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第二話:狩人也-3

博士の心配もあってそれなりの装備を持ちつつ、御堂とゴッドネスは現場に向かう。

それは薫が初めて異形に遭った場所であり、そこから次に向かったのはあの、コンクリートから生えた女性のいた場所。

ゴッドネスによって命を断たれた女性は酷くも変化を見せていた。

「今回はいつもの武器の他に原子(げんし)ワイヤーも一応、持っていってくれ」

 固い表情の三宝(さんぽう)が、無言で準備をしている御堂(みどう)とゴッドネスへ声をかけた。

 戦闘準備の部屋へ博士が来ること自体珍しいのに、まさかの【実体音声(じったいおんせい)】での指示が飛んできて御堂が驚く。

〈……へ?〉

 相槌のように間抜けな声を内で出すが、同時に今のこの時から経茅花(たちばな) (かおる)の学びが始まっていると気づいて、改めて「え?」と自分の声帯を使って実体音声に切り替えた。

「三宝博士、原子ワイヤーの許可は?」


 ——肉眼での目視は出来ない極細中の極細な糸は、戦いにおいてとても有利になる武器の一つだ。ワイヤーが単体の原子を(つら)ねた状態(だが、分子ではない)でできているため、他の物体の分子を原子のワイヤーが斬る……というよりも分割をするのだが、対象の物体を分割した際に崩れた分子が原子へと戻り、その原子が今度は原子ワイヤーへ付着しようとしてもそれを防ぐ技術も施されているため、ワイヤーの切断能力は永久的に持続する。

 この驚異的な武器は大変便利であってもワイヤーがまるで見えないため収納している容器から放った際にワイヤーの軌道計算をせねばならず、加えてワイヤーの軌道を完全にコントロールするためには動力も必要なことから、有機ナノロボットを介して使用者の意思により自在に動き空中に浮かぶこともできる直径五ミリの『ボール』が先につけられていた。

 この原子ワイヤーが造られた当時に比べて生物の脳と連動する有機ナノロボットが扱う計算能力は格段に向上したとはいえ、ヒトがこの原子ワイヤーの軌道を使用時において同時計算するにはナノロボットを使えど脳に負担がかかりすぎて結局はオーバーヒートを招き計算不能になるだろうとの推測により、人間の使用は国際連盟の武器使用の条約で現在も禁止されている。

 そうして条約上、使用許可を出されているのが世界の中でも六体のホムンクルスと十二体のロボットたちだけで、その中のホムンクルスの一体が日本国のゴッドネスなのだが、使用許可を出されていてもその使用には持ち出す際にまずは申請を、そうして原子ワイヤーを収納する器具に取り付けられたボールを射出する際にも申請が必要なのと、数々の面倒が使用する際に設けられていた——


 ……とまあ、使用一つに難がある武器の持ち出しへ疑問を呈した御堂なのだが、三宝はそれに対して、

「大丈夫だ。もしそれを使うことがあっても、責任は私が取る」

とだけ返して、その返された答えから何ら許可はとっていないと受け取った部下は大きくため息をついた。

「……経茅花さん、この【原子ワイヤー】って本当は持ち出し申請が必要なんですよ。そのあと実際に使用となった時は直前の申請で構わないのですが……博士、経茅花さんの初仕事で初っ端からこういうのはダメですよ」

角張った顔の中から睨みつけるような眼差しで男は上司へ振り向いた。

 珍しく反抗的な態度を見せる御堂へ三宝は少々驚きながらも、それをどうして彼らに持たせたいのか説明をする。

「確かに初日からイレギュラーを経験させるのは申し訳ない。だがな、今回の相手は過去にホムンクルスを一体、廃棄処分送りにして、職員すら再建手術をせねばならないほどの大怪我を負わせた強敵と同型だ。それに当時、脚を食われたその職員は無事に身体の一部を取り戻しても心を患ってしまい、ここの仕事から外れてしまった。念には念を入れておきたいのだよ、今回は」

 ホムンクルスと似て表情の薄い三宝博士だが、御堂の知る『博士』の肩書きを持つヒトの中ではとても情に厚い奇特な人物であった。何よりも自分から進んで責任を取ろうなんて言う上司はこの人物以外で御堂は会ったことはなく、それが理由でここに配属を願ったのは彼の心の中にあるだけで誰も知らない。

