幼馴染の憂鬱
前田さんが言っていた通り何事もなく日常が過ぎる。
家にいる時はぐーたらな幼馴染。
土日も最近は忙しそうにしているから、休みの日は静かである。
朝、円香を送り出し昼まで寝て過ごす。
起きてからは掃除をして、パソコンの前に座る。
日課をこなして買い物に出かける。
一週間分材料を精査し、少しの休憩後夕飯を作る。
円香が居よう居まいと、それが俺の日常だった。
日が暮れた頃に体操服のままの円香が帰ってくる。
タイミングを合わせていたので汗臭い彼女をさっさと沸かしたばかりの風呂に放り込みむ。
我が家は比較的、湯を張ることのほうが多い。
これは両親の影響によるもの。
円香が上がる頃には夕飯が食卓に並ぶ。
「ふぃー、いいお湯だったよ。いーちゃん」
「お前さぁ……、風呂上がりだからタンクトップにパンツ一枚ってどうなのさ」
下着も色気のないグレーなスポーティタイプ。
用意しておいた部屋着用のホットパンツは手に持っているだけ。
「えー、別にいいじゃん。いーちゃんしかいないんだし」
「言い訳あるか。さっさとそれ履いて席につけ」
「うぇ~い」
なんとも面倒くさそう返事をしながらいそいそと着替える。
肌面積はほぼ変わってない。
「そーいえば、夏休みに入るまでで良いってさ」
自分の分のご飯をよそい、席につくタイミングで円香が口を開く。
「マネージャー? 案外早かったな」
「全治三ヶ月ってところらしいけれど、夏休みの間は保護者の方が毎年手伝ってくれるらしいよ。大会の撮影とか、どうしても子供だけの力じゃどうしようもないしね」
「スポーツ物の漫画読むとそういう描写あるね」
強豪と呼ばれる学校が舞台なら、それ専属の部員や関係者がいる。
そうでない場合ははやり保護者の協力が必要不可欠。
……知らんけど。
創作は創作だしな。
「いーちゃんってスポーツ漫画とか読むっけ?」
「たまになスポ根は結構好きだぞ。異能バトルスポーツとかは読まないけど」
「テニスとかバスケね。ちょっと前だとサッカーもか」
「俺が好きなのは小さい巨人に憧れてたバレーのヤツとか、FWからDFに転向させられるサッカーのほうだったしなぁ」
どちらも天性の才能はあるが、ちゃんと弱みもある。
けれどどちらも努力とか周りの助けもあって強くなるから好きだ。
それにしっかりと練習する描写があるほうが俺の好み。
「いーちゃんもチビだしね」
「……言うてあのキャラ165センチぐらいはあるからな」
それに最終巻では10センチも伸びている。
「なんかごめん」
「お前に慰められるほうが傷つくんだが」
「最初から最強キャラってあんま好きくないよね」
「まぁーな。ゲームでも徐々に強くなっていって、出来ないことが出来るようになったり、倒せない敵が倒せるようになるほうが面白いだろ」
「わかるけどねー。私マネージャー業が終わったら積んでいたアニメとゲームを消化するんだ」
「死亡フラグっぽく言ってるけど、夏アニメ始まったばっかだからな。ちなみに六月のイベントはもう終了したぞ」
ま?」
「大体どこのソシャゲでも二週間前後でイベントは終わるだろうよ」
「詰んだ」
円香が見事にテーブルに沈む。
ぶつぶつと何が呟いているが、まったく聞こえない。
「で、円香」
「なぁーに?」
「もうすぐ期末だけど勉強大丈夫か?」
「あれ? 最近、中間あったばかりじゃないっけ」
「夏休み前には期末があるだろ」
「詰んだ」
本日二度目のテーブルにキス。
器用に皿を避けている。
髪があと少し長ければスープにぽちゃんしていたところだ。
もともと細く滑らかな髪質。
一房手にとってみる。
脱色して傷みそうなものなのに傷んでおらず絹のよう。
明るい茶髪にインナーカラーは薄いピンクという組み合わせ。
円香が好きなキャラのカラーを真似しただけなのに、かなり似合っている。
「どうしたの? 傷んでる? 枝毛?」
「いんや」
「?」
特に意味があったわけじゃない。
ただそこにあったから触れただけ。
「変なの~」
円香は顔を上げ、横髪を掴み自身にひげを作る。
その行動にも意味はないだろう。
