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最近、幼馴染がぐいぐいくる。(仮)  作者: 「」
第三話 エンライ
24/31

幼馴染の評判②

 夏の太陽がジリジリと肌を焼く昼を過ぎ、放課後にもなると怪しい曇り空になっていた。

 遠くからゴロゴロと地響きのような重い音が教室まで届く。

 天気予報では今日はずっと晴れだった筈だが。


 石井と話しているといつの間にか円香と前田さんの姿が教室から消えていた。

 事故現場で見たマネージャーは体操服を来ていたし、着替えに行ったのだろう。

 毎日体操服洗濯させられているしな。

 先に一人外出てサッカー部が使う専用のコートの日陰でボーッと待っていると後ろから肩を叩かれ振り返る。


「ってかお前かよ」


 やけに力が強いなって思ったら速見だった。

 他の部活はどうかは知らないが、サッカー部は練習用のユニフォームがあるようだ。


「誰か待ってたのか、悪いことをしたね」

「別に構わないけど。マネージャーの手伝いに来ただけだし」

「立花さんから頼まれたのかい?」

「そうだけど」

「苦労を掛ける」

「別に。知り合いに頼まれたから」

「それでも助かるよ、ありがとう」

「うっせぇ……」


 イケメンの爽やかな笑顔をこんな野郎に向けずに女子にでもって思ったところで、男に向けるぐらいだから女子にも当然のように向けている。

 うちのクラスでも明らかに速見ファンは多い。

 女子だけじゃない、男子もまた速見のことを悪く言う奴は少ない。

 俺みたいな捻くれて疑って掛かる人間ぐらいだろう。


「あははっ。それじゃあ藍浦。よろしく頼むな」


 悪態にも怯まず笑って去っていく速見。

 話す度に自分と速見の差をどうしても感じてしまう。

 円香と一緒にいる時にも感じる劣等感。

 普通の人間って言い方はおかしいかもしれないが、そんな俺はどうしても円香や速見、一軍にいるような人物を相手にすると卑屈になる。

 本能的に負けを認めているみたいでムカつきはする。


「ぼーっとしてどうしたの?」


 気づけば隣円香が立っていた。

 直ぐ側にいるものだから見上げることになる。


「頭が高い」

「いーちゃん、横暴すぎない? 蛇の抜け殻から召喚されたの?」

「二人の会話についていけないんだけど……」


 円香の後ろからひょっこり顔を出す前田さん。

 そりゃ召喚なんてオタク用語みたいなもんだしな。

 ソシャゲとかやってなさそうだし。

 ……円香が例外すぎる。


 気になることがあって円香に耳打ちをしようとするが背伸びしないと届かない。

 女子としてはそんなデカい訳でも、いや、これ以上考えるのはよそう。

 円香の背後に回り、膝をかくっと突く。

 つか、こいつ脚長っ。


「なんでぇ?」

「頭がちょうどいい位置にきたな」

「酷くない?」

「いいから耳貸せって」

「んー? 何々?」

「お前ってオタバレしてんの?」

「うん、してるよ。それがどうしたの?」

「隠してるわけじゃないのか」

「別にゲームやってるからーとかでハブられたりしないよ。個性みたいなもんだよ」

「へぇ~」


 顔面がいいから許されるのか、そういう時代になっただけなのか。

 多分どっちも。

 明らかな陰キャがオタク趣味をしていたら、陰でたまに話題に出される程度には馬鹿にされるだろうし。


「でもゲームできないって不満垂れ流してなかったか? 入学直後とか特に」

「オタバレしてるからって共通の話題があるわけじゃないし、みんな興味あるのは美容とか流行りの芸能人とかだよ」

「あぁ」


 ネットで繋がっているから女性ゲーマーとはそこそこ遭遇するけれど、比率は圧倒的に男性が多いし俺らの年代の女子がネットを使って遊ぶと言ったら謎の踊りをSNSにアップするぐらい。

