幼馴染との日常②
「よろしくね、藍浦くん」
気さくに俺の名字を呼びながら肩を叩いてくる円香。
家では気にしないボディタッチも、学校だと気になってくる。
「立花さんよろしく」
動揺を隠し、俺も同じように返した。
C班、俺、円香、石井、鬼怒川。
鬼怒川は円香グループの一人で円香を買い物に誘っていたバングカラーの女子生徒で、白と黒の髪色でなんだか牛みたいだなって思ってしまったのは、勿論彼女たちには言えない。
一人の女子に喧嘩を売れば、女子全員が敵に回る。
「私が班長でいいよね? 他にやりたい人がいるなら変わるけど」
無言で頷く男子二人に、「当たり前じゃん、円香以外にいる?」と全肯定する鬼怒川。無言の男子二人を睨みをきかせる鬼怒川。
俺と石井は黙って頷いた。
こえー、この女。
「まじでハズレじゃん。まぁ円香が一緒だからいいけど」
「そんなこと言わないのきぬちゃん。これから同じ班で過ごすんだからね」
「ういー」
自分がカーストトップグループにいるからって何を言っても許されると思っているその態度。
それとも素なのか。
「えっと、班内での役割決めるんだって班長は皆のフォローするみたい。基本どのジョブにも役割があるだけで、やること自体は変わらないみたい」
「ジョブ? たまに円香変なことを言うねー」
「あはは……はー」
班が決まった後に渡されたパンプレットとプリント。
当日持っていくものと、今決めている役割ごとに渡される道具などが記載されているプリントを眺める。
救護、調理、記録。
「きぬちゃんはどれが良い?」
「えー、どれも面倒そう」
「そう言わずに、決めないと進まないよ」
「んーじゃ、救護? ほら、誰か怪我しなければ仕事がないのも当然だし」
あ、ずるい。
俺もその仕事が良い。
提出用のプリントに鬼怒川の名前を記入をする円香。
困った顔でこちらを見てくる。
「残りは二つだけど……? 私が決めてもいいかな」
「俺はいいけど石井は?」
「調理はちょっと自信がないから、選べるのであれば記録係がいいかな」
と、さわやかな笑顔。
結構似合っていて、鬼怒川さんが口が開いたまま停止する。
「う、うん」
そしてこっちは、なんだかホッとした様子の円香。
残り物として俺が調理係。
カレーとかだろうし、別に構わない。
誰が作っても同じような出来だ。
……円香は関わらないでほしいな。
人の食べ物を、僕だって食べたい。
任せるにしても簡単なところだけ。
「あと決めるのは当日のバスの座席だね」
「あたし円香の隣っ」
鬼怒川が円香の腕を取り、絡むように組む。
「正直俺らどこでもいいから任せるよ。石井もそれでいいか?」
「あぁ」
「了解。じゃあ、こっちで決めておくねー。んじゃ、バスの座席のくじ引きいってきーす」
彼女がいなくなると、この班は終始無言。
話を進行させる人物がいなくなってしまった。
円香がすぐ戻ってきて軽い打ち合わせを行い解散。
他の班も同様に終わったようで、残り時間は各々自由に過ごした。
通常授業を繰り返し、お昼休みとなる。
一気に騒がしくなる教室。
椅子を引く音に足音、生徒たちの声。
「円香ぁー、学食いこ」
先程の鬼怒川がすぐに円香を誘う。
一番仲が良いのかもしれない。
「うん、ちょっと待ってね。今日、お弁当なんだ」
「え、円香が作ったの?」
「違うよ。私、料理下手っぴだし」
「円香はなんでも出来そうな気配してる」
「あはは、なわけないじゃん」
「じゃあママ?」
「そんなとこー」
円香がこちらを見る。
円香の視線から逃げるように立ち上がり、財布があることを確かめて学食へ向かった。
好きな物を詰める弁当と違って、学食のメニューはたまに嫌いな物が混じる。定番の生姜焼き定食、サラダにはプチトマトが入っており俺は嫌い。
残すのも食べるのも自由。
出荷した農家には感謝しつつも、トマトは最後にゴミ箱行きとなる。
すまぬ。
感謝と謝罪のいただきます。
と、ポケットが震える。
新たなメッセージの知らせ。
『お残しはゆるしまへんでぇ』
「アホか」
今もやってるかな。あのアニメ。
小さい頃はよく一緒に見ていたな。
こんなことを送ってくるということは近くにいるということ。目立つ集団を探せば……、朝と同じグループで纏まって男女混合の大人数。
もっとゆっくりと食事を楽しみたかったのだが、急いで食べ終え、食器を返して学食を後にする。
