幼馴染との体育祭②
「藍浦には負けてられないよな」
「……出会っていきなりそんなこと言われてもな。すっごい敵対されてるし」
紅組と白組で敵ではあるが。
「というか横に並ぶな、せめて離れろ」
「中々君も無茶を言う」
世の中の低身長あるあるだと思うが、ずっと見上げていると首が痛い。
というより紅白リレーの出場者の全員が俺より身長が高いため満員電車のような圧迫感。
しかも、速見が詰めてくるものだから暑苦しい。
「で、なんでそんなに敵対心剥き出しなんだよ」
「立花にいいところを見せないとなって」
それは勝手にすればいい。
その円香と言えば、俺ら男子の部の後に始まる女子のリレーを任されているため、比較敵近い場所で待機している。
速見が手を振ると振り返している。
相手が自分だと限らないと思ってしまうので、俺が円香の立場なら振り返すことはないだろう。
違ったら恥ずいじゃん。
「ここに出てきたってことは脚に自信があるんだろ?」
「いや別に」
見た時には最初から名前を書かれていただけ。
確かに子供の頃はクラスで一番脚が早かったが、今となってはどうだろうか。
部活にも所属していない今、成長につれて本気で走る頻度も減っている。
入学して最初の頃に行われる体力測定ぐらいだろうか。
百メートルぐらいならスタミナの心配もない。
けれどこのトラック陸上部用に設計されているため一周四百メートル。
基本的に一人百メートルを走れば良い。
例外は三年生だけで、彼らは足りない人数分プラス百メートル追加。
「そもそも俺は帰宅部だし、部活やってるお前らに逆立ちしても勝てないよ」
「ならいいさ。藍浦を当て馬にさせてもらうよ」
「どうぞお好きに」
最近の流行りの音楽が流れ、二列に整列して入場。
円香とすれ違った瞬間。
「いーちゃん、頑張って」
「おう。……おう?」
思わず返事をしてしまい振り返ろうとするが、後ろに並んだ二年生に背を押され相手の顔を見ることはなかった。
声と呼び方でわかるが、あいつ……。
「ちょっとやる気になったみたいだね」
当たり前だけれど速見にも聞こえていた。
嫉妬はあるかもしれないが、顔色を変えず爽やかなもの。
「まぁ男だからな、応援されるとみっともない姿は見せられないなってなるよね」
「単純だね」
「単純だろ」
「そうだね」
一年から二年へ、そして三年と繋がるリレー。
リハーサルで軽い練習を行ったが、それはバトンの受け渡し。
自身の最高速度で渡すのは今回が初となる。
各クラスの組み合わせもあるため、スタートまで少し時間がある。
軽いストレッチをしながら待機する。
辺りは応援の声で盛り上がり、それに呼応するように白熱したリレーが行われている。
体育祭が始まる前は手抜きのイベントだと思っていたが、始まってしまえばムキになって本気で勝ちにきている者ばっか。
特に速見のように運動部に所属している者がわかりやすい。
自分の出番が回ってきて、スタートラインに立つ。
他のクラスの男子たちと並び立つ。
こう見ると俺って本当に身長低いんだな……。
ちゃんと競技用のコースで1枠目が有利ということもないし、インコースを狙って進路妨害されることもない。
ぶつかり合いになれば必然的に体重の軽い俺は不利。
全員揃ったところで教員がスターターピストルを上空に向ける。
ゲームで鍛えた反射神経。
――パァン
と、弾ける音に無意識下で身体が動く。
短距離ならでは、元々少ないスタミナのことを考える必要もない。
ただ身体を全力で動かす。
スタート位置から背中が見える速見の姿。
追いつく訳でもなく、離されることもない。
唇を噛み締め、更に前へ前と脚を進める。
二年生の背中も近づいてきた。
速見の存在を忘れ、目前にいる二年生しか映らない。
その二年が走り出す。
テイクオーバーゾーンと呼ばれるバトンを受け渡し出来る区間に入るということ。
速度を落とさず、ぶつかる勢いのままバトンを持った手を差し向ける。
二年生はこちらを見るわけでもなく、バトンを手のひらに乗せるとそのまま掴み、更に加速して行く。
役目を終えて、脚が縺れつつ、転けそうになりながらもどうにか堪えて緩やかに停止。
ゲロを吐きそうな気分になりながら、横腹を押さえコースから離れた。
