探すのは、ほぼ目だけに頼っているのかもしれないわ」

 めがねのモニターで見ているだけなのに、どうして彼女はそう思うのか……三宝は半信半疑で訊いてみる。

「私を追っている時にスピードが遅かったって言いましたよね。時速三〇キロ近くのはずが、一〇キロだったって。そこから推測しました」

〈そこから?〉

 不思議そうな声音に、薫はうなずいた。

「私、ゴッドネスくんと違って足音は消せないんです。だからあの時もバタバタと足音をさせて、あいつから逃げました。だけどあいつ、私に追いつけないばかりか、あの女性が私に叫んでいても来ることはなかった。それにゴッドネスくんがあの女性の命を絶った時も、来ませんでした。血の臭いに反応もせず、叫び声すらわからなかったら、目だけで獲物(えもの)を探しているのかもしれないと」

 ふうむ……うなずきながらも最後にもうひとつ、三宝は疑問を呈した。

「視界が一番の情報収集器官なのだとして、あの異形はどうして君を追いかける際にスピードが鈍化したのだろうか」

 それは……一旦(いったん)口を(にご)すも、うつむきかけた顔が三宝博士を真っ直ぐに見る。

「それは多分、私が【ユラギ】によって不明瞭(ふめいりょう)に見えたのかもしれません」

 この結論に博士は納得するしかなかった。


 この巨体をどうやって攻略するのか。……ゴッドネスは答えを出しあぐねていた。

 手っ取り早く(くび)を斬る、もしくは首を斬り頭を落としたくとも相手に頭部はなく、その手法は断たれたも同然だ。

 ならば心臓を狙うのはどうか。

 刃渡り五十センチ近くのダガーだが、これで正確に突こうとしても分厚い脂肪に阻まれてそのうえ肋骨正面には軟骨もあるのだから正確に心臓を一突きできるか難しいところだ。それに正面から突いて失敗すればあの巨体の太い両腕がなにをして来るのか分からない。背面から突こうにも脂肪に加えて肩甲骨や肋骨などもあり、正確に心臓へ辿り着くにはなおさら難易度が上がってしまう。

 薫の助言でこのあとに目潰しをすれば良いと思いたつも、続いてなにをすれば良いのか。たった一件の過去の事例ではあの巨体をめった刺しにして終わったらしいが、それと同時に関わったホムンクルスも廃棄処分(はいきしょぶん)となっている。

 正直そんな非効率はとっていられない。自分の脳内分析が「その手は無し」だと語っている。


 ……と、そんな事をコンマ数秒の間で考えているうちにゴッドネスが放っためくらましの霧が晴れ、涙と(よだれ)にまみれた腹を揺らして、怒気(どき)をはらんだ巨体がこちらへと走ってきた。

 腕を前に突き出しジャコッと音をたてて右上のヒドゥン・ダガーを収納するケースの上部にある溝が開くと、そこから無数の一ミリにも満たない針が勢いよく異形の腹めがけて飛び出してゆく。

 針はあっという間に腹にある瞳の奥へと消えてゆき素早く眼球の裏にまで到達すると巨体は仰け反ってからしゃがみ込み、腕を前に組んで悶え苦しんだ。

 その間に脚の腱を傷つけて動けないようにしようとゴッドネスは再びダガーを出して構えるが、うずくまっていたはずの体は突然に起き上がり、大仰に腕をバタバタと前後左右に振りはじめる。

 自暴自棄に見える動きだが異形の体の大きさも相まって、容易に手出しできない有り様だ。

 その時、彼女の首輪にあるナノロボットを通して薫の声が少年の脳内へと響き渡る。


〈鼻。鼻を傷つけられる?〉


 経茅花 薫は今日付けでゴッドネスの正式な教導員となった。だから何の疑問もなしに彼女の言ったことは彼の行動へと移される。

 ゴッドネスは躊躇(ためら)いもなく、右腕のヒドゥン・ダガーを壬壱級2386060601号へと発射した。


 肥満体を誇る異形は大きな叫びを上げるとともに、先ほどよりも派手に地面へと()()ったのちにもんどりうつ。それは大袈裟(おおげさ)じゃないかと思うほどに激しく、絶叫にも近い悲鳴をあげ続けた。

