4 帰る場所
「僕の進む道にいる、お前らが邪魔だ。どけ」
風魔法『刹那の大嵐』。
それは『崩壊の大嵐』とは違い、凝縮した魔力を見えない風の刃として放つ風魔法だ。
さっきとんだ男の腕も、ウィズがその風の刃で腕を千切り飛ばしたのだ。
「な、なんだお前……!」
エリスを囲んでいた男女にどよめきが走る。ウィズは彼らにも腕をかざした。
「もう一度だけ言う。どいてくれないかな、あんまり魔法で傷つけたくないんだ」
「……くそ!」
ウィズに対して、エリスを囲んでいた男女は目に見えて恐怖の感情を覗かせていた。ウィズは彼をじっと見つめる。
確かにエリスへの暴行は許されたことではないし、憤りを感じた。けれど、ウィズは不用意に魔法で人を傷つけたくなかった。
別にそれは彼らに向けて情を感じているわけではない。ウィズは彼らが、この村が嫌いだ。
そして目の前でエリスが謂れもない差別で傷つけられているところを目の当たりにして、反抗しようとも思っていた。
だが――冷静に考えて、これ以上の魔法による暴行は、弱いものいじめになるだろう。それは彼らがエリスへ行った暴行と何ら変わりないのではないか、とウィズはそう考えた。
ここでこれ以上彼らを魔法で加害したら、それは彼らがエリスにやってのと同じことを、ウィズが彼らにしたということになる。
ウィズは彼らと同じレベルに堕ちるつもりはなかった。
だからこのまま、彼らを怖がらせたままここを突破しようと、ウィズは口を開く。
「……痛い思いしたくなかったら、そこをどけよ」
「……覚えてろよ……!」
そう口走ると、観念したように男女たちはバラバラに散って逃げていった。なお、ウィズが腕を千切って気絶させた男はそのまま地べたに転がっている。
そのままにしておくのもアレなので、ウィズは魔法で腕は直してあげた。彼は悪人だったが、ウィズはその罪を罰で裁ける人間ではない。
ウィズははあ、とため息をついた。
(覚えてろ、か。プライドだけは高いんだな……)
「うぃ、ウィズさん……? い、今のは……」
エリスの声がした。ウィズがエリスの方を見ると、ずぶ濡れの彼女は震える細い足で立ち上がっていた。立っているのも危うく見える。
ウィズは慌てて彼女に駆け寄り、肩を貸した。そして言う。
「……とりあえず、どこかで休憩しようか」
「……はい」
優しくウィズが告げると、エリスは小さくうなずいた。ここで初めて、頬に涙が一筋流れた。今まで我慢していたのだろう――。
◆
人気のない公園を見つけたウィズは、とりあえずそこのベンチにエリスを座らせた。ウィズも隣に座る。
「……落ち着いたか?」
「……はい」
木漏れ日の下で、ウィズは隣に座るウィズに寄りかかった。そのまま小さく口を開く。
「……どうして、私を助けちゃったんですか」
静かな公園に涼しい風が通り過ぎていった。その静かな空間でウィズは寄りかかってきたエリスを、優しく抱き寄せる。
「倒れた僕を拾ってくれた恩があるでしょ」
森の中でウィズは倒れたところを、エリスに助けれたのだ。いくら魔法ができるとはいえ、あのまま寝そべっていたら獣や魔獣に襲われかねない。
さすがのウィズも、寝ながら魔法を放つことはできない。だからもし寝てる途中に襲われたらたまったものではなかった。
――いや待て、寝ながら魔法を放つ、か。面白い発想かもしれない。
なんて他のことを考えそうになって、ウィズは頭をブンブン横に振った。
エリスはそんなウィズを見て、幸薄く微笑んだ。
「……そうですか」
エリスの言葉を最後に、しばらく沈黙が流れる。二人は何も言わず、並んでベンチの上で座っていた。
水をぶっかけられてずぶ濡れだったエリスも、次第に乾いてきた。彼女自身も落ち着いてきたようで、ふと彼女は姿勢を正す。
それから、エリスはウィズの方を見て笑いかけた。
「もう……大丈夫です。……帰りましょう。今日は泊まってください。ぜひお礼を……」
「……いいの? 助かるなあ……」
ウィズもエリスに笑い返した。先ほどまでとは違う、とても穏やかな雰囲気が二人の周囲に漂っていた。
エリスは一足さきにベンチから降りると、ウィズへ手を差し伸べる。
「さ、行きましょうか」
ウィズもその手を取って、立ち上がった。
そのまま二人は並んで村のはずれにあるギルド『憩いの窓辺』の本拠地こと、エリスの家へと向かった。
――そしてそこで待っていたのは、現実離れした光景だった。
「……っ」
上がる黒い煙。
炎の中で崩れていく家。
「あ……ぁ……]
帰ってきた二人の目に入ったのは、燃え盛るエリスの家――エリスはその場で崩れ落ち、ウィズも呆然と立ち尽くしたのだった。