全ての授業が終わると、まだ空が明るいうちに帰宅。
週明けには林間学校。
面倒事は先に済ませる。
着替え以外の必需品を纏めて置きボストンバッグに詰める。足りないものはチェックリストを作って、いつでも見れるようにスマホに残しておく。
今週末にでも買いに行く予定だ。
円香はどうするのだろうか。
こっちで準備して置いてもいいのだが、性別が違うからこそ必要なものが足りない可能性もあって、困る。
「ただいま~」
と、ナイスタイミングで玄関から響く声。
吹き抜けから顔を出すと円香がローファを脱いでいる。
散らばって右と左が入れ替わって音を立てて静止した。
しかも、一度実家に戻れば良いのに制服のまま、肩にはリュックを引っ提げている。階段を降りながら円香に「おかえり」と声を掛けるなり、靴下を俺のほうへと投げ捨てる。
学校で見せる姿と家で見せる姿のギャップに戸惑う。
「お前、学校でそんなことするなよ」
「しないよ。こんなのいーちゃんの前でしかしないもん」
「あ、そう」
裏返ったハイソックスを拾い上げて元の形に戻す。円香の後ろについてリビングに入り、ソファに靴下を畳んで置いた。
そのまま少し移動して冷蔵庫の前に立ち、円香の顔を見る。
頷いたのを確認して二人分の麦茶を入れて持って戻る。
「あんがと」
「おう」
彼女の隣に座って俺もお茶を啜る。
「林間学校に持っていく私物、円香の分も用意しようと考えてたけどどうする? 自分で用意するか?」
「んー」
気のない返事。
面倒だと顔に書かれている。
「足りない物とかあれば買い出しに行くつもりだったんだけど」
「どこに?」
「イオン」
「私も一緒に行こうかな。女の子用品とかいーちゃんは買いづらいでしょ」
「まぁーな。じゃあ、今週の休み一緒に行くか」
「うん」
※
リビングに斜陽が差し込み、白い絨毯を茜色に染め上げる。
空になった二つのコップを手にキッチンへ向かう。
身体が自然と動き、テキパキと夕食の準備をする。
大体の感覚で行っているものの、割と時間は正確。
高校生活に完全には慣れないため疲労が溜まっているため、メインをサーモンのマリネにしてちょっと手抜き。昨夜の夕飯、焼肉が一番の手抜きだったりもする。
置いておけば勝手に焼いてもらえばいいだけ。
月イチぐらいは焼肉でもいいかもな。
調理を始めて少し時間が経過する。
炊飯器が軽快な音楽を鳴らし、炊けたことを知らせてくた。
その音に反応したのか、テレビを見ていたはずの円香は備えつけのカウンターから身を乗り出して来て、つまみ食いをしようとするので叩いて落とす。
「意地汚いぞ」
「えへー……。あ、それよりいーちゃん」
反省の色が見えない。
「どうした」
「同じ班だねー」
「あぁ、必要以上に話しかけるなよ」
「一応いーちゃんの意図を組んで今でも他人みたいに接してるけど、もーよくない? 環境変わったし、もう高校生だよ」
「円香がそんなこと言ってくるのは珍しいな」
「私にだって思うところはあるんだよ」
円香の言う通り気にし過ぎかもしれない。
でもまだまだ高校生は過剰にして過敏。
大人でも感情を優先してまうというのに高校生が理性で動けるとも思えない。
俺が一番敏感なのかもしれないとも思わなくもない。
でも俺と円香は普通の幼馴染じゃない。
成長するにつれて離れていくのが世の普通の幼馴染だろう。
でも俺たちはいつまでも一緒にいる。
それだけならまだいい。
彼女は特に周りと比較して容姿にすぐれ、天真爛漫で誰に対しても優しさを崩さない。
誰からも愛されるヒロインの出来上がりだ。
何が凄いって、計算でやっているわけではなく素の状態でこれ。
でも完璧な美少女というのは存在せず、方向音痴に料理は壊滅的の抱き合わせセット。ついでにがさつでものぐさ。俺の前では下着姿でうろつくような女子。
「まぁ別にいいだろ。俺たちの関係が変わるわけじゃないんだから」
「変わったからこうなってるんだけどな」
ボソリと嫌味のある言い方。
「……、今日のお前しつこいぞ。普段そんな事、言わないだろ」
「きぬちゃんは中学三年から友達でいい子なんだけど。今日のは流石の私でもちょっとだけムカついちゃった」
「俺は気にしてないぞ」
「私が気にするの」
いつまでも平行線を辿りそうな言い合い。
一瞬、空気がピリッとする。
「ふ~ん。そんなもんかね」
