感謝と祈りを忘れた王国に守護女神がサービス終了のお知らせを叩きつけます
フィアンシス王国の王宮裏手の離宮。そこは代々の聖女の居室となっている。
昼でも城の影になっている時間が長く昼夜冷え冷えとしていているが、祈りの場の正面の壁には天井までの美しいステンドグラスが煌めいて静謐で美しい場所であると、王国の自慢になっている。
現在そこには聖女が1人だけで住んでいる。
毎朝一度1日分の食事を、週に一度薪や蝋燭の消耗品を、春と秋に質素な聖女の服が1枚、メイドが届けにやって来る。この仕事は表向き名誉職になっているが、ただ面倒なだけだとしたっぱのメイドが押し付けあっているので、食事抜きになるのも珍しくない。
聖女の役目は、七年に一度守護の祈りを捧げて王国を守る事のみである。
王国は内陸国だが、河、湖、泉、池、湿地といった水場が他国との国境になっており、聖女が水の神セクアルナに守護の祈りを捧げることによって、王国に害意を持った者は水を超えて入る事が出来なくなり、国民は水に関する全てで恩恵を受ける事ができる
その為、守護の祈りの日以外はほぼ放置。
王国にとっての聖女は逃げないように囲い込み七年に一度祈らせるだけで、他国からの侵略が防げ、国内が繁栄するというローリスクハイリターンの存在なので、表向きは国王よりも地位が上、歳の近い王子や王弟や王の孫と婚約させ正妃として迎え入れている。
聖女は聖女からしか生まれない。セクアルナ神に祝福された聖女からは必ず長女として聖女が生まれる。聖女は1人しか生まれない。聖女が複数の子供を産んだ時は必ず長女のみが聖女の力を保有する。と、歴史書にはある。
何故歴史書の引用かというと、もう二百年以上、聖女は子供を1人しか産んでいないからだ。許嫁となった王族は、生まれてからずっと離宮で隔離される聖女より、王国にある貴族学校や城下町を視察した時に出会った魅力的な令嬢や少女に惹かれる。
どうせお飾りの正妃は七年に一度しか顔を出さない。だから側妃を王妃代行として扱う。礼儀も社交も勉強もしていない王よりも大切な手弱女の聖女を外に出すなんてとんでも無い。
聖女は20歳前後で守護の祈り前後の年に被らない様にして結婚式を挙げる。伴侶となった王族は可能であれば毎夜離宮に通い、聖女と過ごす。聖女が懐妊すれば聖なる親子を守る為、配偶者は通いをやめ、代わりに最高の医師団が派遣される。聖女の一生に一度だけ、離宮が賑やかになる期間だ。建前ここに極まれり。
そんな目にあっていても歴代の聖女たちは文句一つ言わなかった。守護の祈りの日は王宮の仕掛けが動き、離宮の壁と城壁が開いて祈りの場が堀の向こうから見える様になる。この時、王国民は一斉に祈る。城下の人達も王宮の裏手に集まって来て跪く。聖女はその姿を見て、民の代表としてセクアルナに祈りを捧げ守護を願い神に使えるのが自分の使命だと思い込んでいる。
世間から切り離された弊害であるが、王国としては大変都合が良い。
当代聖女は変わっていた。8歳で先代聖女の母を亡くし、毎日祈っていた国の安寧を止めて語りかけにかえた。
「水の神様セクアルナ様、今日も元気です、ありがとうございます。セクアルナ様も私も楽しく過ごせます様に。いつか外の世界を見てみたいです」
母を亡くしたった1人。話し相手のいない聖女ルチルは、セクアルナ神に語りかける。白髪とアクアマリン色の目は聖女の象徴で、儚い妖精の様な美しさを持っている。
ルチルの許嫁はルチルより3歳上の王太子のティスルス・フィアンシス。ルチルが生まれた時一番歳の近いティスルスとの婚約が決まったけれど、2人は一度も会った事がない。
唯一の繋がりとして年に一度肖像画が届けられる。ティスルスは金髪にアクアマリンの目の美丈夫だけれど、人間といえば亡き母とたまにメイドを見る程度、比較する対象が一切無いルチルはこれと言った感想を持っていない。
離宮は王宮側から鍵の掛かった扉を開けると荷物を置くスペース、そこからまっすぐ進めば祈りの場。右手にリビングと寝室と浴室。左手にダイニングキッチンとレストルームがありフランス窓を抜けると庭と井戸がある。日当たりは悪いけれど洗濯物や布団も干せるし、運動も出来る。過去の聖女の伴侶は「高貴な囚人の牢の様だ」と評したとか。
それでもルチルはこの離宮と、4歳の時母の祈りで開いた時に見た王宮の裏手の城下町と集まった人しか見た事がないので、当然と受け入れて来た。
「もっと光がいっぱい入って来れば良いのにな」