〈ゴッドネスくん、あの時に女性の首を切断した(ひも)を持ってる?〉

 薫が言っているのはヒートワイヤーだと理解して〈はい〉と返した。

〈その紐の先を、そこにいる黒い丸い子へ持たせられるかしら〉

 ……薫は何をしようというのか。だが、意思を持たないゴッドネスに『疑問』の二文字はない。

 言われるままに呼び寄せたブラック・ウィドウへ左腕に装着したヒートワイヤーの先の金属部分を持たせると続いて、

〈そのボールを持ったまま、そいつが起き上がるのを待って〉

半ば危険な事を言ってくる。

 けれども少年は素直にその『命令』を聞き入れ、距離を取った上で大人(おとな)しく巨体が起き上がるのを待った。


 起き上がる。

 それは相手が幾分回復するのを待つことだ。せっかく痛みで戦力が削がれている今、なぜそんな事をするのかと博士のみならず現場の御堂と施設内のグランはしん……と静まり返る中で見守るが、薫はそれを説明しようとはしない。

 ただ、黙って次の「何か」を待っている。

 

 一分と少し……正確には一分二三秒の間、悶え苦しみのたうっていた巨体はとうとう地面を転がるのをやめ、膝をついたのちにのろのろと立ち上がった。

 涎と、涙と、自らの血液で汚れた腹を少年にむけて立ち上がった巨体は怒りで体を真っ赤にしている。それはこれから来るであろう波乱を予感させて、博士たちは固唾(かたず)()み込んだ。

 

〈ボールを向こうに投げて! そいつの股の間を(くぐ)らせるの!〉

 

 薫の叫びと同時に、ゴッドネスが動く。

 少年は腕にスナップをきかせてブラック・ウィドウを投げると、すぐさま、

 

「グランさん、ボールを垂直にあいつの背よりも浮かせてちょうだい!」


薫の指示と同時に黒い球体は浮かび上がり、ゴッドネスは今までの戦闘経験から状況を把握、理解すると彼女の意を介してヒートワイヤーの切断機構のスイッチを入れる。


「ボールをゴッドネスくんの方へ!」


 振動と高温は今もふらついている巨体を尻の分け目から縦に切断しようと密着する。だが、異形たる壬壱級2386060601号は何をされているのか気づきもせず、ワイヤーに身を任せたままだ。

 そうこうしているうちに背面から頭の頂点までワイヤーが密着したところでするすると腹の正面へと熱線はとどこおりなく通り、その間にもようやく視界を取り戻しつつある異形は足を一歩、前へ踏み出したところでぐらりとぐらつく。


「あ」

 

 その実体音声は誰のものだったのだろうか。

 驚きの声の次に皆が見たのはずるりと(わか)たれた体が時間差で道路に崩れ落ち、パカリと左右へ割れたのちに動きを止めた醜い巨体であった。



 静まり返る中、ヒートワイヤーの先を離した未亡人(ブラック・ウィドウ)がアスファルトへ臓腑を山に積んだ巨体へと近づいた。

 続いて〈目標、生体反応停止。内臓のみ現在も動いていますが、その機構がこちらへ害する可能性は一六パーセント〉と、一応の安全宣言を出す。

 それからその巨体の切断面へと他からもやってきた黒い球体が群がり、わらわらとグランドブレイン参號へ提供するための鑑定用検分を始めた。


〈……お見事だ、経茅花くん〉

 脳内音声でブラック・ウィドウを通し話しかけてくる三宝へ、めがねを外して薫が振り向いた。

〈しかし、なんで異形の鼻にダガーを打ち込ませたのかな?〉

 ああ……と汗でしっとりとした頭を指先でぽりぽりと()いてから、女は理由を説明する。

「あの、異形……でしたっけ? あれ、ゴッドネスくんが腕を斬りつけても全然動じなかったのに、目潰しをした時にすごく痛がりましたよね。だから、もしかすれば顔の部分が弱点かなって思いまして。人間もですが鼻ってすごく、痛みを感じやすいんです」

 なるほど。……うなずいてから、三宝はもう一つ質問を切りだす。

〈だけど続けて顔を攻撃させず、どうして待ってからあんなふうに真っ二つに?〉

 それは……薫は腕を組んでから小さく首をかしげ、

「手痛いことをした場合、窮鼠(きゅうそ)猫を()む、ってあるじゃないですか。あそこまで追い詰めてしまった時、想定外のことをされるって結構あると思うんですよ。だから危ない橋を渡るよりも、あいつの顔以外の鈍さを逆手に取ろうと思ったんです」

〈逆手に?〉

 巨体で肥満体の異形、(みずのえ)壱級は腹部の顔以外に痛さはあまり感じないようだったと薫は言う。ならば、背面も痛さに鈍いのかもしれない。それなら背面から斬りつけても気付かれにくいのではないか……と。

