46.未来へと紡ぐ
女性警察官のクリン・クーは、もう女勇者アニア・ゴールドには関わるまいと思っていた。女勇者が憎しみ合っていた反魔族団体と魔族テロ組織の仲裁を行ったという話を聞いていたからだ。
はっきり言って、反魔族団体も魔族テロ組織も聞く耳は持っていない。互いを憎しみ合う事は彼らの中で宗教的な教義と言っても良い程のものだ。説得などほぼ不可能。
しかし、あの女勇者はそれを成し遂げてしまったのだという。それも、寂光を放つ結界で、子供になった彼らの世話をしただとかなんだとかいった信じられない手段で。
彼女はその話を信じてはいなかったが、それでも女勇者が何かをやったのは確実なのだ。流石にあの魔王フルムス・クルブスが選ぶ女だけはある。考えてみれば、女勇者は東方のドラゴンも懐かせてしまっている。得体が知れない。
だからクリンは、もう女勇者にはちょっかいをかけないと決めていたのだった。もう自分から連絡を取る事は止めて関りを断とう考えていた。考えていたのだが……
「クリンさん。今日は」
屈託のない明るい笑顔で女勇者アニア・ゴールドが目の前にいる。警察署を訪ねて来たので今クリンは応接室で彼女の相手をしているのだ。
「いや、あんた、どうして来たのよ?」
関わりたくないのに。
「そんなつれない事は言わないでくださいよ、クリンさん。私、考えてみれば友達が少ないんです。ずっと勇者になる為にがんばっていたら、どうしたって同世代の女性と親密になる機会が減ってしまって」
「ちょっと待ちなさい」とそれを聞いてクリンは言う。
「いつ、あんたとわたしが友達になったのよ?」
友達どころか彼女はアニア・ゴールドの命を狙いすらしたのだ。敵だろう。仮にそれが言い過ぎだとして、百歩譲っても仕事上の知り合いといった程度だろう。
そんな彼女のツッコミを無視して、女勇者は続ける。
「気が向いたので、ちょっと出掛けがてらに寄ってみたんです。反魔族団体や、人間を敵視している魔族の動向を知りたくって。何か動きはありませんでしたか?」
「ないわよ。少なくとも警察には情報が入っていない。
あんたが説得した反魔族団体が一番の過激派だったから、次の勢力が生まれるまでは問題のある行動を執る連中は当分現れないでしょうし、魔族テロ組織の仲間はほとんど自分達の国に帰ったみたいだから、まぁ、当然と言えば当然ね」
「なるほど。大体、予想通りですね。それを聞いて安心しました」
女勇者は嬉しそうに数度頷く。
「実は未だに遠くに出かけるのをクルブスが心配するのですよ。流石に私を狙う魔族はもういないだろうって言っても納得してくれなくて……」
そう言ったところで、女勇者は彼女が魔王を好きだったことを思い出したようだった。「あっ」と、“しまった”というような顔で声を上げる。
嫌味ではなく、この女は本当に忘れていたのだろう。恋愛関係には疎くて、気が回らなかったのだ。
「別にもう気にしてないわよ。とっくに諦めているから」
呆れて彼女がそう返すと、「すいません。つい」と女勇者は言った。悪気がないのが分かっている所為で怒りをぶつけられなくて却って性質が悪い。
それから女勇者は「あ、すいません。そろそろ出ないと」と言って席を立った。「別に居て欲しいなんて思ってないわよ」とそれに彼女。
女勇者は軽くお辞儀をすると、「ありがとうございました」とお礼を言って、警察署の応接室から出て行った。出て行った後で少しクリンは微笑む。
「普通、自分を狙っていた人間なんて嫌いになるわよねぇ。よっぽど鈍感なのかしら?」
なんとなく、なんとなくだけどあの女勇者の魅力が分かった気になった。もっとも、そう思った後で、慌ててそんな自分の感情を彼女は首を振って打ち消したのだが。
セニア魔法技術応用研究所。
アニア・ゴールドは未だに魔法技術研究を手伝っていた。彼女の方からお願いをしたのだ。理由は幾つかあった。探偵事務所以外にも社会的関係を維持しておきたかったのがまず一つ、研究自体にも興味があったことがもう一つ、最後に研究所までの道のりで軽い旅行気分を味わえること。
