幼馴染との遭遇
振替休日を終えて、また通常授業。
来月には期末テストがあり、夏休みに入ると考えるとイベント目白押しである。
試験がイベントと考えればだけれど。
そんなことを思いながら湿気と熱気の籠もる通学路を進むと、隣にいる円香が似たようなことを考えていたらしい。
「もうすぐ夏休みだね」
「そうだな」
「といっても私たちの夏休みといったら」
「引きこもりだな」
「だねー」
六月の今でも暑くて辛い。
さらに気温もあがる真夏。
外に出たいとも思わない。
クーラーの効いた部屋で一日中自堕落に過ごす。
なんと甘美な響きか。
「そういえばさ六月だね」
「大分前からな。梅雨入りは来週らしいが」
もう中旬を過ぎて下旬に入ろうとしている。
制服の衣替えも完全に切り替わり、全員が夏服を着用している。
真っ白なシャツに学年の色を示す赤いリボン。
スカートの色も薄くなり淡い色合いになっている。
空もまた青い空はなく、どんよりとした灰色。
だが、円香の笑顔は小春日和のように穏やかだ。
彼女周りだけ何時も明るい。
「今日、ガチャ更新だよ」
「ウェディング衣装か」
「ずるいよねー、いつからウェディング衣装出すようになったのか……。来月は水着が絶対出るでしょ」
「推しのウェディングが出たら回さないわけにはいかないからな」
「水着もでしょ」
「だな」
スマホゲームの話題で盛り上がり、夏のイベントでどれぐらいの石が回収出来るのか、実装されるキャラが強いのかと話し合う。
似たような趣味と感性を持っていても違うところはあって、俺は性能を見るのに対して、円香はそのキャラの小物だったりモデルだったり如何に可愛いかが重要視する。
どちらも一番気になるのはキャラの個別シナリオだったりとやはり共通点もある。
「円香って女性向けのゲームとかってやんないの?」
「やんないかな。一度手を出してみたけれど、なんっていうかむず痒くて無理だった。それに私、可愛い女の子のほうが好きだし」
「そんなもんなのか」
「だねー。人によるとしか言えないけど、イケボに攻められてもにょって鳥肌立っちゃう」
もにょるって……。
気恥ずかしくて、もにょもにょするみたいな。
……なんとなくわかってしまうのが、ちょっと悲しいぞ。
「いーちゃんもギャルゲー……、いーちゃんの場合ストーリー重視か」
「そうだな」
「ぐしぐし泣いてた時はちょっと引いたもん」
「お前だって勧めたらやり込んで、翌日目腫らしてたろ」
「そういうこともありましたね。でも、最近やんないよね」
「スマホゲーに金掛かってるからな……」
「あー……」
課金するより買い切りのほうが安く、長く遊べるのもわかるが、ついつい好みのキャラが出ると回してしまう。
これでも無理のない課金、所謂無課金だから財布は傷まない。
でも明らかに買って遊ぶよりも、課金するほうが多くなった。
最近のスマホゲーも時間掛かるやつあるし、俺も円香もやっているオープンワールドのやつなんか探索だけで一日を終えてしまう。
どっちがいい、どっちが悪いという話ではない。
面白ければ正義。
雑談を続けながら教室までたどり着く。
俺と円香が一緒にいることに見慣れてきたのかクラスは割りと平和で、少数が嫉妬のこもった視線を送ってくるのみ。
席についてからというもの、目の前を通り過ぎるクラスメイトに挨拶をされ、こちらも返すという作業を繰り返し、時折雑談を挟む。
なんというか、体育祭前後で変わりすぎだろ。
そんな様子に時間ギリギリで登校してきた石井が「人気者だね」と笑っていた。
※
「で?」
「で、とは?」
男子二人教室で弁当を広げる。
「珍しく昼食に誘ってきたからなんかあったのかと」
目の前にいる男子。
速見の影に隠れて目立たないイケメンこと石井。
授業と授業の間の十分休憩の雑談の間に誘ってきた。
「いやぁー、ちょっとね」
「なんか含みがあるな。なんで誘ってきたんだよ」
「んー」
答える気があるのかないのか、紙パックのドリンクをちゅーっと音を鳴らしながら飲む石井。唇をやや突き出しているところが気持ち悪い。
「君こそ良かったのかい? 大事な幼馴染と一緒に居なくて」
「お前が誘ってきたんだろ。普段、昼休みになるとすぐに姿をくらませるお前が言ってきたんだから、何かあるのかって考えもするだろ。それにアイツは今日もいつものグループだ」
「君はあれだね、口調が荒いし表情がなかなか見えないから分かりづらいけど、お人好しだね」
「別にそんなんじゃねーけど」
人に優しいとかお人好しだとか、褒められるとつい否定してしまう。
褒められるのが恥ずかしいと思うのもあるし、自分はそんな人間ではない。とも思ってしまう。
良き人間ではありたいけどね。
けれど敵対する相手にまで優しく出来る自信はない。
死体撃ちされると、わかっててもちょっとイラッとするし。
ちなみに円香は本気で切れる。
それも面白いぐらいに。
「まぁいいや」
朝に入れたタンブラーのお茶でまずは喉を潤す。
一緒に入れておいた氷も溶けず、お茶もキンキンに冷えている。
弁当の蓋を開けたところで、石井もビニール袋から複数の惣菜パンと菓子パンを取り出す。
「そうあっさり興味を失われると、少し悲しくはあるね」
「どっちなんだよ……。言いたいのか言いたくないのか」
めんどうだな、こいつ。
メンヘラの才能があるかもしれん。
「彼女に怒られただけなんだけどね」
「あー、そう」
「驚かないんだね」
「そういうこともあるだろ」
昼間になったらどっか行くし、本来ならこの時間は彼女と過ごしている。
放課後は比較的付き合いが良いのも、その彼女とやらが部活に所属していて自由な時間が多いとか、その辺だろう。
少しだけ謎だった彼の行動は、こんなところであっさりと解ける。
だから、なんだ。というのだが。
「で、なんで怒られたんだ?」
「入学してからというもの、ずっと彼女と過ごしてきた訳だけれど。怒られたというか、心配されたというほうが正解かな」
「友達いるのかって?」
「正解」
あっちはあっちの都合や友人関係もあるのだろうが、もう夏休みが見えてくるまで何も言ってこないほうが驚きである。
「そんな訳で度々誘うことにするよ」
「おう」
「にしても、藍浦」
「なんだよ」
「動きぎこちないね」
「全身筋肉痛なんだよ……」
「どうりで油のささってないロボットみたいな」
「朝、似たようなこと言われたよ」
イモムシとかひっくり返ったカブトムシとか辛辣だったけど。
それに比べたらまだマシ。
……どっちも大した差はないな。
スマホを片手にデイリー消化しつつ、食事を済ませる。
ぽんっとチャットアプリに画像が投稿され、ゲーム画面が動きが止まりポップアップが表示される。
タップしてアプリを起動すると予想通り、円香からのチャット。
「立花さんかい?」
「よくわかったな」
「一度、鏡で自分の顔をよく見てみるといい」
言いたいことはなんとなくわかるが自分の中では普通だし、でも見破られたということもあり、無意味だと思いながらも頬をペタペタと触ってみる。
その様子を見た石井は堪えきれずといったような感じで笑い声を洩らす。
騙されたか?