庭で外を見上げれば、切り取られた青空が見える。天気の良い日はオリジナルのダンスの様な体操の様な事をする。
朝晩のお祈りと自分の為の家事しかしないので、暇なのだ。
外の世界にある物を知らないルチルは、何かが欲しいと思わない。何か、を知らないから。
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11歳になったルチルは初めての守護の祈りを行った。
この日ばかりは王宮や城下の神殿から、宮廷魔術師団や聖職者達が訪れて、祈りの場の左右にずらりと並ぶ。
ルチルも普段着の着古して洗い倒したワンピースではなく、レースがふんだんにあしらわれ、数え切れないほどの真珠が縫い付けられた、水の神の色であるアクアマリン色の儀式用のローブを着用する。
王妃直属の侍女数名が、前日から聖女を磨き上げ、やはりアクアマリンを使ったティアラやバングルやイヤリングで飾り立てる。
こうしてルチルは七年ぶりに見た城の外と、直接降り注ぐ大量の日の光を浴びて、この重い服は要らないけれどもっと外の世界と繋がっていたいと思いながら、それでも丁寧に王国の安寧をセクアルナ神に願い祈りを捧げた。
華麗な衣装と儚い妖精の様な聖女に、王国の全方向から淡い光が集まって、天に登っていく。これは守護の祈りが成立した事を表し、幻想的な光景に国民はみんな息を飲んで見守る。祈るのは聖女の仕事だと思ってて誰も一緒に祈ってないけど。
その時、アクシデントが起こった。民衆が出来るだけ近くで見ようと堀に殺到した際、前にいた少年が将棋倒しに押されて設置されていた柵を超えて堀に落下したのだ。しかし熱狂した人々と、ルチルに集まる聖なる光に紛れ、堀に落ちた少年が光に包まれて姿を消した事に気付いた者はいなかった。
「セクアルナ様、今日は疲れました。セクアルナ様も疲れましたか?お母様みたいにちゃんと出来たかな」
ルチルは届けられた夕食、具の少ない野菜スープと硬めのパンとハムの端っこを祈りの場で食べながら、正面の女神の像に話しかけている。一人きり、女神像に話しかけながら食事をとるのが、ルチルの団欒スタイル。
守護の祈りが終わって直ぐに関係者は一気に撤収したので、くたくたのワンピースでリラックスしている。
その時、女神像の周囲が光り輝き、ルチルが慌てて目を瞑り目蓋の向こうの眩しさが消えてからゆっくり目を開くと、白い髪にアクアマリンの瞳、今日ルチルが着たようなアクアマリン色だけれど余計な装飾を一切付けていないローブを着た優しげで儚げな美女が立っていた。
美女の足元には赤毛の少年が倒れている。
「め、女神様?」
「あ、うん、そうね、うんうん、毎日お祈りありがとうね☆」
変わった聖女ルチルの前に現れた女神セクアルナは、やたらと軽かった。
「それにしても王国も良くないよねー。っていうか、儀礼でもまともに祈らないもんね。この国で毎日私に話しかけてるのって、ルチルちゃんとティルス君だけよ。あ、ティルス君っていうのはこの男の子ね。ルチルちゃんより2歳上の13歳なの☆今日ね、盛り上がった人達に押されて、王宮の堀に落っこっちゃったのよねー。だから私が助けて保護してあげたの。ほら、まさに神の守護って感じ?酷いわよねー、普段は私の事忘れてるくせに、守護の祈りの日だけは一週間前から大騒ぎして、盛り上がって、ここが稼ぎどころって感じだし、で、その間位、私にお祈りするかなーって思えば、聖女が祈って守護されて当然って考えてるからしないし。ずーっと守って来たのにさ、ちょっと許せないわよねー」
「女神様、で良いんですよね?」
「うんうん、そうよ、ほら、きらきら出せるし、歩いてここに来た訳でもないでしょ?見たわよね、私が何も無い所に具現したところ☆とにかくね、私、お怒りなのよ。神の怒り」
「ごめんなさい」
「ん?何でルチルちゃんが謝るの?ルチルちゃんは毎日私に色々話しかけてお祈りも願い事もしてくれたよね。代々の聖女は、みーんな私の子供みたいに思ってるのよ?あ、私、神々の中でも独身の神だけどね、でもさ、信じてくれる人はみーんな可愛い子供達、なの♡」
何だか嬉しくなったルチルは、そっとセクアルナに近づいた。恐々手を伸ばすと、その手をしっかり包み込むセクアルナ。神のお怒り中であっても、セクアルナを信じて祈り語りかけるルチルには慈愛の気持ちしか持っていない。
