幼馴染との日常①
「いーちゃん、釈明は?」
「明日、焼肉にしようか」
「賄賂で誤魔化そうとするなっ」
「じゃあ、別の料理にするかー」
「それは駄目、明日絶対食べる。いいから、いーちゃん正座」
「なんで俺が責められなきゃいけないのかわからん。面倒くさいなこいつ」
「もぉー怒った。今夜は寝かせないぜっ」
「それは良いんだけれど、土日なのに家に引きこもるのか?」
怒っていたのはポーズだったようで、正座を強要することなくずかずかと部屋の奥まで進み、彼女は気にせずベッドに座って脚をぶらぶらと揺らす。
学校で使っているリュックをついで床に投げ捨てていた。
「友達と遊ぶのは楽しいけど、休みの日まで気を使いたくないよ」
「俺には気を使わないと?」
「使うわけないじゃん、家族みたいに育った仲だよ。良いところも嫌なところもずっと見てきてるってのー」
「そりゃそうか」
少し生意気な妹みたいだと思っている。
血の繋がりはないが、共有した時間の長さは親よりも長い。
「じゃあ、妹のお願いを聞いてくれるのがお兄ちゃんだよねぇー?」
ベッドのスプリングを利用して飛び上がり、こっちまで来ると肩を掴む。
そして俺が座っている椅子をくるくると回し始める。
やめろ、うざい。
「はいはい」
「一からプレイして」
「いや無理だろ。オフラインじゃないんだから」
「私のアカウントですればいいじゃん」
「規約違反だっつーの」
渋々と言った感じで円香と席を交代、彼女は自身のアカウントでログインし直す。
彼女のプレイで俺がやったところまで進み、そこから俺に変わるらしい。
自分でプレイするのは面倒で、隣でやっている様を見てシナリオをスキップしたかったらしい。
同じ環境で育ったのか、俺のキャラが辿った道のり、円香も驚くポイントも同じで涙するポイントも同じ。
本当に感性まで似ている。
日付は昨日から今日、そして明日。
ドワーフのようなちんまいキャラクターから、獣人族に切り替わり、武器が拳から魔導書のような物に変わる。
円香は近距離物理アタッカーを使用、俺は所謂ヒーラーをメインジョブとしている。
このゲームのヒーラー結構火力でるんだよな。
仮眠だけ交互に取り合う。
ご飯は一緒で、風呂は別に日曜日の夜にでも。
女の子がお風呂は毎日入るもの?
こいつ見た目は良いものの、一週間ぐらい平気で風呂に入らないぞ。
あの惨状を思い出して、長期間の連休で風呂に入らず三日が経過したら、無理矢理にでも入れることにしている。
仮眠の間は起きている方がレベル上げとサブクエ消化やダンジョン周回に勤しむ。
結局、規約違反を犯した。
俺も円香もシナリオを進めながら、お互いに感想を言い合うのが楽しくて忘れてしまったが。
プレイ時間が三十を超えたあたりにやってきた。
最後の戦い。
実は敵対していたボスにも家族がおり、古代人と言われるそのボスは昔の世界を取り戻したいがため主人公たちのいる世界を壊し、封印された召喚獣を開放しようとする。その召喚獣は古代人たちの命と祈りを込めたもので開放されれば一瞬にして今の世界が崩壊する。
今の世界を託された主人公と、過去の世界を託されたボスの正面切っての一対一。
当たり前の話、相手は悪役。
こっちは主人公。
負けるのは悪役に決まっていた。
だが、最後に悪役は消えながらも今まで詰まった想いを主人公に託して消えていく。
見方を変えれば主人公だって悪役だったのだ。
勝者の歴史が続き、この世界における悪役は古代人になった。
だが、想いを託された主人公たちにとっては彼ら確かに生きていて、正義を貫いたヒーローの一人だった。
エンドロールが流れ、この作品を作った大勢のスタッフ。
感動的なBGM。
オンラインゲームでありながら濃厚なストーリー。
世界中で人気になるはずである。
「「はぁ……」」
揃って感嘆の声。
「「……いい。感動した」」
二人で感想を言い合う。
世界観も良かったし、散りばめられた伏線の回収。
今までウザいとだけ思っていたボスの過去が明らかになった瞬間の掌返し。この作品で一番好きなキャラクターは総意でボスとなった。
そのボスが良かったという話がメインになっている。