「それで立花さんはなんて?」
「あー……」
内容自体はどうでもいいことだった。
十二時になり、今朝彼女と話した通りにガチャの更新が来た。
単発で引いたら狙いのキャラがゲット出来たことを喜ぶ知らせであり自慢である。こんだけ喜ぶ様子を見せてくれると、こっちもそれで満足してしまいそうになる。
あとでキャラストの感想だけ聞こう。
さて、問題は石井の質問。
円香のオタ活は隠している訳じゃないが積極的に話すこともしていない。
天真爛漫で何も考えてないようで考えているアイツ。
周りからどう見られているかというのに敏感。
女子高生らしいとも言える。
「ガチャ結果を報告してきただけだよ」
「知らせてくるってことはそれだけ嬉しかったということだろうね」
「だろうね」
「可愛い幼馴染じゃないか、子犬みたいで」
「確かに犬っぽさがあるな」
特にクリクリとした目玉が似ている。
あと、一緒に歩いている時に時々こちらを振り返るところとか。
昼食を誘ってきたのは本当に石井が言ってきたことが全てで、ただの雑談をしながら昼食は進む。
入学してしばらくぐらいはともに行動をしていたが、最近はもっぱら円香周りの人たちと過ごしていたからか、少し懐かしい気持ちにもなる。
たまにこうやって昼休みを静かに過ごすというのも悪くない。
最後のおかずを口に放り込み咀嚼。
十分に味わった後に嚥下し、口をさっぱりさせるためにお茶をすする。
授業の間の休みにもお茶を飲んでいたからか、残りは少なく一口分しか残されていなかった。
「俺、ちょっと自販機に行ってくるわ」
「あぁ」
石井に別れを告げ、どこの自販機に行くか。
涼しい場所ならば学食に隣接されているところだが、人が多いのもまた学食。
少し遠くはなるが体育館に本校舎の間にある自販機を目指すことにした。屋根があり、風通しもよくこの時期ではまだ過ごしやすいはず。
先に食べ終えて遊びに来たのか、やる気があって昼休みにも練習しているのか、体育館からは人の走る足音とボールの弾む音の両方が聞こえてくる。
それ以外は静かなもので、遠くから聞こえる人の存在感を表す音というのは安心感すらある。
涼しい風が吹き抜けるのと同時に、風に混じって砂の上を数人の足音も聞こえてきた。
三人か二人程度。
……二人かな? 一人は軽く女子か俺みたいな小柄。
死角になっていて姿は見えない。
ただ近い場所で足を止めたのか話し声が聞こえてきた。
「それで、話って」
優しく促すように女子は告げる。
今まさに告白される現場のようだ。
女子の声はどうも慣れているようで緊張もなさそう。
というか……、これ円香の声。
「あ、あの……、立花さん」
「なぁに?」
聞いちゃ悪いんだろうなって思うものの、自分が居ないところでの彼女。
なんというか幼馴染の知らない側面を知れているようで気になって耳をそばだてる。
「付き合っている人とか好きな人いる?」
こちらにも緊張が伝わるような、必死に抑え込みながら絞り出している震える声。
円香が「いないよ」と伝えると、緊張は残りつつも声に安堵が乗る。
「じゃあさ。俺と付き合って欲しい」
「ごめんねっ」
少しだけ嬉しそうに告白する男子だったが、すぐにその期待を裏切られる。
断る円香は暗い雰囲気を作らないように明るい声色。
「そっか……」
それでも男子は気落ちする。
「うん。君のこと全然知らないし、名前すら知らない。そんな人と付き合えるわけないよ」
「今こうやって知り合ったとして、友達からなら」
「それはないよ」
「え?」
友人なら断られるとは思わなかったのだろう、男子は驚きの声を上げる。
「告白してきた相手を友達とは見れないよ」
「……そっか。ありがとう。時間を取らせてごめん」
「ううん」
それを最後に男子は去っていく。
俺がいる場所の正反対。彼は来た道を引き返し、足音が遠ざかる。
さて、俺も買う物を買って教室に戻ろう。
告白現場から背を向けたところで――
「何してんの? いーちゃん」
「……なんでこっち来た」




