幼馴染との体育祭①
ジメジメとした空気にひりつく太陽の光。
地面も熱く、上からも下からも照りつけられて汗ばむ。
パタパタとスケジュール表を団扇替わりに使用して扇ぐ。
それは俺だけじゃなく密集した紅組のクラスメイト達も同じだ。
石井とは別の組みになったおかげで絶賛暇で、オープニングが終わり待機場所まで移動した後は出番までずっと炎天下に照らされている。
やることは自分の欠伸の数を数えることぐらいしかない。
二回だけのリハーサルを終えて本番。
日曜日に開催される体育祭ということで、保護者などの観覧席は満員御礼。
高校の体育祭に保護者が来るもんなんだな。
小学校での運動会は午前中までだったし、中学の体育祭では母親が既に働きだして忙しそうにしていたので、両親が学校のイベント事に参加した記憶はない。
円香の両親も中学に上がる頃には海外と日本を行き来しており、中学二年まで一緒に昼食を食べていた。
「ふぁ……ぁ……」
「大きな欠伸だね」
「前田さんか」
「ごめんね、円香ちゃんじゃなくて」
「がっかりした訳じゃないよ。驚いただけ」
「冗談」
悪戯っぽく微笑み、唇に人差し指を当てる。
芝居がかったあざとさ。
いかにも男子ってこういうの好きでしょという考えが透けてみえる。
まぁ、好きだが。
可愛いものは可愛い。
円香や鬼怒川さんとは違った可愛さ。
黒髪ボブでこぢんまりとした見た目に小動物さ感じ庇護欲を掻き立てる。
「立花ならここにいないぞ」
「知ってるよー」
そりゃそうだ、友達なら知ってるか。
ちなみに俺は知らない。
一緒に登校して教室で別れた後から遭遇していない。
最後に見たのは同じクラス委員でもある速見と話している後ろ姿ぐらい。
意外と仕事あるだな。と、感想を抱いたのを憶えている。
「で、俺に何の用?」
「え?」
「え?」
お互いにキョトンとした表情。
何を言っているのか理解できないといった具合。
「別に用はないけど? 友達に話しかけるのに理由とかいる?」
「……ないな」
前田さんは俺を友だちと思っていて、こっちはただ円香の友達という認識だった。
誰が座っていたか知らない隣の席に座る。
地面に椅子の脚の跡を残しながら、椅子ごと身体をこちらに向けてきた。
「次の競技ってなんだっけ?」
「それを俺に聞くか」
「だってスケジュール持ってるじゃん」
「あぁ、このうちわか」
「興味ないにも程があるって。そんな言うなら扇いで~」
「はいはい」
言われた通りに扇いであげる。
円香も似たことを言いそう。
「あぁあ゛あ゛~」
「扇風機じゃないんだから」
結構面白い子だな。
「扇風機とかおばあちゃんの家でしか見たことないかも」
「家にあったとしてもサーキュレーターぐらいだよね」
「だよね~。あ、速見くんだ」
前田さんの視線の先には後ろ姿でもわかる速見。
そして、それ以上に目立つ円香の姿。
二人は向かい合い会話をしているのが見える。
「あーゆーの見ると嫉妬しちゃう?」
「なんで? イケメンと美少女の並びって絵になる二人じゃん」
さて、こっちはどうだろう。
イケメンではないがブサメンでもない俺と円香と似たレベルの美少女である前田さん。
美女と野獣にもなっていない。
美女の隣にはイケメンか野獣と相場が決まっており、陰キャの隣に美少女はキモオタの願望。
どちらもフィクションだが、現実に存在するのは前者。
「でもちょっと速見くんじゃ勿体ないなー」
「どんな相手なら円香に相応しいんだよ」
「モデルみたいなイケメンで金持ち。勿論、性格も顔に見劣りしないほどのイケメン」
昔の少女マンガにしかいなさそうなのが出てきた。
「ま、俺としては円香を幸せにしてくれるなら誰でも良いよ」
「ふふふっ、親みたいなことを言うんだね」
「似たようなもんだしな」
「それ言うと円香ちゃん、子供扱いすんなって膨れそうだね」
「確かに」
腕が疲れてきたので扇いでいた手を止め、素直に本来の役目であるスケジュール表として開く。
練習に時間が掛かりそうなダンスとか組体操なんかはないが、体育祭らしく借り物競争や騎馬戦などはある。紅白リレーも綱引きも午後のため本当にやることがなく、前田さんが話しかけてくれて助かった。
「前田さんって何に出るの?」
「藍浦くんと一緒の綱引きなんだけど?」
「あ、ごめん」
「いいけどね別にー。昼休みにカキ氷奢ってくれたら許して上げる」
「カキコオロギか」
「なにそのトラウマになりそうなゲテモノ」
なんだっけな?
