いびき(こんとらくと・きりんぐ)
ショートヘアの少女、または長髪の少年に見える殺し屋はとある南の島で三人の素人と手を組むことになった。
ひとりは白人、ひとりは黒人、ひとりは混血。
白人はしきりに時間を気にして、黒人はジョークを飛ばし続け、混血は眠っていた。
彼らはそれぞれ四十五口径のオートマティックを持っていて、一応、殺し屋の援護をすることになっていたが、混血は大きないびきをかいていて、黒人はこのあいだ、クラブでものにした女について、ワニみたいな女だったと言ってゲラゲラ笑い、白人はしょっちゅう時計を気にしていた。
「やつは本当にここを通るんだな? 夜の十時に?」
「間違えねえよ、ミゲル」黒人が言った。「やつはここを通るぜ。そこの角を曲がった先にあるバーからラ・フローナに行くんだ。ボスはそこをズドンとやれって」
白人と黒人が車を降りたので、殺し屋も降りた。
そこは水路が複雑に走る、静かな住宅街だった。頭上の椰子の葉がさらさらと音をこぼし、そのさらに上には頬のこけた月が上っている。コオロギと猿の激しい鳴き声もした。
「顔は皆さん知ってるんですよね?」
殺し屋がたずねると、白人が言った。
「やつの顔ならしっかり知っている」
「知ってるなんてもんじゃあねえ。やつの顔は毎日、新聞の一面にででんと出てる」
そう言ってから、ふたりは殺し屋の、トレンチコートに物欲しげな顔をする。そこには銃身と銃床を切り詰めたサブマシンガンが吊るされている。ターゲットがあらわれたら、これで仕留めるのだ。
ぐおーっ。ぐおーっ。
混血はいびきをかいている。
「あの役立たずはどこで拾ってきたんだい?」黒人が白人にたずねた。
「知らねえよ。本部がよこしてきた。何か実績をつけてやれって」
「寝てばかしじゃねえかよ」
ラムと葉巻の、汗が襟に染み込む熱帯の夜。要塞の岬から吹く塩臭い風がぬるま湯みたいな空気をかきまぜる。ラジオがジャズのスタンダードを南国風にアレンジしたものを流す。つまり、コンガとマラカスをつけ加えた代物だ。
「ビールないですか?」
「トランクのなかにある」
三人はバンパーの縁で蓋を開け、ぐびぐび喉を鳴らした。混血はまだ眠っていた。
「かぁーっ、たまらん」黒人が言った。
ぐおーっ。ぐおーっ。
「本当によく寝るやつだ」白人が混血に呆れていた。
「おれたちにも銃を撃たせてくれよ」
「いいですよ」
「やったぜ。言ってみるもんだな」
「駄目だ、アウレリアーノ。おれたちはこいつの銃が詰まったときの予備だ」
「ちぇっ、デカい銃を持ってるのに撃てないなら意味がねえだろうが」
「お前、これがお遊びか何かだと思ってるのか? こいつはデカいヤマだ。成功すれば出世できるが、失敗したら最低でもぶっ殺される」
「最低でもぶっ殺されるって、どんだけヤバいんだよ」
「だから、ヤバいヤマだって言ってるだろうが。こっちはもうふたり、殺られている。しかも、ひとりは上院議員だ。だから、こっちもそれなりのお返しをしろってのが、上の指示だ。それがうまくいかなけりゃ、おれらなんて一発で潰される」
「分かったよ。分かった。ミゲル。落ち着けよ」
黒人は飲み干したビール瓶を道の脇の椰子の樹に投げつけた。瓶は大きな音を立てて割れた。だが、このあたりではビール瓶を固いものに投げつけることはありふれていたので、どれだけ大きな音を立てても怪しまれない。白人もそれに続いて投げつけた。
