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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アカペラ先生 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おーっす、つぶらや。どうだ、生きてるか?

 6月ももうじき終わりだが、どうにも連日暑い日が多くて参っちまうよな。こんな時は水をがぶ飲みしたいところではある。でも、一気にガバガバ飲んだところで、腸には十分に吸収されず、下から出ていくばかりらしい。喉が渇きを覚える前に、くぴっとひとくち。こいつが長持ち、健康の第一らしいんだぜ。

 そういや学生諸君は、あと一ヶ月足らずで夏休みに突入だな。知ってるか? 最近の学校って二学期制になったところが多いせいか、8月31日がラストって学校、少なくなっているらしいんだぜ。それどころか、地域によっては30日に満たない長さしかないって話だ。

 それらの休みを告げる終業式。これまた一種の儀式のようなものだと俺は思う。全校生徒が一同に介して、校長先生の話とかを聞き、休みに備える。学校もまたコミュニティとして、たださないといかんところだろうな。

 お、そうそう、学校の式といったら、俺の通っていた学校でもちょっと奇妙なことがあったんだよ。時間があるなら、聞いてみないか?


 俺たちが中学生の時の、音楽の先生についてだ。式を行う時の校歌の伴奏は生徒がするんだが、音楽の先生は別にやることがある。

 歌うんだ。アカペラで新旧を問わず、有名な歌を生徒の前で熱唱する。話によると、過去にのど自慢大会に出場したとか、オペラ歌手を目指していたんだとか、

 俺たちの入学式でも、その時に人気だった映画の主題歌を歌ったっけなあ。みんな聞き入っていたけれど、俺にとってはうざったいアピールにしか思えない。人知れず自分の力を振るい、善行を働くのが正しい道だと信じていた当時の俺。その目から見れば先生は、薄汚い自己顕示欲の塊で、忌むべき存在でもあった。

 

 式が終わった後、各々の教室へ戻る途中でも、何人かは先生の歌の上手さに触れていて、俺としては面白くない。不機嫌さを隠さないまま黙々と歩く俺の肩を叩いてきたのは、ちょっと前に話すようになったクラスメート。


「なあ、あの先生、見かけは上手かったけどな。一カ所だけ、音を外していたぞ」


 彼はピアノの心得に加えて音感があるらしくて、わずかな音の違いでさえはっきりと感じ取れるとのこと。どうやら彼としても、「音を外しておいて、さも自慢げに歌うのが気に食わない」といったところだったようだ。

 あの先生の落ち度が聞けて、多少の溜飲は下がるが、自分以外の他人の実力も素直に評価したくない年頃。この音が外れているのを見抜くこいつ、それを俺にこっそり伝えてくる態度もまた、俺をわずかだが不快にさせるものだった。


 やがて新年度の授業が始まり、音楽室へ通うようになると、俺は早めに教室を移動するよう心がけた。音楽の先生の落ち度とやらを、自分でしっかり確かめたい気持ちでいっぱいだったんだ。

 生徒が集まるまでの間、先生はピアノを弾いているか、式の時のようなアカペラで歌を歌う。クラシックから最近のアニメの歌まで網羅していて、見ている番組のものが来ると、ちょっと「おっ」としかけてしまうが、そこは我慢。聞き慣れた曲だからこそ、突っ込むべき箇所がわかりやすいというもの。

 一ヶ月近くかけて、ようやく俺にもはっきりとした音外しが実感できる。ほんのワンフレーズだったが、音が上がるべきところで上がらず、逆に下がっている。

 俺は、とうとう先生の落ち度を掴んだぞと、いい気になることができた。


 ――所詮は一般人レベル。いい気になってんなよな。


 ようやく心の中で蔑むことができて、俺は胸の奥がむずむずしたよ。


 だが、俺は満足という言葉を知らなかった。それからも授業の前後に音楽室へ張り付いて、先生のミスを聞きたがったんだ。

 インターネットの掲示板で、お気に入りのスレッドに張り付いて動向を探るのと、ほとんど同じ心持ちだ。炎上とまではいかなくても、当面の祭りは過ぎ、小康状態でちまちまと進んでいくレスたち。何かしら新しい燃料がくべられるんじゃないかと、気が気じゃない。


 ――もっとミスが知りたい。優秀な歌い手であるとかいう、化けの皮をはいでやりたい。

 

 音楽の授業のたび、いつもそう思っていた。時々、生徒にピアノを触らせて演奏させる時もあるが、俺にとっては非常に迷惑。先生はその間、歌ってくれなくなってしまうからだ。

 じっと機会を待つ。ただ歌ってくれるだけじゃなく、俺自身が熟知している曲じゃないといけない。俺にはあのクラスメートのような音感はないんだ。家のプレーヤーで何度も聞いたものじゃなけりゃ、判断ができなかった。

 時期はもう7月に入っている。うちの学校では、夏休みが明けてからの最初の大型イベントが合唱コンクールに当たる。スムーズな練習に移行するため、この時期からすでに自由曲、指揮者、伴奏者の選出が行われた。