「いいからご飯食べろって、勉強は俺が見てやるから」
「うぇーい」
嫌そうなのが伝わってくるいい返事だ。
「今日は泊まって行けよ。後で布団も敷いてやるから」
「勉強しろってこと?」
「少しぐらいなら遊んでもいいぞ。俺もお前と遊びたいし」
ソロでゲームやるのも限界がある。
誰かとやったほうが絶対に楽しい。
FPSや格闘ゲームなんかやってると、自分にも味方にもイライラしてくるし、アホな雑談をしながら、時には反省会なんてものやってるほうが良い。
そんな気兼ねなく誘える相手として円香は貴重だ。
「いーちゃん……」
「なんだよ」
瞳が潤んで見つめてくる。
いくら妹のように接しているとはいえ、面の良すぎるため不意に見つめられると心臓が跳ねる。
「ツンデレなの?」
「ゲームはなし、寝るまでずっと勉強な」
「鬼ぃ~」
そんな事を言いつつも、結局比重はゲームに偏る。
休みだからといって時計はてっぺんを軽く越えて、どちらかが寝落ちするまで部屋の明かりは灯っていた。
※
休み明けの平日。
暑さも増して家の中が恋しい。
円香は日直で先に登校しているため、今日は一人で学校への道をのんびりと歩いていく。
一学期も終わりを迎えようしている時期。
入学時期に比べればほんの少し男女の仲睦まじい光景が伺える。
浮かれる気持ちは少しはわかる。
無関係な他人から見ると暑苦しいという感想が第一。
少しだけ羨ましいなって思春期特有の感情が後から湧いてくるだけ。
教室に辿り着く。
鞄を机の横にあるフックに掛けながら辺りを見回す。
前田さんはおらず、鬼怒川さんもまだ来ていないようだ。
日直の仕事は終えているようで、自身の席で静かに本を読んでいる円香の姿があった。
着々と状況が悪化している。
通学路との光景の差で風邪ひきそう。
休みを挟み円香とクラスメイトの溝が開いていた。
ずっと見ていたから気づいたのか、円香は読んでいた本を閉じ立ち上がった。
向かう先は僕の正面で、机に手を置いてしゃがみ顔の半分を覗かせる。
「クラスのやつらと話さないのか?」
わかっていてこの質問。
俺もかなり卑怯だな。
「んー……。なんかね気まずいんだよねぇ~。なんか空気に膜みたいなのがあって、寄り難い雰囲気っていうの? あの人たち私のこと苦手なんだなーって感じる。話したら答えてくれるけれど、私というよりは周りを警戒しているような……?」
「そうか」
本人が気づいてない訳がない。
しかし休みの間に何があったんだろうか。
サッカー部の臨時マネージャーとして少しだけ出かけていただけだったが。
彼女の預かり知らぬところで事態は進行している。
今もまた教室の後ろのほうで『また男子に媚びて』という皮肉の声が聞こえてきた。円香に聞こえるか聞こえないか程度の声量。
聞かれても構わない。
仲間がいれば自分が大きくなった気にもなるのだろう。
「きぬちゃんとか咲希ちゃんがいたり、速見くん達がいればまた空気変わるんだけどね」
疲れたようにため息を吐く円香。
悪意に晒されて疲労している。
昔から嫉妬を買っていた彼女だから多少の慣れはあると思うが、長時間ネチネチと攻撃に耐えるのは俺でも苦労しそうだ。
いじめと嫌がらせのラインってどこなんだろうな。
たとえ彼女から悪意が去ったとしても、また誰かが標的になるのは変わらない。
次は同じサッカー部の前田さん、共通の友人である鬼怒川さんか。
はたまた知らない誰かか。
被害が他人ならなんとも思わないが、今回は身内。
しかも俺にやれることはほとんどない。
解決させるには力がない。
「なんというか……、やってらんないな」
「そうだね~。でも、まぁ私にはいーちゃんがいるし、きぬちゃんや咲希ちゃんもいるもん」
「本当に何かあったら言えよ」
「うん。ありがとっ」
虚勢ではない元気な笑顔を見せて、円香は自分の席へ戻っていった。
後にいつものメンバーと顔を合わせ、いつも通りに彼女にも戻っていた。
「さて、どうしたもんかねぇ……」
誰に掛ける訳でもなく、ひとり呟く。
腹立たしい。
クラスの奴も、そして何も出来ない自分も。




