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6 悪魔の舞踏会


 ――『コーラル村』の酒場。



 そこはいつも以上に盛り上がりを見せていた。その中心にいたのは、エリスを迫害してウィズに咎められた連中だった。


 彼らは青い水晶を掲げ、それを近寄ってきた周囲の村人たちに見せつけていた。



「これが例の水晶だ!」



 その水晶――射影水晶(ビジョン・クリスタル)を掲げた男は高らかに告げる。その中には燃え盛る家とそれを前に佇む二人が映写されていた。



「生意気な女の家を燃やした結果よぉ! 見ろよ、燃えてなくなる家を目の当たりにしたこの顔! 爆笑だろ!」



「やるなぁ、まさか家を燃やすなんて!」

「所詮よそ者が勝手に建てた家だ! よくやったよお前!」



 その水晶の中に映っている、燃える家の前で佇む二人というのは、ウィズとエリスだった。


 それを見た村人たちは順順に笑い声をあげ、口々に放火した男への称賛と、エリスやエイズに対する中傷を口にする。



 水晶を掲げる男と一緒にいた男女は、ジョッキにつがれた酒を飲みながら、口々にぼやいていた。


「ざまあねえぜ、あの女も、いきなり現れた男も……! 良い気味だ」


「今度は女の髪を燃やしてやろうぜ」


「へへっ……! 良いアイデア! それも撮ってさ、町中に見せて回ろうよ」


 

 そこにあるのは醜い排他的な精神。その酒場は異様な雰囲気に染まっているが、当事者たちはそれに気づかない。



 ――そんな中、酒場の壁が吹き飛んだ。



「な……!」



 壁をぶち破る爆音に、酒場にいた村人たちは一気に口を閉じる。静寂に包まれた酒場で、崩れた壁から一人の男が歩いて現れた。


 彼を見た水晶の男は、忌々しそうに言う。



「てめぇは……あの時の!」



 村人たちの視線をくぎ付けにしたその男――ウィズは酒場の真ん中まで歩いて入ると、静かに笑って口を開いた。



「そんなことだろうと思ったよ」



 確かに口は笑っているが、その瞳は笑っていない。ウィズの赤い瞳が村人たちを睨みつける。


 ジョッキで酒を飲んでいたエリスをいじめていた取り巻きたちが一斉に立ち上がった。そしてそのままウィズへ怒鳴る。


「報復にきたのかてめぇ! だがな、お前の敵は俺らだけじゃねえ! この酒場にいる全員だ!」

「そうよ! いくらアンタでも、この人数を相手になんてできないでしょ!」


 その言葉を聞いたウィズは黙って酒場を見渡した。


 酒場にいた村人たちは、ウィズがエリスをかばった男だと知るや、敵意をあらわにした様子でいた。今にも飛び掛かってきそうだ。


 ウィズはそれらを見渡した後、静かにため息をこぼす。そして言った。



「報復? 違うね。僕は人を裁ける人間じゃないんだよ。人を裁けるのは法と自然()だけだ」



 ウィズが淡々とそう告げると、一瞬の沈黙をおいて、村人たちは一気に笑い出した。


「ハハハ! 人を裁くぅ!? なに偉そうなこと言ってんだ!」

「この村じゃ、俺たちが"法"で"神"なんだよ!」

「よそ者が、何語ってんだぁ? お 前 は ア ホ か? あははは!」


「……」



 笑い声が酒場に響き渡る。だが、ウィズはそんな彼らに全く言い返さなかった。


 ――言い返() なかったのではない、言い返()なかったのだ。何故なら、彼らはすぐに身を持って思い知るだろうから。



 それは唐突だった。


「――へ?」


 酒場の壁にたてかけてあった松明が、何かの拍子に落ちた。その下には酒が入ったジョッキを持つ村人がいて、彼もウィズを笑っていた。


 だから落ちてきた松明に対応できなかったのだろう。



「ああああ!」



 松明は見事、酒の中に落ちてアルコールが発火する。火は一瞬にして大きくなって、その村人を火だるまにした。



 火だるまになって踊り狂うように慌てるその男に、酒場の店主は慌てて大樽の中に入っていた水をぶっかけた。



 ――が。


「ぎゃああああああ!」

「熱い熱い熱いぃぃぃいい!」


 