「正直、魔法に長けている人の協力は助かります」
研究所職員のヨシダ・セイイチやムラカミ・アキはそう言って彼女の申し出を喜んでくれた。
現在、彼らの研究所では蒸気機関から出る煤煙の除去と石炭エネルギー利用の効率化の研究を他の研究所と協働で進めているらしかった。
彼らは蒸気機関のセキュリティ技術では一歩先んじていて、実際に鉄道会社に採用されてもいる訳だが、本命の煤煙除去やエネルギー利用の効率化技術では決して進んでいるとは言い難かったので、他の研究所との協働は価値があり、また他の研究所にとっても彼らとの協働にはメリットがあった。煤煙除去やエネルギー利用の魔法術式が、既に搭載されているセキュリティ用の術式と相性が悪かったら大問題だ。研究段階でクリアにしておくべき課題である。
その日、アニアが研究所を訪ねると、彼女の知らない研究員だろう者達がヨシダ達と議論を白熱させていた。ただ、決して喧嘩している訳ではなく、むしろ互いに楽しんでいるようにすら思えた。恐らく相手は協力し合っているという他の研究所の職員達だろう。
彼女に気付いたヨシダが、彼らを紹介してくれた。やはり研究員だったらしく、彼女が女勇者だと聞くと感動した表情で、「おお、あなたが。お会いできて光栄です」などと言って握手を求めて来た。
研究員と言うと世捨て人のようなイメージがあるが、このように社交的な人間ももちろんいるのだ。
「あなたが人間と魔族の関係を良くしてくれたお陰で、随分と研究がやり易くなりましたよ」
そう言うと彼は「ははっ」と笑う。
どうやら彼らはかつては反魔族団体からの激しい妨害にあっていたらしい。
「いえ、それは魔法技術応用が鉄道のテロを防いでくれたからで……」
そう彼女が誤解を解こうとすると、
「もちろんそれもありますが、それだけじゃありませんよ。本当に感謝しています」
ブンブンと首を激しく横に振って彼はそう言って来た。戸惑う彼女にヨシダがそっと小声で教えてくれる。
「彼らの研究所は、魔族に研究協力を依頼していたのですよ。だから、人間と魔族の関係改善が必要だったんです」
「はあ、なるほど」とそれに彼女。
それからふと気になって、彼女はヨシダに「そう言えば、嫌がらせの手紙はどうなりました?」と尋ねた。
ヨシダは軽く笑って返す。
「一切来なくなって、代わりに応援の手紙が来るようになりました。テロ事件を防いでくれたお陰で、家族や自分の命が助かったという感謝の手紙も」
それに彼女は大きく頷く。
やり方はとても卑劣だったけれど、それでもやっぱりゼン・グッドナイトのやった事も世間で役に立っているらしい。
セニア魔法技術応用研究所での手伝いの帰り、汽車に揺られているアニアが何気なく窓の外を見やると、海の上を東方のドラゴンが楽しそうに泳いでいる姿があった。
間違いなく東龍自然の理の会のドラゴンだろう。まだ彼らは近くに滞在しているらしい。或いは、魔法技術が活用された後、どれくらい空気が綺麗になるのかに興味があるのかもしれない。
「彼らが満足するくらい、街の空気が綺麗になれば良いのになぁ……」
そう彼女は独り言を言った。
ただ、もしそうなったら、彼らなら平気でドラゴンを街中に連れて来てしまうかもしれない。
そのシーンを想像して、彼女は思わず笑ってしまった。もし現実に起こったら、笑い事では済まされないかもしれないけれど。
汽車が駅に着き、アニアが探偵事務所までの道を歩いていると驚くべき人影を見かけた。どこをどう歩いても絶対に目立ってしまう程の巨漢。
歩み寄ると、彼女は声をかけた。
「あのう…… すいません」
「あぁ?」と、その巨漢は振り返る。
顔を見て確信すると、彼女は言った。
「あなたは、ツッコミの巧い魔族の方ではありませんか?」
「変な覚え方しているんじゃねぇ! ゴースノースだ!
