幼馴染と幼馴染
担任の挨拶で締めくくり、にぎやかになる教室。
流石にこれには担任も苦笑いを浮かべる模様。
試験準備期間ということで真っ先に出ていく運動部はおらず教室に残っては笑い声が耐えない。真っ先に姿を消しているのは帰宅部のみで普段なら俺もそこに入る。
が、今日はそうもいかない。
その気になる円香はすぐに立ち上がり荷物をまとめると、一度だけ後方をチラ見して教室を出ていく。
すれ違う瞬間を一瞬だけ視線が交差する。
「べーっ」
なんでだよ……。
意味がわかんねぇ。少しご立腹なのだけはわかるが。
まぁ、円香のストレスが少しでも下がるならいい。
それより、後は速見に話をするだけ。
担任のいなくなった教卓の前で女子に囲まれているため探す手間さえない。ただ、あの女子たちの間を割って入るのは気が引ける。
だが、そんなことは言ってられない。
意を決して速見に近づこうとすると、寧ろ向こうから女子達に断りを入れてやってきてくれた。周りが良く見えている。
「邪魔したか?」
「構わないよ。藍浦が僕に用事があるのは珍しいから、気になってね」
「ちょっと急ぎだから歩きながらでもいいか?」
「あぁ」
石井からのメッセージを読みながら、記されたその場へと案内する。
階段を数段飛ばしで飛び越え、昇降口で靴を履き替える。
今は誰も使っていない裏口。
その付近に建てられている倉庫。過去は体育祭などで使用する学校側の備品が収められているため、こっちも用がなければよっぽど誰も寄り付かない。だからこそ、この倉庫の裏に円香を呼び出したのだろうが。
「速見、ここ曲がったところ。後は頼むな。俺が居てもどうしようもないから」
話し声が聞こえないところで脚を止め、速見に伝える。
後は何もしなくても彼がすべて終わらせてくれるだろう。
正直に言えば、俺が最初から何もしなくても終わっていたような気もする。けれどそうしなかったのは、これがいつ終わるかわからないから。
速見少しも疑う様子もなく曲がり角を進み、すぐに気付き駆け出していく。
それを見送ることなく俺は学校を後にした。
所謂、友人キャラはクールに去るっていうやつだ。
一度やってみたかったんだよね、これ。
※
身近なところで事件が起きても日常は続く。
本人にとっては辛くとも、周りからすれば些細なことかもしれない。
最後の鍵を速見に任せて帰宅した後、夕飯の準備に入ったのだが。
玄関からものすごい足音が聞こえ、俺がいるキッチンにすら響いて近づいてくるのが、嫌でもわかる。
廊下とリビングをつなぐ扉も盛大に開かれ。
「普通に家にいるしっ!」
「夕飯の準備しないといけないだろ。円香も腹減ってくるだろ? お前の好きなの結構用意してるからさ」
主に揚げ物。
今日の食卓は茶色くなる予定。
流石にサラダは追加しようと思う。
「それはありがとうっ! じゃなくて、いーちゃんが来てくれるって期待してたんだけどっ。速見くんに私の泣き顔見られたしっ」
「そんなに辛かったのか……」
「いや、いーちゃんが来たからこれで終わるんだって、なんていうか嬉し泣きみたいな」
「どのみち終わったんだろ?」
「まぁー、うん。そうなんだけど……、そうじゃないっ」
円香はにじり寄り、吐息が掛かるほど顔を近づけてくる。覇気と表情、見下されているという圧迫感から一歩後ずさる。
「料理中なんだけど」
「あ、ごめんね」
素直に謝罪する円香に対して笑ってしまう。
これは彼女の良さでもある。
「あと顔がちけぇ」
「……ん。おぉ……」
自分で近づいてきた癖に気付いて恥ずかしくなったようで円香は距離を取った。
仄かに顔が赤い気がする。
また風邪でも引いたのだろうか。
気になって額に手を伸ばしたが、機敏な動きで避けられてしまった。
「で、いーちゃん。私に言うことはない?」
「特には」
「これだから……。はぁ~」
もの凄いため息を吐かれてしまった。
「なんでいーちゃんが来てくれなかったの?」
「俺が行ったところでな」
なんだこのチビで終わりだ。
というかクラスメイトとして認識されてるかどうかすら怪しいので話にすらならないだろう。会話の土台にすら立てない。
そう彼女に説明すると納得出来ないといったような微妙な表情を浮かべながらも、一応は頷いてくれた。
円香は俺のことを過大評価している。
付き合いが長いことからの信頼なのか。
「他にもあるよね? 私に隠してることあるでしょ」
「別にないかなぁ~」
「きぬちゃんと咲希ちゃんにも聞いたんだけどね」
「……別に隠してないよ。伝えてないだけで」
「うふふっ。あの二人は聞いたところで何も答えてくれなかったんだけどね。二人は私の友達でもあるけれど、いーちゃんの友達でもあるから」
「……鎌をかけたな」
「私だって成長してるもん。見本がここにいるんだから」
俺と円香は違う。
別の人間だって意味じゃない。
戦う場所が違う。
