第一話 平和な日常と再会
「優……。」
優しい笑顔が眩しい。銀に近い白髪に、細い体。
「何、お祖父ちゃん?」
優もニッコリ笑う。
「……おっきくなったねぇ。」
そう。祖父は会う度に言うのだ。大きくなった、と。癖なのだろうか、頭をくしゃっと撫でながら。くしゃくしゃになったけれど、優の肩に掛かる黒いショートヘアーはサラっと元の位置に戻る。
「お祖父ちゃん……。」
……久しぶりの夢だった。もう、声さえ覚えてないのに。会ったのだってもう……覚えてないのに。今は中学生で、あの時は幼稚園だったから。
優は五人家族だ。父の真人、母の沙織、弟の康太と力也。ごく普通の、何も問題の無い家族だ。
「……ふぅ。」
墓参りから家に帰ってくると、とてつもなく疲れていた。眠くなってくる。昼寝してしまって、もう夕方だ。
「本屋行ってこよう……。」
読書が好きな優は本屋が好きだった。でもまだ、宿題の読書感想文を書いていない。夏休み後半なのに。別に図書館の本でも良かったのだが、新しい小説が欲しかった。
「……げ、もう……3時!」
立ち上がった。本屋に行きたかった。だから、夏休みは困る。眠くなるから。昼寝の誘惑に負けてしまう。
「へい、いらっしゃいっ!」
「……お願いします。」
魚屋のような掛け声。今どきの本屋は普通なのだろうか。
「ありがとやした!」
反対に優は冷静になっていく。
「……ありがとう。」
「……おい、お前……っ!」
本屋から出て来たと同時に、後ろから話し掛けられた。ビクッ、と反応してしまう。大人の男の人に、知り合いはいない。
「……な、何ですか……?」
一見、イケメンホスト。それか、推理ドラマのギャングだ。低い声が、凄く恐い。
「……忘れたのか?」
……中学生が、十歳近く歳の離れた異性と関わった事があったろうか。
「えっと……どちら様ですか?」
「……神野、龍だ。」
この、変わらない表情。優しい笑顔。ニコニコと言うより……ニヤリって笑い方。神野……。
「……龍……りゅーお兄ちゃん?」
「……思い出したかい、優?」
笑みが深くなった気がする。この場合、Youなのか優なのか。
この人は昔から、キザなのかクールってゆーか、訳の分からない性格をしている。
「……久しぶり!」
五年ぶりに会った。確か、最後に会った時はこの人は高校生だったから……。
「……もう、社会人?」
「あぁ。一応、弁護士をやっている。」「凄い、かっこいいねぇっ!」
弁護士は頭が良くないと出来ないだろう。
「……お前はもう、中学生か?」
「うん!二年生になったよ!」
「……でっかくなったなぁ。」
……そうかなぁ。この人は190センチ位で、私は160センチちょっと手前だから、身長差は激しいと思うんだけど。
「……あ、もう帰らないと。」
「……そうか、じゃあまたな。遊びに来いよ。」
「りゅーお兄ちゃん……か。」
小学生だったら、普通に呼べるけど。今じゃ……ねぇ?五年の月日は大きい。
「かっこいい……なぁ。」
初めてバレンタインデーに手作りチョコをあげた人。言うなれば初恋だ。
「彼女……いるの、かな?」
イケメンだから、十分ありえる。まず、私みたいなガキが近付けるのが奇跡だ。イケメン弁護士の未来は明るいよね……モテるだろうし。きっと、あの後たくさんの人と付き合ったのかなぁ……。いやいや、あまり興味ないって聞いた事ある気もする……五年前に。
「……また、会いたいな……。」
いいよね、幼なじみなんだから。歳は十歳差だけど。そんなの関係ない。行こう。
……しかし、それから私が、すぐにりゅーお兄ちゃんと会う事は無かった。