そして時刻は夜の二十二時を過ぎた辺り。
激戦と徹夜でボロボロの二人。
「今日泊まって、明日帰ってから登校しよ」
「そっか」
のそのそと重い足取りでベッドへ赴く円香を尻目に、俺は立ち上がり部屋を出ようとする。
あいつはそのまま寝るんだろうなっと思っていたし、俺も早く寝たいところではあったが、そうも行かない。
「あれ? どこ行くの?」
「昼の弁当の仕込みしようかなって」
「は? なにそれ、ずるっ」
学食よりも自前で用意したほうが安く済むということに気づいた。朝、早起きする必要があるが、長い目で考えると弁当のほうがいい。
食券を買って並ぶのも一々面倒なんだよな。
席が埋まって、見つけるのも一苦労。
そもそも俺が自炊するようになった切っ掛けは、お小遣いが少しでも手元に残るようにと考えた結果である。
「私も弁当が良い」
「お小遣いとは別に昼食用にお金渡してるだろ」
お金の管理は俺の仕事みたいな物。
円香の親から月末に生活費と彼女のお小遣いを預かっている。
いつの間にか習慣になっていて、俺も気にしてすらいない。
というかおばさんも面倒くさがり屋で、俺の口座に円香の生活費を毎月振り込んでくる。円香のあの性格は間違いなくおばさん譲り。
信頼されてるのか悪い気分じゃないが、変わった人だと思う。
「お弁当持参してるの知らなかったんだけど、知ってたら言ってたもん」
一人で適当に中庭だったり、屋上だったり。
その日、赴くまま好きな場所で食べているから円香が知る由もない。
「いーちゃんのばーかっ」
一通り悪態をつくとベッドの隅まで移動し、背を向けて寝始める幼馴染を無視して仕込みに移った。我儘は今に始まったことじゃない。
キッチンに降り立ち、まずは炊飯器をセットしてタイマーを掛ける。
明日のおかず用に出汁やらを作り、冷蔵庫で冷やす。
すりおろした生姜とニンニク。酒、醤油みりんで作ったタレをからあげ用に買ってきた鶏肉にボウルに入れて揉み込むとラップをしてこれも寝かせておく。
「からあげ……」
寝ていた筈の円香が扉から半分だけ顔を出して呟いていた。
「ったく。金、寄越せ。俺が明日学食にするから、お前が明日弁当食え」
「わーい。いーちゃんだいすち」
「はいはい。もう寝るぞ」
小躍りしそうなアホ面を侍らせ部屋に戻る。
そんな元気があるなら客間に自分の布団を敷いて欲しい。
円香がもう一度ベッドに入っていく。
電気を落として、感覚を頼りに進む。
彼女の仮眠用に敷いていた物を今から別の部屋に持っていくのも面倒。
円香がベッドに行ってしまったのなら、まぁこれでいいやと布団に入るが。
じゃりっとした不快な感触。
「円香」
「な、何?」
「お前、俺の布団に行ったの……」
「あはは……。なんのことかな?」
「布団の上でお菓子食べるなつったろ。おい、早く場所変われ」
「やだよー。そんなきちゃない布団でねとーない」
「……もう良いや。眠て怒る気にもなれん。詰めろ」
「了解っす」
当たり前だが一人で寝るようのベッド。
小学生の頃は悠々と二人で寝られてものだけれど。
「狭っ……」
「いーちゃん太ったんじゃないの? 運動不足だし」
「体重増えたのお前だろ」
「なんで知ってるのっ!?」
「いや、適当に言っただけだが」
「……太ってないもん」
本当に徹夜続きで限界だった俺たちはすぐにうとうと意識を保つのは困難。
このふわふわした状態は寝る前と起きる直前に訪れるもので、なんだか気持ちよくて至福の時間だと思わせる。
先に船を漕ぎ出した円香。
聞き慣れたその寝息に安心して俺も眠りに落ちた。
※
息苦しさで目が覚める。
アラームが鳴り響く十分前。
馬鹿の脚が思い切り俺の腹に。
ふくらはぎを掴み、思い切り投げ捨てベッドから脱出。
弁当のために早起きしていたので、円香を起こすのはまだ先。
俺と円香の家は徒歩十分も掛からない。
隣同士とかならまだ楽だったかもしれないが、そんな都合の良い話はない。
一度、洗面所に寄って顔を洗う。
ヘアバンドで髪を纏めると、チラリと見える左耳の光が現れる。
円香とお揃いのピアスが鎮座する。