そう。それはゴースノースだったのだ。
やっぱりツッコミが巧い。
傍らにはアインの姿もあった。
「魔族の国に帰ったものだとばかり思っていました」
そうアニアが言うと、彼はこう返した。
「実は魔王様のビルの近くはまだ観光していなくてな。近付いちゃ見つかるから駄目だったんで。折角だから、観光してから帰る事にしたんだよ」
アインが続ける。
「子供みたいでしょう? なりばかり大きくなって中身は成長していないのよ」
「俺だけの所為にしているんじゃねーよ。お前も観光したがってたじゃねぇか」
「知らないわね」
そのやり取りに彼女はくすくすと笑う。
「相変わらず、仲が良いのですね」
それにアインは「あなた達の方はどう? 上手くやってる?」と返した。
「はい。お陰様で」
「そう。良かったわ」
アインは軽く微笑む。
「まぁ、もう少ししたらアタシ達は帰るけどさ、もっと魔族と人間の仲が良くなったら、今度はあなた達がこっちに来なさいよ。観光案内してあげるから」
「よろしくお願いします」と、それにアニアは笑顔で返した。
「それじゃ、魔王様にもよろしくね」
と言って彼らはそこから離れようとした。そこでアニアは「あ、そうだ」と思い出して呼び止める。
「何かしら?」
一呼吸の間の後で、彼女は言った。
「……おっきかったです。彼の」
それにアインは瞳をキュピーンと光らせ、親指を立てつつ「でしょう?」と返す。
「わざわざ下ネタを言う為には呼び止めたのか、あんたは」
そうゴースノースが呆れてツッコミを入れた。
魔王のビルに着いて探偵事務所への階段を昇っていると、アニアは途中でシロアキ達とすれ違った。珍しく全員が揃っている。
驚いて「どうしたのですか?」と尋ねると、クロナツが答える。
「探偵の仕事を手伝ってたんだよ。偶々この近くに来ていたら捕まってな。まったく面倒くせぇ」
魔族テロ組織の件が片付いたからだろう。ここ最近、魔王は一応は探偵の仕事を真面目にやるようになっているのだ。もっとも依然に比べれば、という程度だが。
アカハルが続ける。
「仕事をしたのは、ほとんど僕だけだけどね」
シロアキがそれに文句を言う。
「何言ってるんだよ? ボクはちゃんと料金の交渉や書類仕事をしただろうが。本当に何もやってないのはクロナツだけだぜ」
「あぁ? ボディーガードってのは、ただいるだけで仕事をやっているようなもんなんだよ」
「ここは安全だけどな」
「てめぇ、殴ってやろうか?」
怒るクロナツをフユが「お兄ちゃん。そんな事くらいで怒らないで」と宥める。
そのやり取りに“相変わらずだなぁ”などと思いつつ、アニアは軽く挨拶をして階段の上を目指そうとした。すると、そこでフユが可笑しそうしながら話しかけて来た。
「上に着いたら、きっと驚かれると思いますよ」
「何かあったのですか?」と彼女は不思議そうな顔で尋ねる。が、フユは「着いてのお楽しみです」と言って教えてはくれなかった。
“なんだろう?”と思いつつ、彼女は上を目指して歩いて行く。
階段を昇り切り、探偵事務所の前まで来るとアニア・ゴールドは目を大きく見開いた。バラが物凄くたくさん飾ってあったからだ。以前は4本しかなかったはずなのに。赤や白やピンクの入り混じったそれはとても綺麗だった。
「これは……」
もちろん増やしたのは魔王だろう。だがその意図が分からない。
やがて、「おや? 帰ってきましたか」と声が聞こえた。探偵事務所の中から、魔王フルムス・クルブスが顔を見せる。
「なんですか、これは?」
驚いている彼女に向けて、笑顔で彼は説明する。
「中々に壮観でしょう? あなたを驚かせようと思って黙っていたのですよ。全部で108本あります」
「はぁ、しかし、またどうして?」
「そろそろ頃合いかと思いましてね」
そう言ってから、彼は彼女の肩を抱き寄せた。バラを二人で一緒に見る。
「なんと言いますか、これは、“あなたを絶対に仕合せにする”という決意表明みたいなものですよ」
「仕合せに?」
彼女はその意味を明確に言葉では理解できていなかったが、それでもなんとなく感じてはいた。
お腹を摩りながら言う。
「あの…… 私達の子供は、この世の中で仕合せに暮らせるでしょうか? 私にはそれが不安なのです」
彼女はその時、殺されてしまったトレンチコートの男、魔族と人間のハーフのギニー・ヌーを思い出していた。恐らくは、グッドナイト機械工業と魔族との繋がりを知った彼は、それでグッドナイト機械工業を強請ろうとし、結果として殺されてしまったのだ。しかし、それは表面上の話に過ぎない。
本当は、この社会全体が彼のような人間を不幸な立場に追い込み、そして死に追いやってしまったのだ。
本当の犯人は、この社会。
そして、その“社会”の中には、間違いなく彼女自身も含まれている。
それに魔王は笑って応えた。
「仕合せに暮らせるか、ではありませんよ。“仕合せに暮らせる世の中にする”のです。できるでしょう。あなたと私なら」
その言葉に、彼女は笑う。
「そうですか。そうですね」
特に明確な根拠はなかったのだが、彼となら本当にそんな世の中を実現できるような気が彼女にはしていた。
なろう上でポイントをくれたり”いいね”をたくさん押してくれた人達、Twitterにリツイートや”いいね”をしてくれた人達。コミュニケーション下手な僕ですが、そういうのが嬉しくない訳じゃないんです。ありがとうございました。嬉しかったです。
この話の設定を考えていた頃、がっつりなミステリーにしようか迷ったのですが、結局はファンタジー色を強めにしました。
ですので、もし、次回作を書くような事になったら、今度はミステリーを強くしたいと思っています。