思い出そうと無言になり空を見上げる。
何を勘違いしたのか、前田さんは俺の肩を掴み揺さぶる。
「え? 本当に存在するの? あそこの屋台に売っているわけじゃないよね?」
「あるわけ無いじゃん。架空の話だよ」
そう架空。
父親が昔やった美少女ゲームのテキストだけに存在した呪物。
俺と円香がレトロゲーを家で発掘することに嵌っていた時に出てきた中の一つの作品。とんでもないゲームかと思いきや、泣きゲーである。
泣かせにくる美少女ゲームって多いよな。
そのゲームは1と2がセットになっており、幼馴染がメインヒロインである1とは違い、2は最初から彼女がいるという設定でメインヒロイン以外のルートに進もうなら、子供ながらに謎の罪悪感を覚えさせられた。
こんな話を目の前にいる小悪魔系美少女と話して盛り上がる内容ではない。
思い出したことでスッキリした脳のリソースをその少女に向ける。
直射日光を浴びすぎたせいか、額にうっすらと汗が光る。
日焼けを危惧してジャージを羽織っているのは、見ているだけで暑い。
「前田さん」
「んー?」
「日陰に移動しようか」
「うん、助かるー」
校舎により陰になっているコンクリートの地面。
日当たりの悪さからやや湿気があるが、直射日光を避けられているだけで涼しくはある。
当然のように幾ばくか避難してきた生徒も多数存在する。
体操服の色で分かる通り一年から三年まで揃っている。
「タオル使う? まだ使ってないから綺麗だよ」
「ありがとう。藍浦くんってほんと気が利くよね。円香ちゃんの躾かな」
「ある意味間違ってないな」
今はしっかりしているが、昔は目を離すと何をしでかすかわからなかったからな。
「あはは、昔の円香ちゃんってどんな感じだったの?」
「ずっとあんな感じだよ」
性格的に落ち着いた様子はなく、鈍臭さがなくなったぐらいだろうか。
容姿のほうは言わずもがな。
「本当に幼馴染なんだね」
「どういう意味だよ」
「似てるとこあるよね」
※
午前の部の終わりを告げるチアリーディング部や吹奏楽部の演技と演奏。
チアの演技は素人が見ても派手であり、吹奏楽の演奏はまた生徒が楽しめる最新の流行りの曲から始まり、保護者も楽しめるようにと懐メロも奏でられる。
拍手喝采で演者は下がり、一度辺りは静寂に包まれるが、誰の声を皮切りに騒々しくなる。
俺らもそれを合図に立ち上がった。
「円香ちゃんとこころん探しに行こっか」
当然のように考える余地のないスムーズな誘い。
円香といるときは隣を少し見上げる形になっていが、立ってみるとよくわかる前田さんの小ささ。
一五〇センチもないんじゃないか。
ゆっくりと辺りを見回しながら教室へと向かう。
途中、白組である鬼怒川さんも合流。
冷房の効いた教室で、一瞬にしてかいていた汗が引いていく。
いつの間にか教卓から移動してたまり場になってしまった俺の席周辺。
石井が居ないのを良いことに机と椅子を拝借。
隣の席とその後ろからも椅子を借りてきて、即席テーブルが完成。
鬼怒川さんと前田さんが会話をして、時折俺が相槌を打つ。
机の上には蓋の閉まったままの弁当たち。
「円香遅いね」
「連絡はー?」
「未読のまま。スマホ持ってないんじゃない」
「俺、探して来ようか?」
席を立とうと動き出そうとするが、両方から肩を押さえられる。
「速見くんも居ないし二人でいるんでしょ? いいじゃん食べちゃおうよ」
「円香なら待たせたことに申し訳ないって思うから、それでいいとあたしも思うよ」
確かに彼女の性格ならそう言いそう。
でも――
「やっぱり俺探してくるわ」
速見がいるから大丈夫だろうが、怪我をしていないとも限らない。
その速見だっていない可能性すらある。
「んふふ」
「あはは」
ジャージを萌え袖にして口元を隠して前田さんは笑い、豪快に口を開いて鬼怒川さんは笑う。
「何?」
「いや~、円香愛されてるなって」
「うんうん。ちょっとだけ羨ましいよね」
「別に愛してはないけど。身内を心配するのは普通じゃね?」