弱者は弱者なりの戦い方ってのがある。
ある意味、今回円香に嫌がらせをしてきたアイツらも弱者なりの戦い方をしていた。一人の強者を陥れるには集団になる必要があったというだけだ。城攻めをするには倍の人数を用意しろってよく言われるしな。なんか違うな。
とにかく彼女らがやったことは褒められたもんじゃない。
個人的主観としてはやったことに対する報いは受けて欲しい気もするが、やり過ぎは良くない。追い詰められた人間にすることはどちらに転んでもまた何かが起こる。
「それで円香はどうするつもりなんだ」
「べっつに~。いつもと変わんないよ。いーちゃんやきぬちゃん、咲希ちゃんと緩く学校生活を楽しめれば……。んー……」
円香は答えの最中に首を撚る。
「違うなぁ~。中学の頃と私といーちゃんとは違うし、高校入学直後とももう違うし、いつもとはちょっと違うかも」
「ふ~ん」
なんか良くわからない感想。
「聞いておきながら興味なさそうじゃん」
「そういうわけじゃないけど」
「ま、いいんだけどね。いーちゃんは一緒にいてくれんでしょ」
「そうだな」
家ではいつも通り。
これまでもこれからも。
それは変わらない。
俺達の立場が変わっても幼馴染である関係は変わらない。
今後もそれが続くのかもわからない。
「えへへっ、ならいいんだ」
「そろそろ出来るけど、先に風呂入るか?」
「一緒に入る?」
「おまっ」
「なんつって、流石に一緒に入るわけないじゃん。流石に無理っす」
なんというか、円香に誂われてばっかりで疲れた。
「もういいから早く入ってこい」
「は~いっ。着替えはよろしくー」
「あいよ」
こうして俺らはいつもの日常に戻る。
日付が変わり、今日も今日とて登校。
円香は完全に寝坊のようで連絡すら繋がらないので、冷蔵庫に貼ってある小さなホワイトボードに書き置きをして一人で学校に向かった。
教室に入ると嫌な視線が突き刺さる。
俺に挨拶をしてきていた数少ない生徒も汚い物をみるようにして通り過ぎる。
鬼怒川さんにお願いして流しもらった噂が芽を吹いたようだ。
石井が流してくれてもよかったのだけれど、アイツは俺と同様ぼっち気質だから、誰かに話を振るというのはかえって目立つ。なので石井の彼女を通して上級生から、こんな奴がいるんだって回りくどい方法もとった。鬼怒川さんと石井の彼女の噂を合わせることで、真実味に厚さをだそうと思ったわけだ。
嫌がる鬼怒川さんとどうにか交渉して、一週間だけ鬼怒川さんの分の弁当を作るという条件のもと成立。
結局最後までいい顔をされなかったけれど。
クラスメイトに遠巻きに見られながらも気にせず、自分の席に座り教科書と筆箱を出して一限目の授業の準備をする。残念ながら中学で培ったメンタルで、尚且つ自分で選んだこともあってノーダメージ。
正直、まだ幼かった中学の頃のほうが本当は辛かった。けれど、家に帰ればいつもと変わらない幼馴染がいたから救われていたのだ。
今回はそれの恩返しということで。
まぁ、家族みたいなもんなんだから、困ったら手を貸すというのは当たり前。
頬杖を付きながら時間を潰す。
遅く登校してきた石井が挨拶をしてきて後ろに座る。
気配だけなんとなくわかるが、同じように時間を消費している。
普段なら雑談をしているところだが、今の俺の立場で会話をするというのは石井にとってもリスクである。完全に沈静化することはないが、ある程度収まればまた友人関係に戻るだろう。
前方の出入り口から同時に入ってきた鬼怒川さんと前田さんもすれ違いざまに小さく手を振る。
今まで少し仲良くさせてもらっただけに寂しくも感じてしまう。
人間強度が下がったなー、なんて思っていると予鈴のチャイムがなるギリギリのタイミングで、息を切らせながら登校してきた円香が教室に滑り込んでくる。
そのまま自分の席へと移動し着席した。
円香が移動している間、聞き耳を立ててみたが、俺が入った時や昨日までの教室の雰囲気は軟化しており、流した噂が浸透してきていることに安堵した。まだ情報が古い生徒は円香のことを悪く言っており、交友関係が広い生徒達は円香の悪い噂を否定している。
ただの高校生の悪知恵。
上手くいく保証なんてものはない。
ある程度成功する見込みがあったから実行しただけであり、これが駄目ならまた別の方法を考えるだけだった。
欠伸を一つ。
ぼんやりと黒板を眺めて静かに過ごすのだった。
※
数日開けての昼休み。
速見に呼び出される。
想定内なので快諾。
「なんで君が助けなかったんだ?」
「お前ってさ、生徒全員が平等とか本気で思ってるタイプだろ」
「何を当たり前のことを。それよりも僕の質問に答えてくれないか」
それが答えみたいなもんだ。
相容れないと思う。
人が良いというよりは人が良すぎる。
「俺が言うより速見が言ったほうが穏便に済むだろ」
「それはそうかも知れないが」