中学卒業後に開けたばかりで、まだ見慣れないアクセサリー。
簡単に開けれるピアッサーを円香が家に持ち込んできた。
自分で勝手に開けりゃいいものを怖いからと俺で試しやがった結果。その御礼にともらったのがこのピアス。
男の俺がつけていても変に飾ることもないセンスが良いもので、元々は二つで一セットの片割れ。今も二階で寝ている円香も同じ位置につけている。
彼女は左に三つ、右に一つピアスがある。
調子に乗って開けたのは俺だったりもする。
外して放置すれば簡単に塞ぐらしいから、せっかくだから気分転換につけっぱなしにしている。
幸い、うちの学校校則緩い。
見た目に変化が加わることでテンションが上がるのは男でも女でも変わらない。
制服に着替え、エプロンをつける。
慣れた手付きでさくっとおかずを用意する。
炊けたご飯と出来たばかりのジューシーな唐揚げ。
仄かに甘い香りの漂う卵焼き。
ベーコンとほうれん草のサラダにウィンナーをただ焼いただけのおかず。
円香が好きで俺が嫌いなプチトマトも追加してあげて、弁当に詰める。
蓋を開けたままにして、ようやく彼女を起こしにかかった。
カエルみたいな姿勢でベッドを占領する、そんな幼馴染を文字通り叩き起こす。
最初は無反応でむにゃむにゃと可愛らしいとも取れる寝言を口にするが、長ければそんな寝言もムカついてくる。
一緒に一階へと降りるが円香はシャワーへ、俺はそのまま朝食の準備に戻る。
次に顔を合わせてた時には、寝癖もなく艷やかな髪に、淡い色合いのリップで柔らかく瑞々しい唇になっていた。
すでにもう制服を着崩し、けれど下品にはならない程度に抑えられている。
「いーちゃん。家、何時に出る?」
もぐもぐと頬張り、リスみたいに頬が膨らむ幼馴染。
バッチリと決まった容姿が早速台無しに。
「んー? 円香起こしてから行こうと思ってたから、すぐに出るつもり」
「そっか。じゃあいーちゃんのパンツ借りて行っていい?」
「あ?」
円香がスカートを捲ると見慣れた下着。
たまに準備してやっているから見慣れたという意味ではなく……。
というか事後報告じゃん。
「いーちゃんと私の身長ほぼ変わらないからね。まだタンスに直して無いやつを適当に借りてきちゃった」
「うるせぇ。確かに俺のほうが今は身長が低いけどすぐに抜かす」
「左様ですか」
くそ、ムカつく。
「下着はまぁいいけど、ちゃんと返せよ」
というか、もう履かれているしこちらから出来ることは文句を言うことしかない。
「はーい。洗濯機の中に入れとくね」
円香を置いて家を出る。
合鍵は持っているから戸締まりもお願いしておいた。
もう二週間になる同じ道のり。
新鮮さはなく、見慣れた光景になってしまった。
誤差はあるものの、いつもと同じ電車で、乗り込む位置と出ていく位置も同じ。
この高校を選んだのは家から一番近いという単純な理由。
偏差値はそこそこ高い進学校。
勉強に関しては円香よりも俺のほうが出来るから。
そこだけちょっと優位。
挨拶をしてくれる人には挨拶を返す。
すでに置き勉しており、鞄の中はすかすか。
今日は弁当もない。
後ろの席の石井と話しながら時間を潰す。
中々気のいいやつで話すと楽しい。
名字順のこの席にも掘り出し物はあった。
人付き合いが煩わしいと思っているのは事実だ。
基本一人で行動するのも好んでいる。
だからと言って、完全にぼっちでいるわけではなかった。
狭く深く人付き合いが出来ればいい。
同じ中学の生徒もそう多くはない。
環境が変わったことで、自分の立ち位置も新たに。
登校して一時間ほどが経つと、後ろの扉から明るい声が響く。
聞き慣れた声で一瞬で誰が登校してきのか理解すると同時に教室が騒がしくなった。
「円香おはよー」
「うん、はよぉー」
と、何度も同じようにクラスメイトとやり取りをしている。視線を向けると挨拶を交わした順に円香の後ろに並び引き連れていた。某国内有名RPGを連想してしまう。
馬車があれば完璧だったな。
円香が自分の席にたどり着くと、彼女を囲むように生徒達が広がった。