 職員を守るためなら何だってするつもりだとその心意気を博士から汲み取り、御堂は「わかりました」と大きくうなずいた。


 原子ワイヤーは予備として車中に待機させ、事態の沈静化を図る際のゴッドネスの標準装備となるヒートワイヤーともう一つ、今回はヒドゥンダガーも装着せよと博士に命令される。

 どちらとも高振動により刃やワイヤーが熱せられて対象のものを断ち切り、付着する有機物を灰と化して切れ味を保つのだが、利き手を選ばないゴッドネスは毎回それを教導員の利き手に合わせて装備していた。

 今回、行動を共にする御堂は左利きなので円柱の太さ一センチ五ミリ、長さ一三センチのペンシル型金属に仕込まれているヒートワイヤーは左腕に、腕に沿うように造られた刀身を隠す長方形の箱にも似た高硬質樹脂の本体は右腕に装着する。そうしてカーボンアンダーと呼ばれる防刃と防刺目的の漆黒のアンダーウェアを着込んだ。ハイネックのそれは手足の指先まで覆っていて陽の光を極限にまで反射せず、熱や先の尖ったもの、斬る目的の刃にも強く、そのくせ柔軟性も有りとても軽い。薫の世界軸ではカーボンナノチューブがそれに近いが、これは熱を含むこともせず涼しさをある程度保つ。

 他にもあの甚平のような藍色の上着や柔らかな靴にも何かしら施されているらしいがそれはあとでと、三宝に言われた。

「それでは無事に、帰ってきてくれ」

 三宝が大仕事へと向かう者たちに必ずかける言葉を御堂とゴッドネスはしっかりと受け止め、玄関先までやってきて彼らを見送る博士へ二人は頭を下げた。



 ゴッドネスの教導員として許可が下りたからと薫が博士に連れてこられたのは、壁紙すら貼られない打ちっぱなしコンクリートの四角い部屋の中央に直径一メートルほどの銀色の球体が置かれる、殺風景な部屋だ。

「経茅花さま、実体でははじめまして、です。私がグランドブレイン参號(さんごう)です」

 目の前の球体からではない、四六時中、薫のそばについて離れない黒い球体(ブラック・ウィドウ)から女性とも男性ともつかない声が発せられたが、それがずっと天井から話しかけてきた声と同じで、しかもその相手がすぐ目の前の巨大な球体であると薫は確信すると、

「私、てっきりグランさんってゴッドネスくんと同じホムンクルスさんなのかと思っていたわ」

戸惑いを隠さないまま、慌てて銀の球体へお辞儀をする。

「いやいや、グランとホムンクルスはまるで違うよ。ホムンクルスは肉体を持っているが彼らには意志や思考が無い。対してグランたち人工知能は我々人間に非常によく似た考えや意志を持っているんだ」

 銀色のつるりとした丸い人工物なのに、その中身はとても人間に近いのだと言われて薫は面食らう。

 ——外見が何ら人間と変わらないホムンクルスよりも、人間に近いだって?——

 ぱちぱちと瞬きを数回してから薫は数歩、グランに近寄ると、口を閉ざしたままじっと見つめた。

「……グランさんって、ロボットなの?」

 博士はその質問を耳に入れて、思わず笑顔になる。

「いやいや、グランたちはロボットじゃないよ。人工知能だ。……そうだな、大きな人間の脳みたいなものだと思ってくれていいかな」

 まさか一メートルほどの丸い球体に大きな脳が入っているのかと薫は驚くが、それを聞いて三宝博士はとうとう吹き出してしまった。

 ——いやいやいや、そうじゃない。大きなこの球体の中に液体が満たされ、その中で素粒子とナノロボットよりも小さなロボットの働きによって人間のような思考とロボット以上に高度な知能を働かせているのだよ——

「グランたちのお陰で世界は回っていると言っても過言じゃないよ」

 不思議そうな顔をする彼女のお陰だろうか、どこか、張り詰めていた気がほぐれようとしたとき、

「博士、そろそろ目標の下車地点に着きます」

ブラック・ウィドウからグランの声が部屋の中へと響いた。



 御堂とゴッドネスの行動の初期開始地点は薫が初めて肥満体の異形と遭遇した、あのコンビニエンスストアだ。

 目標のコンビニより五十メートル手前でただの長方形の箱にしか見えない黒い作業車が止まると、何もないのっぺりとした車のボディの一部がスッと縦一二〇〇ミリ、横六〇〇ミリの幅で上下に消えて、中から身軽にホムンクルスの少年と窮屈(きゅうくつ)そうに体を折り曲げていた男が降りてきた。