「そんなもんなんですよ。幼馴染なんだから」
話しは終わりだとばかりに、テーブルに出来たばかりの料理を並べる。
だが、円香は手伝いをしてくれながらも続けてくる。
「私だって守られるばかりの弱い存在じゃないよ?」
「守ったことなんてねぇーよ」
「そういうこと言うんだ。ふぅ~ん」
「言いたいことあるなら言えよ。その変わり夕飯抜きな」
「あ、それはズルい。私の立場弱すぎっ」
最後の切り札。
円香もそれ以上なにも突っ込んで来なくなる。
衣食住。
生活に必要な一つを握っているのだ。
問題のようなそうでもないような事があったが、ようやく夕食。
手抜きにしては結構いい感じ。
ワインビネガーにオリーブオイル。
塩と黒胡椒、レモン汁を入れるだけでマリネ液が出来る。
野菜に掛けてもいいし、今日のように海鮮でもいい。
もともとは刺し身として頂く予定だったが、どうも酸味にある味を食したい気分だった。
「明日からの弁当どうする?」
「あ、そうだ」
口に箸を加えたままリビングに戻ると、鞄から弁当箱を取り出す。
「美味しかったっ。明日からもよろしくー」
「へいへい。今度から帰ったら水につけておけよ」
「へいおー。中学の頃は給食だったけど、高校になってお昼ごはんもいーちゃんの手作りだって考えると高校生になってよかったと心底思うね」
「お前もそろそろ料理覚えたら? 大学まで一緒とは限らないし、就職したら夕飯だって自分で用意するんだぞ」
地元を離れるかどうかは今はわからないが、覚えておいて損はない。
こいつものぐさだけど物覚えは良いし、手先も器用。
覚えようとすればすぐに覚えるだろう。
なんで料理が壊滅的なのか、別の事に気を取られて料理をしていたことを忘れてしまう。
……心配になってきたな。
一人暮らしでもするようになったら外食をすすめよう。
幼馴染の焼死体とか見たくない。
「いーちゃん」
「なんだよ」
「いーちゃんの作ったお味噌汁、毎日飲みたいです」
「プロポーズか?」
なんなら今日はただのコンソメスープ。
手でしっしっと払い除けるポーズを取る。
いつまでもこいつの面倒を見るとか嫌だ。
疲れながら仕事から帰ってきたら脱ぎ散らかした衣服。
開口一番、ご飯とか言われそう。
ご飯にお風呂の準備、家事は全部任せられそうだし。
想像するだけでげんなりする。
「冗談だよ。あ、でも貰い手がいなかったらそんときは貰ってくれるよね」
「お前なら大丈夫だよ」
それは本当にそう。
可愛いし、これからももっと綺麗に育つ。
見た目だけで男が寄ってくる。
その中から選りすぐりの者を選べ良い。
「おー、いーちゃんが珍しく褒めるじゃん」
褒めたわけじゃないが、嬉しそうなので放置しておく。
笑ってる時が一番可愛いしな。あと、静かになる。
夕食はちょっと足りないぐらいがちょうどいい。
どちらも育ち盛りではあるが、運動部に所属しているわけじゃないからカロリーオーバーになってしまう。
さっぱりとした夕食を食べ終え、いつものように並んで食器を片付ける。
時刻は二十二時。
ゆっくりとしていた円香が靴下を手に取る。
短いスカートが捲れる。
俺のパンツが見えた。
「お前、それ履いたままだったんか。誰にも見られてないよな?」
「大丈夫大丈夫。でも、いいよねー男物。めっちゃ楽だった」
「あっそ……」
女性物の下着って窮屈そうだし頼りないもんな。
「貰っていい? 代わりに私の一つあげるから」
「アホか」
穏やかな時間も過ぎて時計の短い針が二十二時を指す。
円香が立ち上がるのがわかっていて、同時に俺も家まで送るために立ち上がった。
やや円香が少し高いぐらい。『やや』だ。
出る所が出て、スラッとしている。
女性からすると理想の体型。
夜一人で歩かせるわけにも行かない。
「家まで送るぞ」
「うん。よろしくー」
半袖ではまだ少し心もとない感じのする気温。
昼間とはまた違う夜の距離感。
近づきそうで、触れてしまいそう夜の闇。
間をすり抜ける風はまだまだ冷たい。
徒歩十分圏内。
立花の表札。
子供の頃はもっと距離があったような気がするし、短ったような気もする。
円香と一緒にいるのは楽しくて時間を忘れ、でも子供の足ではこの距離ですら長く感じた。
電気のついてない静かな家。
生活の音がない。
だが、ここからは俺の管轄外。
「じゃまたな」
「うん。また、明日」