一人が円香の髪の綺麗さにアドバイスを聞いていたことを皮切りにファッションやらの話題が広がった。前髪だけを染めたバングカラーの女子生徒が、今度一緒にショッピングに行こうと円香を誘っている。
中々壮観な光景。
彼女に絡む女子も男子もルックスが良い。その中でも飛び切り目立つ円香も凄いなぁーと感想を抱く。他人と比較することで円香の容姿が本当に良いのだと実感する。
それに中学三年は別のクラスだったし、距離を置いてから教室にいる円香は新鮮に映る。中二の時はここまではなかったし。
「藍浦も立花さん狙いか?」
俺の視線がわかりやすかったのか石井が円香グループを同じように眺めて問いかけてくる。
茶化した様子ではなく、ただ気になったようだ。
「そういう石井は?」
「高嶺の花は近づけないからこそ美しいと思うんだよね」
キザな台詞だと思ったが、素で出てくるタイプには思えない。
「その心は」
「自分から声を掛けるのは怖い」
「あぁ、中々にあのグループに声を掛けるのはハードルが高いもんな」
石井もあのグループに混じっても違和感のない容姿をしていると思うが。
中身は俺と同じようなぼっち気質。
自分の時間を大切にしているとも言える。
「僕は内向的な性格だからな、自分からアクションを起こすのが苦手だ」
「ふ~ん。まぁ、俺もあのキラキラな雰囲気を当てられると身体の水分が抜けそうだしな」
「ナメクジ?」
「似たようなもんだよ」
あのノリについていけるわけがない。
MPとか吸い取られそうで干からびる。
あっちがナメクジかもしれない。
某RPGに引きづられているな。
ま、関係ない。
視線を正面に戻して石井との話しをほどほどにスマホでゲームをしながら時間を更に潰していくと、チャイムの音が響き、同時に担任が姿を現すと教室全体が静まる。
円香の周りに居た生徒たちも名残惜しいといった感じで、各々の席へと向かう。
今日の一限目はロングホームルーム。
もうすぐ始める林間学校の班分け。
仲良しグループで集まって良いとかだったらどうしようかと考えていたが、担任が作ってきたというよりは最初から学校側が用意していたくじ引きで決めるようである。
「はい、静かに。まだ出来たばかりのクラスだ。というのは建前で、ボッチ救済措置だ。甘んじて受け入れろ」
と、なんとも酷い担任。
真実を言わなければ傷つかなかった者もいるだろうに。
「男女それぞれ二人ずつ、計四名の班になるようになっている。くじを全員が引き次第その班で集まるように」
出席番号順ということでさっさと取りに行く。
ダンボールで簡単に作られたくじ引きの中には折りたたまれた紙切れ。
一番上にあったのをそのまま拾い上げる。
黒板に書かれたAからHの文字。
C班に自分の名前を記入してさっさと戻る。
次に引いた石井も同じ班になっていた。
知らない奴と交流するのはカロリーを使うから運が良かった。
女子は誰とでも良いけれど、やっぱり気になるのは円香。
彼女の順番まで静かに見守ることにする。
「円香、わたしHね。H引いてよ」
「私だって円香と一緒がいい」
中々の人気っぷりである。
知ってたけど。
男子生徒は何も言わないが固唾を呑んで見守っているところを見ると、気持ちは一緒だろう。寧ろ、熱気のようなものあがり、それ以上かもしれない。
「あははー、運だから恨みっこなしだよ」
「でも一緒がいいよ」
「はいはい」
やれやれと大げさにアピールする円香。
ダンボールに手を入れると、教室が静かに。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえるほどだ。
紙を手に、開く。
円香と目が合う。
「私C班」
「「「えぇー……」」」
「よっしゃ」
数人のがっかりする声がハモる。
一人遅れてガッツポーズの女子生徒。
彼女の言う通り運ゲー。恨みはないが、思うところはある。
溜まりに溜まった執筆中の欄、関係ないメモやら設定とプロット。
その消化にストックのある話を一話だけ投稿してみたわけですが、早速の反応ありがとうございます。個人的に少しびっくりしました。
プロローグだけは早めに投稿しておきたいので、今週で終わる予定にして修正を済ませようと思います。