表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/66

第1話:プロローグ

「ご主人様、お茶が入りました」

 少女の言葉と共に芳しい香りを放つ琥珀色の液体が入ったカップが俺の前に差し出される。

 俺はマナー通りにカップを手に取ると、その香りを楽しんだ後に適温の液体を口に入れて味わい、喉の奥へと進める。

 ああ、実に美味しい。

 喉を潤すだけでなく、冷え切った気持ちまで温まる思いである。


「お茶請けは王都で今、話題となっているクッキーです。ネーメリア様から頂きました」

 少女の言葉と共に今度は皿に乗せられた三枚のクッキーが俺の前に差し出される。

 なので俺はカップを置くと、クッキーの一枚手に取って口に運ぶ。

 そして、適度な硬さを有するそれを前歯で噛み割り、咀嚼する事で味わう。

 ああ、こちらも実に美味しい。

 豊かな小麦の風味に、微かに感じる砂糖の甘味。

 それらを邪魔しないように、けれど主張は忘れない苺の香り。

 これならば王都で話題になると言うのも納得であり、思わず目を瞑って味わう事だけに集中したくなる。


「ところでご主人様」

「なにかな。クロ」

 しかし、俺のメイド……クロエリアはそれを許してくれないらしい。

 俺は彼女の愛称を呼びつつ目を開くと、このヨル・キート王国では彼女以外に存在しないであろう黒い髪に紫色の目、それに褐色の肌を持った、長袖ロングスカートのメイド服を纏った小柄な少女を視界に収める。


「ご主人様は局長からお仕事を受けておられましたよね? 朝一の出局と共に」

「ああそうだな。今回の件についての報告書を早急に書き上げて、上げるように言われている」

 クロは笑顔で俺に確認を取ってくる。

 だが、わざわざ今クロが確認するほどの事ではないだろう。

 局長から言われた時はクロも一緒に居たのだから。


「提出の期限は何時でしたか?」

「4月第4橙の日の朝一と言われているな。つまりは明日だ」

 この国の暦は一年が12ヶ月、一ヶ月が28日で、一週間が7日だ。

 曜日の名称は休日である白の日から順に、赤の日、橙の日、黄の日、緑の日、青の日、紫の日となっていて、要するに虹の六色+白である。

 だから、日時を表すときは、何月の第何の何の日と言う。

 で、今日は4月第4赤の日である。


「今の時刻は何時ですか?」

「日暮れ2時間前と言うところだな」

 俺はクロから顔を逸らし、歪なガラスがはめ込まれた窓から傾き始めた日が射し込んでいるのを見る。

 なお、燃料費の問題と失火の危険性から、よほどの重要事項でない限りは日暮れと共に仕事を終えるのは鉄則である。


「ご主人様」

 クロが俺の頭を掴み、その体格からは想像できないような膂力でもって、俺の顔の向きを強制的に正面へと戻す。

 相変わらずクロは笑顔だ。

 笑顔だが……はい、分かってます。

 と言うより、最初から理解しています。


「何故、未だに報告書が白紙なのですか」

「はは、あはははは……」

 クロが割と本気で怒っていると言う事は。


「い、いやー、大変なんだよ?残したくない記録を省いて、それでもなお筋道がしっかりとしている報告書を書くってのは。それに紙は貴重品だから、無駄遣いするわけにもいかないしさぁ。あはははは……」

 俺は思わず目だけ逸らす。

 本当は首も動かしたいのだが、首は動かない。

 クロにがっちり抑え込まれているからだ。


「笑ってる場合じゃないよね。ご主人様」

「はい。そうですね。ははは……」

 第二次性徴が始まったぐらいの少女であるクロの力で、成人男性である俺を完全に抑え込める、と言うのは前の世界では有り得ない事である。

 だが、この世界においては、一部の人間に限っては有り得る現象であり、クロはその一部の側の中でも深奥に座している。

 だから、前世の知識で位置を誤魔化しているだけで、本来はとても浅い所に居る俺如きでは、抵抗できないのも当然のことだろう。


「ご し ゅ じ ん さ ま ?」

 いや、もう現実逃避をしている場合ではない。

 今はとにかく目の前のクロと報告書に対処することを考えなければいけない。

 クロが全力を出したりしたら、最悪の場合だと俺は壁のシミの一つになりかねない。


「分かった。書く。報告書を書く! ただ、こうなれば、真実を全部表に出した報告書だ! そうすれば荒唐無稽な内容になるから、逆に大丈夫だ! たぶん!」

「……」

「ふふふ、心配するなクロ。お前のご主人様はお前が思っているよりも、こういう時には強い。報告書の書き方は散々学んだ。不敬でさえ無ければ問題は起きない。相手側も既に開く口が無いんだから大丈夫だ」

「だといいのですが……」

 俺は報告書として用意された白紙の羊皮紙へと視線を下すと、手元に引き寄せた羽ペンにインクを付ける事で書く準備を整える。

 クロも俺のやる気を察してくれたのだろう、手を放すと侍女らしい立ち振る舞いに戻った上で、俺の斜め後ろへと音もなく移動する。

 どうやら一先ずは助かったらしい。


「では、書き始めるとしよう。タイトルは……『フルグール孤児院強盗殺人事件に関する報告書』。クロ、俺が何故関わったのかから書く。俺の記憶に間違いなどがあれば、指摘を頼む」

「分かりました。ご主人様」

 そして俺はあの日……4月第1橙の日から今に至るまでの間に何があったのかを書き始めた。

初めての方は初めまして。

久しぶりの方はお久しぶりです。

新連載です。よろしくお願いします。


10話ほどまでは間隔を短くして投稿させていただきます。

それ以降は一日一話11時の投稿を予定しています。


お楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