冷たい風
無視して立ち上がる。
「あ、どこいくんだよ?」
「お腹空いたから買い出し」
「なら、さっきじゃがいもスープの旨い店見つけたんだ。せっかくだから、マーケットに行こうぜ!」
急に動き出して、僕を追い抜いていく。
「早く行こうぜ!」
ため息しかない。なんでこんな奴と一緒に「副業」しているんだろ。
あいつは「外壁だろうが空だろうが歩ける」からいいけど、僕はそんな「能力はない」。
黒い靴下履いて、茶色のコート羽織って、エナメルの靴を履く。普通に扉を開けて、鍵を閉めて、エレベーターで一階にいく。
あいつは既にビルの外からこっちに大きく手を振っている。街行くお姉さんがくすくす笑っている。
好意的な視線。なんだよ。ムカつく。僕だって負けてないはず。ガラスの自動ドアから外へ出る。風が冷たい。寒くない?ちょっと。
「おせーよ」
「そっちが勝手に出て行っただけ。でどこだよ?」
「ああ、こっちこっち」
丸くなった石畳で滑りやすいはずなのに走り抜けていく。青いジャケットがひらひらしてる。
「おーい!」
思わず、お茶。と言ってしまいそうになる。あいつの親父ギャグがうつった気がする。
普通に歩いて向かう。もちろん、無言だ。
あいつは人混みの中をすいすい進んでいく。
この時期の街はクリスマスマーケットで広場という広場は、ほとんど立ち飲み居酒屋状態だ。寒いけど。
スペインのバル文化みたいな感じ。仕事帰りに一杯引っ掛けていく。それの野外版。
あいつを次に見つけたときには既にスープを買って、空いた樽をテーブル代わりに待っていた。
座ると税金が高くなる。だから、みんな立ち飲みだ。
「ついでにグリューワインも買っておいた」
「ああ、ありがとう」
「Nichts zu danken」
こういうときだけ様になる「相棒」を見て、血の涙を流す僕は何も間違ってない。悔しくなんかない!
「あ、美味しい」
「だろ?」
じゃがいもスープに浮いたベーコンの塩気とクルトンのカリカリ感がクセになる。
今年のグリューワインはまだだったから、カップは持ち帰るか迷う。
「いくらだった?」
「あ、8€。カップのコインはこれ」。
カップのコインを貰って、代わりに財布から€コインを出して渡す。その時、あいつの手に触れてしまった。
流れ込む、記憶。
「どした?顔色悪いぞ?」
「お前、またバカやったのか?」
「あー、見えた?なんで、ちょっと、手を貸してくれないか?」
黙って、じゃがいもスープを飲む。
あーあ。またしばらく「副業」が捗りそうだ。
曇り空を晴空という、晴れた星空を見上げた。