幼馴染と種目決め②
「いーちゃんはリレーと何が良い?」
「なんでもいいよ」
「そんなこと言うとクラス対抗リレーに出すからね」
「クラス対抗リレーとかあったか?」
「ないよ」
「……こいつ」
適当な口振りで驚かせやがって。
「鼻先突かないでよ。ちょっと低いのに、これ以上低くなったらどうするのさ」
「豚の真似したらやめてやるよ」
「ぶひぶひ」
夕食を終えて憩いの時間。
円香から奪い取り、まだ半分しか埋まっていないプリントを眺める。
ロングホームルームの時間だけでは足りず、雑多な意見だけで纏まりがなかった。
「てか、この学校学年ごとの出し物とかないのな」
学年での紅白で対抗する競技はあるものの、組体操とかダンスなど体育祭を盛り上げるような出し物が一切ない。
よく午前と午後の間に挟まれる応援団なんかはチア部や吹奏楽部などが行い、部活の活動を広める場として活用するようだ。
この時期にもなると新入部員の獲得には期待出来ず、ただの披露の場。
夏に向けて、という意味もあるかもしれない。
とは石井からの話。
俺よりも一人で行動しているように思うが、アイツどこでこういった情報を仕入れてくるんだろうか。
……俺が知らなさすぎるだけかもしれないが。
「進学校だからじゃないぶひ?」
「それまだ続けるのか」
美少女ながら呼吸をするたびにふごふご言っていてモノマネが入っていてちょっと面白い。
ノリがいい所もこいつのいい所だ。
「だったら指を離して欲しいぶひ」
「あー、悪い悪い」
指を離すと円香は手鏡を見ながら鼻を伸ばしている。
それで高くなるなら誰も苦労はしないだろう。
「練習に時間を割くぐらいだったら勉強しろってことか」
「部活にも力入れてるし。咲希ちゃんも忙しそうにしてるよ」
「なるほどね」
「委員長としても会議に参加するぐらいで一年生は特にやることないし」
「なら俺いるか?」
「テント建てたり、椅子並べる時が一番必要かな」
「……あぁ、そう」
力仕事か。
それぐらいなら。
「話は戻るんだけどさ、どーすんの?」
「綱引きがいいな」
「おっけー」
円香がプリントにするするとシャーペンが走り、字が繋がり俺の名前を形成する。
記入し終えた後、彼女は顔を上げるとソファに沈みこっちを見上げる。
「どうした?」
「綱引きって団体競技だけどいいの?」
「別にコミ障じゃないからな。それに……」
「なぁに?」
「一人ぐらいサボってもバレないだろ」
「うわぁ、サイテーだ」
「まぁーな」
「誇ることじゃないよ。でも、いーちゃんちっちゃいから引きづられないようにね」
「誰が豆粒みたいに小さいだ」
「誰もそこまで言ってないよっ。もうっ、被害妄想も甚だしいよ」
「冗談だって」
「ちなみにいーちゃん、先日の身体測定はどうだったの?」
「五ミリ伸びてた」
「……誤差じゃん。あ、その手わきわきするのやめて」
「口にも慎み持とうか」
「はぁーい」
二十二時を回るまで円香とゲームをして彼女を家まで送る。
また日を跨ぐまでボイスチャットを通しながら円香と気が済むまでゲームをするのだった。
日が昇るのが早くなった朝。
カーテンを開くと綺麗にみえる粒子が輝く。
だがホコリ。
チンダル現象と呼ばれる物で普段は見えにくいが光を受けることで見えるようになる性質。
朝の光を精一杯受けてから着替えて顔を洗う。
弁当の準備から朝食の準備。
ルーティン化された動きに淀みはない。
ただいつもと違うのは円香が家に来る時間が少しだけ早いことだ。
「はよ~」
寝起きばかりは元気な円香でも力がない。
いつもこんな状態ならなって思わなくはないが、元気だからこそ円香だとも言える。
「まだ朝食出来てないぞ」
「ん~」
そのままテーブルに突っ伏してしまった。
脱色しているにも関わらずさらさらな髪がテーブルに広がる。
円香の髪の色はゲームキャラをモデルにしている。