「あいつら、どえらいやつらだぜ」黒人が言った。「こっち側の上院議員がやられた後、あいつらは葬式に集まったところをダイナマイトで吹き飛ばすつもりだったんだってよ。すげえよな。仁義もへちまもねえ。こいつはでかい戦争にならあな。そうしたら、おれたちみたいな平気で引き金引ける男たちには高値がつく。人を背中から撃てるってだけで政治家どもは金を雨みたいに降らせてくる。こいつはカジノをひとつ持つよりも儲けがでかいぜ」
ぐおーっ、ぐおーっ。
「でかいいびきたてやがって」白人はそう言ってからラジウムを数字にした腕時計に視線を落とした。
「ミゲル。気にし過ぎだって。あいつらみたいな人種はナイトクラブ全部に顔を出さないと生き埋めにされたみたいに感じるやつらだから」
「ビール、もう一本もらえます?」
三人はビールを飲み、瓶を椰子の樹にぶつけた。
「だがよ、ミゲル。これをうまく仕上げれば、ナイトクラブめぐりをするのはおれたちだぞ」
「黒んぼの上院議員か?」
「それもありって話よ。結局、革命なり政変なり、大切なのはいざってときに血を流す覚悟のある人間をどれだけ抱えられるかってことだ」
「そんなこと言って、お前、人を撃ったことがあるのか?」
「馬鹿にすんな。おれだって――」
シッ、と殺し屋がおさえる。
「警官が来る」
「何で分かる?」
「におい」
「隠れたほうがいいか?」
「一応」
「混血野郎はどうする?」
「ほっとけ」
殺し屋たちは車が停まった横の、酒場と集合住宅のあいだにある空き地に身を隠す。
二台の車に分乗したサメみたいな警官たちがあらわれ、車のそばで降りた。
警官たちは車のガラスを叩き、なかで寝ている混血を起こそうとした。
混血は構わず寝ている。
警官隊の隊長が部下に顎をしゃくると、部下はハンマーでガラスを叩き割り、混血を外に引きずり出した。
「なんだよう!」
混血が叫んだ。
「貴様、何してる?」
こんなこともあろうかと、三人はもし警官に質問されたら、娼婦を引っかけようと待ってたと言うよう口裏を合わせていた。そのときは確かに混血も起きていた。
だが、混血はそのかわりに銃を抜いた。
すぐに警官たちが十数発の三十八口径弾をぶち込んだ。
混血はコマみたいにくるくるまわりながら、車の横に倒れた。
「こいつの身元を調べろ」隊長が言った。
しばらく、部下たちが混血の上着を触っていたが、まもなく身分証明書が出てきた。
「隊長、こんなものが」
「見せろ!」
身分証明書を見た途端、隊長の顔が蒼ざめた。
「撤収! いいか? おれたちは何も知らん。何もしなかった」
身分証明書を投げ捨て、隊長と警官隊は早々に逃げ出した。
三人はそろそろと空き地の草むらから姿を現す。
「あいつら、何で逃げたんだ?」
黒人が落ちていた身分証明書を拾い、
「げっ」
と、うめく。
白人にも身分証明書が渡され、やはり「げっ」と呻いた。
殺し屋も身分証明書を受け取ったが、何がそんなに狼狽するのか分からなかった。
「大物の息子だ!」白人が言った。「クソッタレ! そうだと分かってりゃ、こんな仕事志願しなかった!」
「逃げろ!」
黒人が運転席でイグニッション・スイッチを押していた。
「あんたも乗れ」
殺し屋は首をふった。
「ターゲットをまだ殺していません」
「事態がヤバいことが分からないのか!?」
「分かりません。ぼくはこの国の人間じゃありませんから」
勝手にしろ!と捨て台詞を残して、自動車は発進し、最初の角を曲がって消えた。
殺し屋は椰子の樹に寄りかかり、ターゲットがやってくるのを待った。
倒れた混血の鼻から血に圧迫された最後の息がきこえてくる。
ぐおー……。
猿の鳴き声。遠くから響くコンガの乱打。
殺し屋はトレンチコートの前を開け、ターゲットがあらわれるのを待つ。
葉巻とラム酒の夜――。