「あの女子達とは面識もないしな。話はこれで終わりだろ」
「藍浦、君は――」
立花のことが好きなんじゃないのかい? と、確かに聞こえたが、進む足は止まることはない。
そういう質問が嫌いだ。
昔から散々同じような質問ばかり嫌になる。
重たい空気が口から漏れる。
教室に戻り、昼食にしようと扉を開く。
入ってすぐにある自分の席。
「……なんでお前座ってんの?」
「え? いーちゃん待ってただけだけど」
なんてことないように、首を傾げている。
「お前、もしかして状況わかってない?」
「知ってるよ。私そこまで馬鹿じゃないもん」
「いや馬鹿だろ。気付いておいて台無しにする気か」
「平気だって。一晩じっくり考えてみたんだけれど。……あ、ご飯食べるよね。席ずれるね」
そう言って移動したの尻半分ほど。
正方形であろう座面が長方形だけ譲歩された。
「アホなの?」
「冗談じゃん、声に出さなくてもいいじゃん、……そんなに睨まなくても。でも、任せて欲しいな。次は私が解決してみせるから」
しょんぼりしながら立ち上がり、隣から無断で椅子を引っ張ってくると机と机の間に椅子を置き、通路を妨害するように彼女が座る。
「いや望んでないんだが」
「知ってる。自分のエゴを押し付けてるんだもん」
「我儘なのは知ってるが?」
「そういうんじゃないってば。食べながらでも聞いて」
話だけでも聞こうと言われた通り机に弁当を広げる。同じ様に円香も弁当を広げ、お揃いのおかずたちが並ぶ。
今度早起きした時でもキャラ弁でも作ってみようか、こいつどんな顔をするんだろうと想像を膨らませる。
「いーちゃんが思うほど、皆私たちに関心がないんだよね」
「話題にあがっただけだとは俺も考えているよ」
ただ一度嫌がらせを受けた、いじめを受けたという事実が立場を弱らせる。
今は噂程度で済んでいるが、立花円香は弱いと認識されてしまうと今後の学生生活に支障をきたすかもしれない。
「面白がってるだけ、ただの流行りみたいなもんだよね。ネットのミームみたいなもんだよね」
と、円香も同じ認識のようだ。
飽きたら終わるが、事実は残る。
「いーちゃんも私の噂を上書きするための噂を流したわけだよね」
「正解。からあげ一個あげる」
「えへへ、ありがと。……って馬鹿にしてる?」
忙しないな。
それでもからあげは受け取り、小さな口へと放り込まれてる。
「だからね。……もぐっ、むぐ……」
こいつ。
今更、もう何も言うまい。
「だからなかったことにしちゃえばいいやって」
「具体的には?」
「私といーちゃんの仲の良さを見せつければいいんじゃないかなって」
「好きにすればいい」
「あれ」
「なんだよ」
「駄目って言うのかと思ったから」
「別に。もともと解決するまでは何度もやるつもりではあったけれど、アフターフォローまでは考えてないよ」
「とか言って自分が悪いみたいな事にして全部背負うつもりだったのに、考えてないよなんて嘘ばっかり」
「うるさいな」
「照れちゃって、可愛い」
「……」
「捻くれ者~」
「ええい、うっとしい。頬を突くな」
とりあえず円香がやりたいようさせることにした。
教室の後ろ側にいた二軍、今も二軍としていられているのは速見がよくやった証だろう。
彼女らと目があう。
一瞬睨まれたがすぐに逸らされる。
憎々しいといった具合だ。
もし何か次起こそうなら、石井に頼んだ現場の動画がある。
確認したが円香の顔ははっきりと映っておらず、詰めている女子の顔ははっきりと見える。話の内容は聞こえない。
これを使えば簡単に抑えることが出来る。
イジメが起きていても学校側は何も起こさない、のらりくらりと躱せればそれでいいと思っている現代の教育。
けれどネットに拡散すれば少なくともこの学校では響く。
そして今度嫌がらせを受けるのはアイツの番になる。さらに言えば学外に広がれば、大人たちも黙ってはいられなくなる。
田舎の噂話は広がるのは早いが、現代じゃネットもまた話が広まるのは早い。
そう脅せばアイツらは簡単に黙った。
「いーちゃん、悪い顔してるよ」
「……んぐっ」
「なーんか企んでるみたいだし、私が何をやっても許されるよね。はい、これ」
「さんきゅ」
円香が口をつけたばかりのオレンジジュースを受け取って流し込む。
……米とオレンジは合わなすぎる。
オレンジジュースごはんというのがあるみたいだけれど、どうなんだろうな。人によって味覚は違うが試す勇気は俺にはない。
「そういう訳でいーちゃんと私、仲直りね」
「……喧嘩してないだろ」
「いいから手貸して」
無理矢理に手を捕まれ、子供の頃に約束をするように小指同士が絡まる。
「また明日からも一緒だね」
「そうだな」
遅くなりましたが続きです。
まだまだ続きます。
書きたいところまだ書けてないですしね。
まだタイトル(仮)を回収すらしてない。
次回は一週間以内には投稿出来そうです。