思い出したかのようにちらりと背後を振り返る。
既に速見の姿はなく、コースの内側にある待機場で呼吸を整えていた。
彼は立ったまま余裕そうにしていたが、俺はそんな余裕もなく地面にへたり込む。
汗が忘れていたかのように吹き出し、額を、頬を伝って地面を濡らしていく。
呼吸を整えるのに競技時間一杯を使ってしまった。
放送部のアナウンスが入り、立ち上がるが限界まで使った脚がプルプルと震えている。
気合でふらつく脚を隠しながら退場し、退場門の直ぐ側の日陰に腰を下ろした。
「いーちゃん、お疲れ」
「あぁ」
項垂れたまま相手の顔を見ずとも誰かはわかる。
入場の時と同じだ。
「久しぶりに格好いいところ見れて嬉しいな」
「格好いいもなにもただ走っただけだろ」
「そんなことないよ。びゅーんって」
なんだよ、その表現。
子供かよ。
「いや、本当に藍浦格好良かったよ」
「前田さんもいたのか」
円香だけだと思っていたので、下を向いたままだったが、ここでようやく顔を上げた。
円香の後ろに半分だけ隠れている形でひょこりと顔を覗かせる。
「お前に応援されたから、よっと張り切ってみたけど。やっぱり帰宅部の奴が運動やってる奴には勝てなかったわ」
「いーちゃん、勝てる気でいたんだ」
「少しだけ」
「あはは。でも、速見くんには勝ててなかったけど、他の一年生よりは早くバトンを渡してたよ?」
やはり速見には負けていたか。
中盤、加速して少しだけ追いついたが、向こうも察したようで離されてしまったらしい。
文武両道のイケメンはやはり強い。
中間テストの時もアイツ、上位にいたしな。
「ってか、円香。次、お前の番だろ」
「あ、やばっ。咲希ちゃん、いーちゃんの事お願いね。この人、体力はミジンコだから」
酷い言われようだが、間違ってないので黙る。
円香は小走りで去っていき、前田さんと俺だけが残る。
「藍浦くん、動けそ?」
「うん、結構回復してる」
「それじゃ、席に戻って今度は円香ちゃん応援しよ」
「そうだな」
疲れた身体を引きずりながら席に戻る。
同じクラスの紅組が集まる場所であり、今は結構な人数が戻ってきていた。
「お、藍浦じゃん。おつかれ」
……。
話したこともない男子に話しかけられる。
彼を筆頭に席に着くまでに何人にも話しかけられ、ようやく腰を落ち着かせる頃には女子の紅白リレーの始まりを知らせるアナウンスが流れた。
「藍浦、人気じゃん」
「よくわかんね……」
でも、一人の男子に言われた言葉がなんとなく的を射ているような気がする。
『冴えないやつだと思ってたが、やる時はやるじゃん』
つまり、不良が良いことをすると優しいやつに見えるように、冴えないやつが活躍するとやるやんってなるだけだ。
見せ掛けのハリボテ。
※
円香の順位は二番目。
下から数えてだが……。
中学三年になってから脚に自信でもついたのだろうかと思っていたが、そうでもなかったらしい。
俺と同じく帰宅部でインドア派。
稀に人のベッドの上で食っちゃ寝をやるような自堕落さ。
最近、体重が少し増えた事が悩みの種。
……なんで出場したんだろうな。
誰もやりたがらないだけだが。
「お疲れ」
「ありがとっ」
買ったばかりのスポーツドリンクを差し出す。
円香は満面の笑みを浮かべたまま受け取り、喉を鳴らしながら水分補給に勤しむ。
風呂上がりのおじさんのように「ぷはー」っと声を鳴らし、ペットボトルのキャップを閉じた。
「えへへ」
「なんだよ」
「いーちゃんはやっぱりすごいなって」
「やたら褒めてくるけど、夕飯少し豪華にすることしか出来ないぞ」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……。もらえる物はもらうっ」
「寿司とピザならどっちがいい?」
「作るのが面倒なだけじゃん」
「バレたか」
こんだけ動いたんだ。
出前で済ませたい。
「というかいーちゃんわざわざ出迎えに来てくれたの?」
「次、綱引きだろ。そのついで」
「ツンデレ?」
「古典的なツンデレって消えたよな」
「勘違いしないでよね。いーちゃんのためにナントカカントカしたんじゃないんだからね、みたいな?」
「そうそう」
