幼馴染のタイプ
複数シャープペンシルの走る音がファミレスの中で響く。
中間テスト間近ということもあり、林間学校で親しくなったメンバーと円香のグループから黒髪ボブの前田さんが参加していた。
店内の一番隅。
L字になったソファに女子が一列に座り、俺ら男子は室内の中央に背を向けるように木製の椅子に座っている。
前田さんの頼みにより円香が集めたメンバーであり、俺と石井が呼ばれたのは謎ではある。特に石井が二つ返事で了承したのは少し驚きだ。
学校が近いファミレスということで俺らと同じ考えを持った学生がちらほらと見える。中には男女二人で仲睦まじい様子を見せている。
勉強は学校と自宅で済ませていたし、それで十分。
でも、こうして学生同士集まって教え合うという光景はなんだか新鮮で楽しくもある。
俺と円香の得意教科は似通っている。
ちょっとだけ俺が理系が得意で円香は文系が得意といった程度。俺が知らないことは円香が知っているし、円香が知らないことは俺が知っている。
「伊月くん、ここ」
「あぁ、これはな――」
こうやって公式を当てはめて教えたり、彼女の計算ミスを正して正解へ導く。
そして、また。
「立花さん」
「ん? えーっとね」
特に英語が苦手な俺は円香から文法を改めて教えて貰い単語を暗記していく。
暫く勉強した後、一息つくためにプラスチック製のコップを手に持つが、軽くなっており空になっていたことに気づく。
それも同じタイミングで円香のコップも空。
辺りを見ると石井達も休憩に入るところだった。
女子たちの卓上を眺める。
「ドリンク取りに行くけど、皆はどうする?」
「伊月くんお願い」
円香からコップを受け取ると、鬼怒川さんと前田さんも便乗するようにコップを差し出す。
「あたしオレンジ、悪いね藍浦」
「うちも同じ奴で」
「あいよ」
「石井はどうする?」
「僕もお供するよ。一人だと時間掛かるだろ」
「あぁ、助かる」
石井を連れ立ってドリンクサーバーに向かう。
自分の分のコーラと円香のメロンソーダ、鬼怒川さんのオレンジジュースを注ぎ、石井がホットコーヒーとオレンジを手に持つ。
コーヒーメーカーの機械音の前で石井が含みのある表情で俺を見ていた。
「なんだよ?」
「別に」
「言いたいことがあるなら言えって、男のそんな顔を向けられたら気持ち悪いっての」
「藍浦って迂闊だよなって思って」
「どういう意味だ」
「自分で考えてみるといい」
彼の言葉にもやもやとしながらも注文を受けたドリンクを注ぎ終える。
石井のことだからきっと俺と円香の関係を面白おかしく眺めているのだろうと予想はつく。だが、普段通りの俺たちでおかしなところはなかった筈。
そんな時間が掛かったつもりはないが、テーブルでは何やら入りづらい会話が繰り広げられていた。
「ねぇ、円香ちゃん」
「んー? どうしたの、咲希ちゃん」
「藍浦くんだっけ? 付き合ってるの?」
「あー、あたしも気になるやそれ。円香からはその話聞いたことないし」
「あははっ、そう見えちゃうかぁー」
何故だか楽しそうに笑う円香に二人の期待したような視線が向かう。
「え? じゃあ円香ちゃん……」
「ないない。伊月くんは男子の中で一番仲の良い男の人だけど。皆知ってるでしょ? 私、今は恋愛に興味ないって」
「ちぇ、残念。円香ちゃんモテるのに勿体ないよねぇー」
会話が一段落したと、そう思って席に戻り彼女らの前にドリンクを置いていく。
それぞれから礼を受け取り着席。
休憩時間は続行している、多分このまま教本を開くことはないだろうな。日は高いものの、時刻は一九時を迎えようとしており胃が空腹を訴えてくるからだ。
空腹が満たされれば眠くなる。
自然なことで、当然集中力も散漫になる。
店員を呼びそれぞれ注文し、待っている間も円香を中心に雑談に興じている。
「恋愛に興味ないとしてもさ、円香ちゃんにだって男性のタイプはあるんじゃないの?」
ストローを咥えながらちゅーっと音を立てながら前田さんが円香に質問を続ける。
「んー、特にないかなぁ」
「強いていうなら?」
「そうだね。料理が出来て勉強や運動もほどほど出来て、無愛想で誰よりも私に優しくて甘い人かなー。あと、一緒にいて疲れない人」
「円香、やけに具体的じゃん。興味ないとか言いながら好きな人でもいるわけ?」
「いないよー。タイプってことは理想でしょ? ずっと一緒にいる人なんだから、そういう人がいいなって思っただけだよ」
「円香ちゃんの理想って変わってるね」