俺と彼女の趣味趣向は似通っているので、彼女の推しは俺の推しでもあるわけでちょっと複雑な心境でもある。
二度寝するつもりはなく、もごもごとしたくぐもった声で話しかけてくる。
「いーちゃんっていつも何時に起きてるの?」
「四時半とかだな」
「早すぎない?」
「こんなもんだろ」
世の中の主婦も主夫もこんなもんだ。
朝仕事にいく前に準備を終えていないといけない。
「私も結婚したら変わるのかな~」
「さぁな」
「いーちゃんは凄いね」
「必要に迫られたら誰だってやるだろ」
「そうかも」
単純に俺はバイトすることなく小遣いを稼ぐためだったわけだが。
これにより母親からの信頼と実績を獲得出来て、自由にさせてもらっている。
うちの父親の職業は画家であり、しかも売れない画家。
本人は画家と言っているが収入の殆どがゲームなどの背景や世界観のビジュアル設定にも携わっている。ゲーム開発で母親と出会ったのだから、縁というのは不思議なものだ。
自分でもプレイするゲームのスタッフロールに両親の名前があるというのは、誇りでもあり自慢でもある。
「私はいーちゃんみたいに器用じゃないからなー」
「お前は集中力散漫なだけだろ」
「あははっ、そうかもー」
「で、今日はなんでこんな早く起きたんだ?」
「んー、今日はいーちゃんと登校しようかなって」
「あぁそう」
「あれ拒否らないんだ」
「もういいかなって。俺が何言っても円香の態度は変わらないだろ」
「ふふーん」
テーブルから顔を上げて勝ち誇ったような顔をする。
ただテーブルに突っ伏していたせいで額が赤い。
残念系美少女……。
「寝てるぐらいなら手伝ってくれ」
「あーい」
この時間帯なら弁当を詰め終えて、キッチンで立ったまま一人で朝食を済ませていたが、今日は円香がいるので出来た物を皿に盛り付けてから彼女に渡す。すると彼女が先程まで突っ伏していたテーブルに並べてくれる。
手を合わせ頂きますの挨拶。
静かな朝食の風景。
味噌汁からごはん、そしてまた味噌汁と手を出してからおかずに進む。
カチャカチャと食器の音だけが響く食卓に、味噌汁を飲んでいた円香の手が止まる。箸の先端がこちらを指すと円香は思い出したように口を開いた。
「今日、教室についたら聞いて回るからね」
「朝練してる奴らはどうするんだ?」
「そっちは昼休みだね。朝と放課後だと迷惑かけるから」
「おっけ。それなら放課後も似たような感じか」
「うん」
それから食事は進む。
ほぼ同時に皿は空になり、円香が纏めて片付けてくれる。
その間に自分と彼女の分の鞄を持ち、一足先に靴を履いて玄関の外で待つ。
まもなく扉が開き合流。
「待った?」
「待つほどの時間も経ってないな」
「じゃあ鍵閉めるね」
スカートのポケットから淡い水色のキーケースを取り出すと、その中の一つを指先で摘むようにして選び施錠する。
その様子をじっと見ていたからか、円香が俺を顔を見つめながら首を傾げる。
「どうしたの?」
「制服のスカートにポケットとかってあるんだなって」
「あるに決まってんじゃん。何言ってるのいーちゃん」
「このビラビラのスカートだと、どこにあるのかわからん」
「びらびらって……、言い方……、プリーツスカートね……。まぁ言いたいことはわからなくもないかな?」
何段にも重り一周する折り目。
どこの折り目にポケットがあるのか見た目からは想像出来ない。
俺の考えを見通したのか、彼女は感覚でわかるもんだよ。と、答えてくれた。
言われてみれば自分もポケットの位置を確認することなく物を仕舞ったり出したりするものだ。
「それよりも早く行こっ」
「あぁ」
一人で慣れた道を二人で進む。
幼馴染との距離感は均一で近くも遠くもない位置を保つ。
時折何かを見つけては彼女の手が俺の肩に触れる。
