一話 友達を作らない海視点
ここは……?
目が覚めるとぼんやりとした頭の中で自分の名前が浮かぶ。そうだ、俺の名は海。視界の先には天井、俺はベッドで横になっていた。自分の名前すら曖昧に感じてしまう程バカになってしまったのか。
「まぁ良い、起きよう」
◆
「……結局、海は卒業まで友達が出来なかったな」
耳に響くその声は小学校のクラス担任だった男の先生。俺に友達なんて必要ない。俺はそう思うが、この先生は最後まで理解出来なかったようだ。
「中学では必ず友達を作るんだぞ!」
俺に友達が出来たところで先生に何か良いことでもあるのか?
◆
「……結局、海は卒業まで友達が出来なかったね」
今度は中学の女の担任だ。小学校の先生とそっくりな台詞を吐く。俺に友達なんかいらないと何度言っても理解してもらえなかったな。
「高校では必ず友達を作りなさい!」
俺は意味の無い言葉にただ黙って頷いた。
◆
「……結局、海、卒業の日までコミュニケーション取る気が無かったな」
高校の男の担任は流石に呆れているな。
「すみません先生。俺はこういう奴なんで」
「……海! 元気でな!」
この先生の声からは諦めと優しさが混じっている様に感じた。
「ありがとうございました」
お礼を言った俺は少しは普通の人間に近付いる証拠なのだろうか……どうでもいいがな。
◆
家までの道を歩いてる。ふと後ろから誰かが近付いてくる気配を感じた。嫌な予感はしないが。振り返るとそこには見慣れた顔があった。同じクラスの女子か。名前は……覚えてない。別に覚える必要もなかったからな。
「あの、これ!」
彼女が差し出したのは、一通の手紙だった。俺は無言でそれを受け取る。
「家に帰ったら読んで!」
彼女の頬が赤い。俺のことが好きなのか知らんが。俺は渡された手紙を握ったまま彼女を見送った。彼女の足音が遠ざかるのを聞きながら俺はまた歩き出す。
◆
家に着いて部屋のイスに腰を下ろし、俺は手紙を読み始める。
『最後まで無言を貫き続けるそのクールさが好きになりました! 住所書いてあるので、こんど家に来てください!』
「……いらんな」
手紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に放り投げる。このことは明日には忘れるだろう。
◆
高校を卒業してから数週間が経った。俺は今、バス停の前に立って、就職先に向かうバスを待ってる。就職しても俺の人間関係は変わらないだろうな。友達も恋人も必要ない。俺はただ、生きられれば人生に満足出来る。
「あれは俺が乗るバスか」
このバスに乗ればまたいつもの静かな暮らしが待っている……この時俺はそう思っていた。