〈先にコンビニの中を見よう〉

 まるで隠密行動をしているかのように足音を全くたてない少年へ、御堂は脳内で会話をする。

諒解(りょうかい)

 ゴッドネスも声を出さずに返事をすると、真っ直ぐに目的地の駐車場へ向かった。


 表面がガラス張りの店の中は真っ暗で、周囲は静まり返っている。ゴッドネスと違い戦闘能力が微々たる御堂は、この静中都市に放たれた五万個ほどのブラック・ウィドウから送られてくる情報をグランドブレイン参號に解析処理をしてもらい、それを簡素化したものを逐一自分の脳に送信、御堂の体内にある有機ナノロボットがその情報を彼の脳内で再び分析していた。

〈……おかしいな。なぜ、(みずのえ)壱級は未亡人(ブラック・ウィドウ)の網に引っかからない?〉

 グランから御堂に送られてくる情報を共有しているゴッドネスも〈確かに見つかりませんね〉と疑問を脳内から発した。

〈実際、あの異形は発見当初の前よりブラック・ウィドウの監視網に載りませんでした〉

 グランがこの二人の会話に入り込んでくる。

〈経茅花さまがあの異形を目にした時、経茅花さまに付いていたブラック・ウィドウによって初めてこちらでも認識されました。ですが……〉

 薫が無事に壬壱級2386060601号から逃げおおせたあと、彼女にずっと付いていた黒い球体とは別のものが異形の(あと)を追う任を引き継いだのだが、その引き継ぎをしたブラック・ウィドウは一時間も経たずにその異形によって破壊されたという。

〈異形の知能や行動も予測が難しいのですが、ブラック・ウィドウの破壊行動に対しては自分の視界の端で動き回る物体がうるさかったのだろうと推察します〉

 それからは再び異形の足跡を追えず、今にいたってしまった。特に今回の異形は危険個体だということで静中都市にまんべんなく散っている黒い球体をこの()()()新しいビル群へとある程度集中させ、壬壱級を現在も探し回っている。

〈……そういえば博士、今さらになっての疑問なんですが衛星からの追跡は無理なんですか?〉

 御堂からの質問に三宝はため息で返した。

〈無理、だな。理由は不明。正確な画像がなぜか三日前から取得できないのだよ〉

 衛星から画像を取得できない理由を探れば、その推測のひとつがこの都市を覆う【ユラギ】だ。

 ユラギは様々な邪魔をする。土地や空間の数値を測ろうにもその場のユラギが強くなれば強くなるほど気温、湿度、空気の密度から成分、挙句は空間の広さや土地の面積までそれらを測ろうにも誤った数値を機械が弾き出してしまう。

 昔ながらのメジャーや定規を使いその場で測ったとしても怪談でよく言われる「数えるたびに段数が変化する階段」並みに、目視であってもおかしな数字を人間にさえ見せつけるほどだ。軍事用の監視衛星を使っても、この静中都市においてその情報は不確かなものとなる。

 一応は不具合の出る前に取得していた衛星画像とその場にいるブラック・ウィドウの情報を照らし合わせて「今」を予測した画像をグランドブレインたちに作ってもらうという手もあるにはあるが、今回はいつも以上に揺らぎが激しすぎておおよその動画や画像を撮ろうにもおかしなものばかりを衛星は情報として溜め込んでいた。

