幼馴染と打ち上げ
「体育祭おつかれぇー」
複数のガラスのぶつかる小気味いい音が部屋に響く。
見慣れた部屋に女子三人。
円香の友人である鬼怒川さん、前田さん。
本当にこいつら仲良いな。
お酒をかっ食らうおじさんのように円香と鬼怒川さんはグラスの中を空に。
俺と前田さんはちびちびと。
今日の体育祭での出来事を語り合う。
白組に属していた鬼怒川さんの視点もあり、あちらではあちらでの面白い出来事があったという話は新鮮で、まぁ、兎に角、速見が活躍していたというのが目立った。
速見の陰に隠れて目立たなかったが石井も活躍していたらしい。
この三人の関わりを改めて眺めていると。
円香が中心であり勢いで何かをし始めると、ノリの良い鬼怒川さんが更に盛り上げ、行き過ぎなところや足りないところを前田さんが補佐するというバランスの良い三人だった。
華しかない三人に囲まれることも増えたことを実感しつつ、何故このメンバーで打ち上げになったのか。
時間を遡る。
本来は出前を頼む予定だったが、帰宅の準備をしている時に円香が少し申し訳無さそうな顔をしながら、友達と打ち上げをしたいと言ってきた。
彼女にとって友人関係は大切だということも知っているし、怒ることでもないと了承したが、けれど俺の想像とは違ったようで。
「いーちゃんの家で打ち上げしようって話になって」
「それも別にいいけど」
「あ、いいんだ」
「知らない仲じゃないしな」
「それでね」
もじもじと何かをねだる顔つき。
「節約しようと思いまして、いーちゃんに作ってもらおうかと……」
「あ、そう……」
「ね? お手伝いするから……。あと、お風呂上がりにマッサージするから」
「わかったよ。文句言ってきても知らないからな」
「やったっ! 流石、いーちゃん」
「買い物にも付き合えよ」
「もちろんっ」
「元気だけはいいな、お前」
「それだけが取り柄なので」
一度自宅に戻ってから私服に着替え、家の前で円香と待ち合わせをし、本当は良くないが自転車の荷台に彼女を乗せてショッピングモールまで向かった。
「いーちゃん、お尻痛い」
「知るかよ。クッションでも括り付けとけ」
「買ってこようかな」
本当にやりそうだな。
駐輪場に自転車を止め、円香に折りたたんでポケットに入れていたエコバックを渡す。
普段鞄を持ち歩かない身としては、こうやって便利に使える相手がいるのは助かる。
「二人は苦手な食べ物とか、アレルギーはないのか?」
「大丈夫だと思うよ。私といーちゃんが好き嫌い激しいだけだし」
「まぁ、嫌いな物は渡せばいいから克服する機会なんてないしな」
「だねー」
ニコニコ笑う円香を先頭にモールに入っているスーパーに移動する。
「唐揚げとかよくあるやつでいいよな」
「うん、いーちゃんの唐揚げ好評だから喜ぶと思うよ」
「結構にんにく使うけどな」
「そんなの気にしないよ」
「だろうなぁ」
こいつを見ていればそんな気がする。
デートでもない限り気にするような男女はいないだろう。
「メニューどうっすかな……」
「お任せしますっ」
「それが一番困るんだよなぁ」
「ごめーん」
「いいけどさ」
スマホを片手に売り場を彷徨く。
打ち上げというよりホームパーティーだが、その定番である唐揚げは思いつくものの、それ以外と言えばさっぱり。
「ま、肉だよな」
「お肉は大好きです」
「あはは……、知ってるよ」
「だよねー」
定番メニューをスマホで検索しつつ、候補をあげる。
俺が読み上げ、円香の気分に合わせる。
帰ってから作ることになるし、手間のかかる料理は勿論なしという方向。
唐揚げ、ローストビーフ、パエリア、豚肉を使ったサラダ。
これで十分だと思うが、足りなければおつまみ程度なら出せるということで決定。
セルフレジで会計を済ませている間に円香に詰めてもらう。
会計を終わらせ彼女から荷物を受け取り店を出るつもりだったが、円香が買いたいものがあると言って、出入り口付近のベンチで待つことに。
ついて行こうか? と聞くと、すぐに済ませるからと小走りで去っていった。
十分も掛からず彼女が戻ってくると大きな紙袋を手にしていた。
サイズ感からわかる。
「本当にクッション買ってきたのか」
「うんっ」
「あ、そう……」
駐輪場に戻ると、その大きな紙袋から圧縮されてぺったんこになったクッションを取り出し、封を切って空気を吸わせる。
みるみるうちにふわふわになり、荷台に乗せるには勿体ないクッションになった。
「いーちゃんなら使っても良いよ」
「お前が運転してくれんの?」
「……いーちゃんぐらいの体重ならいけそうな気もする」
「それはそれでムカつくな」
「でもこれは荷台にも使うけど、普段はいーちゃんの部屋に置いておくの」