 男子も女子も承認欲求の強いタイプは苦手なので係わりたくない。

 円香との話しを切り上げる。


「それで俺は何をすればいいんだ?」

「藍浦君はうちの手伝いかな」

「おっけ」


 今日もたんまりと洗濯物があるらしい。

 七月末には大会が始まるそうで練習は激化。

 更に今週末には練習試合も組まれているそうで大忙しらしい。


「で、円香は?」

「あ、そうだそうだ。いーちゃん見てー」


 なんかアホみたいにその場で一回転。

 ただの体操服。

 どんなリアクションを期待しているのだろう。

 普段との違いは髪を結っているぐらい。


「ポニテ似合ってんね」

「えへへっ。ありがとっ……。そうじゃなくて」


 はにかみつつ呆れるという器用な表情を見せながらポーズを変え、やや前かがみになり比較的大きい胸を強調させると、首から下がっているストップウォッチが揺れている。

 答えを見つけられず困って前田さんに視線で助けを求めるが、苦笑いで返される。


「わかんねぇって……」

「これだからいーちゃんは」

「なんでいつも俺が悪いみたいになるんだよ」

「こればかりは藍浦君が悪いね」

「救いはないのですか」


 急な多数決により敗北。

 この国は民主主義である。


「で、正解は?」

「これはなんでしょう」


 そう言って円香はストップウォッチと後ろ手で隠れていたクリップボードを掲げる。


「ストップウォッチにクリップボード」

「残念っ。正解はマネージャーの神器ですっ。どうマネージャーっぽくない?」


 くすりと笑ってしまうような答えだった。

 メガネを掛けるだけで頭が良さそうに見えると似たような答えだ。

 アホっぽい。


「お? いーちゃん久々に笑ったね」

「そうか?」

「うん。いつも陰気臭い顔してるもん」

「おいっ」

「冗談、冗談だって。作った笑顔で頭に手を伸ばさないで、そろそろ本当に砕けるっ」


 掴むつもりはなかったが円香は一目散に逃げ出してしまう。

 二人取り残されて、ゆっくりと前田さんに案内される。

 サッカー部の部室にたどり着き少し錆びた鉄製の重いドアを開くと、制汗剤の匂いで幾らかマシになっているが汗の臭いが鼻を刺激する。


「夏場は地獄だな……」

「あはは。うちは強いだけあって部員数トップだからね。藍浦君ならいつでも歓迎してるから」

「遠慮しとくよ。見ての通り非力だからさ」

「気が変わったらいつでもいいからね」


 先に向かった筈の円香が後から顔を出してきた。


「ごめん遅れたっ」

「何してたんだ?」

「ちょっと先輩達に捕まって雑談してた~」


 こっちでもやはり人気者らしい。


「じゃあ、私は洗濯物片付けてくるね」

「よろしくね、円香ちゃん」

「あいあ~い」


 籠に積まれた練習用のユニフォームを運んでいく。

 一周だけでは片付けられず何度も往復している。

 円香が自分の仕事をこなしている間、前田さんの指示を仰ぎながら先ずはバカデカいウォータ―ジャグにスポーツドリンクを作る。

 それを両手で持ち配置場所に持っていくわけだが、たしかに女子の細腕で辛いだろう。


 曇っているおかげで日差しがキツくない分マシだろうが運んで戻る間にはすでに汗だく。

 袖口で汗を拭うと前田さんがタオルを貸しくてくれた。


「これマネージャー用の奴だから」

「ありがとう」

「いえいえ。それじゃあ、うちは監督に今日の練習メニュー聞きに行ってくるから円香ちゃんの手伝いお願いします」

「うっす」


 部室に隣接された洗濯場。

 三台も洗濯機が並んでおりフル稼働中である。