一人で歩いていては気づかなかった、朝顔が植えられた鉢植えのある一軒家、隣家の庭には水の溜まってない小さなビニールプール。
季節の移り変わりを感じる。
「いーちゃんと登校するのっていつぶりかな?」
「最近一緒に登校しただろ」
「あれは偶然途中で会っただけじゃん。最初からだよ」
そう言われて記憶を巡らせてみると、中学二年のあの日まで。
「なんだか懐かしいね」
「そうな」
答えを求めているわけではなく、ただの会話の種。
何を考えているかわからない穏やかな笑みを浮かべ肩に掛かる二色の髪を弾ませている。途切れた会話は苦ではなく、今は真っ直ぐ通学路を眺めている横顔を盗み見る。
改札を通り、電車に乗る。
満員には少し遠いが席は埋まってしまっている。
運が良いのか悪いのか一人分だけ空席があり、円香をそこへ座らせ正面に立ってつり革に掴み体重を掛ける。
一駅進み停車。
降りる人間よりも乗り込む人間のほうが圧倒的に多い。
「円香」
「んー? あ、うん」
円香から離れて入り口付近の手すりに捕まる女性に声を掛ける。
短い会話をして、その女性を連れて円香の元に戻った。
「おかえり、いーちゃん」
「うん」
円香が立ち上がり女性と入れ替わる形で座らせた。
ゆっくりとした動作で身が重いを感じさせる。
「あの、ありがとうございます」
女性が申し訳無さそうな謝礼を受ける。
「伝えた通り次の駅で降りるんで気にしないでください」
「何ヶ月ですか?」
「もう七ヶ月かな」
「それじゃあ後三ヶ月ぐらいで産まれてくるんですね」
「そうねー」
円香が話し始め、女性はにこやかに受け答えしている。
どうしたものかと考えるが、電車がゆるやかに速度が落ちて、流れる景色もはっきりと見えるようになっていた。
「あの僕らはこれで」
「もう着いちゃったんだ。もうちょっと話したかったな~」
「またの機会にな」
次あるかは知らないが。
きっとないだろう。
「そうだねっ。それじゃ妊婦さん、お元気で元気な赤ちゃん産んでくださいね」
語彙力よ……。
「あはは。うん、ありがとう学生カップルさん」
「どういたしまして」
ドアの脇で待機し、電車が完全に停車するのを待つ。
出入り口付近は通路側よりも人が多く、男性客が多い。後ろを着いてきた円香と位置を変えて、彼女が壁側になるように誘導。
「くすっ」
溢すような円香の微笑。
笑い声が扉の開く音にかき消される。
流されるように駅を出て通学路に復帰する。
「いーちゃんって優しいよね」
「何が?」
「照れちゃって」
「ほんと、やり辛いな」
「えへへ」
褒めてねっつーの。
ポジティヴだな、こいつ。
「で、なんのことだ?」
「バレてるのに誤魔化すんだ、強情だね。どっちもだよどっちも」
「言うて当たり前のことをしただけだから、それで優しいって言われても違和感なんだよな」
「その当たり前のことを当たり前のように出来るから凄いんだよ」
「そんなもんか? 円香だって気付いてすぐに頷いただろ」
「私はいーちゃんの視線を追って気づいただけだもん。それに『あ、妊婦さんだ』で一旦思考止まっちゃうし、名前呼ばれて席譲ろうって思ったし」
「ふーん」
「誰もが当たり前だと思っていることでも、それが当たり前に出来る人って凄いなって思っちゃうよ」
「お前でも人当たりいいだろう」
でなければあんなに友人は居ないはずだし慕われない。
その人当たりの良さがモテることにも繋がっているだろうし。
「人当たりの良さと人の良さって別だと思うよ。私の優しさって人によく見られたい為の優しさだから」
「いやお前だって普通に優しいだろ」
「そっかな? そうだったらいいな」
よくわからない雰囲気に戸惑いつつも校舎をくぐれば、円香はいつも通りに戻った。
※
鞄を机に置いて、入学してから始めて自分から円香の元へ向かう。
同じように鞄を置いたばかりの円香。