「それでね、守護を始めた頃の聖女は本当に大切に扱われたのよ。王族も国民もみーんな日々、私と聖女に感謝してくれたわ。それってやりがいに繋がるでしょ?なのに、最近は私に祈るのも忘れて、聖女を道具みたいに扱ってるでしょ。だからね、もうこの国の神様やめちゃおっかなーって思ってるの☆」
「ええっ?そしたら私は今後どうしたら良いんでしょう?」
「ん?見たでしょ、さっきの神の御技を。可愛いルチルちゃんを置いていく訳無いじゃない♡もうね、この国おしまい☆終了。長い間ご利用お疲れ様でしたって感じ?ルチルちゃんとティルス君と歴代の聖女ちゃん達が可愛いかったからおまけしてあげたのもここまでーって事で」
美しい微笑みを浮かべながら話すセクアルナ。ここ飽きちゃったから引っ越ししよー、位の軽いテイストで、フィアンシスを見捨てるらしい。それを聞いた、変わり者聖女のルチルも、そっかーならいっかなー位の気持ちだったりする。だって、まともに会話できる人いないし、国民見たのも生まれて二回だけだし、外に出たいと思っていたし。
「でもねー、一応この国を守護して来た女神だからね、いきなりさようならっていうのも、神聞きが悪いじゃない。他の神様にさ、意地悪って思われるのもやだし、だからね、ルチルちゃんには後七年頑張って欲しいの。次の守護の守りの日までに、この国の人達が、毎日とまでは言わないから週に一回位は私にお祈りして、ルチルちゃんを大切にするんなら残ってあげても良いかなーって思ってるの」
「それはどうやって国民に知らせるのですか?」
「そうね、夢枕に立ったり、セクアルナ寺院を破壊したり、水辺で私の姿を見せたりしよっかなーって考えてるんだけど、どう思う?」
「ええと…」
「そうよねー、こんなとこに閉じ込められてるルチルちゃんにはわからないわよね。ほんとにごめんね。聖女ちゃん達が閉じ込められちゃったのって私のせいだから」
「セクアルナ様のせいなんて思ってません。それにお祖母様もお母様も私もセクアルナ様が大好きです」
「もうね、根本的に大問題。聖女ちゃん達がおかしいと思ってない事が。じゃあ、次の守護の祈りまで、ティルス君を匿ってあげて欲しいの。この子ね毎日私に祈ってくれたの。「いつも守ってくれてありがとうございます。亡くなった家族が幸せであります様に。自分が一生懸命になれる事が見つかります様に」って。これはもう頑張って守護しちゃうでしょ、女神的に」
「匿うのは良いのですが、ここには1人ぶんの食事しか運ばれて来ないんです」
「やだあ、ルチルちゃん。私ってば女神なのよ?神の御技でちゃーんと届けてあげる☆実はねー、砂の国と言われる国がお隣にあるの。砂漠の国なんだけど、元々は私そこも守っててね、湖と泉の跡がいっぱいあって、その国から視察団が来て水の神の私の神殿や寺院が荒れ果てているのを見てね「水の神を粗略に扱うなんて許せない」「水の大切さがわかって無い!」って言って、向こうの国内に寺院を建てて祀ってくれてるのよー。そこの供物をこっちに送るからね」
「え、でもそれは、セクアルナ様のものですし、その国の方も困りませんか?」
「私が貰うものを私の好きな様にするんだから問題ないでしょ☆それに、供物が消えたらちゃんと届いたって大喜びしてくれるわ」
うふふと微笑むセクアルナはどこまでも美しい。
と、倒れていたティルスが小さく呻いて目を開いた。そのルビー色の瞳で一柱と1人を捉えると、何度も往復して驚愕の表情を浮かべる。
セクアルナはぶっ飛んだ提案をティルスに最初から話した。2度目になるルチルが、ほぼお湯状態の出涸らしの紅茶をセクアルナの前に出すと、茶碗兼ティーカップの中に入ってた紅茶がいきなり消える。ルチルは改めて神の力に感心した。美味しくない物を食べる時に、味が分からないで済むから凄く便利だなあ、と。
結局、セクアルナ神は出現した時と同じ様に、光って消えた。靄と霞の姿消しマントと、ティルスを置いて。
離宮にはルチルの母や祖母が使っていた生活用品があったので、食器は綺麗に洗い、布団は中庭に干す。苦労して毎日水汲みをしていたルチルの代わりに、13歳の男の子のティルスは力仕事を引き受けた。ガラクタ置き場から道具箱を見つけて、壊れかけていた家具を直したり、祈りの場で普段使わない蝋燭立てを居室で使える様にする。
ティルスが作業を始めると、ルチルは頬を染めて「凄い!」と眺める。時々「近付きすぎると危ないよ」と笑顔で注意されると、さっと離れるのに、またじわじわと近づいて来る。
母以外の、それも優しく頼りになるティルスにルチルは興味津々で、ティルスは外の世界の話をねだって来る純粋で素直なルチルを可愛い猫みたいと感じていた。
