紫鏡
紫に染まる寝室、川の字で横たわる母子、螺鈿細工の鏡台、私は眠り込んでいる私たちをみつめている
窓の向こうを紫を纏った兵隊が往く、螺鈿細工の鏡面は紫を帯びる
窓の向こうの規則正しい足音の群れに怯える私
呪われし不吉なる紫鏡、枕元に座り込む紫の父
父の軍服をみて、嗚呼父が戦地より還ってきたのだと思った
その顔色は菫の如く紫、血の引いた、青の向こう側の色
所々に穴が開き、引き裂かれたぼろぼろの軍服、雑草の如き無精髭
其の渇いた果ての無い砂漠の様な瞳が紫に揺れていた
私は父が既に此の世の者ではないことを悟った
悲しい程に規則正しい兵隊の行進の足音、揺れる紫鏡、無表情の抜け殻の父
八月の熱帯夜がみせた悪夢