 しかしその大樽に入っていたのは水ではなかった。――酒だったのだ。


 酒を火にぶっかけたらどうなるか、想像するのは簡単だろう。結果、火は一気に燃え広がったのだ。火だるまになった人間の数が増え、それは一気に大惨事へと化す。



 この惨状の中で、水晶を掲げていた男は血走った目で余裕そうに立っているウィズを睨み叫んだ。


「てめえ! 何をしやがった!」


 必死な形相で叫ぶ男と、慌てふためく村人たちを見て、ウィズは鼻で笑う。それからゆっくりと冷静に言い放った。



「――儀式魔法『悪魔の舞踏会(ロシアン・ルーレット)』をこの村全域に発動した」


「ぎ、ぎしきまほう……? てめえ! 人を裁かねえとか言っておきながら……!」


「ああ、そうですよ。僕は人を裁かない」



 ウィズが人差し指を上に向けた。


 すると直後、ウィズが崩したと思われる壁の穴から突風が入ってきた。その風は火だるまになった人間たちへとなびいた。


 そしてその突風により火が周囲へと拡散する。酒場の店主の顔にも火が飛び散り、顔が炎上した。



 そんな中でも、ウィズは冷静さを崩さなかった。



「だから、全て"自然"に任せてみようと思った。この『悪魔の舞踏会(ロシアン・ルーレット)』は指定範囲内に存在する確率を歪曲させて、その中の人間が一人になるまで淘汰する」


「な、なに……?」


「あの松明が落ちた"偶然"も、それが酒に入って発火した"偶然"も、水だと思ってぶちまけた水が酒だった"偶然"も、全てはこの村にいる人間を"一人"にしようとする自然からの制裁さ」



 ウィズの背後の壁の大きな穴から再び突風が流れてきた。


 今度はその突風に紛れて斧が飛んできて、酒場にいた一人の顔面へと斧の刃が突き刺さった。その村人はそのまま倒れこむ。



「もう誰にも止められないよ。魔法の使用者の僕だって例外じゃない。制裁を受ける一人だ。けど、最後の一人になりえる一人でもある。――そしてそれは、君たちも同じさ」



 ウィズはそう言って、目の前の男を指さした。


「……!」


 射影水晶を持っていた男はごくんとのどを鳴らす。その手からポトリと、水晶が地面に落ちた。


 酒場は完全にパニックになっていた。しかしその中で、聞き覚えのない音が聞こえていて、それがどんどんを大きくなっていくのことに、その男は気づいていた。


 ――直後、ウィズの背後の村が光った。同時に耳をつんざく爆音が村全体へと響き渡り、地面は揺れた。



 男はその衝撃に腰を抜かすが、ウィズは平然と立っていた。硝煙の臭いが漂う。ウィズは小さく笑ってぼやいた。



「隕石でも落ちたんじゃないかな? 隕石が落ちる"偶然"も、ありえなくないでしょ?」


「――」


「まあいいさ。どうせこの村で残れるのは一人だけなんだ。――お前か、僕か……生き残れるのは一人。それは、"自然"に罪を赦された一人」



 阿鼻叫喚が、耳を塞いでも聞こえる悲鳴が、その場を支配していた。


 その支配された場所でも、ウィズは冷静にして立っていた。



「覚えときな、"法"や"自然"はいつでも姿が変わるってね」



 それが、その男は聞いた最後の言葉だった。


 突風により、外れかけていた屋根の柱のひとつが落下し、その男をへ突き刺さったのだ。彼は悲鳴を上げる暇もなく、その場で倒れる。


 その上には火だるまになって力尽きた村人が倒れこみ、さらに火を大きくした。彼の死体を燃え種にして、火は大きくなっていく。



「……さて」



 ウィズは(きびす)を返して酒場を出た。村の中はところどころから煙が上がっていた。


 まさか本当に隕石が落ちていたようで、その落下地点の村の役所は跡形もなく吹き飛んでいた。ウィズはその光景を見て、ごくんと喉をならす。




「や、やりすぎたかもしれない……」




 しかしそう思ったところで、魔法『悪魔の舞踏会(ロシアン・ルーレット)』は止められない。


 ウィズを含む、この村で生きている人間が一人になるまで、その自然による淘汰は続く。



 そんな光景を見ながら、ウィズはつぶやいた。



「今は"自然"を"神"といって(まつ)るのが一般的だけど……。昔、"自然"を"神"じゃなく"悪魔"として忌み嫌った人たちがいると聞いたことがある」


 背後の酒場が一瞬にして燃え盛った。


「……それもあながち、間違いじゃないな」


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