特に台詞が思いつかなかったのが円香らしい。
「なぁーに二人してバカなことやってんの?」
「咲希ちゃん」
「ほら、藍浦くん。入場門に行くよ」
「うっす」
「二人、仲良くなりすぎじゃない? 私も仲間に入れてよー」
「円香ちゃんは次玉入れでしょ」
「うぅ、クラス委員なんてやるんじゃなかったっ」
「それだけ円香ちゃんはクラスで愛されてるんだから」
なんだかんだで人の良い円香はしっかり全員の意見を聞き入れて、誰もやりたがらない紅白リレーや余った玉入れ。オマケに障害物リレーにも参加している。
貧乏くじを引かされていると旗からみればそう思うけれど、彼女が不満を持っているわけでもないから気にもしていない。
そして、
「みんな私のこと好きすぎるからねっ」
調子にも乗りやすく扱いやすい。
「二人共頑張ってねっ。いっぱい応援するから」
「あぁ」
「うん、よろしくね」
円香と分かれて前田さんと二人入場門で待機する。
実行委員の案内に従い整列する。
身長順ということもあり、俺が最前列に並ぶことになった。
紅白リレーからかクラスの連中から良く声を掛けられるようになり、待っている間も比較的暇を潰せるようになっていた。
ただ、雑談は次第に俺と円香がネタになり、今日も俺と彼女が良く話しているのを見たという男子生徒の一人が、ちょっと不機嫌そうに愚痴って来た。
「藍浦、仲良いつもりかもしれないけれど、あんまり立花さんに迷惑掛けるなよ? 彼女は誰に対しても優しいんだから勘違いするかもしれないが」
「そんなつもりじゃないんだけど」
俺がそう言うと他の男子は擁護する声が上がった。
「あんまりそういう事言うなよ。確かに立花さんっていうか前田さんとか鬼怒川さんとか可愛いどころを独り占めしてるのは羨ましいが、お前はあの三人に絡める勇気あるか?」
「……」
ある意味正論である。
嫉妬から来る言葉なのだろうが、どうにかしたいなら自分から動くべき。
俺の場合は元から円香と交流があっただけに過ぎない。
人を棚にあげているのはわかっているが、文句を言われる筋合いもない。
……速見に対してどう思ってるんだろうな。
予想はつく。
速見相手なら何も言えない。
俺だからこうして言えるだけ。
下に見ているか、同等と見ているかのどっちかだろうが。
ヒエラルキーの上である速見、牛田、あの三人の中ですら陰の薄い岡咲にすら、何も言えないだろう。
綱引きが始まる前に剣呑な雰囲気になったものの、擁護してくれる人間の方が多く、文句を言ってきた男子だけ下を向いたまま。
そんな時、白組の列から速見が俺らのほうまで歩いてきた。
「どうしたんだ?」
心配したような落ち着いた口調で辺りを見回す。
この空気を察して来たみたいだ。
ただ速見という存在は、いるだけで辺りに圧を出しているような人間で、冴えない俺らは誰一人として口を開こうとしない。
仕方なく俺が速見と話す。
「特に速見が気にかけるようなことはなにもないよ。さっきのリレーのことが話題になっただけ」
「なるほど、確かにいい勝負だった。僕は少し藍浦のことを甘く見ていたみたいだね。謝罪するよ」
「実際に俺のほうが遅かったんだから、間違ってないだろ」
「それでも君を舐めていた」
「この勝ち負けに何も賭けてないんだからどうでもいいだろ」
「僕はちょっと自分のプライドを賭けてたから、試合に勝って勝負に負けた気分だよ」
「あっそ……」
「あはは、つれないな。何もなかったようだから僕は戻るよ」
「悪いな」
「クラス委員だからね」
クラス委員でなくとも心配して来そうだが。
中身までイケメン。
それが俺が速見に対する印象。
ただ今回は彼がやってきたことで周りの男子は謎の緊張に包まれていたようで、彼が去った瞬間には全員がホッとしたような表情を浮かべ、僅かながら疲労も感じてしまった。
覇気のない紅組が出来上がってしまった。
少しトラブルがあるようで、もう一人のクラス委員である円香が訪れて、綱引き用のロープが絡まっていると伝えてくれた。
彼女の姿を見るだけ穏やかになる男子陣。
疲労なんて忘れたようで先程のテンションも置いてきた。
少し遅れて綱引きが始まるがあっさりと競技を終えた。
俺らのクラスの紅組は圧勝で勝利。
……あいつ凄いな。