第二話 変化の予感
十月のある日だった。学校から家に帰ると、家にはお客さんがいた。
「お帰りなさぁい、優ちゃん。」
近所に住む、鈴木さんだ。母の友人と言うべきか。私はちょっと苦手だった。……化粧が濃くて、全身がブランドの物。髪は今風に茶髪ウェーブ。さらに言葉遣いが甘ったるい。だけど、誰も何も言わないから黙っている。荒波は起こすべきではない。弟達は完全に無視してゲームをやっている。
「……こんにちは。」
確かこの人には加奈ちゃんって言う娘さんが一人いて……私より一つ年下だったかな?……とにかく私はあまり好きじゃない。
「あぁ、優。鈴木さんからケーキ頂いたの。食べる?」
……ケーキは好きだけど、目の前で食べたくない。
「後にする。テスト勉強の後に。」
勉強なんかする訳がないけど。
「……そう?じゃ、頑張りなさい。」
「偉いわねぇ……加奈にも見習わせたいわぁ。あ、もし良かったら勉強見てあ」
……それは恐らく、勉強を教えてやれと言う事か。言葉を全部聞かずに、私は自分の部屋に逃げ込んだ。
「ふん、上手く逃げた……ふぅ……。」
今は午後三時。いくらなんでもあと三時間で帰るだろう。それまで時間を潰す必要がある。
「……本でも読むかぁ……。」
……その時だった。私が本棚から本を取り出すといきなり、触れていない所から、重い一冊の本が飛び出してきた。その本の角は、私の足の甲にクリティカルヒットする。
「いったぁぁぁっ!」
痛みの感覚では恐らく、痣が出来ている。見るのも嫌なので、脚を見ずに本を拾い上げる。
「……何だよ、一体……超痛い……。」
……ユーゴー作、あぁ無情……。
「……レ・ミゼラブルか……。」
貧しい家族の為にパンを盗んだ主人公。脱獄を繰り返したおかげで十数年間も牢獄に入れられていて、服役が終わった時にはもう……中年に差し掛かっていた。でも、自由の身になっても犯罪者には社会の風当たりが強く、主人公の心は冷たくなっていく……。そんな中で、主人公はとある有名な司教に出会い、人や神の愛を説いてもらう……。愛に目覚めた主人公は、たくさんの人の人生に深く関わりながら愛を深めていく……。
「……。」
凄くいい話なんだけど。私は……この話を読むと悲しくなっていくのだ。読み終わった時には号泣してしまう。主人公は、最後の最期に人からの愛を受ける。全ての人々に感謝しながら、彼は微かな命の火を消すのだ。私は……そんなの嫌だ。もっと……愛を満喫したい。永遠と思えるような愛を、恋愛をしてみたい。
「……やっぱり……。」
りゅーお兄ちゃんに会ってこよう。今はテスト前で忙しいけど、来月辺り。ぜひとも龍さんって呼びたい。
「優ーっ!鈴木さんがお帰りよーっ!」
部屋の外から、母さんの声が聞こえる。
「……はーいっ!」
出来れば、そのまま帰って貰いたかったけど。私は『お見送り』をした。
その日の夜だった。九時になると寝る体質の私は、夜の十一時に目が覚めた。話し声が聞こえたからだろう。
「……ねぇ……?」
お父さんとお母さんの声だ。
「……離婚を考えてる……。」
「だから……。」
……誰の話だろう?離婚って、この家が?家族バラバラになっちゃうの?二人とも怒ってるとかってゆう感じじゃない……。もう離婚調定結びきったとか!?
……やばい、こんな時に限って……眠くなってきた……!
「離れたく……ないよぅ……。」
私の人生は、明日からどん底に堕ちていくのかも……しれない……。