優しい目で見つめられながら頷かれる。
妙な気恥ずかしさを覚えながら、机に弁当を残して教室を後にした。
「で、なんで着いてきてるの?」
「一人より二人のほうがいいかなって。もしかして、うち邪魔?」
「そんなことないけど」
「それならいいじゃん」
「鬼怒川さんは?」
「入れ違いにならないように教室に残ってるよ」
「悪いね」
「うふふー、気にしない気にしない。うちらも円香ちゃんのこと心配してないって言ったら嘘になるしね。皆いるから食べようかって話」
いい友達持ってるんだな。
「それで藍浦くんどこから行くの?」
「とりあえず保健室かな」
「はいは~い」
スマホを片手に隣を歩く前田さんを連れて保健室に向かう。
廊下は静かだけれど、外の喧騒は聞こえてくる。
保健室というプレートの下、扉は最初から開いていて病室に似た白い室内が伺える。
保険師の姿はなく、患者も昼休みとなった今はいない。
ただ黄昏るように虚ろな目をした円香の姿だけ。
「何してんの、お前?」
「いーちゃん……」
顔を見るなり情けない声。
聞けば職員に頼まれて留守番を任されたようで、昼休みになっても帰ってこず困っていたらしい。
「速見は?」
「え? 速見くんなら、委員の仕事が終わって部活の先輩と一緒にどこかに行ったと思う。多分、咲希ちゃんなら場所わかるんじゃない?」
「わかるけど。藍浦くんの用事は円香ちゃんだよ」
「私?」
「単純に昼飯の時間になっても来ないから探してただけ。スマホも持ってなかったんだろ」
「あ、もう皆食べちゃった?」
「ううん。うちとこころんが円香ちゃん抜きで食べようかって言ったら、藍浦くんが探しに行くって言って、うちは無理矢理着いてきちゃった」
ぽんっと肩に手を置かれ、少しだけ体重を掛けられる。
「咲希ちゃん、なんかいーちゃんと距離近くない?」
「友達だから普通でしょ」
「んー? ま、いっか」
「うち、こころんに連絡してくるねー」
前田さんが青いソファーに歩いていき、そのまま脚を組んで座る。
女子のハーフパンツは男子に比べて少し短く、脚を組んだ瞬間に裾が広がる。見た目通りか意外性があるのか大人っぽい下着がバッチリと見えてしまった。
「いーちゃん?」
「……なに?」
「そーゆーのは良くないよ」
「わざとじゃないんだけどな」
「で、何色だった?」
「黒のレース」
「わぁお。咲希ちゃん大胆っ」
「お前も俺と大差ねぇーじゃん」
「私は女だからね、無罪だよ。でも黙っててあげる」
「別に言ってもらってもいいよ」
「ほぉー、その心は?」
「円香と一緒にいるってことは、前田さんとも交流が増えるってことだろ? だったら似たようなこと起きるだろ」
「ふふーん、いーちゃんも覚悟を決めたわけだ?」
「まぁ、流石にな」
覚悟というほどのことでもない。
こう何度も円香の関係ないところで友達として接してくれているしな。
元から自分への風評被害とか陰口とかは気にしない。
何が嫌かって、自分に関わってくれる人に被害があること。
「でも、家みたいな行動はするなよ」
「流石にそれはしないよー。周りの評価ガタ落ちだし、これでも優等生として見られてるんだから」
「そうなんだよな……、不思議なことに」
だからこそ、こうやって保健師に任される訳だ。
教師から事あるごとに頼られる。
暫く円香と雑談していると、連絡を終えた前田さんが戻ってくる。
「こころんに連絡してお弁当持ってきてもらうことにしたから」
「咲希ちゃんもありがとね」
「別にー、後で藍浦くんにカキ氷奢ってもらえるし」
「いーちゃん、私は?」
「お前はカキコオロギな」
「コオロギを粉末にして掛けるあれか……」
「……なんで円香ちゃんは知ってるのよ」
なんとも言い難い前田さんの冷めた視線を浴びながら、鬼怒川さんを待つことになった。
体調不良と飼い始めた猫の邪魔により更新頻度が落ちているだけです。
のんびりと執筆活動は続けています。
更新を楽しみにしてくれている方もいるようなので、ありがたいです。