※
翌日の朝。
健康的な高校生が起きるには早い時間。
窓の外はまだ霞んでいる。
あの寝坊助の円香が平日どう起きてくるのか不思議に思うこともある。
しかしあの仮面優等生、俺がいないならいないで起きてくるんだよな。
おばさんから家の鍵を預かっているものの、未だに強硬手段として活用したことはなかった。
二つ分の弁当の蓋を閉じて、バラバラの巾着袋で包む。
その頃には完璧に支度を終えた円香がリビングにやって来た。
ただ少し眠そうに目を擦っている。
「おはよ~、いーちゃん」
「おう」
挨拶を交わして円香は席に座る。
彼女の後頭部。
鏡では本人が見えないところがぴょこんと跳ねている。
朝食の準備はしてあり、寝癖に気づかず円香は食事を始めた。
脱衣所の鏡前からスプレーを手にして戻り、跳ねている髪に対してスプレーを吹きかける。俺の行動を目の端で見ていたのか、円香は何も言わず、されるがままに食事を続けている。
こんなもんだろうというところで手を止める。
後は本人がしっかりと直すだろう。
「じゃ、俺はもう行くから戸締まり頼むな」
出来たばかりの弁当を円香の近くに置いて家を出る準備に入る。
あんな奴でもちゃんと食器を片付けるだろうし、戸締まりは忘れたことがない。
「いーちゃんは朝ごはん一緒に食べないの?」
「僕は摘みながら作ってたから大丈夫だよ」
「たまに『僕』って言うよね」
「可愛いんだからっ。昔のまま僕でもいいと私は思うよ―?」
「うるせぇ。じゃあ任せたからな」
「うん。いってらしゃい」
「あぁ」
なんか変な感じ。
時間差で同じ教室に辿り着くのに。
俺が早く学校に向かう理由は簡単。
円香と時間をズラすためだけだ。
どこから変な噂に発展するかわからないし、出来るだけ火種になりそうな物は排除する。あいつはもう一年全体に認められている。
電車に揺られること一五分。
僕らの通う高校の名の着いた駅に到着する。
一駅前まではサラリーマン風の男性たちが多く見えたが、ここで僕ら高校生が抜けてしまうと、より一層社会人だけになる。
改札口を抜けて暖かくなってきた風を受けながら、同じ制服を来た学生たちに埋没する。
線路沿いを歩き、個人で営む酒屋を左折。
広いグラウンドが見える。
朝から忙しなく動き回るサッカー部の朝練の姿。
うちの学校はどうやらサッカー部が強いらしい。
数年前に一度全国大会にも出場したとのこと。
見えたきた校舎に何年ものか知らない垂れ幕にそう書いてある。
校門をすぎて今もう青々とした桜の木が見える庭を過ぎては昇降口へ吸い込まれる。
独特のニオイのする昇降口。
汗と上靴のゴム、そして土のニオイ。
臭いと言うほどでもないが、決して進んで嗅ぎたいとも思えない香り。
さっさと靴を履き替えて教室に向かうことにした。
前方の扉を開いた眼の前の席。
教室はまだ疎らで、割と静かである。
円香の所属するグループにいる二人の女子生徒が教卓付近で集まり、その子たちの会話が一番大きい。勝手に二軍と呼んでいるグループは教室の後ろの方で纏まっている傾向にあり、彼女たちは何かが無い限り一軍と交わることはない。
残りのはぐれもの達はどうしているかというと、特に何もしてない。
中には寝た振りをして過ごす男子が一人居るぐらい。
スマホを開いて読書を始める。
今季のアニメ化作品で続きが気になりすぎて、原作を買ってしまったのだ。
それ以外にも、ここ数日でわかってきたこともある。
俺が教室に入って大体三十分前後で円香もやってくる。
そして毎回のように――。
「おはよう、藍浦くん」
「……おはよう。立花さん」
毎度のように挨拶をしてくる円香。
俺の席が一番前、扉の近くだからという事か、
それとも一種の意趣返しか、絶対に挨拶をしてくる。
しかし、あの立花円香が異性に挨拶をしたからと言って問題になることはない。
俺を通りすぎて自分の席に向かう間の彼女。
次々に朝の挨拶をされ、その度に誰に対しても元気に挨拶を返している。
だから何の問題にもなっていない。
学校では誰に対しても態度は同じ。
円香と同じグループに所属している男子であっても例外ではない。
「円香、おはよう」
「立花、うっすー」
「おはよ、きぬちゃん。あと、速見君」
「やっぱり円香の髪いいよねぇ~。あたしも一色にしてインナーカラーでもいれようかな」
一色かそれ?