〈たとえばこれだが……衛星が取得した君たちが居る現地の実況映像だ。どう見える?〉

 博士が御堂の脳内へ送った動画はノイズだらけで、薫が知るテレビのスノーノイズの画像が広がるだけであった。

「あら、砂嵐(すなあらし)になっちゃっているのね」

 博士から借りた銀縁丸めがねをかけた薫が思わず、声に出した。

〈砂嵐?〉

「砂嵐?」

 御堂と三宝からの問いに、薫はこくりと頷く。彼女がかけるめがねの内側には動画が広がり、ザーッと聞こえる音がめがねの()()から薫の耳へと届いていた。

「真夜中にテレビの放送が終わったり、アンテナが電波を受信できなかったりするときにテレビからこういう映像と音が流れてくるのよ……って、そういうの、今はないの?」

 薫からの疑問を解消するべく三宝とグランドブレインは過去の情報を総合アーカイブへ問い合わせるが、そんな状況に似たものすら何一つ見つからない。

「そのようなものは今も昔も無いらしい。……ええと、なんだって? テレビの電波が受信できない時に現れる状態なのか、これは?」

 こちらを見る男へ、薫は首を縦に振る。

「テレビの上にこれくらいの、ウサギの耳のように針金でできた輪っかみたいなアンテナを載せるのよ。あ、大元になる魚の骨みたいなアンテナを屋根に載せる方法もあるわ」

 アンテナには他に様々な形があると言ってから、アナログテレビ放送の受信不良によって画面に表示される白黒の点々で埋め尽くされるノイズ現象をざっと薫は説明した。

 再度何がどのように起きるのか薫から教えられ、その現象をアーカイブから探す博士とグランだが、そのような事象は過去から今に至るまで一つたりも見つからない。

「……経茅花くんの世界ではあったものがこちらでは無かった、と言う結論になりそうだが、ふむ……そもそも『テレビアンテナ』なるものがここには存在しないからなあ」

 三宝が興味深いと呟いている間にグランは自身のみならず他のグランドブレインにも手伝ってもらい、衛星からの画像が【砂嵐】になる原因を探すが、いくつも出る不良原因の結果が全て同じことに不満を持ち、()()()グランは仲間に何度も他の原因を探すように要求していた。

「どうした? グラン?」

 非常に珍しく人工知能からイライラとした意識を受け取って、脳内で交信している三宝と御堂が各々の場所で首をかしげる。

「え、あ……はい、申し訳ございません。ただ、衛星からの受信が上手くゆかない理由ですが、どうもはっきりとした原因が見つからないので、このような感情レベルになってしまいました」

 珍しいどころか(まれ)なグランドブレイン参號の言い訳に、博士は真っ直ぐに驚いた。

 はっきりとしない“何”に納得がゆかないのか尋ねると、ブラック・ウィドウから不服そうな声で、

「私自身や私たちが導き出した答えですが、この通信不良の(さい)たる原因は分からないものの、多少なりとも経茅花さまも関わっているとの答えが出たからです」

声を絞り出す。

 思わぬところで自分が出されて、薫は驚いた。

「この砂嵐の原因って、私?」

 その声へ即座に反応したグランは「違います」と短く返す。

「遠因にはなっている可能性もありますが、(かく)たるものではありません。ただ、経茅花さまのお体から発せられる【ユラギ】が衛星からの電波の阻害をする何かの『ひとつ』ではないかとの予測ですので、お気になさらないでください」

 それから「どちらにせよ経茅花さまご自身でどうにかなるものではございませんので、個人でどうにかしようなどとはお考えにはならないように」と釘を刺された。

 目的の異形を始末するどころか見つからない現状に博士はやきもきとするが、衛星からの情報も取得できない今、何をすれば目標を見つけられるのかと頭を悩ます。

「……あの、今回のその、壬壱級って大食いなんですよね? まずは近くの食料になりそうなものってありますか? そこから足跡をたどってみるのはどうでしょうか」

 電子機器がまともに動かない今ならアナログな手法に頼るしかなく、その手法で目標を探すのであればアナログな世界の真っ只中で生きていた薫は知恵を出しやすい。

 彼女のそんな提案に〈なるほど〉とつい、脳内音声で応えた博士は現場にいる御堂とゴッドネスへその『食料』を探すように指示を出す。すると横に鎮座するグランドブレイン参號が、

「近場の食料であればそこにあるコンビニエンスストアの中か、次はゴッドネスが首を切断したコンクリート人間が近いです」

と目標の地図から場所を示した。

〈諒解〉

 少年の返事を聞いて地図が素早く拡大される。

 すでにコンビニエンスストアの中はゴッドネスによって確かめられた。されど目標は見つからず、ならば次の場所で目標の捜索をと三宝は脳内から網膜へと結像した画像を、薫は借りためがねの内側に映し出されるそれぞれの画像には二つの点が動く平面地図と現在地の正面から映された動画、そうして目的地の画像が映し出された。