「俺の部屋にそんな女子力高そうなクッションなんてないもんな」
「ゲーセンで取ってきたアニキャラのクッションばっかだもんね」
「あれはあれで触り心地いいんだけどな」
「推しの上にお尻乗っけるのなんか嫌じゃない?」
「クッションはクッションだし」
「これだからいーちゃんは……」
呆れたように俺を罵るが、これに特に意味はなく言いたいだけなので放置しておく。
自転車を駐輪場から出して跨ると、円香が買ったばかりのクッションを敷いて荷台に乗る。
「ちゃんと掴めよ」
「うん」
急いで自宅に戻る。
場所は教えていたようで玄関先に二人は待っていてくれた。
二人をリビングまで案内し、手を洗って早速夕飯の準備に取り掛かる。
「円香」
「はーい」
細かな作業は言葉を尽くして教える必要があるが、簡単な作業は名前を呼ぶだけで円香は手際よくこなしてくれる。集中力散漫ではあるが、こうやって俺が監視している状態であればその器用さで良い仕上がりをみせてくれもする。
俺が作って盛り付けたものから二人の待つテーブルへと運び準備が終わる。
先に食べてても良かったのだが、行儀よくちゃんと待ってくれていた。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、こっちが急遽お願いしたんだから」
「そーそー、ジュースとかお菓子はうちらが持ってきたから。円香ちゃんも藍浦くんも飲んで飲んで」
「さんきゅ」
全員揃ったところで手を合わせて食べ始めるが、目の前で食べてもらうのは初めてであり、少し緊張しつつ見守る。
一番最初に円香がパエリアを口へと運ぶが、いつも通りの口調で「美味しいっ」とにっこり顔。
鬼怒川さんと前田さんも次々に皿に取り分けて、咀嚼し飲み込む。
「どう?」
たまらず聞いてしまう。
「……美味しい。円香のお弁当からおかずもらったことあったけど、やっぱり出来立ての温かい料理だと更に美味しい」
「でしょ、きぬちゃん。いーちゃんの料理は絶品なんだってー」
「また円香ちゃんが誇らしげ……」
「今回は私も手伝ったからねっ」
「後ろで見てたけれど、アンタは言われた通り食材出したり、ただ皮剥いたりしてただけでしょ」
「火の番もした」
「あー、そう……」
「きぬちゃん、そんな可哀想な目で見ないで……」
打ち上げと言ってもやっていることはいつもと変わらない。
女子三人で盛り上がり、時折俺が相槌を打ったり、聞かれたことを返したりするだけ。
夕飯を食べに来たというのが一番近いかもしれない。
時計の針も進み、夜も深まる。
女子たちもテーブルを離れてリビングのソファで寛いでいる。
円香にも今回は手伝いの申し出を断り、彼女たちと過ごしてもらっていた。
食器を片付け終えて、濡れた手をタオルで拭いながら彼女のたちの元へ。
いつもながら薄着で胡座を組み、だらしない姿を見せている円香も友達の前だと少しはましになるらしい。
「良い時間だけれど、二人とも大丈夫そう?」
二人がこちらを見る。
まだ帰りたくなさそうな気怠げな目。
こたつに入ったばかりの円香みたいだ。
ゆっくりと手元のスマホを見下ろす。
「うちは門限ないから大丈夫だけど」
「もっとゆっくりしてたいけど、そろそろ帰らないとかぁ~」
「二人とも泊まっていけば? 明日、振替休日なんだし」
それなら急かす必要もないか。
「私お風呂の準備してくるから、いーちゃんは客間に布団をよろしくね」
「……は?」
「だからね」
「聞こえてるっつーの。なんでここに泊めるって話になってるんだよ」
「?」
……こいつ。
首を傾げて何言っているの? と、澄んだ瞳で見つめてくる。
あまりに純粋すぎて俺がおかしいのかと錯覚するほど。
「お前の家に泊めるんじゃないのかってこと」
「あぁ」
大げさに手を叩き納得する。
「私の家何もないし」
「普段どんな生活してるんだよ……」
「帰って寝るだけ? 基本的にいーちゃんの家にいるし、それはいーちゃんも知ってるでしょ」
「確かに、でも寝るぐらいなら円香の家でよくないか」
「面倒くさいし。それに、人が泊まるようの布団なんかうちにはないよ」
「面倒くさいのが本音だろ」
「あはっ。……あだだっ、痛いって割れるっ割れるっ。アイアンクローはやめてぇっ」
「ったく。一言ぐらい相談ぐらいしろっての」
「しょうがないなぁ~。いてて、ほんといーちゃんちっこいのに力あるんだから」
――パンっ
「……余計な一言だ」
「いったーいっ。て、思ったよりも痛くなかった……、いい音したねー」
手加減して叩いているのに、あまりにもいい音がしたせいで俺自身驚いた。
「あれ、私達。なんの話してたんだっけ?」