セクアルナは隣国のセクアルナ神殿に捧げられた、食べ物や飲み物を毎日祈りの場の女神の像の前にちゃんと届けてくれた。時々、膝掛けや蝋燭や薬なんかもあるのは、隣国で讃えられている証拠だ。外に出た時の為にと色々な実用本も届けられる。神殿の図書室から持って来ているらしい。
2ヶ月に一度程、ルチルとティルスの前に降臨してフィアンシス王国に対しての不満を吐き出しては、愛する2人を撫でて可愛がって去っていく。
「ちょっと酷いと思わない?だーれも参拝してない神殿を雷神にお願いして、落雷で壊したのね。それでしばらくして見に行ったら、公園になってて「お化け屋敷が無くなって良かった」とか言ってんの。他の神殿跡も、商人に払い下げられてたり、貴族が買い取って別宅建てたり、挙句、『女神の娼館』なんていうのが建ってて!」
「ショウカンって何ですか?」
「セクアルナ様っ!ええとね、ルチルには一生縁の無い、一部の男性向けのお店だよ。男性向けの店に、高貴な老若男女問わない守護女神様の名前を付けたんだから、セクアルナ様に対して失礼だよね?」
「うん」
「ティルスごめんね☆」
「聞いてよー、王と王妃の夢に出て、国の代表なんだからちゃーんと毎日お祈りしなさいって言ったのに、次の日「七年に一度しか働かない女神が文句言う夢見た」とか「祈るのは聖女の仕事だ」とか言って、お祈りしないの。酷いわよねー。七年どころか、毎日水辺を守ってるってゆーのっ!七年おきなのは特別がある事によって、国民が平和とか聖女ちゃん達を大切に感じる節目だからなのに」
「そうなんですか?では今すぐ守護を消せるんですか?」
「そうよー。あ、ルチルちゃん、悲しい顔をしないでっ。約束通り次の守護の祈りの日までは、今までの祈りと聖女ちゃん達と聖女ちゃん達をちゃーんと守っていた人達に免じて守ってあげるから」
「ルチルは優しすぎるんだよ。外に出られて色々知れたら満足出来るんだろ。でもさ、いろんな事を知ったら、女神様や聖女様に対する不敬がわかる様になるよ」
「王都の中央広場の噴水の真ん中で具現化してね、神の光と共に「皆が平和を祈る心を持て」って啓示したのに、奇術だのイベントだの騒いだ挙句「やっぱり女神様はこの国が大好きなんだな。国民が幸せなのを見て喜んでるんだ」って結論に落ち着いたのよ。失礼よねー。その場で平伏しろとは言わないけどね、立ったままでいいから祈りを捧げる位しても良いのに、1人もいないの☆手叩いて盛り上がってたけど、それ神に向かってやる事と違うし☆」
「セクアルナ様、今私が国民を代表して祈ります」
「ありがとー☆ルチルちゃん大好きー☆でもね、ルチルちゃんだけ頑張らせるのはおかしいでしょ。それにね隣国の水場を浄化してあげたら、それはもう大感謝されてね、あ、これお祝いのお菓子」
「ありがとうございますセクアルナ様。セクアルナ様がおいでになるまで、ルチルはお菓子や果物を知らなかったんです!」
「そーよねー。もうそれだけで終了気分だけど、一応ね、最後まで見守る。女神が最初に決めた約束破ったらダメだもんね☆」
ルチルが16歳になって少ししてからメイド以外の訪問者があった。メイドは入り口までしか入って来ないが、訪問者は先触れの従者に聖女への訪問を告げさせてから、悠々と祈りの場に入って来た。
入り口で先触れが大声で呼びかけたので、ティルスは悠々と姿消しマントを羽織る事が出来た。
入って来たのは豊かにうねる金髪にサファイアの瞳を持ち豪華なドレスを纏った、色の白い可愛らしい顔立ちの令嬢だった。
「聖女様、わたくし、ダンスカイ公爵の娘、イフィエルと申しますの。今日はお願いがあって参りました。わたくし王太子殿下の婚約者になりまして、王太子が聖女様と婚儀をあげる時、側妃として合同婚儀を行って王室に入る予定なんですけど、わたくしとティス様は真実の愛で結ばれておりますの。聖女様は正妃となっても、ティス様と一緒にいられるのはほんの少しの間。愛し合うわたくし達に神の代行者の祝福として正妃の座をいただけませんでしょうか?聖女様でしたら、正妃だの側妃だのと言う俗世の些細な敬称などお気になさいませんよね」
ティスって誰だっけ?とルチルが首を傾げていると、姿消しでルチルの側に寄り添っていたティルスが「王太子の名前」と囁く。ああ、ティルスとちょっと音感が似てるかなーと思いながら黙っていると、イフィエルが小さく笑って「本当に何も知らないのね」と呟いた。