 その中央で円香はしゃがみこんで黄昏れている。


「疲れたか?」

「あ、いーちゃん。ちょっとねー。ごめんねー、いーちゃん毎日家事させて」

「別に好きでやってることだしな」


 必要に迫られてでもあるが、結構嫌いじゃない。

 それに二人分の洗濯物を一週間溜めたってこんな量にはならない。


「いーちゃんはやっぱ凄いなぁ」

「褒めてもなんも出ないぞ」

「別に何か欲しくて褒めてるわけじゃないよ」

「なんか変なもんでも食ったか」

「それだったらいーちゃんが変なもの食べさせたことになるけど」

「こいつ」

「ふふんっ」


 壁を背もたれにして洗濯が終わるのを待つ。

 円香も立ち上がりわざわざ隣に並ぶ。

 今季の流行りのアニソンを彼女が口ずさむ。

 運動部の声や三台分の洗濯機の騒音を抜ける、高音の綺麗な透き通る歌声に耳を傾ける。

 見上げた空は未だに曇っていて、気持ちもどんよりと引きづられてしまうが、彼女の歌声のおかげで今は少し爽やかな気分になる。

 けれど、そんな時間も長く続かなかった。


「立花、悪いんだけど」


 身長や顔つきからおそらく先輩部員だと思われる男子生徒がやってきて円香になにかを頼みに訪れいた。

 前田さんも戻ってきていたらしく先輩の背を挟んでこちらに歩いてきている姿が見えた。

 先程はなかった円香と同じクリップボードを持ち、本日の練習内容が書かれているのであろう、真剣に読み込んでいる。


「あ、咲希ちゃん。先輩が用事あるみたいだよ」

「いや、俺は立花に……」


 先輩の声は小さく、円香の声にかき消されていたがしっかりと俺の耳には届いた。

 それに明らかに訪ねてきた時よりテンションが下がって見える。

 理由がわからず首を撚るが、呼ばれた前田さんが合流したことで考えるのをやめた。


「どうしました?」

「あ、いや。立花に基礎連みてもらおうと」

「わかりました。円香ちゃん、お願いしていい?」

「でも私サッカー全然知らないよ」

「大丈夫だよ。はい、これ」


 マネージャー同士クリップボードを交換する。


「部長に見せればいいから。円香ちゃんは時間を測るだけでいいよ」

「うん。わかった」


 みるみるうちに男子部員のテンションが上がり、円香を連れて出ていく頃にはもう見てられないほどの笑顔を見せている。


「良かったのか?」

「うん。まぁ、なんにも思わないことはないけれど。マネージャーの仕事ってモチベーションの維持、向上も必要だから、そういう意味で円香ちゃんは適任なんじゃないかな」

「そうか」

「仕方ないよね、だって円香ちゃん可愛いし明るいし」

「ちょっとアホだけどな」

「あははっ、確かに」


 雨が降りそうだからと室内で干すことになった。

 黙々と作業を続け、練習着とビブスが所狭しと並ぶ。

 これだけの量があると圧巻だ。

 次第に洗ったばかりの練習着は籠一つだけとなり、気が軽くなったのか口まで軽くなった。


「円香はちゃんとやれてるか?」

「藍浦君、ほんと保護者みたいだね」


 余計な事は言わないで欲しい。


「ちゃんとやってるよ。マネージャーの仕事って難しいことはあんまりないし、スコアなんかは怪我しちゃった先輩がつけたんだけど、一応うちも出来るし練習試合とかは問題ないと思う」

「それならいいんだけど」

「でも流石円香ちゃんというか、もう部活の中心人物って感じだよ。さっきも感じちゃったけれどやっぱ嫉妬しちゃうよね。うちのほうが何ヶ月も早く入部して皆のために色々してきたのにって。自分がやってきたこと否定されちゃった気分でちょっとだけ悲しいかも」

