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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短い話

公爵令嬢の心霊(ゴースト)スポット巡り

作者: 年中布団


「ゴーストを見に行きましょう!」


 休日、幼馴染に呼び出されて、幼馴染のお屋敷に向かったところ、彼女は門の前でいつもの堂々とした立ち振る舞いでそう言い放った。


「…………なんで?」

「私、ゴーストを見たことがありませんの。だからです!」


 彼女は青い瞳を輝かせ、ビシッと俺を指さした。良く見ると、彼女の格好もいつものドレスとは違い、ズボンを履き、動きやすそうな軽装だ。長い金髪も今日は一つに束ねている。

 ゴースト系のモンスターは一部の人にはまったく見えないと聞いたことがあるが、彼女がそうだとは思わなかった。


「でも、行っても見えないんじゃ……?」

「ええ。ですが、強力なゴーストは見えない人間でも見えることがあると聞きました」

「そうかもしれないけど、そういう強いのがいるところは大体危ない……あ」

「そうです! だから、勇者の貴方を呼んだのです」


 そう言って輝かんばかりの笑顔を彼女は浮かべた。

 俺は何とも言えない顔で頬を指でかく。

 魔王を倒せば勇者だ。だが俺はまだ、数多いる勇者候補の一人にすぎない。

 神殿に候補として選ばれた時から、彼女は俺のことを勇者と言う。

 嬉しそうに誇らしげに。

 そんな彼女の期待には応えたい。だから日々鍛錬をしている。けれど、今の危険な場所に行って、彼女を守り切れる自信も実力もないとはわかっていた。


「いや、でも――」

「だから飛行船も用意しました」

「え? 世界に数隻しかない飛行船?」

「もう行く場所も決めてあります」

「ちょっと」

「こちらを装備して下さいな」

「うわ、これミスリル……?」

「万が一に備え、一流のヒーラーのマーティナ様にも来て頂いています」

「えっ、前勇者パーティの……!?」

「私も剣術、魔術に更に磨きをかけました。今着ているのも、ある程度の攻撃はすべて防ぎ切る服です」

「…………俺、要る?」

「さあ、出発いたしましょう!」

「金持ちで行動力カンストしてるとヤバいなぁ……」


 彼女は俺の手をしっかりと掴んで、歩きだした。前をずんずん進んでいく彼女の背中を見る。彼女は昔からこうだった。興味があれば、危ないところにも勧んで行ってしまう。

 実際、死にかけたこともあった。

 それは俺を守るためにだった。

 その時から、今度は俺が守りたいって思ったんだ――






「今のご感想は?」

「……帰りたいです」

 飛行船に乗って二時間後。公爵家の治める領の端の端、そこで飛行船は降り立った。

 目の前には崩れかけた城がある。中に入ったら、あちこち崩れ降りそうなところも怖いが、何より城全体から放たれている邪悪な気配。けれど、彼女はにこりと笑う。


「私は高揚してきました。この気配なら確実に会えるでしょう」

「……こんなヤバそうなところ、どうやって見つけたの?」

「とある方からです。ゴーストは人の怨嗟、憎悪、悲嘆などからも生まれるもの。約百年前、ここを治めていた領主は領民を使用人として雇うと言い、集まった領民に殺し合いをさせていたそうです。それは何年にも及び、その結果、ゴーストが生まれ、領主とその家族、使用人たちはすべて殺された……」


 ひどい話に思わず眉を顰める。彼女の顔から、笑みは消えていた。


「領主たちを殺した後もゴーストは消えることなく、領主から連絡が無くなったことを不審に思い、城へ入った領民たちをも襲った。新しくこの地に任命された領主はゴーストを倒そうと手を尽くしましたが――……結局、新しい領主は別の場所に屋敷を建て、この城は放置。領民が近寄ることもなくなったそうです」


 ……確実にヤバい。

 改めてボロボロの城を見上げる。やはり、説得すれば良かったと思う。

 彼女も城を目の前にし、話をしたことで、ただの話であったものが、真実として腹に落ちてきたのだろう。俺と同じく黙ったまま、城を見上げている。こうしている間にも、城の邪悪で重苦しい気配が段々と濃くなっているような気がした。戻ろう、と声をかけようとした瞬間、