よくわからん。
しかも、また髪の話してる。
ハゲてきたおっさんよりも髪の話をするのが女子というものかもしれない。
「きぬちゃんも似合うと思うよ」
「でも円香と一緒だと比較されちゃうし」
会話が俺のほうにまで聞こえてくるが、じっと見ているわけではない。
円香の声が凛としていて聞き取りやすく通っているから、どうしても聞こえてくる。
「大丈夫だよ」
「やっぱり円香が一番似合うからやめとこ」
「そんなことないよー」
円香に褒められて喜んでいる声色。
「えへ。でも朝は見えないところ跳ねてたんだよねー。危うく寝癖のまま登校してきちゃうところだったぁー」
「そうなの?」
「うん、でも家の人が気づいてくれて直してくれたんだ」
「円香のお母さんって料理上手だし、ちょっとしたことでも気づいてくれるなんてホント良い親だよねー」
「まぁ、私のこと好きすぎだから」
でもお返しとばかりに鬼怒川さんも円香を褒め始める。
視線を感じる。
絶対振り返ってなるものか。
「あたしなんてさ、髪の毛パサパサだし結構傷んでるだよね。でも円香はそんな髪色でもさらっさらじゃん、うらやましい」
「そっかな」
えへへと笑う円香。
本人も褒められてご満悦。
「しかもめっちゃいい匂いする」
「だよねっ。今使ってるシャンプーお気に入りなんだ」
「え、教えてあたしも使いたいかもっ」
もともとうずうずしていた周辺の女子たち。シャンプーと入りやすい話題になると、円香の元に複数人の女子が集まっていく。
雑音にもなりつつあり、流石に気になって俺も彼女のほうに視線を向けた。
「藍浦もあんなこと言ってたけど、やっぱり立花さんのこと気になってるんじゃないか?」
後ろの石井がそんなことをほざく。
いつ来たんだこいつ。
全然気が付かなかった。
「なわけないだろ」
「どうだか」
なんとも言えない表情を浮かべる石井を無視する。
円香もイマイチわからない奴だったが、この石井もよくわからないということがわかった。
なんでか石井と一緒に彼女たちの話を盗み見る。
いつの間にか速見と呼ばれた男子の姿も見えない。
「そういえば円香」
「なに?」
「隣のクラスの男子に早速告白されたんだって?」
「あー……、うん……」
彼女の声量が僅かに落ちて、めんどくさそうな表情になっている。
幼馴染の俺にしかわからない程度のものだった。
「結構なイケメンだって噂だったんだけど、付き合うの?」
「えー!? そうなの?」
「いつの話?」
矢継ぎ早に質問攻めを受ける円香。
それぞれに対してちゃんと返している。
「告白されたのは本当で。ちゃんと断ったよ。一昨日だったかな?」
「どうして?」
「まだ高校生活始まったばっかりだよ? しかもどんな人か分からないのに付き合いたくないし」
「そっかぁー。勿体ないような気もする。わたしなら付き合ってみて良さげだったらそのままだし、駄目だったら速攻別れればいいやって思っちゃうなー」
「うちもイケメンに告らればその選択するかも」
円香のグループでも大多数が最初に言った者と同じ意見が多いようだ。
鬼怒川さんは特に言うことなく、静かに聞いていた。
告白の話だけで、付き合うことにもなっていなかったからか、女子生徒の興味は別のところに向いたようで話題が二転三転と変わっていく。
生徒の数も増えてきて、ガヤガヤとした騒音に変わり、円香の声すら俺の元へと届かなくなっていった。
「立花さんモテるようだね」
「見ていて誰でもわかるだろ」
「そうだね。君たちって知り合いなんでしょ? 昔から立花さんはモテたのかい?」
「……ん? どうして俺と立花が知り合いだって?」
石井の言葉で心臓が跳ね上がる。
冷静に努めたつもりだが、声も上ずったものになったかもしれない。
「出身校が一緒だし、立花さんが自分から挨拶するのは君だけみたいだし」
「……よく見てるな」
というか最初から居たのかよこいつ。
興味のない人間にとっては気にもとめないだろうが、自己紹介で出身校を言う流れがあったから、俺との交友が出来た石井は覚えていたのかもしれない。
「中二の時は同じクラスだったってだけだよ」
嘘は言ってない。
「そっか」
彼の返答はあっさりした物で、納得したのかしてないのか。
そのまま会話はなくなり、チャイムの音が響いた。