3 拒絶
村の中を役所に向かって歩きながら、エリスは話し始めた。
「私たちは違う街から引っ越してきて、この村に来ました……。両親は新天地でギルド経営をしていきたかったんだと思います。ですが……この村にいきなりやってきて、ギルドを設立した両親に村人は反発しました。……この村は、両親が思ってた以上に排他的で、外からの変化を嫌っているみたいです」
ギルドというのは彼女が言っていた『憩いの窓辺』のことだろう。
それを聞いてウィズは彼女の両親がギルド経営に失敗してしまった原因を理解した。村人から歓迎されていない村でギルドを経営するというのも無理な話だ。
「だから、村ぐるみで外から来た者を追い出そうとしているみたいで、私もその一人……」
「……それにしては、役所で冒険者用の依頼が出てるみたいだけど、それってつまり、冒険者がこの村に来ることを想定してるってことだよね? 外から変化を嫌うなら、冒険者も村にいれないと思うんだけど……」
「冒険者の方々は村に長居しませんから……。すぐに次の村や町に旅立つので、ある程度は寛容なようです……。ただ……私たちのようにギルドを構えて、長く居座るとなると……」
エリスの体が恐怖に震える。
『そんな村、出て行ったらいいのに』とウィズは口走りそうになったが、慌てて止めた。
エリスがこの村にいる理由――それは、両親が帰ってくる場所に居続けるためだ。この一年間、両親が帰ってくると信じて、一人で待っていた。両親が帰ってきた時、暖かく迎え入れるために。
「……」
そんなエリスに『村から出ていけば』なんて言えるはずがなかった。ウィズは歯がゆく拳を握りしめる。
「……着きましたよ、あそこです」
エイスは足を止めて、大きめの木造の建物を指さした。ウィズもその先へ視線を向ける。
それは三階建ての大きな役所があった。村といえど、役所だけは大きいようだ。
エリスはウィズの方を向くと、手を後ろに回して笑って言った。
「ウィズさん、私はここで待ってますから、役所に行ってきてください」
「……え? エリスは来ないの?」
「私はその……役所に入ることを許されてないというか……」
「……」
村の中にあるといえど、役所は王国から直属の役人がいるはずだ。だからエリスに対する差別も、役所の中だけはいくらか和らぐと思っていた。
しかし、そんなことはなかったようだ。この村は役所の中まで腐っている。
ウィズはエリスの肩に手をポンと置くと、笑って言った。
「すぐに戻ってくるから」
こんな村に中にいたら、エリスがどんな目に合うのか想像がつく。長くいさせるわけにはいかない。
ウィズは急いで役所の中へ入っていった。それから依頼受注受付へと足を運ぶ。
「……外から来た冒険者の方ですかー」
受付の男はウィズを見てため息交じりに告げた。ウィズはうなずくと、急いで隣の掲示板に貼ってある依頼書に目を映す。
正直なところ、こんな村に長居はしたくないし、そもそも村人が長居を快く思わない。だから、この村での依頼ではなく、国から派遣された別の村の依頼を探した。
「この、『ゴラム町』近くの洞窟に出現したゴーレム討伐依頼を受けたいんですが」
「! 『ゴラム町』から派遣された依頼ですね! かしこまりました!」
突然、受付の男の表情が明るくなった。そのままカウンターの奥にある事務室へと入っていく。
数秒後、受付が再び戻ってきて一枚の紙をウィズへ差し出した。
「はい、ただいま通信水晶で『ゴラム町』に受注の報告をしてまいりました。これが依頼書兼証明書になります。一週間以内に『ゴラム』へ向かってくださいますようお願いします! 地図は証明書に記載しておりますので、ぜひ参考にしてください」
「は、はあ……」
すごい勢いで押し切られてしまった。ウィズは困惑しながら証明書を受け取る。
「この村に用はないでしょう。早めにここを発ち『ゴラム』に向かってくださいね」
「あ、はい」
なるほど、そういうことか。ウィズはその食い入るような勢いの訳を悟る。
受付の男は部外者であるウィズを早く村から追い出したいのだ。だからウィズが外部の依頼を受けたので喜び、早く『ゴラム』へ行くよう促したのだろう。
ウィズは依頼書を持って踵をかえした。
受付の言う通りにするのも少し癪だが、ウィズ自身もこんな村にいたくない。足早に役所の出口へと向かう。
ウィズがこの村から離れるのはいい。しかし、そうなるとエリスがまた村で一人になってしまう。
彼女が両親の帰りを待ち続けている間、ずっと村人から邪険に扱われ続けるのだろう。そこだけが気がかりだった。
何とかしてエリスを村から連れ出したいが、彼女には村から離れられない理由がある。両親の帰りを待っているのだ。両親が帰ってくるまで、彼女はこの村を離れない。
「どうしたものかな」
そんなことを考えながら役所を後にした。丁度役所の建物から出たところで、バシャンと水が弾ける音がした。
ウィズは嫌な予感がして、音の方へ視線を移す。
「おらっ!」
「ははは!」
「ひ……っ」
「……」
案の定というか、予想通りというか、嫌な予感が的中したというか。
道のど真ん中で複数の男女に囲まれ、桶で水をぶっかけられているエリスの姿がそこにあった。長い髪には水が滴り、服は水分を含んで肌に吸い付いている。
「よそ者が! 早く出ていけ!」
「ギルドを作って搾取して、この村を乗っ取ろうってか? そうはいかねぇぞオラ!」
「うぅ……」
エリスを囲む男女の中の一人の拳がさく裂し、エリスは膝から崩れ落ちた。そこから畳みかけるように、数人の蹴りが倒れたエリスへと叩き込まれる。
エリスはそれに反抗せず、体を震わせながら耐え続けていた。
ウィズは思わず駆け寄ろうとするも、倒れ蹴られているエリスの瞳がウィズを捉え、その行動を止めた。
その瞳はじっとウィズを見つめていて、
『何もしないで』
という思いが込められていた。
さっきもエリスは村人に反抗しようとしたウィズを止めている。反抗すれば、暴力行為はもっと過激になっていくと知っていたのであろう。
「……」
ウィズはゆっくりと歩き出した。
エリス本人が止めるなとウィズを制しているのだ。ここでウィズがエリスを救おうとすれば、一時的にエリスは救うことができても、また後に倍以上の嫌がらせを受けることになるのだろう。
だから、ウィズはここから早く立ち去るべきなのだ。ウィズは足を進める。
「あの」
「あ?」
――ウィズは村人の望み通り、この村から出ようとしていた。
だから、"村の出口に続く道のど真ん中"で寄ってたかっている連中が邪魔だった。
「そこ、道ですから。邪魔なんでどいていただけます?」
「……はァ? なんだよそ者。お前もこうなりてぇのか! なりたくねえなら早く消えろ!」
エリスの頭を足蹴にして、数人の中の男がウィズに人差し指を向け叫んだ。
エリスも震えたまま、ウィズを見上げた。
「そこ、道ですから。僕はこの村を出たいんですけど、貴方がたが邪魔なんですよね。どいていただけます?」
「お前が迂回すればいいだろうが! この能無しが、俺らに――」
「ああ、そう」
――直後、その男がウィズに向けていた指が腕ごと消し飛んだ。男の腕がクルクルと宙に舞い、突然の激痛に男は泡を吹いて気絶する――
「な……!」
どよめきが広がった。宙に舞っていた千切れた腕がぼとりと地面に落ちる。
ウィズはエリスを囲んで暴行していた男女を見下ろしながら、静かに告げた。
「僕の進む道にいる、お前らが邪魔だ。どけ」