幼馴染と帰ってきた日常
「いーちゃん、一緒に行こう」
と、朝に始まり。
「いーちゃん、お昼一緒に食べよう」
昼には昼食を一緒にする。
「一緒に帰ろう」
と、放課後には帰る。
おはようからおやすみまで。
最近こんな日々を送っている。
日が暮れ始めるまで寄り道をして、歩く家路に伸びる二つの陰。
恋人か夫婦の距離感か。
「いや、おかしくないか?」
「ん? おっとと、あぶなっ。急に何っ」
気温の高さで持っているソフトクリームが溶け出し、慌てて舌で受け止めている。
いつも何か食べている印象のある幼馴染だが、太る気配がない。
「ここまで一緒にいる必要はなくないか?」
教室の中だけだと確かに怪しいが、登下校まで一緒にいる必要はないと思う。
「何を今更。一口食べる?」
「いらん」
「美味しいのに」
不満そうに唇を尖らせ突き出す。
「円香の企み通りにクラスメイトは困惑してるし、そろそろ良いんじゃないか」
『なんだったの、あの噂』と言われる始末。
円香の企み通りに事が上手く行っている。
教室は元通り、円香も俺がいないところでは友人に囲まれているし。
……いや違うな。この件があったせいかなのか、円香、鬼怒川さん、前田さんの仲も深まったように思う。雨降って地固まるを体現している。
教室の背後が一部湿っているところがあるが平和。
何もかもが上手く行きすぎて怖いとさえ思う。ただ言えるのは高校生ってのは俺も含めて結局のところすごく単純。騙されやすいとも言える。
もう夏休みも目前でなかったことになるぐらい、あやふやな噂話になった。
どこにでもある街のどこにでもある嫌な噂話。
たったそれだけのことなのだろう。
「落ち着いたねー」
「だろ?」
「でも別にいいじゃん。一緒にいて楽しいし。いーちゃんもでしょ」
「まぁ、嫌いではないが」
「素直になりなよ~。うりうり」
「うざ絡みするな」
俺の頭を軽く突き、指先でぐりぐりと撫でてくる。
すっと抜け出して円香と距離を取った。
「あ、逃げた」
「お前、本当に殴るからなっ」
「いやぁ撫でやすい位置に頭があるのが悪いんだよ」
「くそうっ」
「でも、いーちゃ身長伸びたよね。心做しか背中も広くなった気がする」
「そうか?」
入学当初に測って以降確かめてはいないが、もしかしたらその可能性はあるかもしれない。
円香が後ろに周り、肩に頭を乗せてくる。
「ほら」
俺が逃げた分詰めてくる。
ぴったりとくっつく。
女性特有の柔らかさと甘い香り。
いくら妹みたいに思っているとは、ふいに異性に触れられると心臓の鼓動が早まる。
「ね?」
「……あぁ」
円香の呼びかけに我に返る。
見上げたいつもの場所。
彼女の顔の位置が少しだけ違う。
「いーちゃんが幼馴染でよかった」
「そっちこそ急になんだよ」
「いーちゃんは?」
話を聞かない奴。
適当に流してもゲームのNPCのように同じ言葉を繰り返すだろうことはわかりきっていた。
「さぁーな。円香には散々振り回されてるからな」
「うぅ。それはごめん」
「でも、楽しいよ。お前といるのは」
「えへへ。そっか、それならいいんだ。これからもよろしくね」
「あぁ」
円香の家の前で一旦別れ、自宅へと戻る。
久々に外食をしたし、後は風呂に入って寝るだけ。
リビングには行かず真っ直ぐ自室に入り、鞄を適当なところに投げ捨てると、冷房を起動させてベッドに制服のまま倒れる。
「疲れたぁ……」
自然と声に漏れる。
嫌な疲労ではなく、子供の頃にスタミナ切れになるまで遊んでいたような心地いい疲れ。懐かしい夢が閉じた瞼に浮かんでいく。景色は次第に現代に変わり。
後ろを歩いていた円香、今は隣を歩いている。
この先はどうだろう……。
またどこか懐かしい歌が聞こえる。
なんだろうと思考を巡らせているうちに目が覚めてきた。
「懐かしいな」
「ごめん。起こしちゃった?」
目をこすりながら上体を起き上がらせる。
すっかり空は明るく、机にあるデジタル時計を見れば、もう昼を迎えようとしている。
完全に寝すぎだ。
声の主はすぐ側でスマホを片手にご機嫌のようで、覗き込めばただゲームのデイリーを消化していた。
「大丈夫、自然と起きた。さっきの歌、昔に日曜の朝にやってたアニメの曲だろ」
「そうそうっ。懐かしいよね~」
「どうしてまた?」
「感傷的になったのか色々懐かしくなって昔のモノ押し入れからみつけてたんだよね。そしたら夜通しで色々みちゃってさ」
「徹夜したのか」
「えへ」
休みだし、別に構わないが。
俺も朝起きてないし、人のことは言えない。
こつんっと軽く額を小突き、ベッドから起き上がる。
制服のまま寝てしまので、すぐにでも着替えることにした。
シャツを脱いでTシャツに手を掛けた時に気付いた。
「なんで、じっと見てんの?」
「え? 見てた?」
「おん」
円香がいる場所で着替えるのは稀に、いや結構な頻度であるので、気にせずそのまま着替える。気になったのはじっくり見られることだけ。
「なんでだろ? ごめん」
「別にいいけど。俺もお前が着替えてる時じっくり見るから」
「え、……え? いや、ちょっと待って痩せるっ、痩せるから」
「円香、太ってないだろう。ちょっとぷにぷにぐらいで」
程よい肉付きだと思う。
だからこそ男子目線でモテる要因の一つだと理解している。
こいつの下着洗ってるからサイズ知ってるしな。
顔とスタイルだけはいいんだよ。
「いーちゃん、今女子に言っちゃいけないこと言ったっ」
「お前はいつも俺に言っちゃいけないこと言ってるだろ」
「確かに。許すっ」
すべてが冗談の笑い合い。
本気で喧嘩したことなんか両手で数えるほどしかない。
お互いに理解しているからこそ、成長するにつれて喧嘩する頻度も下がっている。
最後に喧嘩したのはなんだっけ。
しょうもない理由だった気がする。
だけど。
「やっぱりは俺はのんびりとするのが一番だな」
「私も~」
俺の言葉に同意し、ゆるい締りのない顔で微笑む円香。
なんでもないこの時間。
ただただこの時間が好きだった。
「いーちゃん」
「なんだ」
――ぎゅるぐごぉお
唸るような腹の声が静寂を崩した。
「お腹すいた」
「…………おう。待ってろ」
これでこそ円香だろう。
第一部は次回で終わりの予定です。
書きたいことの半分もまだ書けてないのでここからですかね。
では、また。