 指揮者は俺。伴奏者は件のクラスメート。立候補で即決した。

 この二人は夏休みに学校へ来て、音楽の先生の指導を受けることになる。つまり、あの生徒達のピアノいじりに邪魔されず、先生の歌が聞ける可能性が増すわけだ。

 伴奏者のあいつも、俺の立候補を意外に思っているみたいだった。もちろん、俺の裏の目的に関しては、こいつにも教えるつもりはない。

 

 そして練習の初日。俺は指定された時間よりもだいぶ早めに、学校を訪れていた。クラスメートには現地集合でと伝えたから、邪魔をされる心配はないだろう。開放されている昇降口から屋内に入る俺。足音を忍ばせるために、上履きは手に持ったままで、履かない。

 音楽室は4階。グラウンドを使う部活の音が響く1階。若干、音が小さくなって、人の気配がない2階。そこを通り抜けて3階の踊り場へ着いた時、音楽の先生の歌声が聞こえてきた。

「やっぱ予想通りだ」と、俺は小さくにやけながら、引き続き抜き足差し足忍び足。距離が近づくにつれて、先生の歌っているのが、俺のはまっているアニメの主題歌だということに気がついた。オリコンチャートでも数週間、一位を突っ走ったはずだ。

 こいつだったら耳が腐るほど聞いているし、俺自身もカラオケで高得点を叩き出したことがあって、自信のあるものだ。


 ――とうとう本格的に、俺がダメ出ししてやる機会、来る?


 にやけ面が治らない。3階もまた人の気配なし。このまま4階へ上がっちまおうかと思ったが、踊り場でふと足を止めた。


 音楽室は階段を上り切って、右折。二番目の教室に当たる。たどり着くには、俺が上がってきた階段か、廊下を挟んで反対側にある階段を上ってくるしかない。

 その廊下の向こうから、足音が聞こえた。クラスによって練習日はずらされているから、音楽室に用があるとしたら、俺かクラスメートの二人しかいないはず。「さては、あいつも早く来たクチか」と思いかけたが、すぐ違和感を覚える。

 トン……トン……。

 足音の間隔がおかしい。あいつだったら漫画風に表すと「タッタッタ……」のはずだ。なのにこれは何か、あえて片足だけで「けんけん」をしながら近づいているような気がする。

 一音ごとにはっきり大きくなるのを聞くに、かなりの歩幅だ。ほどなく音楽室のドアが開いて、中へ入り込む気配がした。なのに先生は歌を歌うのをやめない。もしあいつが来たのだったら、歌うのを止めて声を掛けるくらいするだろう。だが、入った奴も入った奴で「こんにちは」や「失礼します」の一言もない。


 ――もしかして、俺たち以外の先約がいるんじゃ……?


 そう感じた時、目の前の景色が一歩分だけ、「後ろへ飛んでいった」。

 信じられないことに、俺は勝手に階段を一段上っていたんだ。一歩、更に一歩……意思を無視して、どんどん足が音楽室へ進んでいく。

 歌は止まない。ちょうど二番のサビへ入ったところだ。相変わらず、音を外す箇所以外は上手かった。そしてここに至るまで、先生の歌い方にミスはない。その上、いつもにも増して熱が入っている。

 俺の足は止まらず、ついに音楽室の一歩手前へ。ふと顔を上げると、反対側のドアの前に人影が立っていた。そいつはドアに手をかけ、俺よりも先に部屋へ入っていったが、俺は自分の眼を疑ったね。

 そいつ、うちの学校の制服を着ていたんだが、半袖のワイシャツからは、右腕が出ていなかったんだ。


 俺の手が勝手に戸を開ける。こちらを向いて歌っていた先生は、「ぎょっ」とした顔で口をつぐんでしまう。俺の右手、いつも授業でクラス一同が並ぶひな壇の上が、大勢の奴らに埋め尽くされていたんだ。

 そう「奴ら」だ。人間とは思えなかった。俺に向かって一番手前に立つ、ワイシャツだけを身につけた一本足の影。その奥には一段の上に四足で器用に這いつくばるもの。カトンボが何倍にも大きくなったもの……。

 それらがまばたきしたとたん、ぱっと消えちまったんだ。とたん、俺も釣っていた糸が切れたマリオネットのように、へたり込んでしまう。だがひな壇には、奴らがいたところにほんのりと黒いシミが残っていた。


 クラスメートが来るまでの間、俺は先生から話を聞く。音を外して歌っているのは、先生自身も承知の上だったようだ。

 先生はある日から本気で歌を歌うと、あいつらを招いてしまうことを知っていたようだ。どんな歌に変えても、自分の歌声自身に問題があるのか、音程をあえてはずすことでようやく収まったそうだ。

 だが歌をしばらく聴けないと、あいつらは機嫌を損ねるらしい。俺たちが見ていないところで起こる校舎の損傷などは、あいつらの仕業のこともあるのだとか。放っておいたら人に危害を加えるかも知れず、生徒のいない時間に呼び寄せ、聴かせているようだ。

 俺たちの前でするのは、あいつらのご機嫌を取りつつも、俺たちに近づきすぎないようにする、おまじないも兼ねるとか。


「君、短いスパンで歌を聴き続けていたでしょ? もしかしたら不完全なものとはいえ、あいつらに近づいてしまっているのかも」


 俺はそれから、先生の歌声につきまとうのはやめたよ。



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