5 立ち尽くし
燃えていた。
エリスが住んでいた家が、彼女の両親が戻ってくる唯一の居場所が。
「――」
呆然と膝から崩れ落ち、燃え朽ちていく家を見るエリス。その隣でウィズも呆然としていた。
「どうして……」
ウィズの口から思わず吐き出された言葉。何故エリスの家が燃えているのか。
ふとウィズの視界の隅にあるものが入る。それは家の角に落ちていて家と一緒に燃えている木の棒だった。
いや、形状からして松明だったものだろう。だが松明なんて、エリスの家にはなかったはずだ。
ならば、そんなものがどうして家の角に、そして家と一緒に燃えているのか。
「火元はあれか……!」
――そんなことはすぐ分かる。家に火をつけた際に使ったのが、その松明だったのだろう。
何者かが松明で家に火をつけ、そのまま逃げだしたのだ。
そんなことが可能な人間で、動機も持っている人間。ウィズの頭に該当する人物"たち"が浮かぶものの、ウィズはそれを否定した。――否、否定したかった。
「村の奴らが嫌がらせで家に放火する、なんてそんなこと……」
同じ人間として、それは人の道を外した外道行為だ。
確かにこの村の人間たちは堕ちに堕ちてるが、さっきウィズに反抗されたという腹いせで放火するなど、そこまで底辺を這いつくばるような人間性であることは、考えたくはない。
何より、人間がそこまで外道になれるなんてことを、ウィズは信じたくなかった。
――そんな中、一瞬だけウィズの視界が白い光に包まれた。
「これは……!」
この光にウィズは心当たりがあった。
射影水晶と呼ばれる、かざした先の風景を撮影し、水晶の中に保存できるという道具だ。
それはリセットをかけない限り永久的に見ることができ、さらには複製も可能である。
今この瞬間にそのクリスタルが光ったのだ。つまり、燃えた家の前で立ち尽くすウィズと、崩れ落ちたエリスを何者かが撮影したということ。
わざわざそんなことをする必要がある人物。それはウィズが否定したかった可能性を、ほぼ完璧に肯定する要素となり得た。
「村の奴ら……!」
ウィズは拳を強く握りしめ、噛み締めた。
エリスの家に火をつけ、それを撮影する行為の動機。それは――家を燃やされて精神的に潰されたエリスを見て楽しみたい、なんていう下衆な思惑。
「ぁ……私の……お父さんとお母さんの、家が……っ」
エリスはうわ言のように呟いていたが、ふと糸が切れた人形のようにその場に倒れこんだ。ウィズは慌てて彼女に駆け寄る。
この惨状を前にして、これまでの精神的疲労も重なり、ついに精神が限界にきたしてしまったのだろう。ウィズは目を細め、彼女を抱きかかえた。
それから近くの木の幹に彼女を降ろし、寄りかからせる。それから彼女の周囲に結界を張った。例え隕石の雨が降ってきても問題ない強度の結界だ。これで安心だろう。
次にウィズは燃え盛るエリスの家の前に立った。それから右手に青い魔法陣を展開する。
「零の鼓動――原始から此方へ、その追憶を呼び覚まし、氷塵を纏いて不尽を震わせ。後天は天満月――召喚:絶対凍土」
――刹那、火の気と熱がその場から消え失せた。目の前には白い霜がおりていながらも、黒い焦げた家が佇んでいた。
ウィズはふうと息をつく。彼は今この場所へ過去におとずれたとされる氷河期の環境を召喚し、氷点下の暴力で無理やり鎮火したのだ。
「――さて」
ウィズの瞳が村の方へ向けられる。その瞳には憤怒の感情が宿っていた。
「僕は人を裁けるような人間じゃない。――だけど、やれることはある。覚悟はできてるよね、畜生ども」
ウィズは地面を蹴った。