「それに、ゴッドネスくんの刀よりも紐の方が切りやすいとも思ったんです。柔らかい大福とか、おはぎを切る時って包丁よりも絹糸だと綺麗に切れますから」

 あの巨体を大福に見立てたのかと苦笑したくなるが、三宝はそれよりも大変なことに気づいて渋面(じゅうめん)になる。

〈……あの壬壱級をこうも簡単に始末できるとは思ってもいなかったが……〉

 言い(よど)む博士の言葉を、御堂が継いだ。

〈グラン、今回のこの件、逐一(ちくいち)向こうにも流したか?〉

 向こうとは、今回の訓令の(あるじ)である警察庁のことだ。

「はい、いつもどおりに一部始終をあちらへもお見せしました」

 その結果に三宝と御堂が頭を抱える。

 文字どおり、両手で頭を抱えた博士へ薫が不思議そうな顔をすると、大きなため息をついてから三宝が真っ直ぐに女へと向き直った。

〈経茅花くん……〉

 ようやく今さらになって脳内音声で話していたことへ気づいた男は、自分の声帯をふるわせて自分たちの絶望を語りだす。

「……経茅花くん、君は活躍しすぎたんだよ。今日はただ、見ているだけで良かったんだ」

 三宝が何を言おうとしているのか、再び首をかしげて待っていると今度はブラック・ウィドウ越しに御堂が説明を始める。

〈今回の異形の処分は経茅花さんの機転あってこその結果なんですよ。でも、ここまでの活躍を見せてしまったら、そのー……あれなんですよ……〉

 御堂まで言い(よど)んで眉を寄せる彼女へ、グランが声を落として話を続けた。

「三宝博士と御堂さんが言いたいのは、経茅花さまがゴッドネスと訓令の行動を共にするのは二ヶ月後であったはずのものを、今回の活躍によって縮められてしまう可能性があるのではないかと心配しているのです」

 そこまで言われて薫はようやく「……、あー……」と声を間延びさせると、情けない顔で現状を受け止めるのであった。



 その日の夕方、警察庁と厚生労働省、そうしてTCA本部並びに泰東統括部(たいとうとうかつぶ)は早くも答えを出してきた。

 『危険な訓令であっても、明日から経茅花薫はゴッドネスと行動を共にすること』と内容は想定内で、せっかく彼女の安全を守りたいとしていた三宝の奮闘も虚しく、薫は翌日から前戦に立たされることとなる。

 

 さて、そんな沈鬱な雰囲気の中、落ち込んでいいはずの薫は新たにあてがわれた自室でソワソワとしていた。それにいち早く気づいたのは、帰ってきてからずっとそばにいたゴッドネスである。

「あの、どうかしましたか? 具合でも悪いのですか」

 あれほど凄惨な現場をいくつも素人ながら見続けたのだ。『死』と言うものにまみれた現場に慣れようが慣れまいが、時間差で吐き気をもよおしたり貧血を起こす教導員は過去に何人もいた。

 彼女もそうではないかとベッドの横にある椅子に座りながら気遣う少年へ、女はどうにもこうにもならないとベッドに座ったまま困った眉を見せる。

「……あのね」

 真剣な顔つきの少年へどう言えばいいのか。

 薫は口ごもるも、それでもこれ以上は我慢できないと開口一番、

「このパンツ、どうやってトイレで下ろせば良いの⁉︎」

もじもじとベッドカバーの上で体を揺らした。

 素っ裸に近い二日間から抜け出し、やっとのことで隠した場所を再び晒すにはどうすればいいかなんて口には出したくなかったが、彼らの戦闘が終わってからずっと悩んでいた尿意だ。……ここで漏らしてしまえば正直、恥ずかしいどころの話ではない。

 薫が何に悩んでいるのかアーカイブ処理で人心を理解した少年は「ああ」と短く応じて、それからにっこりと笑顔を向ける。

「そのままトイレに座れば、中央から布が前後の両端へと収縮して用をたせますよ」

 ……嗚呼(ああ)、未来の利器と呼ぶべきか、素晴らしき技術というべきか。

 手を使わずに当人を(わずら)わせることもせず、自然にトイレ仕様にショーツが変化すると聞いて驚くが、

「わかった! ありがとう!」

大きな声で礼を叫んで、薫は一直線にトイレへと駆け込んだのであった。


 2024年10月13日 了

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