「では、さっそく参りましょう!」

「いや、危ないよ!?」


 彼女は不思議そうな顔で見上げてくる。


「ここまで来たのですから行く以外にないでしょう、それに貴方なら守って下さると信じていますから」


 いやいやいや――思わず右手で顔を覆う。けれど、彼女は強い眼差しのまま。


「…………アルマ、どうしても行く?」

「ええ、どうしても!」


 彼女はこうと決めたら曲げることはほぼない。深く深くため息を吐く。


「少し、見るだけで良い?」

「はい、一目だけで。その後は全力で門へ向かって走りますわ」

「…………わかったよ。俺が先に行くからついてきてね」

「ありがとう、ヴィンス! よろしくお願いします」


 モンスターは格上の相手に対しては逃げることもあるので、マーティナ様は飛行船のそばで控えることになった。


「何かあればすぐ呼んでくださいね」

「はい、わかりました。ありがとうございます。マーティナ様」






 地面に降り、左右に草がぼうぼうと生えた道を行く。石畳もところどころ剝げていたので、彼女に気をつけて、と言って、自身も辺りを警戒しながら進んだ。

 崩れかけた城門を抜け、城の中へと続く大きな門が見えた瞬間、背中に怖気が走った。思わず足を止め、ぶるりと体を震わせた。


 門の向こう、確実に何かがいる。

 今まで会ったゴーストとは確実に違う。

 彼女を見ると、彼女の額に汗がにじんでいた。彼女も俺を見る。怖いだろうに、彼女はにこっと笑うと、僕の背中に軽く触れた。

 行く、ということだろう。

 絶対今引き返したほうが良い。けど――はぁ、とため息をつく。そして、仕方なく門へ向かって歩き出した。


 門に鍵は掛かってなかった。

 城の中は外観ほどは崩れていなかった。けれど、あちこちに苔が生え、なんともいえないすえた匂いが鼻をついた。外よりひんやりとしていたが、心地良さはなく、不気味なだけだった。

 静まり返った城の中唯一、ピチャン、ピチャンと水滴が落ちる音が聞こえる。近いような遠いような、どこからかはわからない。

 そして、先ほどまでの邪悪な気配が薄まっていた。城の中に入れば、外とは比較にならない気配だろうと思っていたのに。

 なんでだろう、と内心首を傾げる。さっきまでは門の近くにいて、俺たちが入る前に移動したのか?

 あんまり奥に行くのは嫌だな……逃げる距離が長いと、彼女を守るのも更に大変になる。


「玉座に行きましょう」

「玉座?」

「領主が殺し合いをさせていたのは、玉座という話なのです」

「ああ……」


 外観からおおよその見当はつく。地下とかじゃないだけマシだと考えて、玉座へと向かうことにした。





 城の中には、数匹のモンスターがいたが、俺がひと振りで倒せるような強さで、問題なく進んだ。いくつもの階段を上り、最上階の玉座の間に続く廊下に差し掛かった途端、ひどい重圧を感じた。

 重苦しい、汚らわしい気が、泥のように全身にまとわりつく。

 ここだ! 後ろにいる彼女へそれ以上進まないよう、手で制す。


「合図をしたら来て」

「わかりました」


 廊下を進む度、体が重くなる。けれど、彼女の願いを叶えるために進む。


 玉座の間に続く門は閉まっていた。

 重圧と邪悪な気配は、今まで感じたことがないほど強くなっていた。逃げ出したい、そう思うが、キッと扉を睨みつけ、あまり力を入れずに手の甲で扉を押す。

 ギイィィ、と扉が鳴ったのを聞いて、顔を顰める。建物が古いせいで、どうしても音が出てしまう。わずかに開いた扉から息を潜め、中を覗き込んだ瞬間、ぶわっと全身の肌が粟立った。


 大きな人型の()()()がいた。


 黒い人型は、今まで見たゴーストの中で一番大きかった。

 けれど、一番恐ろしかったのは、アレが沢山の血塗れの人間が集まって出来ていることだ。幸い、ゴーストはこちらに気付いていないようだった。

 今なら、と振り返り、廊下の向こうでこちらを窺っている彼女へ手を上げた。彼女は頷き、足音を立てないように歩き始めた。


 玉座の間に視線を戻し、目を見開く。

 ゴーストがいない! ついさっきまで確かにいたのに。剣の柄を握り、辺りを見回す。そして、彼女に戻るように言おうとした。が、声が出ない。おそらくゴーストの魔法だ。門のすぐ後ろに、気配がある。


 しまった――!

 扉がガタガタと音を立てている。鞘から剣を抜き、扉へ向かって構える。

 そして、バンっと勢いよく扉が開いた。


 恐ろしいゴーストがその全身を――爆発させた。


「は?」

「すごい揺れていましたね。でも、ゴーストはいないようですね」

「え?」


 いつの間にか、彼女がすぐそばまで来ていた。

 ゴーストも、その重苦しい気配もすっかり消えてしまっていた。そして、体の底から湧き上がる力。

 これは……


「――レベルアップしていますね。ヴィンス、倒してしまいましたの?」

「え? いや……」

 意図していないレベルアップに動揺する。

 勇者候補として、地道に努力して、強くなる。勇者育成学舎に入った時に決めたこと。

 けれど、レベルアップは止まらない。


「いや! ちょっと待って、これは違う!」


 違うんだよおぉぉ!!! そう叫ぶ俺の隣で彼女は言った。

 ここでは駄目だったようですね、と。



 

 彼女に聖属性の中でも、もっとも強力な加護がついているとわかったのは、また後日のことだった。



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