最後には「私達を祝福していただき感謝致します。ティス様にもお伝え致しますわ」と決め付けて去って行った。
イフィエル一行の姿が見えなくなった瞬間、怒り狂ったティルスの祈りにより急遽お供えワイン持参で降臨したセクアルナ様と、1人と一柱不満爆発飲み会開催。祈りの場は女神の加護に包まれているので、それはもう物凄い罵倒を喚き散らしても外に漏れないし、ルチルの為にジュースも用意されていた。流石神。
当事者のルチルは肖像画でしか知らない王太子が誰と結婚しようがどうでも良いけど、元気に騒ぐ女神様とティルスが見られて笑顔になり一柱と1人に撫でられまくった。
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ルチルも18歳になって、一週間後には守護の祈りが行われると王室から通知があった。その日の夜、セクアルナ神が現れて今後の予定を嬉しそうに発表した。
「お引っ越しけってー☆」
「王様も司祭様もダメだったのですか?」
「全滅☆だったわね。公爵の娘にも「王妃の座を得たいのならこの国の守神に祈りなさい」って夢で言ったのに、王子とデートに行ったり王妃様に媚びたりする時間はあるのに、起きてすぐ言った言葉が「祈りは聖女の義務なのに間違えて私の夢に出るなんて鬱陶しいわ」ですって。酷くない?それとね、次の守護の祈りの後、王子と側妃ルチルちゃんの婚儀をするって。婚姻の書類だけでね!絶対許さない!」
「本当ですか、セクアルナ様っ!何て奴らだよ、王妃でなくて、しかも式もしないとか。ルチル、大丈夫か?」
「別に王子は好きでも嫌いでも無いのでどうでもいいです。ただお祈りする人が誰もいなかったのは悲しかったな」
「もうっ、ルチルちゃん優しすぎ、大好き♡でね、明後日にはアホ王子とダメ令嬢が、ここに来て王妃としての婚約破棄を告げに来るらしいわよ。あのアホとダメは「真実の愛を確かにする為、婚約破棄を直接してやる!」とか言ってたから」
心底呆れた様なセクアルナ、最早無表情を通し越して埴輪の様なぼんやりルチル、激怒しながらも優しくルチルを抱きしめて撫で続けるティルス。
「今すぐお引っ越ししても良いんだけど、どうしたい?ほんとはね、守護の祈り当日にぶちかましてやろうと思っていたんだけど、可愛いルチルちゃんにわざわざ嫌がらせの婚約破棄するのを許すのも嫌だわ」
「俺、殴りつけてしまうかも知れません」
怒りながらワインを空ける一柱と1人を見ながら、首を傾げて考え込んでいたルチルが口を開いた。
「セクアルナ様、どうやって私を連れ去るおつもりだったのですか?」
「ほら、守護の祈りの日って、ここの壁が開くじゃない?そしたら私が出現して、「私に祈る者がいない国に私の聖女はおいておけない」とか言って、ルチルちゃんを抱えて隣国まで虹の橋かけて、ばーって飛んでっちゃおっかな☆って。そしたら驚くみんなの顔も見れるし、失ったものがはっきりわかると思うのよね」
「ではそれでお願いします」
「でもルチル、王子とあの女にバカにされるんだぞ。そこまでされる理由が無いだろ」
「王子はどうでもいいです。こっそり出て行って捜索される方が嫌です」
「そうねー、ルチルちゃんが我慢出来るんならその方が良いわ。この国が見捨てられたってわかるもん☆」
「俺は嫌だ」
「ティルスちゃんはわがまま言わないの♡あなたにはすっごく重要な仕事をして貰うんだから」
セクアルナ神は重たそうな金貨いっぱいの皮袋と、長いローブを取り出した。
「先に脱出して貰いたいの。先ずはその女性用のワンピースの代わりに男用の服を買って着替えてね。武器は使えるかしら?」
「教本を見て木の棒を振ったりはしてたけど」
「うんうん、やってないより断然良いわ。シンプルな剣と小さな馬車と携帯食を買って、隣国シャルクートの方向へ走ってね。無理はしちゃダメだぞ☆ルチルちゃんと合流してからが本番なんだから。守護の祈りの日になったら朝から誰もいない場所で待ってて。このローブには私の守護があるからずっと羽織っておいてね」
「わかりました。ルチル、セクアルナ様がついていらっしゃるから安全だけど、合流まで君の事を心配する事だけは許してくれる?」
「心配ないから大丈夫。先に出るティルスの方が大変だもん。気をつけてね」
「うん、僕がいないと寂しい?」
「ちょっと寂しいかも。でも大丈夫」
ルチルの頬を両手で包みながらアクアマリンの瞳を覗き込んでいたティルスはしょんぼりした。
「はいはい、もう出ちゃおうね☆姿消しのマント着て。ルチルちゃん、じゃあまた後でね♡」