「そっかな」
「うん。円香は所々変だよ」
「その言い方だと意味が変わってくるじゃんっ」
円香の次は鬼怒川さん、前田さんと理想のタイプについて語っていく。
そんな話をしていると目の前に注文した料理が並べられる。
石井はスタミナ丼と案外ガッツリと行くタイプ。
「藍浦のタイプは?」
箸を手にしたところで鬼怒川さんから質問を受けた。
「あたしらだけ言うってのもフェアじゃないじゃん?」
「こういうの言うと大抵女子から白い目で見られるもんじゃないのか」
「いいからいいから」
円香も鬼怒川さんに乗り、俺を促してくる。
窓の外をぼんやりと眺めながら考えていると、視界の端で円香の苦手な食べ物が次々と食器に。そのいつもの光景を目にして、俺からも苦手な食べ物を円香の食器に移す。
そしてメインである生姜焼きを数切れ円香に移し、香ばしいタレの匂いのするステーキが数切れが生姜焼きに並ぶ。
「俺より身長が低くて、家事の手伝いしてくれる子」
勉強と運動はどっちでもいい。
あと付け加えるなら洋服を脱ぎ捨てない子がいい。
「待て待て待てっ。藍浦くん普通に答えてるの!? 円香ちゃんも当たり前のようにおかず交換してるしっ」
「え? 何?」
もぐもぐ、しゃきしゃきとサラダを頬張る円香が首を傾げる。
俺もまた慣れない質問と環境に頭のリソースを割かれていたから、気づきもしてない。
「石井くんはお腹抱えて笑ってるし。こころんは……、うちと同じ顔してるわ……」
こころん?
「きぬちゃんの事だよ。鬼怒川こころ」
円香が耳打ちで教えてくれる。
厳つい名字なのに下の名前はなんとも可愛らしい。
「二人付き合ってないとか絶対嘘じゃん。こころんもそう思うよね?」
「付き合ってる云々というより、言葉も要らないとか熟年夫婦みたいな手際。というか、あたしの両親より阿吽の呼吸じゃん。中学時代仲良かったとは聞いているけれど、それだけじゃ」
「えへへ」
「なんで照れてるのよ」
照れているというよりは単純に喜んでいる。
こっちとしては複雑な心境。
円香が何故俺と石井を誘ったのかを理解した。
俺と円香の関係性がバレても良い人物を選んでいる。
石井、鬼怒川さんは中学時代の友人であることを明かしているし、何より林間学校で隙を見せている。
石井なんて気付いていて言わないだけだろう。
前田さんはどうなんだろうかと一瞥するも、円香が選んだ友人の一人ということなら心配は杞憂に終わりそうだ。
その円香本人。
睨んで見ると「えへっ」と笑顔だけを返してくる。
この反応からみるにおかず交換は素でやってしまったらしい。が、隠すつもりはなかったのも同じで無垢な笑顔だった。
「で?」
「で? とは何かな?」
「円香がこうやって何度も否定するから交際はしてないんだろうけれど、それじゃ元彼とか」
「ないない」
右手は左右に振り、首もついで振りつつ否定する。
そしてこっちを見るなり目で訴えかけてくる。
円香の思い通りに動いていることが多少気に食わないが、そうさせない為に俺自身が動かなかった当然の結果だ。
俺も心のどこかで昔みたいになれたら。
……とかね。
「私と伊月くんは幼馴染だよ」
「「……」」
「あれ? 皆納得してない顔してる」
「そりゃそうでしょうよ。幼馴染かー、なるほどねぇーってならないって普通」
「おっかしーな」
「うちも幼馴染いたけど、中学に上がるぐらいには疎遠になったよね」
「最初に出来た友達みたいなもんだけど、ただそれだけだよね」
うんうん頷く女子二人。
隣に座る石井が少しだけ身を寄せてくると小声で話してくる。
「だから言ったろ? 藍浦は迂闊だって」
「そうだな」
「本気で隠し通すってつもりもないのかな」
「……そうだな」
「じゃあ、立花さんの飲み物も教えられずに好きなものを選んだのもわざとかい?」
「……そっちは素だ」
「あははっ」
小声で秘密の会話をしていたのにも関わらず、笑い声のボリュームは通常通りで女子三人が何事かとこちらを凝視する。
気にしないでと石井は爽やかに微笑むと女子たちは円香に詰め寄り、あっちはあっちで楽しそうである。
「笑うなよ」
「いやぁ、すまない。藍浦は隠し事が出来ないタイプなんだな」
だから距離を取ってたんだよ。
「なにか聞きたいことでもあるか?」
「いや別に、僕はありのままを見るのが好きだからね。藍浦を弄って楽しむぐらいは許してくれ」
「許すかっ」
そんな訳で少人数にだが円香の関係をあっさりと白状することになった。