結局どちらが勝ったのか
場所は、どこにでもある県立高校の、安普請の校舎内にある、平均的な授業教室。日時は、土曜日の午前中。
秋の陽射しが斜めに差し込む教室内では、三つのブロックに分かれたディベートが行われている。
一つは「お見合い派」で窓際に、一つは「恋愛派」で廊下側に、そして、もう一つは「中立派」で黒板前に、それぞれ数名ずつ机を並べ、全体でコの字になるように座っている。
中立派の背後にある黒板には、中央上部に「結婚するなら、どっち?」と書かれた模造紙が貼ってあり、残りのスペースは三分割され、それぞれ書記係によって意見が書き込まれている。
「お見合いのほうが、断然リスクが少ないと思います。なぜなら、第三者による客観的な判断に基づく最適な縁組みだからです」
黒い詰襟を着た少年が、口角泡を飛ばさん勢いで熱弁すると、赤いスカーフをしたセーラー服の少女が挙手をする。そして、司会係から発言を許可されると、舌鋒鋭く反論する。
「本人の気持ちは、本人にしか分からないと思います。本当はハンサムが好きだとしても、面食いだと思われたくないから、そのことを隠してる場合だって、十分に考えられます。第一、その第三者にしても、結婚させることで自分にメリットがあるからという、恣意的な打算が無いとは言い切れません」
少女が得意気に主張を終えると、少年は苦々しい顔をする。すると、中立派の生徒が挙手をし、白熱した議論を沈静化するように、丁寧に論点を整理しながら発言する。
「お見合いでは、地縁・血縁関係のトラブルは避けられるにしても、本人の希望に沿った相手とは限らない。恋愛では、本人の自由意志に基づいてパートナーを選ぶことが可能だが、周囲の反発が無いとは限らない。このままでは、お互いにデメリットを指摘し合うだけで平行線を辿りそうですから、ここはひとつ、両派の筆頭に立証してもらうという方法を提案します」
「なるほど。その方法とは?」
司会者が訊ねると、中立派の生徒は、さきほど発言した少年少女を交互に視線を送ってから、至極当然のように言う。
「お見合い推進党の党首と、恋愛向上委員会の会長が、試験的に付き合ってみるんです。そうすれば、その結果次第で、どちらが正しいか決着が付くでしょう。本人でない私の助言が役立てば、お見合い派の勝ちですし、二人が好意を持つようになれば、恋愛派の勝ちです。ためしてみる価値はあると思いますよ?」
*
それから、二十年以上が経った頃。
小さな庭付き一軒家のリビングでは、ソファーの上で母娘が並んで座り、フェルトが貼られた卒業アルバムを開きながら、仲睦まじく会話を交わしている。
「これが、パパとの馴れ初めよ。こんな形で初恋を捧げることになるなんて、思ってもみなかったわ。周囲から言われて交際を始めた点では、お見合いに近い形だもの」
「ふぅん。それじゃあ、ママは、パパが好きでもないのに結婚したの?」
「うーん。それが、そうでもなくてね。はじめは、好きでも嫌いでも無かったんだけど、付き合ってみると、意外とマメで優しいと分かったのよ。だから、途中からは恋愛にシフトしてゴールインしたの」
「へぇ。でも、それじゃあ、どっちが勝ったことになるの?」
「さぁね。引き分けなんじゃないかしら」
「な~んだ。結局、わかんないままなのね」
娘はアルバムを閉じてソファーから立ち上がると、縁側に向かって歩き、庭で草むしりをしている父へと声を掛けた。もうすぐ土曜日は、午後に差し掛かろうとしている。