ティルスの手をルチルから引き剥がし、一緒に消えるセクアルナ。
残ったルチルは、ちょっと寂しいなと思った後、ティルスの使っていた物や本をかまどでどんどん燃やした。自分がいなくなった後、何かヒントを得て追いかけられたら困るから。
「聖女ルチル、今まで聖女は七年に一度祈るだけで王妃という地位について来た。しかし、王妃の役割を一切出来ない者を王妃として認める訳にはいかない。私、ティスルス・フィアンシスと聖女ルチルの婚約を破棄させてもらう。お前がこんな場所に閉じこもっている間、公爵令嬢イフィエルは辛い王妃教育も受けて来た。その功績を認め、イフィエルを王太子妃とする婚約を結ぶ事を今ここで宣言する」
「ティス様、七年に一度は国民の為に守護の祈りを捧げている聖女様と、ただ婚約解消してしまってはかわいそうですわ」
「イフィは本当に優しいな。ルチル、イフィの慈悲に感謝するのだな。聖女という立場と、イフィに免じて側妃となる事を許可しよう」
「ごめんなさい、聖女様」
セクアルナ神に予告されていた、すっとこどっこい劇場を無表情で眺めていたルチルはもう終わりかな?と首を傾げた。早く帰ってくれれば良いのに。帰ったらセクアルナ様とティルスの幸せを祈るし。
すっとこどっこい劇団の2名は、ルチルが思った様な反応をしないので消化不良状態に陥った。泣きながら縋られたり、怒って情けない姿を晒す筈なのに、黙ってケロっとしているなんておかしい。至高の王子に婚約破棄をされ高貴な公爵令嬢に奪われる。その聖女の絶望を嘲笑ってやろうと思っていたのに。
それ以前にこんな場所に閉じこもっているのではなく、王家が閉じ込めているのだが、このすっとこどっこい劇団は舞台設定を無視している。根本的にダメだ。
「何か言いたい事は無いのか?最後に聞いてやろう」
「欲しいものがあったら恵んで差し上げるわ」
「何も要りませんし、お話の内容はわかりましたので、お帰り下さい。午後のお祈りをしますので」
ティスルスは激昂して手を振り上げた。そのままだったらルチルは殴り飛ばされていたに違いない。が、ティスルスの護衛がその手を止めた。聖女が殴られようが蹴られようが普段なら止めなかったが、今日はまずい。
「殿下、4日後には守護の祈りが行われます。その後ならいくら打擲しても構いませんが、今はいけません。怪我が見えるところに残ったら大問題です。見えなくとも、まともに動けなくなったら困ります」
「う、確かにな。聖女、覚えておくがいい。私はお前の主人になるのだからな」
護衛に制止された事に憤りつつも、今は我慢するしかないと納得したティスルスは、ルチルを改めて頭の天辺から爪先まで眺め、儚げで華奢な妖精の様な美しさに気が付き、婚儀の後に出来るエロい事を考えて溜飲を下げた。もうこの国はダメだ。既にダメだったけど、完全にダメだ。
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祈りの場は派手派手しく飾られていた。頭が元々不自由な上ハッピーセット状態のティスルスが「守護の祈りと結婚式を同時に行いましょう」と国王にねじ込んだ結果が、派手な装飾とみちみちと詰まったお偉いさん達である。
本来なら「国の一番大切な儀式と一緒に行うとは何事だ」と諫めるべき国王が「国の重鎮を集める手間も減るから経費節減になるな。流石、我が息子はよく考えておる」と承認したのだからどうしようもない。
女神の祭壇に恐れ多くも聖教会の十字架を掲げるという、暴挙について、聖教会の司祭達は「フィアンシス国の国教は正教会であって、水神は防衛の為の下部組織だからな。もはははは」等と考えているのでこれでオッケー、寧ろ女神の像を地べたに置くか横に避ける事も検討してた。
そんな混沌とした祈りの場で王と王妃が守護の祈りの開始を宣言する。次は正装のルチル入場となる筈だが、白地に金銀の刺繍をしたテールコートのティスルスが入場、次いで、シャンパンゴールド宝石縫いつけまくりのウェディングドレスを纏い、祭壇から入り口までの長いベールを被ったイフィエルが父の公爵にエスコートされて入場。守護の祈りの祝福の光を浴びて、祝福されし王太子とその妃爆誕とする予定だ。イフィエルは脳内ハッピーピンクで、エロ成分多量のティスルスはエロピンク。
最後に聖女の正装を纏ったルチルが入場する。全身ゴテゴテのイフィエルの身支度にメイドがかかりきりになったせいで、ルチルはただ正装を着ただけで化粧もせず髪も自然に下ろしているだけ。清楚な美しさが人々の目を集める。