すぐにファスナーを開きボードのクリップに挟まったプリントを取り出す。
そのまま流れるように渡してくるので受け取る。
「伊月くん。行くよ」
「うん」
円香の後を追うように着いてく。
教室の一番後ろの窓際。
円香たちのグループほど華やかではないものの、比較的陽気な気配のするグループへ。
彼らが円香に気づくと話していた流れを一旦止めて迎え入れる。
雑談を交えながら種目について話しを進め、得意そうなものから選んでもらう。
「藍浦だっけ?」
円香が雑談をしている間に種目の隣にある空欄に聞いたばかりの名前を記入していると、一人の男子に小声で声を掛けられた。
「そうだけど」
「最近、立花と親密だけど何かあるのか?」
「何かってなんだよ」
「立花と仲良くなる方法とか」
「んな事言われてもな……」
生まれとしか。
ただ近所に生まれて、物心着いた頃には一緒に遊んでいたというだけ。
「秘密があるなら教えてくれよ」
「そんな秘密がないから困ってるんだよ」
「思い出したら教えてくれ」
「あぁ……」
俺が書き終えたのをみると円香が傍に寄ってくる。
「次、行こ」
「うん」
それからも似たようなやり取りが続く。
男子であれば如実に、女子たちは興味津々といった感じで俺と円香の関係を聞かれる。
クラスメイトたちは急激に仲を深めているといった感想を抱いているのは噂通りだった。ただ勘違いされているのか、俺から円香に近づいていってる印象を受けられているらしい。
誤解を解くにも彼らと親しくもなく影響力もなく説得力もない。
真実を語ったところで面白いほうを解として受け取られる。
「こんなもん?」
手に持っているボードを眺める。
他の生徒との兼ね合いもあるので、朝から聞いて回った割には埋まっていない。
「そだね。ホームルームまで時間あるし、ちょっと休憩しよ。ジュース奢ったげる」
「さんきゅ」
「こっちがお願いしている立場だからね~、これぐらいはしないと」
クリップボードを円香に渡し、彼女が引き出しに仕舞うのを見て中庭に移動する。
塗装の剥げた木製のベンチに腰掛け、少し離れたところにある自販機から円香が戻ってくるのを見届ける。
「はいっ、お待たせ」
紙パックのカフェオレを差し出される。
受け取ろうと手を伸ばすが、彼女は手を引っ込ませ虚空を掴んだ。
「それでいーちゃんは何を聞かれてたの?」
「そんなことが聞きたかったのか」
「いや、珍しくいーちゃんがクラスメイトと話してるなって思ったから」
質問を受けて朝のことを話す。
「そんな風に受け取られるんだ」
彼女も少し驚いた様子。
円香の耳には入らなかったのだろうか。
「知らなかったのか?」
「そういう噂とかは私には来ないかも。きぬちゃん達も知らないんじゃないかな」
言われてみれば確かにカーストトップに話しかけるのは恐れ多いか。
俺は円香のせいでそのグループとの繋がりが出来てしまったせいで普通に話しているが。
距離感がバグってきていることに今更ながら驚く。
俺の名前も円香を通して広がっているようで、誰こいつ? みたいな顔はされなかった。
最近立花と仲が良い奴から、最近立花にちょっかいを掛けている藍浦になっている。
「ごめんね」
「あ? 何が?」
「いや、なんか変な誤解を受けているなんて思わなくて」
「言わせたい奴には言わせとけばいいよ」
そんな慣れっこだし。
実害もない。
円香の額を突き、紙パックを奪い取る。
「気にしないの?」
「気にならないな」
「いーちゃんは強いね」
「どうでもいいことをどうでもいいと思ってるだけだから強さはないぞ」
「私は陰口とか知っちゃうと凹んじゃうよ」
陰口というほどでもないが、彼女にはそう受け取られたようだ。
まぁ円香が知らないだけで彼女に対しても陰口はあるだろう。
万人に好かれる人間はいない。
「だから気にすんな」
「うん」