恋ではなく――
自分の容姿が優れていることを自覚し始めたのは中学に入学して暫くたった後だったと思う。
勉強も運動もまずまずでちょっとだけ鈍臭い、幼馴染の後ろ姿を必死で追う平凡な人物だと自分では思っていた。
ただ身体の成長は早く、小学校四年生の頃から身長が伸びて、隣にいる幼馴染のつむじを見えるほどになっていた。そして、虐めの対象にもなり得た女の子の部分が育ち始めた。
でも、その頃はまだ隣に幼馴染の彼が居たから、誂ってくる男の子たちから力づくで守って貰えていた。体格で劣る彼はそれでも必死で守ってくれた。
学年で誰よりも脚が早くて皆のヒーローだったいーちゃん。
彼に庇護された私。
私は彼が幼馴染であることを誇りに思っていた。
時が流れて、中学二年生。
周りは恋に恋する多感な時期。
決して多くはないけれど、ちらほらとカップルが出来始めていた。
煽りを受けるように告白される回数も徐々に増えていた。
直接言ってきたり、友達を通してだったり、罰ゲームの体で告白したり。
でも私は好きな人も出来なかったし、興味もなかったから当然のように断る。
いーちゃんと遊んでいる事が楽しい。
それは今も昔も変わらない絶対的なモノ。
昔のいーちゃんと当時のいーちゃんの違い。
その事に気づいたのはいつだっただろうか。
脚の速さは意味をなくし、部活で活躍できるかなどに比重を置かれるようになり、ルックスも重要視されて、友人の数が己の力なっている。
いつの間にか、そんな環境になっていた。
周りの環境に置いていかれた私たち。
私は周りに合わせることを覚えて立ち回るようになり、いーちゃんは自分を貫き通して孤高を選んだとそう思っていた。
彼を馬鹿にするような人たちが増えてきたが、彼が何も言わないならそれでいいのだと思い、怒りをぐっと堪えたりもした。
友達が彼を馬鹿にしている様子を、何も言わず笑って肯定も否定もしない。
何も出来ない自分に自己嫌悪したり。
でも私たちの関係は変わらなかった。
彼が料理を作って、一緒に食べる。
片付けは一緒にして家に帰るまで二人だけで過ごす。
何年も変わらない私たちの日常。
いーちゃんの側に私がいる。
それだけで良かったのに、周りがそれを良しとしなくなっていた。
私には否定出来る度胸もなく、自然と受け入れていた。
私と彼の関係が決定的に変わったのは夏になってから。
夏休みという長い休暇を目前にして学園中が浮き足立つ。
そんな浮かれた学生たちは背を押されるように告白する人もいて、当たり前のように標的にされたのは私だった。
相手は野球部のレギュラーでクラスの人気者。
野球部の部員を盾にして断りづらい雰囲気を作られていたことに気づいたけれど、私は首を決して縦に振らなかった。
『立花、好きな人がいるのか?』
と中学生ながらに垢抜けた容姿の彼の言葉に、思わず頷いてしまう。
そうでも言わなければ解放してくれない気がして。
『私にはいーちゃん。藍浦伊月がいるから』
と、身近な男の子を差し出した。
恋愛も知らない子供にとっての初恋になりえた人。
嘘は言ってないし、彼も許してくれるだろうと。
馬鹿だなぁ……とか、しょうが無いなぁー……とか。
嫌だ、嫌だと言いながら苦笑いでなんでも聞き入れてくれる彼。
多分、今回も。
何も起きない平和な時間が続いて、でも日に日に違和感を覚えるようになっていた。
学校で隣にいーちゃんがおらず、何故か友達に可哀想って言われるように。
いつの間にか、幼馴染の彼が孤立。
全然気づかなかった。
家では普段通りだったから。
友達の話を聞けば聞くほど、クラスの噂を聞けば聞くほどいーちゃんは嫌われていて。
私は皆に好かれていった。
私の周りには人がいて、彼の周りには私だけ。
たった一言。
私が保身のために言った言葉が、それで彼の世界が一変した。
事実のように、藍浦伊月が立花円香の幼馴染であることを利用して嫌がらせをしている。と噂を流したのは名前も思い出せない野球部の彼である。
それは証拠もない、ただの噂。
しかし関係がなかった。
面白ければそれが真実のように語られる。
閉じられた空間での彼らの娯楽。
友達を失うのは怖く、男子から好意を向けられたくもない私。
でも、いつまで幼馴染でいられるのか、彼がいつまで私の代わりに傷を受け続けてくれるのか。
彼の好意はきっと有限。
恋ではなく――
贖罪。
彼の優しさ利用する私に出来る償い。
この高校生活で、彼の存在を皆に認めてもらう。
今はただそれだけでいい。
これにてプロローグ終了。