ルチルが祭壇の前に跪くと、ゆっくりと光が集まってくる。ここまでは前回と同じだった、が一気に強い光がルチルを取り巻いて、直ぐに消え去った後には、ルチルをぎゅっと抱きしめた白い髪にアクアマリンの瞳セクアルナが降臨していた。
「そなた何者だ⁈皆のものこの不審者を捕らえろ!」
「やっだー、守護神もわかんなくなっちゃってる王様とか最悪☆でも私、優しい神様だしもう会わないから許してあげる♡」
「王様、体が動きません!」「私もです!」「私も!」
「長々数百年に渡るご愛顧ありがとうざいました。可愛い聖女ちゃん達を通じて守護して来ましたが、私だけでなく聖女ちゃんも大切に出来ないフィアンシスから、わたくし水の女神セクアルナの加護終了とさせていただきます。全然祈ってくれない今後のフィアンシスの繁栄をお祈りしません☆別に祈らなくても良いって思ってたんだから、それでいいんだよね☆それから、毎日私の幸せと感謝を祈ってくれてたルチルちゃんは連れてくね♡だって、聖女は祈るだけの役立たずなんでしょ?ま、私がいなくなっちゃったら祈る相手もいなくなっちゃうしね」
ここまでアルカイックスマイルを浮かべつつ、話していたセクアルナ神は一変して凍りつく様な真顔になった。
「ここまで私の代行者の聖女ちゃんたちを、監禁して粗末な衣食住しか与えないで軽んじてくれた事、絶対許さない。私は2度とこの国には戻らない。王家だけでは無く、貴族も、平民も、半年間警告して来たが何も変わらなかった。今後聖女を利用しようとするのであれば、私の守りでその者に呪いが降り掛かる事を心せよ」
ペキペキという音と共に、祈りの場が凍りついていく。同じくして、全方向から女神と聖女に光が集まり、その光が消えた時聖女の正装とアクセサリーだけが抜け殻の様に床に落ちていた。
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「お待たせー☆」
「ルチル無事だったんだね!」
「ティルス君、抱きつくのは後、ルチルちゃんはワンピースの上にちゃんと服を着て、隣国目指してしゅっぱーつ」
セクアルナに導かれたルチルとティルスは、隣国砂の国シャルクートのオアシスに到着した。オアシスの中央には生活空間のついた神殿が建っていた。「ここで暮らして良いからね☆引っ越したくなったら引っ越しても良いよ☆だけど私の事は忘れないで欲しいな♡」と言ってセクアルナは消えた。
数日後、シャクルート王家からの招待があり、聖女ルチルとその従者は大歓迎された。セクアルナが王の夢枕に立ってから女神の神殿を建立し、祈っていたら砂地が少しずつ大地に変わり、オアシスが増えたという。そして、オアシスの神殿に女神から祝福された聖女が現れる啓示を受け挨拶の為にお越しいただいたと王は説明した。
「セクアルナ様から言われているのは、聖女が自由に過ごしていただける事、年に一度感謝を祈っていただく事だけだ。それ以外に欲しいものがあれば教えてくれ」
「私達は、お祈りが出来て、街に遊びに行けて、勉強したり苦労したり出来れば幸せです」
「苦労しても幸せなのか?」
「ただ楽ばっかりしていると人間ダメになるって知ってますので」
「そうか、そうだな。王だって苦労の連続だぞ」
豪快に笑うシャルクートの王は「嫌かも知れないが護衛だけは付けさせてくれ。女神の聖女をみんなが守りたがっているのだ」といたずらっぽく笑った。ルチルとティルスは顔を見合わせてから満面の笑顔で了承した。
その後、恋愛に全く縁が無かったルチルをティルスが日々口説き、夜討ち朝駆けて甘い言葉を囁き、手を握ろうが肩を抱こうがケロッとされていた所から、頬を紅潮させ子山羊の様にぷるぷる震えクーデレになる迄暫く掛かったがそれは別の話。
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「ちょっとルチルちゃん匿って!」
「セクアルナ待ってくれ!」
ルチルを膝の上にのせあちこちにキスをしていたティルスは、氷室に入れ忘れた生肉を見た時の様な顔になった。
セクアルナを麦わら色の髪に薄茶色の瞳をした美形が追って、神殿に飛び込んできたと思うと、ぐるぐると追いかけっこを始める。
「どなたですか?」
「私は砂の神、ミクトラン。セクアルナの恋人だ」
「「えーっ!」」
「元々私達2人でこの大陸の大地を守っていたのだが、少々不都合があってな、喧嘩別れしてしまったのだ」