 その画像の中からあの、薫へ自分を殺してほしいと叫んだビルから生えた女性の亡骸が四角い画面の右端に現れて、めがねの内側から皆と情報を共有していた彼女はとっさに息を止める。

 コンクリートの壁から生えた女と邂逅(かいこう)したのは、時間にすれば一昨日の午後。この数日も午前から午後にまたがる暑い日中は三〇度をゆうに超えていて、彼女の遺体も例外なく腐敗が始まっていた。だが、赤黒い白衣だったものに残された白い箇所も腐敗して茶色い組織液で染まりゆく遺体を目にして、薫は眉を顰める。


「……あのご遺体、数日前よりも小さいわよね?」


 数々の遺体を葬儀場へ運んできた彼女は、もちろんであるが腐りゆく死者とも数えきれないほど出会っていた。

 説明するまでもなく腐敗が始まれば徐々にその遺体も形を崩してゆくわけだが、こんな早くに骨になってしまうのは考えにくい。だが、現場の黒い球体(ブラック・ウィドウ)によって映し出された画面には、上半身の半分が失われたビルから生える人間がそこにいた。

 薫が眼前に広げられる画像をもう少し近距離で見たいと申し出れば、グランの命令により黒い球体があの女性の遺体のそばまで近寄ると現状、確認できるところをくまなく撮影する。

〈喰われていますね……〉

 慎重な御堂の声に三宝が唾を飲み込んだ。

 女性の遺体からブラック・ウィドウが離れ俯瞰で周囲の状況を映し出すと、地上から女性までの間にはコンクリートの壁面に均等な距離で穴が空いているのが確認できる。

〈指先を壁に突き立て、目的のコンクリート人間まで登って行ったようですね〉

 御堂の言葉どおりにひとつひとつの穴はよく見れば五つの穴の集合体で、それが均等に上方(じょうほう)へと向かっていた。

「これは……以前の壬壱級には無い行動です」

 グランの深刻な口調に、三宝が眉間へ皺を寄せる。

「過去の記録によれば、壬壱級2330010501号の動きは鈍重、行動範囲も平面的でただ、動き回るだけ。自分の手が届く範囲内の屋内にある食品やコンクリート人間を貪っていたとの報告でしたが、上方にある遺体まで登りそれを食べるなどという痕跡は以前の報告にありませんでした」

 だが、今はそれがある……押し黙った三宝はグランの話を聞きながら、脳内から網膜へ結像された画像をじっと見つめた。

 これは進化なのか? という博士の問いにグランは違いますと端的に応える。

「むしろ『学習した』と言った方が的確かもしれません」

 え、でも、あいつに頭は無かったわよ? と驚く薫へ、

「異形はヒトとは乖離(かいり)した生き物です。……いえ、すでに生き物という範疇(はんちゅう)から抜け出したクリーチャーで、私たちの常識ともかけ離れた存在です。なので学習する場所は脳とは限らず、もしかすれば心臓などで記憶、思考、経験による学習を行っているかもしれません」

過去にもそのようなケースがあったと人工知能はアーカイブから記録を引き出した。

 クリーチャー? 耳慣れない言葉へ疑問を持つ彼女へ、いわゆる化け物ですね、ともグランは付け加える。

〈それにしても厄介だな。地面だけ駆けずり回っている相手ならまだしも、壁登りするようになってしまうと捜索が以前よりも危険なものになる〉

 興奮と心配によりいつものような脳内会話で感想を吐露する三宝の声を宙に浮く黒い球体(ブラック・ウィドウ)が拾い上げ、自ずとその言葉に同じ室内にいる薫と現場の御堂がうなずいた。

「ところで食べた後に移動する際、付着した血液もそれと一緒に道路とかに付いていませんか」

 薫に言われるままゴッドネスが周囲を見回すと、アスファルトが吸いきれずに残っていた血液と遺体を食い散らかした際についた血液が点々と、跡としてビルに面する広い道路へと続いている。その血液の点は途中で途切れるもののどこへ向かったのか、その見当はあっさりとついた。

「そちらへ痕跡(こんせき)が向かっているのであれば、ここから近いコンクリート人間は三体います」

 御堂たちは中でも一番近いビルから生えた人間のところへと、即座に向かった。

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