第10話:フルグール孤児院-5
「さて、そろそろ捜査再開と行くか。クロ」
「はい、ご主人様」
俺は立ち上がると、クロを連れて孤児たちの死体が並べられているフルグール孤児院の庭に向かう。
俺たちが動き出したことで休憩が終わりだと判断したのだろう、ネーメ、ディックたち、衛視たちも集まってくる。
「それで、これからどうするんだ?親友」
「そうだな……まず衛視たちは聞き込みを。この成人女性については孤児院の外の人間だろうから、誰か顔見知りや家族が居るはずだ。それと不審な人物がいなかったのかも一応な。探してみてくれ」
「分かりました」
俺は衛視たちに周囲での聞き込みを命じ、衛視たちはそれに従って動き出す。
「ネーメは埋葬の準備を」
「荷車と人手、それに墓穴の手配ね。分かったわ」
「ディックたちは俺の検死が終わった死体から順に、ネーメが連れてきた荷車に乗せてくれ。それまでは休んでいて構わない」
「分かった」
ネーメがディックの従者の一人を連れて、フルグール孤児院の外に出て行く。
ディックたちは……休んでいていいと言ったのだが、休まずに俺の検死もどきを見るつもりであるらしい。
見ていて楽しいものではないと思うのだが……まあいいか。
「で、親友は今回の犯人を現時点ではどう見てる?」
俺は死体を運び出す前の状態を記した羊皮紙を魔糸を使って再び空中に固定すると、一番小さい子供の死体の傍で屈む。
「犯人は少なくとも5人か、6人。うち一人は糸使い、それも射出系だと判断してる」
この子供は孤児たちの部屋の通気口から逃げ出そうとした。
だが、赤子すら通れないような通気口を通れるはずもなく、犯人の一人によって後頭部を堅い何か……こん棒のような物で殴られ、死んだようだった。
凹みの角度から犯人は恐らく右利き、一撃で頭が大きく凹んでいるところを見ると、体格もそれなりにあるだろう。
「どうしてそんな事が……?」
検死と言う知識がないクロには俺がやっている事が不思議な物、あるいは冒涜的な行為に見えているかもしれない。
だが、止めはせず、疑問を呈するのは、俺の事を信じてくれているからだろう。
ならば、俺はその期待に応えなければいけない。
「死体の傷口だよ。それを見れば、犯人がどんな凶器を使って、どんな風に相手を殺したのかは分かる。俺みたいな素人でもな」
「傷口……」
「切ったような傷ならナイフに剣、割られたような傷なら斧、殴られた痕ならハンマーやこん棒、刺されたような傷ならレイピアか槍、ってな感じにな。使われた道具によって生じる傷口が違うから、そこから使われた凶器が違う事が分かる」
俺は一人目の記録を終えると、二人目の検死に移る。
この少女は……ナイフで背中側から心臓を一突きか。
髪の乱れ具合や死体の状態を考えると、逃げ出そうとしたところを後ろから押し倒されて、そのまま、と言う流れだな。
それと……まあ、この人数を殺してみせる連中ならこうなっているよな。
「で、傷口の角度から相手が右利きか、左利きかも分かる。真上から真下へ振るのは案外難しいし、常にそれが出来る状態でもない。現場との兼ね合いもあるが……まあ、9割がたは当てられるよ。だいたいの身長もな」
「利き手と身長も……」
三人目、剣で正面から左肩から右わき腹に向けてバッサリ。
近くにナイフが落ちていたから、抵抗を試みたのだろう。
「そして、この手の強盗は止むを得ない理由がない限り、複数の武器を携帯したりはしない。普通の人間が幾つもの武器を扱う事なんて出来やしないし、そんな金もない。だから、推定される凶器と利き手、身長が明らかに一致しない死体の数は、そのまま犯人の数に繋げていい。少なくとも敵を少なく見積もる事だけは防げる」
「凄い……ですね……」
四人目、広間に居た子供で、全身めった刺しの切り刻まれに、踏みつくされ。
俺の目と知識では死因の判別は不可能だが、恐らく孤児院長が殺された直後に訳も分からず複数の強盗によって同時に攻撃されて殺されたのだろう。
その後、奥に進む強盗たちに死体を踏み荒らされたのだ。