「ミクトランが花の女神と浮気したからでしょーっ」
「違うっ、誤解だっ!君がいなくなって寂しくて国が砂だらけになった程だ!」
「誤解する様な事するのが悪いんでしょーっ!砂だらけになったのはミクトランの習性だしっ☆」
「あの、言いにくいのですが、夫婦喧嘩は外でお願い出来ませんか?もうちょっとでルチルがプロポースを受け入れてくれそうなんです」
「「そうなのっ?」かっ?」よしわかった「わ」頑張れよ」ってね」
砂の国シャルクートは、砂漠に眠る鉱物等を今まで通り活用しながら、灌漑事業と緑化も進んで平和まっしぐらである。
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フィアンシス王国は危機に瀕していた。
守護の祈りに頼りすぎ、騎士団は王宮を守る最低限、貴族も領地とタウンハウスを守る程度の護衛しか持っていない。水の女神の恩恵で潤沢に使えた灌漑用水も、大部分適当な措置のみだったので行き届かなくなり、水源に適度に降っていた雨も減り、地盤の悪い所に建てても守られていた家は押し流されたり、沈んだりした。
国を守護していた女神に見捨てられた、という噂は瞬く間に近隣諸国に広がり国の中枢部は侵略に怯えていたが、水棲モンスターも出没するし、生活用水はおざなり、開墾も適当で上手く行ってたからぐっちゃぐちゃ、国民もローリスクハイリターンに慣れたフィアンシスに手を出す国は無かった。だって、聖女を拉致監禁する王や貴族や信仰心も無い怠け者を統合、それなんて罰ゲーム?
エンガチョな国フィアンシス。
当然穀物の収穫量、畜産の生産量、淡水魚の漁獲量も軒並み駄々下がり。
御前会議では激しく責任の押し付け合いが繰り広げられる。
聖女と婚約解消したティスルスが一番叩かれるが、イフィエルも悪いし、王も公爵も悪い。女神の話からすれば、感謝を忘れた国民全員が悪い。
「父上!私が責任を持って聖女を迎えに行きます」
「陛下、王妃様、父上、私も殿下を支える為に聖女様を説得致しますわ」
会議で叩かれるのに疲弊したティスルスが奏上する。イフィエルだって置いて行かれて「傾国の悪女寝取り王太子妃」と叩かれたく無いのでひしっとティスルスの腕にしがみつく。
王家の豪奢で立派な馬車でシャクルートに向かえば、デカくて重い馬車の車輪が、泥濘に沈む沈む。お付きの騎士もうんざりしながら数え切れない程馬車を引き上げて到着したシャクルート国境は、砦と左右に広がる高く長い城壁で遮られていた。
「フィアンシス王太子ティスルス殿下の到着だ。門を開き、砦の代表者は速やかに挨拶に出ろ!」
「えー、無理ぃ☆ミクトランも言ってやってー☆」
「任せておけ、そして俺に惚れなおせ」
「どーしよっかなー☆考えとくー☆」
「私は砂の国の守護神ミクトランだ。そして過去フィアンシスの守護神だったセクアルナの夫でもある」
「まだ結婚してませんー☆」
「今はちょっと黙っていてくれ。こちらにも都合がある」
「わかったわ、そうよ、私達ラブラブなのー♡」
「妻のセクアルナを愚弄し、愛し子聖女を粗略に扱ったフィアンシスを我々は決して許さない。今後フィアンシスの民は誰であろうと受け入れない。今すぐ立ち去らぬのなら、フィアンシスを砂漠に変えてやる!」
「やだ、今のかっこいい♡10ポイント」
「だろ?」
砦の城門の上で、えっへんと胸をはる神々。言葉は軽くアホっぽい。けれど、有無を言わせないオーラが漏れまくりである。
慌てて馬車を戻した王太子夫妻は、責任を押し付けあいながら帰路についた。
その後、聖女を監禁し女神に見捨てられた罪で王族は放逐。というか、民衆の殺気がヤバかったので必死に逃げた。王族という捌け口がなくなって殺気が貴族に向いたので貴族も必死に逃げた。贅沢に慣れきっていた彼らは衰弱して倒れたり、今更涙を流して祈ったり、慣れない労働に苦しんだ。
八つ当たり先を完全に失った民衆は、喧嘩や闘争が増えたものの、このままじゃいけないと考えた一部の者達が集まって、まともな村がぽつぽつと出来ていく。何とかやり直していけるだろう。
ティスルスはイフィエルと自給自足で隠れ住んだ。王太子夫婦とわかったら、何をされるか分からないから。
女神を敬っていたら。聖女に敬意を払っていたら。聖女ともっと話をしてお互い分かり合えていたら。王妃の座を奪わなかったら。
流民の様な姿になった2人は毎日相手に不満をぶつけ合い、それでも1人では生きていけないから、悔やみながら必死に生きていく。