ⅩⅩⅣ: bal masqué
「……なんだ、この量は?」
カタログでドレスを選んだ日から二日後、ホテルでバーノンに用意させた優雅なモーニングティーの時間を過ごしていたノアの元に突然沢山の荷物が届いた。
荷物はすべてマリアン宛になっており、ホテルの一室に収まりきれないほどになって、廊下にまで置かれていた。
「バーノン、とりあえずマリアンを呼んでくれ」
「かしこまりました」
ノアは呆れながらバーノンにマリアンを呼ぶように命じた後、誰もいなくなった部屋の中で荷物の中身を確認するために大型の紙袋を開けてみる事にした。
すると、中にはドレスが入っていた。
ピンクや赤のドレスが綺麗に折りたたまれていて、それを飾るアクセサリーも別で箱に入っているようだった。
(……ピンクは確かマリアンだな、こっちは僕が着るドレスだ……まったく、マリアンの知り合いの店だからドレス等が届くのがはやいとは聞いていたがこれほどまでとは……一気に送りすぎだろう)
ノアが大型の荷物の確認をし終わった時、丁度バーノンがマリアンを連れて部屋に入ってきた。
「ご主人様、お連れしました」
「ありがとう、バーノン。マリアン、これすべてドレスなのか?」
「うふふ、いいえ! ドレスの他にもアクセサリーもあったでしょう? それと、その店の店主の知り合いから送ってもらった人数分の仮面もあるわ」
マリアンは「ほら!」といいながら近くにある荷物から一つだけ仮面を取り出してノア達に見せた。
「そうか、これをすべて開けるのは面倒だがしょうがない。バーノン、皆を呼んでくれ」
「はい」
数分後、ノア達のいる一室に全員が揃うと、手分けして紙袋に包まれている荷物をすべて開封した。
仮面舞踏会にて着用する正装がそれぞれに分けられてテーブルに置かれる。
マリアン、ノアの二人はドレスで、バーノン、ウィリアム、チャーリー、カルロスはオーダーメイドの燕尾服になっているので、荷物の判別には時間がかからなかった。
宝石市主催のボールドウィンは自身で持ち込んだ正装があり、それを当日は着用するらしい。
順調に全員でそれぞれの着用する正装の出来を確認していると、バーノンたち、燕尾服組は試着しに寝室へと移動していった。
「……ふむ、これを着られるんですね……?」
ボールドウィンのテーブルの上に置かれているノアのドレスを見た後にボソッと呟いたこの言葉に気づいていなかったノアは謎の悪寒を感じ取っていた。
「……なんだろう、寒気が……」
「……あら、ノア君ったら……変態センサーが反応しているのね?」
ノアが「なんだそれ」という顔でマリアンの方へと顔を向けると、マリアンは「……違った?」と笑いだした。
「変態センサー……??」
「おや、なんですかそれ??」
「うわぁ!! なんだ……バーノンか……僕に聞かないでくれ……理解したくもないし」
いつの間にか奥の寝室から着替えを終えた燕尾服組が出てきていたらしい。
最初に出てきたバーノンはノアにいま聞こえてきた内容について深く聞こうとした。
しかし、バーノンの後ろからウィリアムがひょっこりと顔を出しているのに気が付いたノアは話題を変えるチャンスだと思って微笑んでそれを無視した。
「ん? バーノン、少しどいてくれ。ウィリアム、よく似合っているよ!」
「邪魔者扱い!? ……え、私は?」
「……ありがとうございます、当主様」
「ん?? 無視ですか?? なんか既視感!!」
バーノンは「前もありましたよね? ねぇ??」と騒ぎ出しており、最後に寝室から出てきたカルロスまでもがその様子に顔を歪めていた。
「……まったく、モルガン侯爵家の執事は煩いな……分かった分かった。感想を言えばいいんだろう? そうだな……バーノン、お前は……」
「はい!!」
バーノンの燕尾服は先程まで折りたたまれていたものを着ているとは思えないほど、ピシッとしわ一つなかった。
彼のスタイルが引き立つ刺繍が曲線を帯びた襟元と背中に金糸で入れられており、光を反射しているように輝いていた。
(……ムカつくぐらい似合っているな……まったくスタイルが良いと言うのも困る……嫌味を言ってやろうと思っていたのに……)
「……?」
「お前は、ムカつくな、うん」
「え、どういう事でしょうか!?」
「……何だか気に入らない」
「えぇ!? 何処がですか!? 見てください、この刺繍はご主人様イメージで!!」
グルグルと一人で回転しているバーノンを見ながら、ノアはウィリアムにも同意を求めてみた。
「……ふん。ウィリアムはそう思わないか? 僕だけか?」
「分かります。なんか嫌味を言う隙間もなくてムカつきます」
「え、待ってください。それは、つまり……完璧、という事でいいですよね!!!!」
肯定の返事を期待しているのか目を輝かせているバーノンを両脇で挟んでいるノアとウィリアムは、それに嫌々といった様子のまま頷いてみせた。
「……」
数秒後、バーノンは涙を流しながら、床に膝をつけると天に向かってガッツポーズをしていた。
まったく意味が分からないガッツポーズにノアは「またおかしなことをしている……」と言って、それを見なかった事にした。
【パリ 仮面舞踏会 当日】
日が落ちるにつれ、パリのとある大通りには華麗な装いの老若男女が会場の前で馬車から次々と降りてきていた。
その会場はまさに豪華絢爛と言えるだろう。
仮面舞踏会の主催者であるアダムス侯爵家が保有している宝石の数々をふんだんに使って飾り付けられているメインホールはとても美しく、入場したばかりの仮面を被った招待客たちの目を奪っていた。