「いいのか? 俺にそんなこと言って、これでも円香の幼馴染だぞ」

「別にいいかなー。藍浦君は言いふらしたりしないでしょ」


 そんな長い付き合いでもないのに信用されたもんだ。


「それになんだか藍浦君ならいいかなって」

「なんだよそれ」


 お互い笑い合い、最後の洗濯物を吊るす。

 前田さんの言っていることは少しわかる。

 俺と彼女は少しだけ似ているような気がしたから。


「まぁ、わかるけどな。俺も円香のこと好きだけど嫌いだし」

「いいのかな? うちにそれ言って、円香ちゃんの友達だよ」

「お互い弱みを握られた似た者同士ってことで」

「秘密ね」


 共通の秘密を持つということでお互いに信頼感が増す。

 口も軽くなったところで少しだけ話題をクラスのことに向ける。

 最近の妙な雰囲気。

 原因は石井から聞いているが、女子からも聞いておきたかった。


「うちのサッカー部人気だからね、妬みの対象になっちゃうんだよ。うちも最初の頃は似たような感じだった」

「そうだったのか」

「速見君と円香ちゃんのグループって事で何も言われなかったんだけど、小さな嫌がらせはあったかな」

「速見のいるところでは普通なのは」

「速見君には見られたくないだろうねぇ」

「鬼怒川さんは気づいているの?」

「こころんはいい意味でも悪い意味でも空気読めないから……」


 あの人、性格が素直すぎるから気づいてたら一悶着ありそうか。

 初対面で結構な暴言吐かれたしな。


「大丈夫なんかなぁ~」


 これは思わず口に出してしまった本音。


「口が悪いけど優しくて面倒見がいい」

「どうした?」

「円香ちゃんが藍浦君のことそう言ってたなーって」


 あいつそんな事言ってたのか。


「今のところは大丈夫じゃないかな?」

「根拠は」

「円香ちゃんの圧倒的な人気。男子を敵に回すようなもんだもん。彼女は嫌いだけど、男子には嫌われたくない。よっぽどのことがない限り現状が続くんじゃないかな」


 男子といっても速見、主にサッカー部か。


「それに円香ちゃんを本当に嫌ってるのは数人じゃないかな。サッカー部の練習を見に来るのは上級生が多いし、他は友達の言葉に同調してるだけって感じ」

「なるほどな」

「うちも友達が多いわけじゃないから詳しいことはわかんないんだけどね。さてと、次は部室の掃除だね。藍浦君はどうする?」

「どうって? 手伝うつもりだけど」


 円香に手伝えと言われて時間に都合をつけている。

 家事があるとはいえ、そちらも色々とやりようがある。


「そっか、ありがとう」



 ※



 掃除を終えて部室を出ると、ここからでもサッカー部の練習する姿が伺える。

 今はシュート練習をしているようでゴールの網が常に揺れていた。

 ゴールと選手の間を一定周期で行き来している円香の姿も見える。

 こうやってみるとマネージャーって肉体労働メインなんだな。

 縁の下の力持ちとは言ったもので、気づかれにくいが部員が練習だけに時間を割けるというのはとても大きい。それが積み重ねれば他校との練習時間差が大きくなる。


「ってか、凄いな」

「どうしたの? あれかぁ~」


 グランドをフェンス越しに見ている女子の群れ。

 中にはちょっとだけ見て去っていく者もいるが、張り付いて見つめている者もいる。

 一人の男子が今ボールを前にすると黄色い悲鳴が上がる。

 まるでアイドルの追っかけみたいだと思った。


「サッカー部で人気あるのって」

「一番は三年の先輩だけど、そろそろ三年生は引退時期だから二年の中村先輩が一番になるんじゃないかな。ほら今そこにいるのが中村先輩。三年の引退後は背番号10を背負うことになってる」

「速見は?」

「速見君も上から数えたほうが早いかな五番目ぐらい? 流石にレギュラーのほうが人気高いよ」


 それでも五番目はすげぇーや。


「ま、ベンチには次から入るんだけどね」


 そりゃすげーや……。


 天気も危ういし、これ以上手伝えることがなさそうなので前田さんに別れを告げて帰宅の準備をする。

 鞄を持ち練習場を離れようとする。

 円香にも一言告げようと思ったのだが、ちょうどシュート練習を終えて次選手と交代した中村先輩が彼女と何か話しているようだった。

 球拾いを一時中断し先輩とともに移動しウォータージャグに向かっていき、スポドリを手渡している。その間も雑談を続けているようだ。


 話しの腰を折るのは悪いな。


 そう思い円香とは会わずに練習場を後にした。

 校門をくぐるには先程のギャラリーの後ろを通ることになるのだが。


『あの女子、最近調子にのってるよね~』

『ねぇ、少し可愛いからって中村くんに媚び売ってさぁー』


 なんて声が聞こえる。

 陰口というには声量がデカすぎで、嫌でも聞こえてしまう。

 ため息が漏れる。


 性格も醜いからか、それが表にも影響しているのか顔も醜い。

 なんてね。

 人のことは言えないなって、もう一度ため息を吐き早足でその場を去った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女性の嫉妬は怖い… 悲しいとは思っても、それなりに消化して受け入れている咲希は良い方かな。
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