終わる季節。始まる季節。
一学期最終日。
二学期制の学校もあるようだが、多分に漏れずうちの高校は三学期制。
どちらだろうと高校も有償だけれど義務的なもので、余程のことがなければ通うものであり、二期制だろうと三期制だろうと在籍している身ではあんまり関係がない。
もう一学期が終わるのかという思いもあるが、まだ一年の一学期が終わっただけかと思う。
円香。
一緒に登校してきた彼女は荷物を自分の席に置くなり、廊下側の一番前、教室の出入り口になっている俺の席まで戻ってくると、ナチュラルに隣の席を借りてきて座ってくる。
なにか話す訳でもなくスマートフォンでゲームを起動している。
「何してんのお前?」
「デイリーだけど」
「今まで学校でゲームしてたか?」
「誰かさんみたいに周りの目を気にするのやめただけだよ。気をつけてても恨みを買うなら別にもういいかなーって。気を許せる相手だけと仲良くしてればいいやって、幸い私には良い友だちがいるし」
「そうな」
それは本当にその通りだと思う。
一人虐めに近い嫌がらせを受けて、誰一人として彼女から離れていかなかった。
それだけでも十分すごい。
本人が辛い時、傍に居てくれる人間がどれほどいるだろうか。
これからもずっと隣に居てくれる保証はないが、ふと振り返った時にその思い出が力になることもあるだろう。
……俺ならそれがわかる。
中学からも続く友人という意味では、こいつぐらいなもんで少なからず、認めたくはないけれど救われた面もあった。
それに男子より女子のほうが浮きやすい。
多様性をよく最近謳うが、その実マイノリティに厳しい。
勝手な印象だけど。
うちの親父が言ってたっけな。
最近の若い子は違いがわからん。みたいなことを。
まぁ、俺もアイドルの顔の違いなんてわからん。親父のことを揶揄することは出来ないな。
今も昔も一緒にいるこいつ。
能天気に口が半開きになりながらスマホ弄っている。完全にリラックスした状態で家にいる時のような顔になっている。
珍しく分けた円香の前髪、むき出しのおでこ。なんかのキャラの影響を受けているであろうそれを指で弾いてやる。
素の顔が良いからこそ、デコを出しても似合っている。
うっすらとメイクはしているが、ぶっちゃけて言えばすっぴんとほぼ変わらない。そういうと怒られるのが確定しているので、可愛いのがより可愛くなったな。と、普段は言っている。
軽くデコピンしたところで痛みはなさそうで、小さく「もうっ」っとふくれっ面を披露してくれるだけに終わる。
「なーにイチャついてんのよ」
登校して来たばかりの鬼怒川さんは呆れたように俺らを見ながらそう言った。彼女は荷物を床に置いてそのまま駄弁る事に決めたようだ。
円香に負けず劣らずのスタイルの持ち主、普段ぐーたらな円香とは違って脚には程よく筋肉がついており均整が取れている。比較対象にしてしまった円香は結構むちむちしていて、それも男子の欲を誘うようなタイプ。
女子が憧れるのは鬼怒川さんのようなスリムなプロポーションだろうが、男が求めるのは円香のようなほどよく肉がついてるタイプが多い。
鬼怒川さんから目をそらし、今まさに口を開こうとしている円香を見やる。
「えへ。そっかな~」
なんて照れている。
「いや、否定しろよ」
「えー。でも、私といーちゃん仲良いじゃん」
「仲が良いのは認めるけど」
いちゃついているというのは、なんか違う。
内心不満げに思いつつも円香と鬼怒川さんが雑談を始めたので見守っていると、次は前田さんが登校してくる。軽い挨拶を交わして鬼怒川さん同様に鞄を床に起き、スカートの裾を丁寧に押さえてしゃがみ込む。
隣には円香、正面には鬼怒川さん、その隣に前田さん。女子が集まったことで華やかではあるものの姦しい。更には速見まで立ち止まり、速見といつもつるんでいる連中まで集まってくる。
石井も登校してきたようだったが、席に荷物を置くなりどこかへと消えてしまった。
いつも一声ぐらいは掛けてくれるのに。
……ずりぃ。
気付いたら速見を中心に話が回されている。
こういうの見ると本当にクラスの中心なんだなと思わされる。
眩しいなって思う。
だけど、こうはなりたくないなとも思う。
頃合いを見て円香にだけトイレに行くと言って席を立つ。
居心地が少し悪いというのもあったが、大勢がいるような場所よりも静かな場所を好む。
廊下を出たところで肩を叩かれ振り返ると、円香がいつもの締まりの無い笑顔を浮かべ並んでいた。
「私もトイレ」
「……おう」
並んで廊下を歩き、当たり前だがトイレの入口で一瞬立ち止まる。
「ちゃんと入口で待っててね」
「なんでだよ」
「一人で教室に戻るの寂しいじゃん」
「そんなもんか?」
「うんうん」
「そうか……。そうか?」
「気にしたら負けだよ」
よくわからない感覚だな。
男子トイレに入り、疲れた時に似た呼吸を一つを零す。
単純にあの場から離れたかっただけだが、案外トイレに入ると催す。
さっさと用を足す。
手を洗い、薄いピンク色のハンカチで手を拭って廊下に戻る。
先に出てきたのは自分だったようで、廊下の窓枠で頬杖をついて待機。
目を閉じると、生ぬるい風に混じり夏独特の青い匂いがする。
冷房の効いた教室とは違い、廊下には登校してきたばかりの生徒だけで人数は少なく静かで、後ろから近づいてくる足音も聞き分けられる。
「おまたせぇ~」
「おかえり」
「何、黄昏れてるの?」
「夏だなって」
空を見上げれば日差しは強く眩しい。
「夏だねぇ~。明日から夏休みだよ、いーちゃん」
「何か言いたげだな」
顔を見ずにする会話。
ふわりと柑橘の匂いが強くなる。
頭の天辺から押さえつけられる感覚と柔らかい感触を背中に浴びる。
「おい、人の頭に顎のせんな」
「明日から夏休みだし、色々遊びに行こうね」
「人の話聞いてねぇーし」
「楽しみだね」
「……」
うん。
こういう奴だ。
「何かしたいことでもあるのか、円香」
「海とかプールにも行きたいし、キャンプとかもいいかも? 後、お祭り欠かせないよね。たこ焼き、イカ焼き、焼き鳥に焼きそばお好み焼き。かき氷にわたあめ、ベビーカステラ~」
「うげぇ」
しかもお祭りに関しては食ってばっかりじゃねーか。
聞いてるだけで胸焼けしてきた。
「そんな嫌そうな声出さなくても。夏はこれからなんだから楽しんでいかないと、たくさん思い出つくろーよ」
「ったく。わかったからいい加減顎をどけろよ。乗っけられたまま喋られると痛ぇ」
「ごめんごめん。でも、やっぱいーちゃん身長伸びたよ。すこーし、ほんのちょっぴり背伸びしないと顎置けなくなったもん」
「言い方っ」
「あははっ。それじゃ戻ろっ。みんな待ってるし」
円香は俺の手を取り駆け出す。
子供の頃は円香の手を掴んで前を走る自分。いつの間にか立場が逆転している。
いつものようでいて、ほんの少し違う。
そんな夏の予感がした。
「立花っ、藍浦っ。廊下を走るなっ」
「「……すみませぇーん」」
戻る道中、担任と遭遇して怒られた。
ほんと、締まらない。