飾り付けに使われている宝石はどれも硬度の高いものになっており、透き通った色を放ったまま、多くの客を映し出している。
それをホール中央で一人見つめていたボールドウィンは視線を外し、二階にある時計を見つめた。
「……そろそろ来るな」
そうボールドウィンが呟いたのと同時に、会場の入口では大きく胸元の開いているピンクのドレスを着た女性とガタイの良い男性が腕を組んで入ってきていた。
その女性は他の招待客の視線を一身に集めている。
その二人は黒の仮面をしていて顔を隠していたが、ボールドウィンには彼らがマリアンとカルロスだとすぐに分かった。
マリアン達はボールドウィンとは少し離れている場所で偵察を始めたようで、周りの客と歓談をし始めていた。
次に現れたのは白髪でオーダーメイドの燕尾服に白の仮面をつけている男性と背の低い男性だった。
二人が入場する際は読み上げ係の男が声を張って「ノア・モルガン侯爵様とウィリアム様、ご入場!」と叫んでいた。
会場にいる誰もが口々に「モルガン侯爵様だ」「知らないのか、宝石狂いと名高いお方だよ」と呟き、彼とお近づきになろうと見つめているようだった。
「……順調だな」
「そうみたいですね、何度見てもまったく……よく似ていらっしゃる」
入場の列に並んでいるノア達は小声で話しながら、少し見える会場内の様子を観察していた。
順番はすぐにやって来て、入場手前にまで進んでいる。
「……そろそろか、バーノン、準備は?」
「……いつでも」
「ふぅ……行くわよ」
ノアとバーノンはついに入場した。
会場内はそれぞれが離れた場所で自由に過ごしており、ノアはバーノンと共に入口付近の壁に移動する事にした。
会場内ではノアはこの前と同じく「アーティ」という偽名を使い、貴族令嬢として偽装している。
少しスリットの入った赤のドレスに白のケープ、白の仮面、そしてロングのストレートウィッグをしているノアと、髪をオールバックにした燕尾服で、紫の仮面をしているバーノンの組み合わせはそれなりに存在感があるらしい。
周りにいる客がチラチラと仮面の穴から自分たちを盗み見ているという事に鈍感なノアも感じ取ったらしく、入場してからは演技派女優のように振る舞い続けた。
「バーノン、ワインが飲みたいわ」
「ただいま」
「バーノン、スイーツは何処かしら?」
「お嬢様のお好きなショコラをお持ちしますね」
「バーノン、疲れたわ」
「どうぞ、こちらに」
ノアはアーティという我が儘娘の設定を忠実に守りながら、この仮面舞踏会の主催者が現れるのを待ち続けていた。
一時間ほど経った時、ガヤガヤと騒がしかった会場内が突然静まり返った。
何故なら会場の二階の廊下奥から一人の令嬢が現れたからである。
穏やかな表情を常に顔に浮かべている彼女はエメラルドのように深い緑のドレスを身にまとい、小さなダイヤモンドが施された髪飾りをつけていた。
おそらく彼女のブティックの新作のドレスと思われるが、まだ未発表なのだろう。
会場にいた女性達の反応が全て新鮮なもので埋め尽くされていたのだ。
彼女は高いヒールを履いているというのに、まったく視線を落とさずに落ち着いた様子で階段から降りてきていた。
その姿こそまさに高嶺の花と言えるかもしれない。
階段の下にいたもう一人の読み上げ係が一段と声を張って会場内にその名を響かせた。
「皆様、こちらがアダムス侯爵家の宝石!! キャリー・アダムス令嬢です!! ご入場されますので、道をお開けください!!」
キャリーの隣には情報通り、ウィングス・オースがパートナーとして付き添っていた。
しかし、彼の名前の読み上げはなく、そのまま二人は階段を下りてきてしまった。
階段付近に一番近いのはチャーリー達、その次にボールドウィンだったのだが、キャリーはチャーリー達に見向きもせずに横を通り過ぎて、ボールドウィンに声をかけた。
「ふふ、ボールドウィン様、お久しぶりですわね? お元気でいらしたの?」
「……キャリー様、お久しぶりでございます」
「あら、顔色が明るくなりましたわね。いい事でもあったのかしら?」
「ハハ、秘密です」
「……そう、まぁ秘密なら仕方がないわね……そうだわ、お父様はまだいらっしゃっていないようだけど、何か聞いている?」
「いえ、伺っておりませんが……」
「分かったわ。貴方はこの舞踏会を存分に楽しんで?」
「お心遣い感謝いたします」
その後、ボールドウィンがキャリーに対し、深々と頭を下げている様子を入口付近にいるノアはじっと見つめていた。
「……バーノン、近くへ来て」
「はい」
ノアはワインを口元にもってきて、小声でバーノンと会話を始める。
「ターゲットがボールドウィン卿と接触したな、最初はチャーリー達と話すかと思っていたんだが……あれは……」
「……わざとですね、モルガン侯爵家を馬鹿にしているのでしょう」
「まったく……腹立たしいレディーだな……表情を崩さずにやってのける所が特に……」
そう言いながら片手のこぶしを握り締めるノアに微笑みながらバーノンは「まぁまぁ」となだめた。
「どうする? ターゲットとオース子爵の注意を引かないと『エメラルド』の居場所を調べられない」
「そのためにチャーリー様がいるのですから、大丈夫でしょう」
「……この後はダンスが始まる……チャーリー達に合図を送れ。様子を見てから、我々はあそこへ行くぞ」
「はい、あそこですね?」
二人は目線を上にあげて同じ場所を見つめていた。
「「二階」」
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