「とは言え、俺は最初にも言った通り、所詮は素人だ。この情報は確定情報ではなく参考情報に留めておくべきだろうな」
「参考情報に留めておくべきと言う意見には賛成するが、親友が素人と言う話には同意しかねるぞ。親友が素人ならば、この国には素人しか居ない事になる」
「それでも俺は素人だ。検死と言う概念を知っていて、経験則から導き出しているだけで、きちんと学んだわけじゃない」
「概念すら知らないのが大半なんだがなぁ……まあ、親友にとってはいつもの事か」
俺はクロとディックの二人と会話しつつ、検死を続けていく。
そして、検死の結果を羊皮紙に記していき、表の形でまとめていく。
なお、ディックは俺を素人ではないと言うが……やはり俺は素人だろう。
前世の知識のおかげで検死と言う概念を理解しているだけで、方法は素人そのもの、前世の警察が見たら失笑ものの捜査をしているに違いない。
「で、問題は孤児院長の死体だな」
「首の右半分が切られていますね。槍や剣ですか?」
「いや、違うな」
やがてネーメが荷車と人手を連れて来て、検視を終えた死体が運び出されていく。
彼らの死体は王都の外にある共同墓地と言う名の大穴に運ばれて行き……捨てられる。
身寄りもなければ財産もない人間の埋葬に貴重な薪も時間も人も使いたくはないと言う事だ。
これについては俺にはどうしようもない。
クロも分かっていて、目を瞑り、悔しさを噛み締めている。
「傷口が綺麗すぎる。剣や槍ならもう少し傷口が乱れる。それと傷口の組織の傷つき方からして背中側から刺突の形で攻撃されている」
「ほう……」
「そして背後から槍や剣を用いた刺す方法で襲うなら、首ではなく心臓か腹、一歩譲っても頭であり、少なくとも首じゃない。好きな場所を狙える不意打ちの一撃目なら猶更だな」
「なるほど……」
「何よりおかしいのは、首の骨までもが一度の攻撃で切断されかけている事。普通の刃で首の骨を切れる腕前と武器があるなら、そのまま首を切断してしまった方が早い。つまり、やらなかったではなく、出来ないと捉えるべきだろう」
俺は傷口を指差すと、懐から取り出した拳一つ分程度の刃を持った二本のナイフを魔糸で操って、孤児院長の死体の傷口を少しだけ開く。
そう、本当に綺麗な傷口だった。
刃自体が薄く、鋭いものでなければ、こうはならない。
少なくともヨル・キート王国で一般的に使われているようなナイフや剣の厚みでは、こうはならないだろう。
それこそ前世で言うところの刀や包丁に類するような刃物が必要になる。
だが、それならば刺突と言う傷口と首と言う場所がおかしい。
「魔糸を使わなければ生じない傷口って事か」
「俺の知識外にある方法が使われたのでなければ、そう言う事になるな」
だから俺は今回の事件に糸使いが関わっていると判断した。
最初に孤児院長の死体を見た時点で。
「凄いです……ご主人様……」
「「「……」」」
と、此処で俺は気づく。
クロが何か感動したような目を向けているのと、ディックの従者たちが何処か恐れおののくような目で俺の事を見ているのに。
「いや、全然凄くないだろう。これくらいきちんと見て調べれば、誰にだって分かる事だ」
俺は事実を告げる。
「クロエリアだったか。親友の謙遜は真に受けるな。コイツは学生時代もここ一年もこんな感じだったからな」
「はい、分かりました! ディック様!」
「おいこら、ディック。ウチの従者にデタラメを……」
「デタラメじゃなくて事実でしょう。ウチに初めて来たときからトンデモだったわよ。アンタは」
「ネーメまで何を……」
告げたが……何故か昔からの俺を知っているネーメとディックがクロの味方になってしまっていた。
訳が分からない。
「アストロイアス様。聞き込みを終えてまいりました」
「分かった。はぁ、孤児たちに祈りを捧げたら、話を進めよう」
俺は共同墓地に運ばれていく孤児たちの死体を見送ると、話を進めることにした。
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