「ん? あぁ、二人の寝る場所……」
二人のこと忘れてた。
自分と円香のいつものやり取り。
恐る恐る二人がいるソファを視線を移動する。
苦笑いと微笑ましい物を見るような目。
「なんていうか、二人が学校で他人のように接してきた意味が理解した」
「だよね。円香ちゃんはただ懐いてるって感じだけど、藍浦くんは学校との印象が真逆。なんだか楽しそうだし」
二人の言葉を受けて、円香がこっちを見る。
「えへへ」
「なんだよ」
「私と話すの楽しいんだ」
「かもな」
気楽だし、趣味も合う。
それに常に笑っている円香を見るとこっちもつられる。
「で、あたしらは泊まっていいの?」
「あー、うん。大丈夫だよ。円香」
「しゃっす」
よくわからない掛け声とともに敬礼。
「風呂も布団も俺が準備するから、円香たちは必要なもん買ったりしてこい」
「はーい。おやつもおっけ?」
「しゃーないな。ほら」
財布からお金を出して円香に握らせる。
「んじゃ、二人共いこっ」
二人を連れ立って円香たちが家を出ていく。
賑やかだった部屋が一気に静まり返る。
湯を沸かし、円香が泊まる時に使っている客間に行き、押入れから布団を出す。
二組しか用意出来ないが、くっつければ三人並んで寝れる筈。
枕も足りないが、ちょうど今日円香が買ったクッションを代用すればいい。
とりあえずの準備を終えて、自室に戻る。
スマホを片手にうつ伏せにベッドに倒れ込む。
楽しさで誤魔化されていた疲労が、体の奥底から染み出してベッドに染み込む。
重力が何倍にもなった気分で身動きが出来ず、まぶたもまた重い。
一階から彼女達が帰ってきた音がうっすら聞こえるものの、まどろみの中で認識しているだけ。
このふわふわとした感覚が心地よくて少し抗っているが、間もなくして意識も手放す。
※
「あれ……」
外が明るい。
やったなぁ……。
寝ても仮眠程度と思っていたが、がっつりと深い眠りに落ちてしまったらしい。
のそのそと起き上がろうと身体を動かす。
「いっっつー……」
じんじんと響くような痛み。
痛みを感じる部分を揉もうなら、気持ちよさと痛さが同時に襲ってくる。
ってか、へんな声でそう。
立ち上がろうにも動かす事に痛む身体に四苦八苦していると、扉が開きTシャツに部屋着用のショートパンツを履いた円香が入ってきて、見下ろしてくる。
「起きた? ……イモムシのマネ?」
「全身筋肉痛なんだよ」
「ほほーん」
「おい、やめろよ」
「ふふっ」
不敵な笑みを浮かべて、にじり寄る円香。
「つん」
「……っ」
「うふふ、いい顔するね」
自分の顔が歪んでいるのは自覚している。
我慢するために歯を食いしばっている。
それを良いことに円香の悪戯は続く。
「さて、いーちゃんで遊ぶのはこの辺で終わるとして」
「あぁ、悪い朝ごはんだっけ」
「もうお昼だよ?」
「やっば、寝すぎたか。二人は?」
「さっき帰ったとこ」
「あちゃー……。悪いことしたな」
「二人も気にしてないと思うよー。気になるんならメッセージ送っておけば?」
「それもそうだな」
寝落ちする前に手元にあったスマホ。
枕元を探してみるものの見当たらず、きょろきょろしながら困っていると、床に落ちていたのか円香が拾い上げてくれた。
「さんきゅ」
「っていうかさぁー。いーちゃん、いつ二人と連絡先交換したの?」
「いつだっけな。結構前だったと思うぞ」
「ふーん」
「どうかしたか?」
「べっつにー」
声だけでわかるご機嫌斜めな円香。
後でフォローするとして、今はメッセージだけを送る。
流石は現役女子高生、一瞬で返事が来る。
こちらも確認するとスマホを適当なところに置いて、円香に向き直る。
「つーか、お前が仲良くなるように仕向けたんだろ」
「そうなんだけどねー? ちょっとだけ予想外というか、いーちゃん手出すの早くない?」
「手出すって……、人聞き悪いな」
「あはは、冗談だって。二人だけじゃなくて、クラスの人達とも話すようになった?」
「まぁーな」
「良きかな良きかな」
「円香」
「ん?」
両手を差し出すと手首を掴んでくれて、立ち上がらせてくれる。
身体が軋み、声に出して痛みを発する。
「おじいちゃんみたい」
「うっせ」
「お風呂の湯抜いてないから、追い焚きして入ってきたら?」
「あー……、そうだな。昨日のまんまだし」
「ばっちぃ」
無言で円香の顔を掴みかかると噛まれた。
「猫かよ」
「しゃーっ」
「まぁ、いいや。風呂行ってくる」
「あーい」
着替えを手に取り、部屋を出ようとする。
「いーちゃん」
「なに?」
「最近学校どう?」
その質問に対して、少し考える。
即答するには負けた気がして。
「まぁ、楽しいよ」
「そっか」




